チャプター2
荒涼とした砂漠地帯にあるドワーフ自治鉱脈掘削所。照りつける太陽はそこにある物を平等に焦がす。
現在、敷地内に侵入した一団は見張りのドワーフ兵士と交戦しながら、密集隊形のまま、防衛網を突き破っていた。
「さぁて、楽しくやろうかお前らッ!」
筋骨隆々な全身甲冑の二十人ほどの兵士達、装備に共通性が無いが、その身のこなしと迅速さは明らかに手慣れた傭兵の動きだ。
しかし、彼らには先ほどの声のような陽気さは微塵も無い。みな緊張と恐怖を抱えちゃ表情のまま前衛として壁を勤めている。
激を飛ばした声の主はその壁の最奥に居た。
長い金髪の髪と不自然さを抱くほど人形のように整った美貌。
豊満過ぎるボディは例えるならバランスを欠いた砂時計。その体型を覆うのは黒いビザールを基調とした扇情的な鎧。急所どころか、服として隠すべき所もロクに隠していない代物だ。さらにその上を血のように赤いローブを羽織っている。
はっきり言ってかなりの場違い。見た目だけなら戦場ではなく、酒場辺りにいるべき人間だろう。
しかし、その声は紛れもなく野太い男の声。
声だけではない。歩き方や身のこなしなど、その動作は中年の男それに近い。周りを囲む屈強な兵士たちはみなこの怪人のみを恐怖している。
「ドワーフ印のタル型マトをカモ撃ちするだけの簡単なお仕事だぜ、金が欲しけりゃとっとと済ませろよッ!」
兵士の放つ中階位中距離魔術である火球が一人の非戦闘員のドワーフに直撃、叫びを上げて倒れ伏す。
怪人、マヘリアを後衛にしているのはきちんと訳がある。
「プレーヤー」であるマヘリアの職業は攻性魔術師。しかもかなり高レベル。「プレーヤー」内ならば準廃人級と目される能力だ。
戦士役が盾として外に立ち、マヘリアの援護射撃を中心とする陣形が彼女の能力を最も生かし、なおかつ彼女が最も安全な戦闘法だからだ。
「オラオラオラッ! 頭出せ頭! キレイにぶっ飛ぶイカした頭をな!」
黒手袋に包まれた腕をかざす。手のひらから生まれた小さな火球が、一瞬で膨張、三メートル程になる。放たれた巨大火球はドワーフの宿泊小屋に直撃、跡形も無く燃やしつくす。
「たぁのっしいぃなぁ、オイ! 笑えよお前ら、そうだろ!」
マヘリアが放つ高位中距離魔術『ファイアボールlevel5』彼女の持つスキル「詠唱短縮」「魔法攻撃力二倍」により並みの傭兵を遥かに凌駕する破壊力となる。
周囲を囲む兵士達がみな歪んだ笑顔を浮かべた。相手は高レベルのプレイヤーだ。うかつに逆らえばどうなることか。この依頼でも依頼主がこんな壊れたプレイヤーだとわかっていれば請け負うことなど無かったろう。
「おい、なんで笑ってねぇの、お前?」
「……へ?」
唐突話かけるマヘリア。
「なに、笑いたくねぇの?」
「え、いや、あの」
その目は穏やかな、静かな表情。それはまるで、
「じゃあ死ね」
虫を見る子供。
一瞬で発生する熱量、名も無き兵士を舐めるように燃やし尽くす。
煙を上げる体が崩れ落ち、動かなくなる。やがて、崩れるように光り、欠片も無く消滅していく。
「お前ら見たかー? 人間様の言うこと聞かないとこうなるからなー? セコセコ働けよNPC共ー?」
マヘリアの忠告を兵士達は無言で受け取り、胸に刻む。「逆らえば死ぬ」そう覚えた。
――なんだ、今のは!?
爆発音と衝撃にジャスの体が固まる。逃げ場の無い戦いの気配が漂う。
――どうなるんだ……俺には戦い方なんて……
記憶は無い、名前さえついさっきまで無かった。その上で命のやり取りをしなければならないのか?
――イヤだ、死にたくない。何も知らず死にたくなんかない!
バ ン ッ !
ドアが開く。そこから現れるは、太ましい体躯のドワーフ兵士。しかしその体はかなり傷ついていた。
「ぐ、あ、」
息も絶え絶えにジャスのベッドまでにじりよる。流れる血が床にたれた。
「おい、怪我しているのか!?」
ジャスの心配を制し、ドワーフ兵士の男は話出す。
「い、いいか、よく聞け。プレイヤーがレアメタルを狙ってここを襲ってきた。抜け道を教える、だからそこを伝って逃げるんだ……」
「わかった、あんたは俺が担ぐから……」
しかし、差し伸べられた手を男は止める。
「俺はいい、もう駄目なんだ……」
その指先がゆっくりと量子化、光となり薄れていく。
「なんだ……? なんで消えちまうんだよ?」
哀しげに男はジャスを見つめた。
「ああ、あんた知らないのか。この世界じゃ死んだやつは光になって消えちまうんだ。デリートとかロストとかいってな」
「手当て、手当てをすれば……」
優しげに、男は首をふる。
「もう駄目なのさ。なあ、あんた頼むがある。聞いてくれ」
「……なんだ」
「今マッコイの親方とエルリアの嬢ちゃんがプレイヤーの一団と戦っている。なんとか抑えているが不利だ。いずれやられるだろう」
「俺も戦った方が……」
「いや、ちがう。せめてエルリアだけでも連れて逃げてくれ」
男の足がゆっくりと透けていく。
「あの娘の両親が死んだのは聞いているか?」
「ああ、マッコイの爺さんから聞いた……」
「俺はその両親の護衛だった。でも護れずにこうして生き延びちまった」
「そうだったのか……」
この男は無念を抱えて生きていた。
「でもな、あの娘は俺を責めず、真っ直ぐに育ってくれた。だからせめて護りたいんだ」
それでもなお、力足りず死んでいく。それが現実だ。
「だから頼む。俺はもうダメだが、あの娘だけは助けてやってくれ」
それでもなお、しなければならないことが有る。
「――俺は記憶が無い、何が出来るかさえわからない」
「出来るさ、お前はまだ生きているんだ」
ならば想いと魂を誰かへ伝えよう。
「――――ッ! ……わかった、エルリアを絶対に護る」
それが生きるということだから。
「――――すまんな」
静かに、消えていく。
「あんたの……名前は?」
消滅の光の中、男は静かに微笑んだ。
「ウィルバー、さ……」
音を立て、彼の斧が床に転がる。再び、ジャスしかいない部屋となった。
「ウィルバー、……――ッ!? ぐ、が、」
頭に痛みが走る。右手を添えながら、鈍痛に耐えた。
『――戦って」
――な、んだ?
『――戦って、人と世界と』
――この声は……
聞き覚えがある。遥か彼方で聞いた声だ。
『そして守って、彼らと世界を』
それは哀しげな女性の声。
――ああ、わかったよ。
何と戦えばいいのか、それはまだわからない。だが、何を守ればいいのか。それを知ることができた気がする。
ジャスはベッドからゆっくりと立ち上がった。
「――ぬおおぁおおッ!」
叫びと共に、マッコイの体が宙を舞う。地面に落ちて転がっていく。
「爺ちゃんッ!」
エルリアの悲鳴、右足に傷を負っていたが、小型の斧を杖にしながら辛うじて立っている。栗色髪は誇りにまみれ、作業着には無数の傷が走っていた。
「だからさぁ、レアメタルどこに締まったか早く言えよNPC」 マッコイを魔術でいたぶりながら、マヘリアは楽しそうに質問を重ねた。
「――じゃないと今度は孫の方にいくよ?」
「……や、止めろ! 孫には手を出すな!」
倒れながらも、マッコイは必死に制止する。
「お前、父さんと母さんだけじゃなく、爺ちゃんまで!」
「んー? 父さんと母さん? ……ああ、お前三年前のガキか」
エルリアにはマヘリアに覚えがあった。忘れられるはずが無い。三年前に自らの両親を奪った悪鬼の顔だ。
「口を出すなエルリアッ! ……プレイヤー、レアメタルのインゴットの場所は教える。だから孫には手をだすな!」
上体をなんとか起こしながら、叫ぶマッコイ。たくましい身体には無数の新しい傷が浮かぶ。
「いぃい心掛けだぁ! じゃあ案内して貰おうか」
マヘリアの細腕がマッコイの顎を掴む。
「そぉれ」
「ぬぅおっ!」
百キロをゆうに超えるマッコイの身体が五十半ばほどの重さしかないマヘリアに片手でぶら下げられた。
「魔術師だが、strengthもそこそこ鍛えてあるんだぜ?」
マッコイをおもちゃのように引きずりながら、マヘリアは兵士に指示を出す。
「じゃ、お前らはあの孫と遊んでやれよ。死なない程度にな」
「っ! ぎ、ぎざ……」
そのままマヘリアは立ち去っていった。
「爺ちゃんッ!」
後を追おうと足を引きずるが、兵士に押し止められる。
「どけぇ!」
腕を振るうが、支えにした斧を蹴られ、転倒。顔を打った。砂利の味が口の中に広がる。
立ち上がろうと身を起こすが、支えの腕を蹴られまた倒れる。
「キャッ!」
「大人しくしとけよ、小娘!」
兵士達に下衆な笑いが浮かぶ。圧迫された人間が、ストレスをぶつけていい存在を見つけた時のあの表情だ。
「お前らなんか、お前らなんかプレイヤーに従ってるだけのゴミじゃないか!」
倒れながらもエルリアの眼はまだ死んではいない。
「なんだとッ!」
一人の兵士がエルリアを踏みつける。執拗に、何度も。
「いいか、神なんかいねぇんだ! 力のある奴になるか従うかしなきゃ終わりなんだよ! 力の無いお前らを助ける神なんかいないんだよ!」
――父さん、母さん、爺ちゃん、
エルリアの頭の中で、大事な人の顔が浮かぶ。痛みはどこか遠くに行ってしまった。
――悔しいなぁ、仇一つ取れないなんて……
恐怖は無い。ただ悔しかった。自分の悲しみを伝えること無く終わることが。
「おいっ」
走る銀色の影。頭上の兵士が、音も無く吹き飛ぶ。地面にバウンド、ゴロゴロと転がっていった。
――なにっ?
エルリアは太陽の光に目を細めながら、兵士を殴り飛ばした乱入者を見つめた。
細く引き締まった長身。
欠落した左腕、
滑らかに輝く銀色の全身。
蒼の鬼火が一対輝く。
「……あんた、ジャス!?」
小屋にいるはずの珍客が、外に出ている。
「あんたなんでここに……」
「ウィルバーに頼まれた」
静かに言い放つ。
「え、じゃあウィルバーさんは……」
「…………」
「……そう」
ジャスの沈黙にエルリアも全てを悟った。
「とにかく、ここを出るぞ、立てるか?」
エルリアへ右手を差し伸べた。
「待って! 爺ちゃんがプレイヤーに……」
「っ! なん……ぐわっ!」
突き刺さる衝撃波にジャスの身体が大きく吹き飛ぶ。傍らの小屋の壁に叩きつけられた。追撃の衝撃波がもう一発ヒット、壁にめり込む。
「そのまま押し込め!」
兵士達が次々と魔術を発動、無数の火炎弾が小屋に直撃していく。正体不明の外敵に対し、最も有効な攻撃。つまり火力による封殺だ。
瞬く間に炎上する小屋、炎の影にジャスが消える。
「ジャス――――ッ!!」
エルリアの叫びが、風に溶けた。