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青春スクエア ~弘瀬來の片思い~ 小学生編7

 十一月に入ったとある日曜日の昼頃の事。

來は日曜日だというのに部屋でゴロゴロとしていた。

そして時折り壁に掛けてあるカレンダーに目を向ける。

カレンダーの十一月二十五日を見て、溜息を付く。

――そう、もうすぐ李哉の誕生日だ。

それなのに、夏に李哉の言っていたプレゼント――

〝李哉の証になる〟プレゼントが思い付かないのだ。

十一月に入る少し前からずっとプレゼントについて考えている。

しかし――

「なんだよ、証って。どんなのだよ……?」

一向に思い付かないで今に至る。

初めての李哉へのプレゼント。

今まで何故李哉にプレゼントを渡していなかったのが本当に疑問に思う。

初めてあげるプレゼントは、あげる人の証になるような物。

しかも手作りの物。

出来れば肌身離さず持っていて欲しい。

だけどそれは、レベルが高過ぎる。

(そんなもの、あるか?)

どんなに頭を捻っても、思い付かないものは思い付かない。

來はプレゼントの参考にと漫画や週刊誌を読み漁り、いつの間にか來の部屋は大量の漫画や週刊誌で埋め尽くされていた。

そんな中で來は李哉へのプレゼントを考える。

だが、どんなに考えても考えても考えても考えても考えても考えても――

「わっかんねぇ!」

結局は何も浮かばず、漫画や週刊誌で埋め尽くされている部屋に横になる。

――証。

一体どんな物をプレゼントすればいいのだろうか。

その時。

周りに山積みに置いていた週刊誌に來の肘が当たり、ぐらぐらと揺れ出した。

慌てて起き上がり、本を抑えようとした――

その時にはすでに遅かった。

週刊誌の山は來の方へと倒れ、殺傷能力の高い週刊誌の角で頭を打ち付け、顔の上に本が落ちて来る。

そのせいで周りに積んでいた本もドミノ倒しのように連鎖して倒れて行き、気が付いた時には本の中に軽く埋まっていた。

「ちょっと來ー! 今の音は何なのー?」

一階から雪の声が聞こえたが、頭を本で打ち、少しクラクラとする。

顔の上に乗った週刊誌を退けて起き上がる。

そして本の角の当たった場所を撫でる。

「いててて……。本の角って、結構殺傷能力あるんだな……」

ふと、顔の上に乗っていた週刊誌に掲載されていた漫画が視界に入る。

そして――

「これだ!!」

來は嬉しそうにそう言い、すぐにケータイで漫画に出ていた物を作る方法を検索する。

しばらく検索し、作る方法の乗っているサイトを見つけると次は机へと向かう。

その時に足元にまだ倒れていなかった本の山を崩してしまい、本の雪崩が起きてしまったが、全く気にせずに物置と化した机の上から貯金箱を取り出す。

すぐに貯金箱の中身を取り出して材料を買えるか確認する。

「――よし! 買えるな!」

來はすぐに貯金箱に入っていた小銭を財布の中に入れ、家から飛び出した。

しばらくして材料を買い終えた來が訪れた場所は、來の住んでいる街を一望出来る丘だった。

そこは小さい頃に李哉と一緒に見つけた場所で、景色がとても良い場所だ。

小さい頃はここへよく来ていたが、最近ではあまりここへは来ていない。

來と李哉はこの場所の事をひみつの場所と呼んでいる。

なのでここで作れば李哉にバレる事はない。

自分の部屋で李哉のプレゼントを作ろうとしても、李哉に見つかる可能性が高い。

これを作って渡す時は、李哉を驚かせたい。

サプライズにしてプレゼントを渡したい。

だからここでプレゼントを作る事にしたのだ。

「さーて、作るか!」

そう言って來は袋から買ってきた物を取り出してプレゼントを作り始める。




 翌日の放課後。

來は今日から放課後は門限の時間ギリギリまでプレゼントを作りに専念したいと思っていた。

しかし、いつも李哉と一緒に帰っているのでそのままプレゼント作りをしているひみつの場所には行けない。

一度家に帰ってひみつの場所に行くとしても、また外に出るとしたら李哉にバレない事はないだろう。

李哉をどうしようかと來は真剣に考える。

李哉が見ていない好きに教室から抜け出そうかと考えていた時。

「仲原、少し手伝ってくれないか?」

谷山がそう李哉に声を掛けて来た。

「いいですよ」

「ああ、少し遅くなるから弘瀬は先に帰ってていいぞー」

いつもならばこの場合、來は絶対に李哉と帰ると言って残り、李哉と一緒に谷山の手伝いをしたりするのだが――

今回はプレゼント作りの事を考えていたので思わず。

「あ、そうか。じゃあ李哉、俺先に帰るからな!」

それだけ言うと來は足早に教室から出て行ってしまった。

來がいつもと様子が違う事に谷山と李哉はすぐに気付いた。

気付いて谷山と李哉は首を傾げる。

「なんだ? 弘瀬の奴。いつもなら絶対に仲原と帰るって言って残るか一緒に手伝うのに」

「何かあったのかな…?」

「じゃあ早く終わらせるか」

「そうですね」

そんな二人の会話を知らない來は、走ってひみつの場所へと向かっていた。

ひみつの場所に着いた頃には完全に息が上がっており、それでもランドセルを置いてプレゼントの材料をランドセルの中から取り出す。

そしてすぐにプレゼント作りを始める。

始めたのはいいが――

プツ、と指に鋭い痛みを感じ、そこからは赤い点のように血が出る。

「いたっ……」

その血を少し眺め、そして口の中へと入れる。

「やっぱ、絆創膏張った方がいいか……?」

一体これで何回目だろうか。

今日だけでも二十回は越えている。

流石に指がボロボロだ。

(今日帰ったら絶対に張ろう)

そう思いながら作業を進め、もう一度指に痛みを感じる。

それでも作業を続け――

プレゼントは完成した。

あれから十回以上血を流したのだが。

「出来た!」

そして出来たプレゼントを見つめ――肩を落とす。

もう一度出来たプレゼントを見つめ、深い溜息を付く。

――とてもじゃないが、李哉にプレゼントとして渡せるような出来ではなかった。

これを李哉に渡したら、別の意味で驚く事だろう。

そう思い、來はもう一度作り直す事にした。

失敗した時のために、材料は多く買ってきている。

それに李哉の誕生日までかなり時間がある。

なので何度だって作り直す事が出来る。

失敗作が一日ほどで出来たのだから。

「よし、次はもっと上手く作るぞ!」

そう意気込んで再びプレゼントを最初から作り始める。

前回のプレゼントで何処が悪いのかを考え、そこを直していく。

しかし思うように上手くいかず、指ばかりを傷付けていた。

それでも來は作り続けた。

どんなに指を傷付けようが、李哉のためのプレゼントを作るために。

李哉の喜ぶ顔を見るために。

頑張って頑張って頑張っていると――

親指に今までに感じた事のない痛みを感じて我に返る。

「いってー!!」

驚いて痛みを感じた指を見てみる。

だが、暗くてあまり指が見えない事に気付く。

そして周りを見回す。

辺りは既に闇に包まれており、焦りながらもケータイで時間を確かめる。

ケータイに映し出された時間を見て來はすぐに荷物をまとめて家へと向かって走る。

門限はとっくに過ぎていた。

それも一時間以上。

全力で家へと走り、家に着いた。

雪に怒られるのを覚悟して玄関の扉に手を掛ける。

なるべく音を立てないように玄関の扉を開けようとしたのだが――

鍵が掛かっていて扉が開かない。

「うそ、だろ……?」

今まで一度も玄関に鍵を掛けられた事はなかった。

それはまぁ、門限を破る時間は最低で三分ほどだったので大丈夫だったのだが。

今回だけは雪も相当怒っている様子だ。

しかもその上に來は家の鍵を持っていない。

基本的に來は鍵を渡されていない。

すぐに何処かにやってしまうのが原因の一つでもあるが、家には必ず誰かがいるので閉め出される事はない。

雪の帰りが遅い場合は、涙が鍵を持っているので問題はない。

來は焦って呼び鈴を押して声を掛ける。

「母さん! 開けてくれよ!」

そう言って玄関の扉を叩く。

するとインターホンから雪の声が聞こえた。

『今一体何時だと思ってるの! 一時間以上過ぎてるわよ!?』

「それは――ちょっとアレしてたから……」

『とにかく、そこで二時間反省しなさい!』

「ええっ!? 母さん、悪かったって! だから入れてくれよ!!」

しかし、インターホンからもう声は聞こえない。

來は深い溜息を付いて李哉の部屋の窓を見る。

そこには心配そうにこちらを見ている李哉の姿がある。

声を掛けてくれないという事は、雪から何も言うなと言われているのだろう。

來はもう一度深い溜息を付いて玄関に座り込む。

ケータイで時間を確かめながら來は大人しく二時間経つのを待った。

全部、自分が悪いのだから。

李哉のプレゼントを作るのに夢中になって時間を忘れていた自分が悪い。

李哉の事について怒られるのなら、いくらでも耐えられる。

――そう、思っていたが。

二時間後、家に入る事は出来た。

出来たのだが、そこからは雪の長い説教が待っていた。

正座をさせられ、二時間半も説教をされた。

その上に夕食は無し。

ようやく開放された來は自分の部屋で足を伸ばしていた。

今でもずっと足が痺れている。

來は深い溜息を付く。

その時に腹の虫が鳴る。

「腹減ったなぁ……」

よく考えれば李哉のプレゼントを作っていた時から既に腹の虫が鳴っていた。

足の痺れが納まってきた頃に來は絆創膏を手に取る。

まず、最後にやってしまった親指に絆創膏を張り、一応人差し指にも張っておく。

絆創膏を張り終えると來はベットに横になる。

この飢えをどうやって凌ごうかと考えていた時。

窓の方からノックされる音が聞こえ、すぐに窓が開く。

「一体何処に行ってたの? 随分遅かったけど…」

「――本屋で漫画読んでた」

雪にもそう、言い訳をした。

なので今までずっと長い説教をされていた。

今更それは言い訳だ、などとは言えずに説教を受け続けた。

「それは別にいいけど。ケータイでアラーム掛けときなよ」

「そうする……」

「今日夕飯、抜きなんだって? 聞こえたよ」

「そうだよ。つーか別に一食抜いたって死にゃしねぇから大丈夫だ――」

しかし、言葉とは裏腹に來の腹がぐぅ、と鳴る。

少しの間來と李哉は無言になり、やがて來は顔を赤くして李哉に背を向けた。

そんな來の姿を見て李哉がクスリと笑う。

「お腹、空いてるんでしょ? ほら、おにぎり握ってきてあげたから」

「え?」

驚いて李哉の方を見てみると、李哉は窓から來の部屋に入って来ており、おにぎりが三つ乗っている皿を來の前に差し出してくれていた。

來は一瞬迷った。

このまま何も食べずにいようか、李哉の握ってくれたおにぎりを食べようかと。

おにぎりと李哉の顔を交互に見比べていると、李哉が優しく微笑んで言う。

「食べてもいいよ。でもその代わり、もう門限は破らない事。いい?」

李哉の言葉を聞いて、多分雪がそうするように――

いや、雪は李哉がこうする事を想定していたのだろうの理解する。

「――わかりました」

「はい。どうぞ召し上がれ」

李哉は來の前におにぎりを置いてくれる。

それを來は絆創膏を見られないようにおにぎりを手に取る。

だが、結局は見られてしまうのだが。

左手の人差し指に一つ。

右手の親指に一つなので。

「あれ、どうしたの。それ」

「あ――ちょっと切った」

「ちゃんと消毒した?」

「したに決まってるだろ」

「ならいいけど」

と、その時はそうやって誤魔化す事が出来た。

それからの事。

來は毎日ひみつの場所へと向かい、プレゼントを作り続けた。

二回目のプレゼントの出来は、最初のものよりも酷く、もう一度やり直し。

三回目も四回目も五回目も失敗し、失敗ばかりしていた。

失敗作が増えれば増えるほど、來の指の絆創膏の数も増えていった。

絆創膏をしていても指を傷付けてしまっていた。

人差し指の次は中指。

中指の次は薬指と小指。

そして親指で左手は全滅した。

ついに絆創膏を張っていない指が無くなってしまった。

今では右手の中指と手の平にも絆創膏を張っている始末だ。

最近では指だけではなく、手の甲や手の平にまで絆創膏を張るようになっていた。

門限をちゃんと守って家に帰り、自分の部屋で絆創膏を張り――

張り終わった自分の手を見つめて溜息を付く。

――流石に、これではもうそろそろ李哉にバレてしまう。

今までは指を切ったなどと言い、なるべく李哉に見せないように過ごしていたが……。

明日からは今まで以上に手を隠しながら過ごそう。

そう思いながら絆創膏を隠そうとした時――

「ねぇ來。前に來の観たがってた――」

「あ」

しまった。

そう思った時には既に遅かった。

確か今日は李哉が家に来ていた。

それを完全に忘れていた。

どうして李哉に見られないようにトイレなどで張ろうと思わなかったのか、もしくは鍵を閉めなかったのかと後悔する。

李哉に手を隠しながら過ごそうと思っていた矢先、李哉に手を見られてしまった。

思わずそのまま來は固まってしまい、李哉もまた來の手に張られている絆創膏を見て驚いていた。

「あ……あのな、これは――」

「來!? どうしたのその指!! 何かあったの!?」

「べ――別になんでもねぇよ! ちょっと指切っただけだ!」

「指切ったって――今までそんなに絆創膏を張った事ないじゃないか!」

「うっ……」

「何があったの!?」

「し、心配すんな! 特に何もないから!」

「何もないならそんな事になるわけないでしょ!?」

「ん~~~~~~~、もういい! わかったらなら出て行ってくれ! わかってなくても出て行けーー!!!」

いつの間にか來はそう叫んでいた。

とにかく來は手の絆創膏を誤魔化さないといけないと思い、そんな事を言っており。

來が珍しく李哉に怒鳴ったので、李哉は驚いて混乱していた。

その隙に來は李哉を部屋からなんとか追い出した。

扉を開けられないように凭れ掛かって李哉を部屋に入れないようにする。

扉の向こうから李哉が心配する声が聞こえるが、それは無視する。

そして深い溜息を付く。

絆創膏がバレてしまったのは仕方ない。

後は誤魔化すしかない。

何が何でも――

 それから数日後の放課後。

あれから李哉は何も聞いて来なくなった。

朝、一緒に登校した時も李哉は何も聞いて来なかった。

会話は普通にするのだが、絆創膏については何も聞かない。

最初はこのままで通せるかと思ったが。

李哉がそんな人ではない事を思い出し、聞かれても誤魔化す事にした。

流石にもうそろそろ李哉に問い詰められるだろうと考え、最近では授業が終わったら速攻でひみつの場所へと向かうようになっていた。

まるで李哉から逃げるようにして――

今日はもう來の両手は全滅していた。

それを見て流石に自分でも腹を括らなくてはとは思っている。

今日も來は李哉の目を盗んで教室から出ようとしていた。

今日はどうやら運が良いらしく、李哉は教室にいなかった。

今がチャンスだと思い、李哉が教室に戻って来ない隙に來は教室から飛び出す。

足の速い李哉に追い付かれないように走って廊下を駆け抜ける。

廊下を曲がって階段を降りようとした時。

誰かに腕を捕まれた。

「っ!?」

腕を掴んだ人物が誰かと顔を見た時、更に驚いた。

廊下からは死角になっている非常ベルのある所に李哉がいた。

そして來の腕を強く掴んで聞いてくる。

「來、一体何をしてるの? 毎日何処かに行って門限ギリギリまで帰らないし、こんなに絆創膏手に張ってるし」

「李哉――」

「ねぇ、何をしてるか教えて」

李哉は真剣な顔付きと目でそう聞いてくる。

あまりの真剣さに、このまま素直に李哉のプレゼントを作っていると言ってしまいそうになる。

なので來は李哉から目を逸らして言う。

「な……何もしてねぇよ」

來がそう言うと――

李哉は小さく「そうか…」と呟いたのが聞こえた。

解放してくれるかと思った瞬間。

李哉は掴んでいた來の腕を上げて絆創膏の張ってある手を來にも見えるようにして聞いてくる。

「何もしてなかったら、手がこんな風にはならないよね?」

「――放せよ」

「これから何処に行くの?」

「いいから放せよ」

「教えてくれないと放さない」

「何処だっていいだろ、別に。放せ」

「來」

真剣な目で、李哉が來を見つめる。

きっと李哉は、本当の事を言うまでこの手を放してはくれないだろう。

本当は言いたくない。

サプライズにしていたかったが――

こうなってしまっては仕方ない。

「――李哉の……李哉の誕生日プレゼント、用意してるんだよ……」

來は小さな声でそう告げた。

「え…?」

來は本当の事をちゃんと李哉の目を見て答える。

しかし、李哉は何を言われたのかわかっていないような顔をしたので、後付する。

「李哉の誕生日、もうすぐだろ? だから――」

それを聞いて李哉はようやく理解してくれたようで、最初は驚き、そして明らかに動揺し始めた。

「えっ…あ……えと、そ、そうだったんだ…。ごめん、何も知らなかったから引き止めて――」

そこで初めて李哉は來の腕を動揺しながら放す。

解放された來は李哉に向き合ってちゃんと言う。

「だから、しばらくは李哉と一緒にいられないと思うから。じゃ、俺行くから」

「あ、うん…」

李哉の返事を聞いてから來は階段を降りていく。

下駄箱で靴を履き替えて、走って正門から出て行く。

走りながら來は手に付けていた絆創膏を一つ一つ取り始める。

ひみつの場所に向かいながら來は思う。

(最初から絆創膏なんか張らなきゃ良かった)

傷は見え難いので絆創膏さえ張らなければバレる事はなかった。

しかし、もう教えてしまった以上は今まで以上に頑張らなくてはいけない。

そう意気込んでひみつの場所についてプレゼントを作り出して数十分後。

またもや失敗作が完成した。

何回やっても失敗作しか出来上がらない。

今日も出来た失敗作を見つめながら來は力無く呟く。

「――これをプレゼントに選んだ俺がバカなのか?」

だが、これが李哉の言った条件に合う物だ。

というよりも、これしか思い付かなかった。

もう少し來に知識があればもっと簡単で楽な物を思い付いていたかもしれないが、今の來にはこれしかなかったのだから仕方が無い。

だけど、これでも二回目に作った物よりも大分上手く出来ている。

李哉へのプレゼントなら、見本にしている物のようにしてプレゼントしたい。

あと二個か三個は作れる時間がある。

ずっとこればかりを作っているので作る時間がかなり早くなっている。

次こそはと來は力を入れて來はまた作り始める。




 李哉の誕生日まで、あと十日と迫っていた。

今度こそは成功で終わりたい。

そう思いながら最近では李哉にバレてしまったのでひみつの場所ではなく、家に持ち帰って作り始めた。

流石にもう十一月なので夕方の風は身に沁みる。

もちろん、李哉には部屋に絶対に入るなと言っているが。

毎朝起こしてくれる時も李哉を部屋には入れず、部屋の扉をノックしてもらうようにしている。

それでも起きない場合は李哉の代わりに涙が耳元で腐女子モードになって叫んでくれる。

今朝がそうで、まだ右耳が痛くて堪らない。

『もう金さん最高ォォォォォォ!! 金さんの中の人と銀さんの中の人が共演するのって何年ぶり!? ウェブダイバー以来じゃない!?』

などと訳のわからない事を朝からハイテンション☆MAXで耳元で叫ばれたら嫌でも目を覚ます。

特にハイテンションな腐女子モードで朝から起こされたら逆にこっちのテンションが下がる。

(明日からはちゃんと李哉の声が聞こえたら起きよう)

來はそう強く心に誓って李哉と一緒に登校する。

だが、流石に涙の攻撃は効いており、やはりテンションが低い。

思わず深い溜息を付いてしまう。

するとそれを隣で見ていた李哉が言い出す。

「ねぇ、今度の日曜日に映画観に行かない?」

「え――」

「ほら、前から來が観たがってた映画が今度の日曜日までだから」

そう言って李哉は優しく微笑んでくれる。

そんな李哉の顔を見て、來は少し思う。

最近、李哉のプレゼントの事ばかり考えてそればかりに熱中していたので、たまには息抜きもいいかもしれない。

それに李哉と二人で映画を観に行くのも久しぶりだ。

「――そうだな。じゃあ、今度の日曜な」

「うん!」

來がいつものように答えると、何故か李哉の方が來よりもずっと喜んでいた。

そんな李哉を見て來は少し笑う。

それから映画を観に行く前日までは今まで以上に頑張ってプレゼント作りに励んだ。

結果は――

やはり失敗作ばかりが生まれたのだが。

それでも來は気にしなかった。

そんな事よりも來にとって大事なのは――

明日の映画に着ていく服についてだった。

その時だけはプレゼントの事を忘れて明日着ていく服を真剣に選んでいた。

もちろん、李哉が部屋に入って来ないように扉に鍵も掛けているしカーテンも閉めている。

「さて、何を着て行こうか……」

正直言って、來はコーディネートに疎い。

いつも私服はタンスに入っていた服ならなんでも着るタイプだ。

外に出ない時だったら冬でも夏物を着て、夏でも冬物を着ていたりする。

そんな來が、今日は頑張って服を選んでいた。

これでも、いざという時はちゃんと服を選ぶ事も出来る。

全くコーディネートのセンスがないわけでもない。

まずジーパンは絶対条件だとして、上に何を着て行こうか。

部屋を服で散りばめて來は考える。

すると――

「明日はぁ~李哉君とぉ~デートですかぁ~?」

扉の向こうから涙の声が聞こえ、來は無視を完全に決め込む。

十一月なのであまり薄着をしたら寒いだろうと考え、生地の薄い物は除く。

「何を着て行くのかぁ~真剣にぃ~悩んでぇ~迷っているのですねぇ~?」

残った服で一番気に入っている服を三つ選び出す。

だが、一つは柄の気に入っているただのパーカーなのでそれは除く。

残った服でどちらを着て行くかを迷う。

「さっきからぁ~ずぅっとぉ~無視を~決め込んでぇ~いますねぇ~?」

ワインカラーのカーディガンに決めて、下は白のポロシャツに決める。

上着は以前李哉にコーディネートしてもらった、フードの付いたブルゾンに決め、靴はバスケットシューズに決める。

これで明日の服は決まった。

決まった服をベットの横に置く。

そしてベットの中に入って寝ようとした時。

「ちょっとぉ! さっきからシカトしてんじゃないわよ! ここ、開けなさいよ!」

「うるせぇんだよ、クソ姉貴。お前もう寝ろよ。うるさいから」

「私はまだ寝るわけにはいかないのよ。深夜番組がオレを待っている! それを見終わった後は借りてきたDVD十五巻一気に見るんだから。名付けて――堕ち女神モード!!」

「あっそ。どこまでも堕ちて行け。そしてもう二度と這い上がって来るな」

「ふふふふ……這い上がって来るわよ~? 谷底に堕ちたハイジの如くペータもとい、アンタを谷底に落とすためにね……」

扉の向こうで怪しげに笑う涙の不気味な声が聞こえる。

これは、今扉を開けたらいけないような気がしてならない。

早く扉の前から涙がいなくならないかと思っていると。

「涙ー。ちょっと手伝ってくれるー?」

一階から雪の声が聞こえた。

するとすぐに涙が。

「はいはーい」

そう言って扉の前から離れて階段を降りていく音が聞こえた。

涙の足音が遠ざかったのを確認してから扉の鍵を音を立てず、静かに開ける。

そして電気を消してベットの中に入って横になる。

明日の事だけを考えながら來は眠りに着いた。

 翌日。

遠くから李哉の声が聞こえる。

李哉の來の呼ぶ声が。

「んー、あと三時間……」

「早く起きないと、映画に間に合わないよ?」

「ん……? えい、が…?」

思考回路が上手く働かず、李哉の声に聞き返す。

「そう、映画。三時間も寝たら絶対に間に合わないよ。今日が映画の最終日なのに」

李哉の言葉でようやく意識が覚醒する。

來は飛び起きて言う。

「映画!!」

勢い良く飛び起きて來は目の前にいた李哉に聞く。

「李哉、今何時だ!?」

「安心して。まだ八時前だから十時の映画には間に合うよ」

「そうか……」

安心して反射的にもう一度横になろうとしていた。

それに自分で気付き、横になるのをやめてベットの中から出る。

ベットから起き上がり、右手で頭を荒く掻き、左手で腹を掻く。

欠伸を漏らしながら部屋から出て、階段を降りて行く。

その後を李哉が付いて来ているのに気付いているが、それはいつもの事なので気にしない。

リビングに行くとそこに涙の姿が無いので少し安心する。

よく考えてみると、涙は昨夜深夜アニメを見る上にDVDを見ると言っていたのを思い出した。

しかし、やはり朝に弱いので頭がハッキリとしない。

雪に促されて目玉焼きを食べるように促されるが――

「――母さん、これ。半熟なんだけど」

「え? ああ、ごめん。それ涙用だった。今ちゃんと焼くからちょっと待ってて」

「んー」

半熟の目玉焼きには気付く事が出来た。

來は目玉焼きは半熟よりも完全に焼かれてる方が好きだ。

來的には、〝半熟は焼けてないのも同然〟らしい。

ミディアムレアなどは論外だと言う。

あれは全く焼けていない。

とにかく來は、ちゃんと焼けていないものは嫌いのようだった。

頭がまだハッキリしない中でも來は半熟の目玉焼きを涙の席の方へと移動させる。

少ししてちゃんと焼かれた目玉焼きを出されてそれを食べる。

そして家を出る九時半までずっとボーッとしていた。

九時になって來は自分の部屋に戻り、今日着て行く服に着替えた頃にようやく頭が冴えた。

そしてすぐにある事に気付く。

目が覚めた時、確かに李哉は自分の部屋の、自分の目の前にいた。

昨日の夜に扉の鍵を開けていたので入っては来れるのだが。

確か昨日、服を選ぶ寸前までプレゼント作りをしていた事を思い出した。

失敗作のプレゼントばかりの入っている袋が無い事に気付く。

來はすぐに慌てて袋を探し始める。

いつもプレゼントの入っている袋はベットの下に置いているのだが、今日に限ってそこには置かれていなかった。

見渡した限り見当たらないので多分服の下にあるのだと思い、少し安心する。

昨日出した服を漁って失敗作のプレゼントばかりの入っている袋を見つけ出し、ベットの下に置いておこうとベットに向かって歩き出した瞬間。

足元に置いたままの野球のボールで躓いてしまう。

漫画の山などが派手な音を立てて崩れ、ついでに來も派手に倒れてしまった。

多分、振動も酷かったと思う。

來は怪我などはしなかったのだが――

バンッ!と派手に涙の部屋の扉が開く音が聞こえてきた。

それに驚いて來は反射的に手にしていた袋をベットの下に滑らせる。

その瞬間。

「うるさぁーい!!」

涙が來の部屋に怒鳴り込んで来た。

「いや、姉貴がそれを言ったらダメだろ」

「うるさい。我の眠りを妨げる者には死あるのみ――って、アンタどっか行くの?」

ドアの出入り口に立っている涙はまるでメデューサのように髪をうねらせ、アニメキャラクターの抱き枕を抱えていた。

その姿はとてもインパクトがあった。

思わず朝から溜息を付きたくなる程に。

「あ! そうか! 今日は李哉君とデートだったわね」

「デートじゃねぇ。出掛けるだけだ」

「それ十分デートじゃない」

「デートなの?」

「まぁ、一応はそうなる――」

そこまで言って、涙以外の声が聞こえた事に気付いた。

そしてその声の主が誰なのか気付くのと、涙の隣に李哉の姿がある事に気付いて驚いた。

「え。なんでデートになるの? デートって男女で何処かに行く事じゃないの?」

「うふふふ……。そうとも限らないのよ、李哉君。男同士でも――」

「そうなるわけねぇじゃん!? 何ふざけた事言ってんだよ! ほら、もう行こうぜ李哉!」

來は必要な物だけを持って李哉の手を掴んで階段を降り、玄関へと急ぐ。

出掛ける準備が整っていたのでそのまま靴を履いて玄関から出ようとした時――

「デート、頑張りなさいよー。アタックチャ~ンスなんだから!」

來は涙の言葉を完全に無視して雪に言う。

「んじゃ、行って来ます!」

それだけ言うとすぐに家から飛び出した。

そしてそのまま、足早に映画館へと向かって歩き出す。

來的にはかなり足早に歩いていると言うのに、李哉はすぐに來と並んで歩き出す。

「さっき涙さんの言ってた事、本当なの?」

「俺に聞くな。腐女子はみんなそうなんだろ」

「――じゃあ、僕達もデートって事になるの?」

李哉の言葉に思わず、來は歩みを止めてしまう。

驚いて李哉の顔を見つめてしまうくらい、動揺していた。

「だから……なんで俺に聞くんだよ…?」

「なんかさっき、涙さんの言葉に同意するように聞こえたから」

「――――」

來はそのまま、李哉を置いて足早に再び歩き出す。

それでも李哉がすぐに追い付く事はわかっているのだが。

だが、李哉は來の数歩後ろを歩く。

來はいつものように振舞って言う。

「気のせいだろ。俺をあんな腐女子野郎と一緒にしないでくれよ」

「ご、ごめん…」

李哉が隣に並ぶように歩くまでの間にいつものように振舞えるようにする。

そう、今まで以上にいつも通りに振舞わなくてはいけなかった。

――この場で、言ってしまえば良かったかもしれない。

『本当は俺、お前の事が――』

(言ってどうする? もし言って、今から行く映画をキャンセルされたら? 俺はどうするつもりなんだよ)

伝えたい、だけど伝えられない。

伝えて、自分だけのものにしたい。

強く強く抱き締めて、手離したくない。

誰にも触れさせたくない。

本当は自分以外の人と話して欲しくない。

綺麗な李哉の瞳に自分だけを映してくれればいい。

だけどそれは、醜い嫉妬と似ている。

李哉は、誰のものでもない。

そう、誰のものでもない。

まだ誰のものでもないのなら、自分のものにしてしまいたい。

そうは思うのに――

李哉を自分のものだけにする勇気が、來にはなかった。

好きだと、中々伝えられない。

伝えて、李哉に拒否される事が怖かった。

李哉が離れて行くのが怖かった。

來と李哉の関係は、ただの幼馴染み。

それ以上の関係は無い。

本当の家族では無いのだから。

ただ、家が隣同士なだけの……赤の他人。

だからもし、想いを告げて拒否された場合。

李哉が引っ越したいとなどと言って、あの劇のように遠くへ行ってしまうかもしれない。

そうじゃなくても、今のような距離にはいれないと思う。

「……俺、なんで弱いんだろうな……」

來は小さな声で呟く。

たった、たった一言で壊れてしまう関係が怖い。

どうして俺達は男同士なんだろう。

李哉を好きだと自覚した時に何回も考えた事を、もう一度思い返す。

李哉が女だったら、何の問題もなかった。

普通に好きだと伝えられる。

一緒に居ても、キスをしても、抱き合っても可笑しい事は何一つ無い。

だが――

來も李哉も男。

しかも李哉は男同士の恋愛を否定している。

そんな人に今、想いを告げたりなんかしたら絶対に拒否されるだろう。

「なんで、なんだろうな……」

「ん? 何か言った?」

「――――なんでもない」

いつの間にか李哉は來の隣に並んでいた。

來がそう答えると李哉はいつもと同じ微笑みを向けてくれる。

思わず來は、このまま李哉を強く抱き締めたくなる衝動に駆られる。

抱き締めて、キスをしたい。

しかし、それをしてしまったら――もう元には戻れない。

そう思い直して衝動を無理矢理に押し殺す。

――片思いは、どうしてこんなにも苦しくて切なくて、愛しいのだろうか。

叶わない恋だとわかっていても、どうしても諦める事が出来ない。

少しずつ、この愛しさを隠す事も難しくなってくる。

伝えたくて堪らないのに、伝える事が怖い。

來にはどうすればいいのかわからなかった。

「あ、着いたよ! 早く行こう!」

「――そうだな」

李哉は嬉しそうに來を追い越して映画館へと入って行く。

來はただ悲しげに、慈しみ、愛しげな瞳で李哉を見つめる事しか出来なかった――




 映画を観終わり、來と李哉は映画館から出る。

見終わった映画の感想を話す李哉だが。

來は映画を観ている間、ずっとスクリーンではなく、李哉ばかりを見ていたので話を合わせて李哉一人に喋らせておく。

そこで來と李哉は気付く。

何故か周りにいる人達の半数以上が顔を青くしている事に。

來がどうしてかと聞こうとした時。

「そういえば、今日から上映する映画があったね」

「ふぅーん、それホラーなわけ?」

「多分……」

「だ、か、ら!どうして誘うんだ!!」

少し離れた所でなんだか聞いた事のある声が聞こえてきた。

その場にいる人達が一斉に声を上げた人の方を見る。

「よりにもよって・・・ビーフカレー!?ありえない!絶対にありえない!あの映画を観た後にそれはない!これは拷問だ!」

「あっ君、落ち着いて。ね?」

「まだビーフシチューの方が――いや、結局は駄目だ!」

「最後に出てきたあのビーフカレー、アレってやっぱり主人公――」

「だからキラリン!言わない!そこは絶対に言わない!それから、アンタ達もいい加減にわかって!二回目だから!ビーフカレー食べないから!もう二度と声掛けないで!」

そんな声が聞こえて来た。

それを見た來が一言。

「――なんかどっかで見た事ないか? あの二人」

「そう、だね…」

「まぁいいか。じゃあ行くぞ」

「うん…」

少しあの二人の事が気になったが、來と李哉は昼頃だったし、腹が少し空いたのでフードショップ店に入る事にした。

フードショップ店に入って來と李哉はカウンターで注文をする。

「いらっしゃいませ。ご注文は何にしますか?」

とても綺麗で優しい声を掛けられ、思わず声の主の顔を見る。

それは來と李哉も同時だったと思う。

カウンターで注文を受けていた店員は、髪の色がかなり赤毛の茶髪でオレンジ色に見えなくも無い髪色をしていた。

完璧と言っても良いほどに綺麗に整った顔立ちは、まるでテレビで活躍しているような芸能人向け。

そして李哉とは雰囲気の違う、まるで天使の微笑みのように柔らかく優しい微笑みを向けて少し首を傾げて聞いてくる。

「ご注文は何にしますか?」

「あ、えと……」

あまりに綺麗に整った顔に來も李哉も少し見惚れてしまい、李哉が慌てて注文をしようとする。

來はそんな事をせず、いつもと何も変わらずに言う。

「ダブルチーズバーガーと、コーラのMサイズ」

「えっと、僕は…」

「今人気なのはホットケーキの柔らかい生地に蜂蜜を掛けてスウィーツのようになっているものがありますけど」

「あ、じゃあそれで…」

「お飲み物はどうしますか?」

「えっと…」

「今人気なのは少し季節外れではあるんですけど、冬だからこそのシェイクがあります」

「あ、なんかそれいいな。じゃあそれで」

「何味にしますか? いちご味、チョコ味とありますが」

「じゃあ、いちご味でお願いします」

「わかりました。では合計で1350円です」

そう、店員は天使の微笑みで言う。

その笑顔を目的として来ているらしい女性客達から黄色い声が聞こえる。

李哉はお金を払って準備が出来るのを待つ。

少しして來と李哉の注文した物の準備が出来たので來と李哉は席へと移動する。

席に着いてすぐに李哉が言い出す。

「さっきの人、なんかすごいね」

來はすぐにチーズバーガーを手に取って口に頬張って聞く。

「何が?」

「なんか…雰囲気、かな? いや、なんて言うんだろ…僕達とは住む世界の違う人って感じが…」

「んー、なんかあれだったな。芸能人面してたな」

「そう! そんな感じ! それにあの人、何処かで見たような顔してたし…」

「あんな感じの芸能人だったらテレビ付けたりテレビ局に行ったらいくらでもいるだろ」

「そうそういないよ、あんな人は」

「そうかぁ?」

チーズバーガーを口に頬張りながら來はまだカウンターにいる先程の男性を見る。

年齢はまだ高校生くらいに見える。

身長は百八十以上はある。

來的には身長が高いのが少し腹立たしいが。

「何歳くらいなんだろうね、あの人」

「――なんだよ、そんなにアイツの事が気になるのかよ?」

「そ、そうじゃなくてね。あんなにすごい人を間近で見たのが初めてだったから…」

そう言いながら李哉はそこで初めてハンバーガーに手を付ける。

その頃にはもう來はチーズバーガーを食べ終えてしまい、飲み物を飲みながら呟く。

「それにしても、今日はなんか色んな奴と会うな」

「そういえばそうだね」

「で、ここでゆっくりした後――どうする?」

「そうだね…。來の行きたい所とかでもいいよ」

「俺の行きたい場所、な……」

何処があるか、と思考を巡らせていると。

女性客がやって来てカウンターに居た男性を見て黄色い声を上げる。

それを見て少し苛立ちを感じる自分が何処かにいた。

よく見てみると店の中にいる男性もちらちらとカウンターの男性を見ている。

それを見て更に何故だか苛立ちを感じた。

出来る事ならば早くこの場から離れたいと思い始める。

來は少し眉間に血管を浮かばせながら李哉の方に向き合って答える。

このフードショップからかなり離れている場所を言う。

「そうだな。本屋で漫画立ち読みしたいな」

「たまには漫画だけじゃなくて小説――」

「絶対に嫌だ。字ばっか読めるか」

「読んだ方がいいのに」

「字なら漫画読んでるから十分だ」

「もう、いいよ。それで、本屋の次は?」

「んー、本屋にずっと居たいな。ずっと立ち読みしたい」

「わかった。じゃあそれでいいね」

そう言って李哉はシェイクに初めて口を付ける。

「あ」

「ん? どーした?」

「これ、すごく美味しい。飲んでみる?」

「え、あ……ああ…」

李哉の差し出しているシェイクを受け取り、それを飲もうかと一瞬迷う。

どうしようかとしたら李哉が少し首を傾げて來を見つめる。

心臓がドクドクと脈打っているのを激しく感じる。

これを飲んでしまったら、間接キスになる。

李哉にとっては間接キスなどなんとも思わないのだろうが――

これは、どうしようもない。

最初このシチュエーションを見て思った。

〝普通に飲めばいい事じゃねぇか〟

(いやいやいやいや! 全然普通に飲めねぇから! 飲めるわけ無いだろうが!! こんなの!!!)

シェイクを受け取って入るのに中々飲もうとしない來を見て李哉が言う。

「あれ、來ってシェイク嫌いだったっけ?」

「――――」

このまま飲む事は不可能だと思った來は――

「いや、お前が注文したんだからお前が飲めよ。俺にくれないで」

「いいの?」

「いいって」

そう言って來はシェイクを李哉に返す。

返してもらったシェイクを何事もなかったかのように李哉は飲む。

それを見て來は内心、後悔をする。

それから少しして來と李哉はフードショップを出て本屋へと向かった。

本屋に着き、しばらく本を立ち読みしていた。

だが、夕方頃の事。

來は漫画の所で立ち読みをし、李哉は小説の置かれている所で立ち読みをしていた。

いつものように漫画を読んでいると。

なんだか嫌な予感がした。

それは、いつも感じているものだった。

それを感じてすぐに來は読んでいた本を元の場所に戻して李哉の元へ行く。

李哉はすぐに來に気付いて聞いて来る。

「どうしたの、來」

「李哉、ちょっと隠れるぞ」

「え、どうして――」

その時、本屋の自動ドアが開いた。

それを見た來はすぐに李哉の背中を押して入り口の方からは死角になっている場所へと移動する。

李哉がどうしたのかと聞こうとしたが、それは本屋に入って来た人物に気付いて理解してくれたようだった。

そう、本屋に入って来たのは涙だった。

出来る事ならば涙と会いたくは無い。

特に本屋では。人前では。

あの腐女子モードを人に見られたくない。

それは李哉も同じのようで、李哉は小さく頷いてくれた。

涙は真っ直ぐ女性向けコーナーへと行き、本を手に取った隙に來と李哉は足早に本屋から出た。

無事に出られたようで、涙は追っては来なかった。

安堵の息を漏らして來は言う。

「もうそろそろ帰るか」

「そうだね」

「それにしても今日は本当に色んな奴に会ったな」

「そうだね。何か意味あるのかな?」

「ないだろ、意味なんて」

そんな事を話しながら、來と李哉は家に向かって歩く。

夕日が二人を照らし、來は李哉を見つめる。

李哉の髪は夕日に照らされて栗色だった髪が緋色へと変わる。

その髪が來は好きだった。

すると。

李哉が小さくくしゃみをした。

それを見た來は着ていたブルゾンを脱いで李哉の肩に掛ける。

「來…?」

「風邪引くからそれ着てろ」

「でもそれじゃあ來が――」

「俺は暑がりだからいいんだよ。李哉に風邪を引かれた方が困る」

「…ありがとう」

そう言って李哉は嬉しそうに微笑み、來の渡したブルゾンに身を包んだ。

――何も変わらない、平和な日々。

もうすぐ、李哉と來の誕生日が近付く。

弘瀬來の物語が今、静かに音を立てて始まろうとしていた――










                                              ~To be continund~

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