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第39章 同じ羽の鳥たち

Chapter XXXIX Birds of the same feather



 遠くなっていくクロッケー・グラウンドの喧騒を背に、アリスは転がる針鼠を追って走っていた。

 時折地面を跳ね、回転しながら疾駆する針だらけのボール。茂みを抜け、薔薇園に程近い広場のようなところまでやって来たが、一向にスピードは落ちない。

 どこまでも転がっていってしまいそうだった針鼠だったが、進路にそびえ立っていた何かにぶつかったことであっけなくその動きを止めた。

 追っていたものが急停止したので、アリスも駆けていた脚をようやく止めることができた。はあはあと息を切らしながら、抱えていたフラミンゴを下ろす。

 そして針鼠がぶつかった何か――椅子の脚だった――と、それに腰掛けていた貴婦人を見た。白い骨の体に豪奢な装い、それは硝子の義眼を磨いている公爵夫人だった。その背後にはいつものように蛙の従者が控えていた。


「あら、また会えて嬉しいわ」


 公爵夫人は眼窩に義眼を嵌め込みながら甲高い声でそう言った。蛙の従者も礼儀正しく一礼する。幾分息が整ってきたアリスも挨拶を返した。


「城に来ていたんですね」

「ええ、今日は私が所有している芥子鉱山の件で来たの。あなたも昨夜の祝宴で出された料理を食べたでしょう? あの料理に使われている芥子は私の鉱山で採れたものよ」


 芥子は植物で鉱物ではないはずだが、鉱山とはどういうことだろうか。アリスは少し考えたが、すぐにやめた。不思議の国は自分の常識とは違うものたちであふれているのだ。


「何か考え事をしているのね。それでだんまりを決め込んでるってわけね」


 自分の中で納得しているアリスに、公爵夫人が咎めるような口調で言った。確かに何も答えないのは無作法だったかもしれない。アリスは慌てて首を振った。


「いえ、少し疲れていたので。今までクロッケーの試合をしていたんです。この子がマレットです」


 アリスは傍らのフラミンゴを抱えてると、見せつけるようにずいと突き出した。紹介された鳥に公爵夫人は義眼の焦点を合わせ、歯をかちかち言わせながら呟いた。


「そう言えば芥子とフラミンゴは似てるわね。どちらも噛みついて、しみるものだわ」


 アリスは自分が抱えているフラミンゴに目をやった。公爵夫人をじっと見つめながら、何だかくちばしを使いたそうにしている。硬い骨はつつきがいがあると思っているのだろうか。

 アリスは慌ててフラミンゴを自分の背中に隠して公爵夫人に向き直った。そして話を変えようと思うと同時に、せっかく会えたのだから、彼女にしかわからないだろうことを聞こうと思った。


「チェシャ猫が今どこにいるか、知りませんか?」

「チェシャ猫? あの死刑囚の獣のことね」公爵夫人は羽の扇で口元を隠しながら言った。「知らないわ。私はあの猫の飼い主じゃないもの。よく私の館に入り浸っているけれど、どうでもいいことだわ」


 随分素気無い答えだ。グリフォンが言っていたように、特別仲良しというわけでもないらしい。アリスは少しがっかりした。


「そうですか。ありがとうございます」

「まあ、会いたければそのうち姿を現すわ。言うでしょう? “同じ羽の鳥は群れをなす”って。似たもの同士は集まりやすいのよ」

「私とチェシャ猫が、ですか?」


 自分たちに似ているところなんて一つもないと思うアリスは首を傾げた。しかし公爵夫人は違う意見らしい。「あらあら」と言いながら口元にかざしていた扇をぱちんと閉じた。決して瞬きをしない硝子の義眼がアリスを捉える。


「あなたは自分自身が他人の目に映る自分と全く別のように思っているの? 他人に映る自分なんてものは、自分自身とは似ても似つかないものなのに?」


 きらきら輝く造り物の瞳に見つめられると、何だか居心地が悪い。アリスは落ち着かない気持ちで口を開いた。


「公爵夫人には私がどう見えるんですか?」

「肉がついてるわね。でもそんなことは大したことじゃないの。まともに見えるわ。まともなところがこの国ではいかれてるのよ」公爵夫人が話す度に、骨と衣擦れの音が響く。「要はこの国にいる住人たちはみんなまとめていかれてるってことね。だからこうやって寄り集まって暮らしてるのよ」

「私は、まともだけどいかれてる?」

「みんな誰しも、どこかはいかれてるものよ。まあ度合いと言うものがあるけれどね。言うでしょう? “私のものが多いと、あなたのものは少ない”って。いかれ方にも配分というものがあるのかもね」

「いろいろと言葉を知っているんですね」


 アリスの言葉に、公爵夫人は少し気を良くしたようだった。扇を開いて機嫌良さそうに自らをあおいでいる。


「せっかくだわ、今の言葉たち、全て誕生日のプレゼントとしてお贈りしましょう。今日があなたの誕生日かは知らないけれどね」


 奇妙なプレゼントもあったものだ。アリスは戸惑いながら、なるべく皮肉っぽく聞こえないようにお礼を言った。


「素敵なプレゼントをありがとうございます」

「あら、いいのよ。――そろそろおいとまさせてもらうわ。女王陛下とはなるべく顔を合わせたくないの。恐ろしい方だもの」


 公爵夫人はぶるり――実際に耳に聞こえたのは乾いた骨が立てる「かたり」という音だったが――と体を震わせると、さっさと立ち上がり、蛙の従者と共にどこかへ歩いて行った。

 アリスはしばしその場に突っ立っていたが、そうしていても何もならないのでクロッケー・グラウンドに戻ることした。のそのそ歩き回っていた針鼠を回収してフラミンゴの背中に乗せ、それらを抱えてくるりと振り向く。するとそこには、いつの間にか女王が立っていた。


「公爵夫人は帰ったか」誰もいない椅子を見つめ、口端だけ吊り上げて嗤った。「首が失せるより自分が失せる方を選んだようだな。まあ賢明な判断だ」


 ぎょっとして立ちすくんでいたアリスだったが、気を取り直して口を開いた。


「クロッケーの試合はどうなったんですか?」

「ああ、試合は終わった」


 女王が言ったのはそれだけで、勝敗はわからなかった。最も自分のチームも敵も味方もわからなかったのだから、勝ち負けがわかったところでどうにもならないが。


「公爵夫人で思い出した。海亀もどきには会ったか?」


 海亀もどきといえば公爵夫人の夫――公爵のことだ。アリスは首を振った。


「いいえ」

「それなら、会うといい。泣き言ばかりで首を刎ねたくなる奴だが、まあまあ面白い話をする」そこまで言うと、女王はちらとクロッケー・グラウンドの方向に視線を遣った。「グリフォンに案内させよう。奴の友人だ――間抜け同士は寄り集まるみたいだな」


 公爵夫人の話の続きのような言葉に、アリスは少しだけ笑った。



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