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歓迎会、そして日常へ。

◆◆◆◆◆◆◆

翌日曜日の夕方。

俺は二○三号室居た。


否、俺達は……と、称するべきかな。

俺と靜。

それに褐色の肌に黒髪、赤い瞳が特徴の妙齢の美女。

美女と同じ褐色の肌に金髪、赤と碧のオッドアイの美少女。

ぷにぷにのお肌に地面にまで届く銀髪、黒のトンガリ帽に黒のマント、黒のローブ姿という魔女の様な格好の美幼女。

計五人が、部屋の真ん中に置かれたテーブルを囲んでいた。


さて、この二○三号室だが、実を云うと誰も住んでいなかったりする。

専らおぞん荘の住人達が、宴会を開いたり集会を行う場として利用されているのだった。

その為室内にはパーティーグッズや調理器具なんかが、所狭しと置かれている。


住んでいる人間がいないので家賃は払われない。

勿論おぞん荘の住人も払わない。

そんな殊勝な心掛けが出来る奴は、おぞん荘に住もうなんて思わないだろう。


じゃあ、大家的には勝手に一部屋使われてていいのか、という話になるが……まぁ問題は無いのだろう。


何故なら――俺は、天井を見上げる。

するとそこには、夕闇の空と一番星が輝いていた。


「お兄ちゃん、ソレじんこーえーせい、だよ」


訂正。

星ではなく人工衛星だそうです。


「ありがとう、ミミちゃん。勉強になったよ」


俺は褐色の美少女――ミミちゃんの頭を撫でる。


ま、そういったわけでして、二○三号室の天井には直径一メートル程の穴が空いているのだ。

誰も穴の空いた部屋になんか住まんわな……。


そんなこんなで、この部屋に付いたあだ名は『おぞんホール』。

トリプルミーニングくらいあります。


「んじゃま、鍋もあったまった様だし始めますか――宵乃宮:靜《よいのみや:しずか》の歓迎会を」


「「「イエーイ!!」」」(住人×三)


「……い、いえーい」(靜)


俺はテーブルを囲む面子をぐるりと見回し、グラスを掲げる。


「かんぱーいっ!」


「「「「かんぱーいっ!!」」」」


午後六時。

靜の歓迎会が始まった。


靜と一番親交が深いということで今日の司会を任された俺だったが、こういう時はまず自己紹介からか?


そうと決まったら、と俺は柏手を打ち、鍋やテーブルの料理に行っているみんなの視線を自分に集めた。


「ほいじゃ、みなさん。ここらで簡単な自己紹介と、いこうじゃありませんか」


まずは、云い出しっぺ俺から。


「といっても、もう大して話すようなことも無いんだけどね。

改めまして、月杜:御影《つきもり:みかげ》です」


とりあえず、起立。


「趣味は寝ること、特技は何処でも寝れること。まぁ、同じ学園に通う者同士ひとつ宜しく」


周りから「寝ることばかりじゃん」と野次が飛ぶ。

だってホントのことだし。

こちとら木の上だろうが、穴の中だろうが寝れるもん。


「こちらこそ宜しくお願い致します」


靜の綺麗な礼で、俺のターンは終わった。


「次はミミがいくのーっ!」


俺の隣に座っていた褐色美少女が、元気良く手を挙げた。


「ミミの名前は、ミミ:エルウムっ。十三さいの、ちゅーがく一年生!!」


非常に元気の良い挨拶だ。

褐色の肌にショートカットの金髪、ドングリの様なくりっとした目という、活発そうな外見に見合った中身。


「ちゅーいちだけど、オッパイは靜お姉ちゃんとおんなじぐらいですっ」


……活発を通り越して恐いもの知らずだな。

ほら、靜の奴がわかり易くうなだれてるぞ。


「でも、だいじょーぶ!!」


どの辺がだよ、ミミさん。


「お兄ちゃんはあしふぇちだからっ。黒ストとかぽいんと高いッスよ!」


「ブゥーーーーッ!?」


ごほっ、がはっ、ごぼっ……。


ちょっ……、いきなり何を語り出すんだこの小娘は!?

クソッ、飲んでた麦茶が気管支にごぼっ、がはっ。


「もぅお兄ちゃん! 飲んでたものはきだすなんてバッチイよ!」


ほほぅ、誰のせいだと思ってるのかな。


「ひはい、ひはいよ。ほにーひゃん」


柔らかいほっぺたを、お餅の様に左右へ引っ張ってやる。


ほら、靜が黒ストに包まれた脚を、短い制服のスカートで必死に隠そうとして……あァ?


「そういや、何で今日も制服なんだ、靜?」


昨日もそうだったが、何故に休日に制服を?


「…………持っていないのです」


「何を?」


「………………服を」


「え?」


「制服以外のまともな服を」


「――――ッ」


え? 何? ちょっ、マジかよ!?


何とも云えない重苦しい空気が立ち込める。


え~、まさかそんなところで、大和撫子貧乏系の本領発揮かよ!?


あーっ! わーっ! そんな伏し目がちの悲しそうな表情は止めてっっ!!

罪悪感で押し潰されそうだよっ!


えぇい、外野共!!

そんな“泣かせたー”的な目で見ずとも、自覚しとるわ!!


だが、自覚したからといって解決出来るかと云えば、またそれは別問題であって。


――――どうすりゃいいのかわからん……。


俺のスカスカ脳味噌じゃ、こういう時の解決策なんて思い浮かばないのだ。

しかし、これ以上時間を掛けてしまうと奥床しい靜のことだ、自分のことを卑下して場の空気をとりなしてしまうだろう。


それだけは避けたかった。

せっかく彼女の歓迎会をしているのだから。

主賓には気持ち良くいて貰いたい。

きっとその奥には、彼女の生い立ちへの同情も入ってしまっているのだろうが。

今はそれどころじゃないし!


「あらあら、いつも冷静な御影くんがそんなに慌てるなんて」


ギリギリのタイミングで口を開いたのは、俺ではなく褐色の美女――クルさんだった。


「あらあら、そういえば自己紹介がまだでしたね。ワタシはクルティム:エルウムと云います。気軽にクルって呼んでね!」


そう云ってクルさんは、色っぽいウインクをした。

相変わらず仕草の一つ一つが色っぽい、大人の色香を漂わせた人だと思う。

流石は、夜の店のママさんだけのことはある。

元ダンサーだし。


そしてクルさんのおかげで、気まずい雰囲気は一気に押し流されてしまった。


「ふふ……、ここは司会者に倣って、趣味特技を云えばいいのかしら?」


好きにしてください。

もうすでに、ミミの時点で自己紹介なぞ破綻気味だったのだし。


「じゃあ、趣味はお酒を飲ませること。特技は踊り。そして最後にワタシの宝物が、――この娘よ」


そう付け加えて、クルさんは笑顔でミミを抱きしめた。

抱きしめられたミミも、喉を撫でられたネコの様に気持ち良さそうな表情を浮かべている。


名字が同じだから当たり前と云えばそれまでだが、クルさんはミミの母親である。

褐色の肌が特徴的だから、すぐにわかると思うが。


それ以外にも、二人はよく似ている。

違うところと云えば、ミミの髪が金髪のショートカットなのに対してクルさんは黒髪のセミロングなところと。

ミミが赤と碧のオッドアイなのに対してクルさんは赤目なところぐらいだろう。


勿論発育途中のミミと、女性として完成され尚且つ、ダンスで鍛え上げられているクルさんとでは体つきが違うし、持っている雰囲気も活発で健康的と妖艶でセクシーとまるきり別だが、誰が見ても血が繋がっているとわかるレベルだ。


「ただ、クルさん。あれで今年アラフォーっていうんだから恐ろしいよな。下手したらちょっと年の離れた姉妹だぞ。

ダンスの効果なのか……?」


否、でも、まさか、ダンスだけで……。


「クルさんは一体どのようなダンスを踊られていらっしゃるのですか?」


俺の独り言のような呟きに、靜がピラニアのように(誇張です)食い付いた。

……靜さんも女の子なんだから、もう少し美容とかダイエットとかの話題に貪欲に喰らい付いた方がいいんじゃないの?


そういう世間擦れしていないところが、彼女の良さでもあるのだろうが。


「ワタシが踊っているのは『ラクス・シャルキー』って云うのよ」


「らくす、しゃるきー……ですか?」


首を傾げる、靜。

まぁ、ラクス・シャルキーの名で知っている日本人はあまりいないよな。


「ラクス・シャルキーってのは、所謂ベリーダンスのことだ」


なので、助け舟を出してやる。


ベリーダンスってのは中東やその他のアラブ文化圏で発展したダンス・スタイルを指す言葉であり、これらを呼称するために造語された西洋の呼称なのだそうだ。

アラブ文化圏ではラクス・シャルキーって呼ばれている。

ちなみに意味は“東方の踊り”だそうだ。

故にオリエンタル・ダンスなんて呼ばれ方もする。


なーんて偉そうに語ってはみたが、全てクルさんの受け売りだ。


「今度靜ちゃんにも教えてあげるね」


「その時は宜しくお願い致します」


止めといた方がいいと思うぞ、靜。

クルさん、ダンスには妥協しない人だからかなりヤバいぞ。

ミミがガクガク震えているのは、決して偶然では無いだろう。


「ふふ……、さて、話を戻すけど」


ぽんっと、手を叩いて仕切り直すクルさん。


「靜ちゃん。服が無いのなら――」


「ケーキを食べろ?」


ミミ……それはマリーさんだよ。

しかもこの前フランスへ行った時、本人(本霊?)否定してたし。

「ワタクシ、そんなに性格悪くはありませんわ」って。

“そんなに”ってところがミソだよな。


「あらあら、ミミちゃん――今夜は寝ずのレッスンね」


「いやぁああああああ!!」


ミミは両手で耳を塞ぎ、何も聞きたくないと必死のアピール。


でも……無駄な抵抗なんだろうなぁ。

合掌。


「服が無いのなら、ワタシのお古でよければ着る?」


「よろしいのですか?」


「勿論よ。遠慮しなくても大丈夫。お店の子達にもあげてるから」


「お店を経営していらっしゃるのですか?」


「ええ、『踊場』って名前なんだけど。

よければ靜ちゃんアルバイトしてみる? 靜ちゃんみたいに綺麗な子は大歓迎よ」


「よろしいのですかっ!? 実は働き口を探していたのです」


乗り気の靜。

ちょい待てや。


「否イヤ、クルさんのお店未成年働け無いじゃん」


「えぇっ!?」


なんせキャバクラだし。


「ふふ……、冗談よ、御影くん。まるでお姫様を守護するナイトみたいね」


普通、クラスメイトがキャバ嬢として勧誘されてたら止めるでしょ。


「さて、最後はボクかね」


「ようやく喋る気になったのか、メア?」


今まで話に加わらず、食事をしていた魔女っ娘がついに口を開いた。


「ボクは別に話したく無かったわけでは無いさ。ただ食事を取っていたのだよ」


何当たり前のことを聞いてくるのだ、といった表情のメア。

一応歓迎会やってんだから、食ってばかりじゃなく話せよ。


「まさか君の口からそんな言葉が出てくるとはね」


今度は目を丸くして、信じられないっていった表情で、メアは俺を見詰めてきた。


「君もボクと同じ様に、食べられる時に食べる、寝られる時に寝るスタンスの人間だと思っていたのだが」


どうやらボクは思い違いをしていたようだね。


否、確かにそうだけどさぁ。

でも、お前さんと俺じゃあ意味合いが違うだろ。


俺は万一の時に備えて万全の体勢を整えたいだが、メアのはただのマイペースだろ?


「まぁ、いいさ。

さて、ボクの名前はメアだ。見ての通り魔法使いをしている。まぁ、宜しく頼むよ」


そう云ってメアは、ややブカブカの帽子を取り、胸の前に当て軽く頭を下げた。


メアの言葉の通り彼女は魔法使いである。

小学校高学年程度の小さな身体をトンガリ帽やマント、ローブに包んだ姿は、まさに漫画やアニメに登場する魔女そのものだ。


たが、いくら見た目が魔女っぽいといっても、メアは魔法使いなのだ。


そうは云っても……と、靜が困惑した表情でメア――ではなく俺のことを見ている。


クルさんの時の様な補足説明をして欲しいのだろ。


俺は任せとけと、靜に向かって頷き口を開いた。


「信じられないことかもしれないが、メアは魔法使いなんだ」


まずは核心から入る。


「確かにメアは、ただでさえ凹凸が少ない体型のくせにブカブカの服を着ているからわかり難いかもしれないが一応女ではある。

しかし――」


だから魔女ではなく魔法使いで合っているんだよ、と俺はしっかり誤解を解いてやった。


そして俺と靜以外の全員がずっこけた。

「だいたい、女のくせに“ボク”なんて一人称を使っているのが紛らわしい――って、みんなして何ずっこけてんだよ?」


「な……っ、そ、それはボクに対する侮辱かい!? そうなのかい!? そうなのだろっ!! どうなんだい、ミカゲっ!?」


一番初めに復活したメアが、烈火の如く喚き散らす。

それに対して俺は、あくまでも冷静に答える。


「否、ただの冗談」


ちょっとしたお茶目である。

流石にメアの容姿で、男に間違われることは無いだろう。

彼女は文句無しの美幼女だし。


「――――ッ! ふ、ふざけるなぁああああああああ!!」


爆発した。

何が?

恐らくメアの堪忍袋の緒じゃね。


「大体だね! ミカゲ、君の冗談はいつも質が悪いのだよ!! それにボクの一人称の何処が変なのだいっ?」


変なんて一言も云ってねーぞ。

紛らわしいとは云ってが。


「それにだね、ボクにしてみれば“わたくし”の方がよっぽど異常だよっ」


「あ、ミミもそれ思ったー」


確かに、最近素面で使う奴は殆どいないわな。


「あらあら、でも靜ちゃんにはとっても合っていると思うわ」


クルさんの発言に俺達は揃って首を縦に振った。


「あの、ところで魔女と魔法使いの話はどうなったのでしょうか?」


靜が怖ず怖ずと手を上げた。

そういえば、その話の途中だったな。


「魔女と魔法使いの違いは、さながらニホンオオカミとチョウセンオオカミなのだよ」


メアが腕を組んで得意気に語る。

まぁた、コイツはわざわざ難しい例えを出しやがって。

どこで覚えてくるんだか。


「ニホンオオカミと、チョウセンオオカミ、ですか?」


俺がメアを教育し直さなきゃな、と思っていると、案の定靜は理解出来ていなかった。

なので、また補足を入れる。


「ニホンオオカミは絶滅した種だよな」


「はい」


「それと同じで魔女という存在も、絶滅してしまったと云うことだよ」


「絶滅……」


「そうだ。正確にはまだ世界の何処には居るかもしれないが、公式記録では一年程前に絶滅したことになっている」


因みにその記録を提出したのは、他でもない俺だったりする。


兎も角、そういった理由からメアは魔女ではなく魔法使いなのだ。


「それで、その、メアさんはどの様な魔法使いなのですか?」


「いい質問なのだ、シズカ。ボクはだね――特に何も出来ない魔法使いなのだよ」


三十歳まで純潔を守ってきた男の子と同じなんだよな!


「そんなわけあるかっっ!」


当たり前の話だが、メアは激怒した。

目を吊り上げ、頬をハムスターの様に膨らませた姿はなんとも愛らしく、ついつい笑みを浮かべてしまう。

当然、メアの機嫌は更に悪くなってしまった為、俺はご機嫌とりとしてメアが許してくれるまで彼女の頭を撫で続けることとなった。



◆◆◆◆◆◆◆

気が付けば、時刻は九時を過ぎていた。


自己紹介の後は、適当にトランプやビンゴ等のパーティーゲームをやりながら騒いでいた。

それにしてもビンゴの賞品が、トイレ掃除券とかってもう完璧に罰ゲームじゃん。

作ったの誰だよ。


「御影くんでしょ」

「お兄ちゃんだよ!」

「自分が作ったものも忘れてしまったのかい?」


俺だった。


大分ヤキが回ってしまっているようだ。

だが、仕方ない。


何故なら、いつの間にか俺の飲み物が、麦茶から泡の出る麦茶に替わってしまっていたのだから。

要は、ビールである。


犯人は、恐らく……クルさんだろうなぁ。

本人は素知らぬ顔でワインを嗜んでいるが。


「これは、ブドウジュースですか?」


靜が、自分のグラスに注がれた(クルさんの仕業)濃赤色の液体に対してベタな質問をした。


「それは、赤ワインだ、靜」


「え……っ、お酒…………」


俺の端的な答えに、靜は目を丸くして驚きを表した。


それを見たミミが「靜お姉ちゃんはお酒飲んだことないの~?」と、私はお酒飲めるよみたいな優越感に浸っている。

クルさんが幼い頃(今もガキには変わりないが)から仕込んだせいで、若干頭がイカレてしまっているらしい。


「いけません」


決して大声ではなかった。

しかし、その声には有無を云わさぬ迫力があった。

現にミミとメアは、ビクンと肩を竦ませ恐る恐るといった感じで靜のことを上目遣いに見ている。

ビクンはビクンでも、微醺状態のクルさんは至って平常運転だが。


「し、しずか?」


俺自身も思わずどもってしまった。


「クルさん以外は皆さん未成年でしょう? それなのにお酒を飲むなんて」


厳しい眼差しで、俺達一人一人を見回す靜。

靜の云い分は至極真っ当なことだ。

俺は十七。

ミミは十三。

メアに至っては十歳である。


普通に法律違反だ。

まぁもっとも、おぞん荘の住人にとって法律はそこまで重要なものではないのだが。


倫理的に問題のある行動は、基本的にはしない。

しかし、自分の意志を曲げてまで遵守しようという殊勝な人間でもない。

それが俺達である。


良くも悪くも社会の裏側を熟知した奴らが集まっているのだ、ここには。

正直者は馬鹿をみるではないが、馬鹿正直に法律なんか守っていても損するだけなのだ。


どだい、酒程度で騒がれても困る。

身体の成長に害を成すだとか、急性アルコール中毒だとかは飲んだ本人の責任だ。


だから、酒ぐらい好きにさせればいいじゃん――などとは口が裂けても云えない圧迫感だった。


何と云うか……靜の後ろに鬼が居る気がする。

そういえば、般若って女性なんだよなぁとこの場では思い出したくなかった記憶が蘇る。


気が付けば、みんなが正座をしていた。

あの飄々としたクルさんまでがシュンと瞳を伏せ、反省のポーズをとっている。


「お兄ちゃ~ん、しずかお姉ちゃんが恐いよぉ……」


「安心しろ――目を瞑れば、恐い靜お姉ちゃんは消えて無くなるぞ」


「月杜さんっ!!」


怯えるミミに、抜群の解決方法を伝授してあげると何故か靜に一喝された。


「はぁ~……、そんなに叫んで何死に急いでんだい? 愉快な奴だなぁ」


……………………………………………………やべぇ。


この場に於いて、絶対に云ってはならない軽口を叩いてしまった。

ミミやメアが俺から目を逸らして、無関係を装うとしている。

クルさんに至っては、「惜しい人を亡くしてしまったわ……」もう事後である。


「月杜さん」


目を吊り上がらせた靜が静に俺の名を呼ぶ。

靜が静にだってさ、あははは。

予想される今後の展開に、俺は乾いた笑いを浮かべることしか出来なかった。


もしかして、靜って意外と激情家?



◆◆◆◆◆◆◆

靜のお説教が終わった後、俺達は汗を流す為に葛の葉へと向かった。


お酒飲んだ後に風呂入ると、酔いが廻るって?

そんなもん、靜のお説教ですっかり覚めちまったわ!


スズムシやカエルの合唱を聞きながら歩いていると、見慣れた煙突と暖簾の姿が目に映った。


「ミミが一番のりーっ!!」


元気いっぱいに走って暖簾をくぐるミミ。

その向こうで、玉藻たまもさんが笑顔を浮かべているのが見える。


続いてメアが、澄まし顔でゆっくりと暖簾をくぐる。

おそらくミミの姿を見て、自分はそんなお子様じゃないぞってとこを示したかったのだろう。


そういうささやかな背伸びを見ていると、なんとも微笑ましい気分になってくる。


そして最後に残された俺達も入ろうかという時、「あの、月杜さん」と靜が俺を呼び止めた。


「ん? ……って、どうしたんだ靜?」


後ろから掛けられた声に何気なく振り返ってみると、そこには真剣な面持ちの靜が居り、俺は眉をひそめてしまう。


「申し訳有りませんでした」


靜が勢いよく頭を下げる。

ワンテンポ遅れて、美しく長い黒髪がサラサラと前に垂れる。


「どうしたんだ、いきなり?」


今の俺は、さぞや怪訝そうな顔をしていることだろう。


「せっかくわたくしの為に歓迎会開いて戴いたというのに、あのようにお説教をして空気を悪くしてしまいました」


目を伏せて悲しみを堪える靜。


「あのように口煩くしては、月杜さんや皆様にも嫌われてしまいますね……」


「そんなことは、ないさ」


靜から理由を聞いた俺は、キッパリと彼女の弁を否定した。


「何て云うかさ。おぞん荘の住人は、みんないい加減な奴らなんだよね」


俺も含めて。


「だから、仲間内でなあなあの怠惰な関係を築いてしまっているんだ。

そういった関係だからこそ、俺達は靜の様に相手を叱ることが出来ない」


それはぬるま湯の様に心地良く、それ故に人を堕落させていく。


「そんな俺達にとって、悪いことはきっちりと悪いって云ってくれる靜の存在はとっても有り難いんだよ」


「そうなのですか?」


「ああ。勿論意味もない理不尽な怒りに対しては、不満や怒りを覚える。でも靜のは、相手を想っての発言だ。

自分の為に叱ってくれる人を嫌いになんかならないさ」


ほら、見てみろよ。

俺は暖簾の先を指差す。

するとそこには、両の手を振って「しずかお姉ちゃ~ん、はやくお出でよー!!」と笑顔のミミと、「早い来てくれ、シズカ。でないと恥ずかしくてかなわないよ」と年不相応な苦笑を浮かべるメアの姿が。


「子どもは、さ。正直者だ。だから嫌いな相手には、近寄らないし近寄らせない。

もし俺の云うことが信じられないくても、あの子達の態度は信じてやってくれ。

な?」


「はい……っ。有り難う御座います、月杜さん!」


靜は、湿っぽい返事を返して、彼女にしてははしたなく服の袖口で目元を拭うと、年少組の下へ駆けていった。


なぁ、靜。

キミは、この僅かな時間でみんなに信頼されたんだよ。

そうだ、キミならおぞん荘で楽しくやっていけるはずさ。


「さて、」


俺は靜が二人の下に辿り着いたのを見届けると、また後ろを振り返り


「で、一体俺に何の用だ」


真っ黒な虚空に向かって、詰問口調で言葉を飛ばした。


すると闇夜にぼう、と赤い双球が浮かび上がった。


「大した理由ではないわ。ただ今日の月杜:御影がワタシの知る月杜:御影らしくなかったから気になっただけよ」


そんな返答と共に、今まで気配を殺していたクルティム:エルウムが姿を現した。


「俺らしくない、か」


そう告げたクルティム:エルウムの声には、先程までの温かさはまるで無く、キンキンに冷えた缶ビールの如き痛みを伴う冷たさで包まれていた。


かく云う今の俺の声にも、同じアパートに住む者同士の親愛などまるで含まれていなかったが。


「俺のどこら辺が俺らしくなかったんだ?」


「靜ちゃんに優しかったところよ」


俺の問いに対してクルティム:エルウムは、無表情に答える。


貴方がメアちゃんに甘いのはいつものことだけれども、要らん枕詞を皮肉気に付けながら彼女は語る。


「お酒の問題の時、貴方はわざと靜ちゃんを怒らせたでしょ?」


――はぁ~……、そんなに叫んで何死に急いでんだい? 愉快な奴だなぁ――


「初めは過保護な貴方が、怒りの矛先がメアちゃんに向かないよう自分を生け贄にしたのだと思ったわ」


でも、それだと矛盾が生じてしまう、とクルティム:エルウムは双眸をキツくする。


「だって貴方は、ワタシがお酒を出すのを知っていながら黙認したものも。

事前に靜ちゃんの真面目な性格を知っていた貴方なら、止めていたはず」


「早くおぞん荘やその住人に馴れてもらう為に、あえて黙っていたんだって云ったら?」


俺は、推理もので探偵に追い詰められていく犯人の様な言い訳をしてみる。

勿論こんな子供騙しが通じるわけないとわかっていながら。



「それだとしてもわざわざ彼女の歓迎会の時にやる必要はないわ。近いうちに別の機会を設ければいいだけの話だもの。靜ちゃんがワタシ達に馴れて、ある程度云いたいことを云い合える様な関係になってからの方が効率的だわ。

今日やってしまえば、さっきみたいに靜ちゃんへフォローを入れなければならなくなってしまうし。

それに。そもそもワタシが問題にしているのは、そうやって貴方が彼女の為にわざわざ気を揉んでいるという点なのだから、すり替えないでちょうだい」


クルティム:エルウムは、最後にピシャリと文句を付け加えられた。


「はぁ~……。百歩譲って俺が靜に気を揉んでいるとして、それの何が気に食わないんだ?」


「ワタシは靜ちゃんを気に入ったわ」


ハッキリとクルティム:エルウムは云い切る。

良かったな、靜。

年少組だけでなく、この人もお前さんのことを受け入れてくれたみたいだぞ。


それはそれとして、で?


「貴方の様な冷酷で打算的な人間が、親切心で靜ちゃんに気を揉むわけがないわ。何らかの思惑があるはず」


酷い云われ様だ。

だが、これまでの人生を振り返ってみるとそう云われても仕方のないくらいには、残虐なことをしてきたのも確かで。


「ワタシの気に入った人を、貴方の毒牙にかかせるわけにはいかないわ。

だから貴方が靜ちゃんを傷つけようとするなら、全力で貴方を潰す。今回のことはワタシの立場をハッキリ伝える意味でもあるのよ」


そして俺の腹の中を探る為、と。


気に入った者ならば、例え伝説の化け物であっても味方になり、俺の様に気に入らない者には徹底的に敵対する彼女らしい考えだ。


「さっき靜ちゃんにフォローを入れてた時も、全て自分が仕組んでおきながら白々しく怪訝そうな顔なんて浮かべて――思わず後ろから蹴っ飛ばしてやろうかと思ったわ」


知ってるよ。

一瞬殺気を感じたから。


「くれぐれも変な気は起こさないでね」最後にそう釘を刺して、クルティム:エルウムは靜達に合流した。


俺は満天の星空の下、独り佇む。


「良い勘してるよ、クルティム:エルウム」


我知らず口角が上がる。


「忠告は感謝するが、俺にも都合があるから受け入れるわけにはいかないんだよなあ」


靜。

俺もみんなと同じ様に、お前さんを受け入れてるんだぜ。



◆◆◆◆◆◆◆

「さて、行こうかメア」


「準備は万端だよ」


日付が替わり少し経った頃。

俺はまおぞん荘の古びた門の前に居た。

そして経った今俺の横にやって来たメア。

俺とメアは揃って闇の中へ歩を進めた。



ここから俺の――、俺達の日常が始まりだ。

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