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ジャス・ザ・ライトニング  作者: 切子QBィ
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第一話「起爆」 チャプター1

 思いつきで書きました。

 少年漫画の読み切り感覚でお楽しみ下さい。


 深遠の黒[アビス]、光輝なる炎[プロミネンス]


――俺……は、


 駆け抜ける電炎[プラズマ]、突き抜ける断片[デブリ]


――ここは……どこ……だ。


 遥か遠くで、星の瞬きが見えた。保持出来ない熱、しかし絶対零度を感知出来る肌を彼は持たない。音は無い。まるで音という概念自体がないかのような静寂。


――……うっ、あ……墜ちるッ!!


 突如反転する視界。それまで上も下も無かった彼に訪れる落下、いや、まさに堕天とも言える感覚が走る。


「……戦って」


――誰だッ!


 頭の中に響く声にうろたえる。その声は女の声。切実な祈りが籠もる、助けを求める悲哀の叫び。


「戦って下さい、人と、世界と、そして救って、彼らと世界を」


――世界?、彼ら?、人?


 疑問に応える者は無く、堕天の加速は更に最高潮に達する。


――お、俺、は……


――誰だッ!?



 彼の放った最もシンプルで、最も深遠に近い問いかけも虚空の宙に散っていく。


 そして流星は空を割り断つ。






――……なンだこりゃッ!?


――おーい、マッコイの爺さん、何か見つかったのか……なんじゃこれ?


――ふむ、金属っぽいのぉ、人の下半身みたいじゃが。


――なんか逆立ちしてるみたいだなぁこれ。なんかの像か?


――とりあえず、掘り出してみんべぇ。




――……ここどこだ?

 彼が目覚めたのは薄暗い一室。荒い造形のレンガで造られた壁や天井、なにやら武器や日用品など雑多な種類の金属製品が並ぶ。


――ここは……工房か?


 なぜ、そんな言葉が浮かんだのか、そもそもそんな知識があったのか彼にはわからなかった。

 ただ、知識的になんとなく、ここがそう判断する所だと思った。


――……俺が寝てる場所は……


 頭の中の粘つく薄もやを振り払う。自分が何か固く冷たい物に乗せられていることに気づいた。


――これは……金床?


「ッふんッ!!」


――えっ?


 次の瞬間、彼の顔面を衝撃が襲った。


「――いっでぇぇぇえッッ!!」




「いっや、ワリィワリィ、てっきり鉄クズかなんかと思ってよう!」

 豪奢な白髭を生やした古老、ゴーグル付きの帽子が似合うマッコイが豪快に笑う。採掘民ドワーフ独特の百五十センチ程の背丈とアンバランスにはちきれそうな筋肉。太い胴回りにはいい色合いに使い古した革のベルトが巻きつく。

 太い腕に走る幾つもの古傷が数々の荒事を逞しく、陽気にくぐり抜けた事を知らせていた。

「だからって金床乗っけて鋳つぶすんじゃねぇよ!」

 ベッドにて上体を起こしながら『彼』は怒鳴る。

 潰し用の巨大ハンマーの一撃を受け、絶叫した所を助けられたのだ。

 今彼のいる場所は、マッコイをリーダーとする採掘団の使う小屋の一室だ。

窓から小規模の露天彫り――鉱脈を真上からすり鉢状に掘り進む採掘方――にされた鉱山が覗く。

「ハッハッ、しょうがねぇじゃろ、なんかレアな金属かと思ったらとりあえず調べてみるのがドワーフのサガってもんよ!」



「だからってハンマーでぶっ叩くなよ!」


 部屋の片隅に長柄のハンマーが立てかけてあった。もはや鉄塊と評すべき四角の打撃部分、柄の部分は僅かに曲がっている。


「いやいやあんたも大したもんだ。ワシのハンマーに耐えて平気な顔してるんだから。むしろハンマーの柄が歪んじまって、自信喪失だぁ」


 快活に、岩の老人が笑う。


「よく俺死ななかったな……」


「いや、正直あんたのなりなら多少のことは平気そうだがね」


「えっ?」


 言葉の意味がわからず一瞬たじろぐ。

――そういや俺、どんな顔してたんだっけ……?


「お、俺は……」


 走る頭痛、頭を抱えようと左手を上げる。

――あっ


 左腕が無い。肘から先がすっぱりと消失していた。


「あ、腕、腕が……ッ!」


「……あんた、自分の姿がわからんのか?」


 マッコイが抱えてきた、全身を写す鏡に気づく。


「……こ、れが、俺?」


 その姿を良くみるため、ベッドから立ち上がり、全身を写す。


 身長は百九十センチ程。細身かつ、締まったシルエット。上半身にボリュームのある逆三角型の体系。

 服は着ておらず、くすんだ銀の装甲が全身をくまなく覆っていた。釉薬のように滑らかな表面が鈍く窓からの光を反射する。

 引き締まった長い四肢、いや三肢。調和を崩すように欠損した左腕は今頃どこで何を掴んでいるのか。


 そして、その顔は。

「これが、俺の、顔?」

 例えるにしてもこの世界に置いて知るものは数少ないであろう、フルフェイスのヘルメットに酷似した頭蓋。

 顔の位置、ヘルメットならば覗き窓になる部分にはスモーク状、半透明のガラスのような物で覆われている。

 その窓の奥には蒼い鬼火の如き二つの輝きが淡く灯る。


――俺は……


「化け物……」


 無意識に、最も正確に己を評した言葉を呟く。少なくとも、機械か何か、およそ人のカテゴリーに入る容姿ではない。


「しっかし見たことねぇ顔付きだけどあんたどこの種族だい?」

「え? いや、あの……俺、こんな顔してるんだけど、なんとも思わないの?」


 またも豪快に、古老が笑う。

「この世界、種族なんて山程いるんじゃ。いちいち変わった種族で驚いてたらハゲちまうよ。大体、男は顔じゃねぇ、ここと」

 バシリと己の右腕を叩く。

「ここよッ!」

 ドンと勢いよく彼の胸を叩いた。


「あ、ああ、そうだな…… なあ、俺、記憶が無いみたいなんだが。自分の名前もわかんねえんだ」


 ピタリッとマッコイの笑いが止まる。顔が青ざめていく。


「……ひょっとして、ワシのハンマーのせいか!?」


「え、いやうん、正直よくわかんねえんだけど」


 たぶん違う気がする。

「こりゃまずった! どうすべや!」

 頭を抱えだすマッコイ老。その様は、かなり暑苦しい。


「爺ちゃん! スープ持ってきたよ!」


 快活な声が響く、軋んだ音を立て、ドアが開いた。

――誰だ?

 年は十五才程だろうか。百四十センチ程の背丈、ドワーフ族にしては細めのシルエット、青の採掘用作業着にその身を包んでいる。栗色の髪を後ろにまとめ、卵型の輪郭と穏やかな目元、可愛らしい鼻梁が伸びる。 頬に土の汚れがついていたが、麗しい少女だった。


「おお、エルリア! スープはこっちに置いてくれ!」


 嬉しそうに、マッコイが片手を上げた。

 運んできたスープを傍らのテーブルに置き、エルリアと呼ばれた少女はマジマジと彼を見つめた。


「……えーと、何か?」


 ニッと快活に少女が笑う。八重歯が光った。


「爺ちゃん、こいついくらで売れるかな! あたしの見立てならレアメタルっぽいし、かなり高値で……」


「……あ"あッ!?」





 入れられた紅茶を啜りながら、少女は語る。


「だーかーら、こいつは何か仕組みあるみたいだし、つぶさないで、単体で売ろうよ!」


 負けじと祖父も孫に反論を返す。


「ドワーフだったらまず何の金属が知ってから売るんじゃ!研究無くして進歩はないぞ!」



「――はぁぁぁ」


 静かにため息をつき彼は顔を上げた。

「つ、ま、り、ッ!」

 勢いよくテーブルを叩く。


「俺は、ある朝いきなりすぐそばの採掘場のど真ん中に逆さまに埋まってたと?」


 マッコイ達から聞いたいきさつを整理する。彼を見つけたのはマッコイ当人。

 意識の無い彼を「とりあえず見たことないレアメタルみたいだから潰して調べるべぇ」と作業にかかった。しかし孫娘は仕組みにも価値が有ると判断。このまま売る案を押す。

 研究の情熱に燃えるマッコイは潰しを孫娘に秘密にして強行、現在にいたる、と。


「あんたら、おかしいだろ! 潰すなよ! 売るなよ! 値踏みすんな!」


「ふん、うちの鉱山で採れたもんのクセに意見する気?」

 エルリアが彼を睨みつける。勝手な真似は許さないと視線で訴えていた。


「別にあんたに意志があるなら、指図はしねぇよ。ただ、あんたの体の金属は見たことねぇ種類の金属だ。ちょっと削ってサンプルを……」

「断るッ!!」

 間髪入れずマッコイにNOを突きつける彼。いくら何でも体を削られるのはイヤだ。


「で、あんた記憶も名前もないんだっけ? 難儀だね」

 エルリアが問いかける。さすがに記憶喪失には同情してくれているようだ。


「俺には、なんつーか、はっきりとした記憶が無いんだ。名前も、体験の記憶も無い……」

 空虚感が彼の胸を疼かせる。己とは何か、それを物語るアイデンティティとしての記憶が彼には無い。「自分とは何か」という終わらぬ問いを、常に魂に刻み込まねばならないのだ。


「そう、じゃあ名前をつけて上げるわ。誰にだって自分と世界を分ける記号が必要だものね」

「名前……か、ああ、なんか覚えやすいやつを頼む」

 正直な所ありがたかった。自分で自分を名付けろと言われても、途方にくれてしまうだろう。


「そうね、あんたは……」

 エルリアの瞳にイタズラ好きの童子のそれのように輝く。

「ジャスね! 覚えやすくていいでしょ」


「……ジャス? あの、由来はどういう……」


「そりゃもちろん!」

 エルリアが胸を張る。低い背丈の割りにはなかなか豊満なバストが揺れた。

「ジャンク・オブ・スティールの略でジャスよ!」

 直訳すれば、鋼の鉄クズ、いや、鋼鉄のクズか。

「はあ!? ふざけんなお前!」

 思わず叫ぶ彼、しかしエルリアは威に介さずスープの皿を押し付ける。


「まあ、これでも食ってちょっと休めば思い出すんじゃない? じゃあね!」

 足早にエルリアは部屋を出ていった。


「あんたの孫娘、一体なんなんだ?」

 スープ皿を抱えながらもし表情を出せるならかなりしかめっ面になっているだろう彼=ジャス。

「あの娘はあの娘なりに考えたんじゃよ。なんだったらワシの考えた名前『謎鉄くん一号』とかどうじゃな?」

「断る」

 ネーミングセンスは代々受け継がれる物らしい。


――しかし、これどう食えばいいんだ?

 問題は食べ物ではなく自分にある。フルフェイスヘルメットのような自分の顔には口らしき部位が無い。

――こう、か?

 脳内で大きく口を開くイメージ、口元近くのパーツが大きく観音開きに開く。内部には鋭い牙、乱杭歯の覗く生物的かつ野性的な口、というかアギトがある。

「うおっ! すごい口じゃな」

 マッコイが驚きの声を上げた。

――これでいいのか?

 恐る恐るスプーンですくったスープを入れる。

――あ、味がする。

 ベーコンの脂とスモーク、野菜の旨味、豆の食感、塩味、味覚を通じて情報を実感する。


「結構旨いな」

 マッコイが得意満面に笑う。本当によく笑う男だ。

「作ったのはエルリアだからな! 婿さえ見つけりゃええ嫁になるんだが」

「……あの性格だと婿がなあ」

「あれでも、かなり明るくなったんじゃ。……三年前に息子夫婦、エルリアの両親が死んだ時は何も喋れんようになっちまっててな」

 それまでの陽気さとは違う、どこか遠い目でマッコイは外を見ていた。

「……いや、うかつだった、すまん」

 いたたまれなくなり、謝ってしまう。なんとなくそうした方がいい気がした。

「両親はなんで亡くなったんだ? 事故か」

「事故、か。ある意味じゃそうかもしれんな。のうジャス、あんた『プレイヤー』も知らんのかな?」

「プレイヤー?」

 言葉を胸中で反芻するがまったく覚えが無い。

「知らんみたいじゃな。十年ほど前から現れはじめた異常な能力を持つ者たちの事じゃ。自分達のことをプレイヤーを呼び、プレイヤー以外は人間ではないと乱暴を働く一派がその中におってな。三年前に、レアメタル目当てにエルリアの両親が殺されたんじゃ」

「プレイヤー以外は人間じゃない?」 奇妙だ。プレイヤーが人間で無い、人間以上というニュアンスならわかる。だが人間とはプレイヤーのみとは一体?

「よくわからんがそう言い張っておる。プレイヤーは痛覚や味覚が無いそうでな。それが人間の証明だといっておるんじゃよ。なんにせよ、現れはじめた多数のプレイヤーのせいで、この世界はすっかり混乱しちまったんじゃ」

 異常な能力を持つもの達がそれぞれ好き勝手をやりはじめた事により国力の衰退が起こったのか。


「中にはもはや天災と呼ぶしかないほどのプレイヤーもおってな。もうアイツらは事故か災害と諦めるしかないもんかもしれん」


「……それで、エルリアの両親を殺したプレイヤーは?」

 古老は悲しげに首を振った。

「見つからん。結局行方知れずじゃ」

 この明るい老人も、悲しみを乗り越え生きているのか。

「そんなとんでもない者がこの世界に……んっ?」


 突如、ジャスの脳裏に感覚が走る。視覚や聴覚とは違う、もっと広い範囲を感知する感覚。ここから離れた場所にいる明確な戦闘意識を持った者がいるという直感。ジャスは自分にある種の非常に広範囲な空間認識能力があることを朧気に理解した。――――それはこのジャスの体が、本来は地上のような狭い範囲を舞台に戦う存在ではなかったことを意味するのだが、今現在ではそれを理解する者も知る者もいない。



「おい、マッコイ爺さん、ここに誰か近づいてるぞ! 敵みたいだ!」

 突然慌てだすジャスにマッコイが驚く。

「あんたここからどこを見てるんだ?」

「なんだっていいだろ! とにかく何かがくるんだ!」

 直感が、ジャスの脳髄を貫いていた。

「だから何が……」


 ズ ズ ン ッ ! !


 走る衝撃に、壁がパラパラと少量の破片を落とす。

「なん……じゃ、敵襲か!?」

 壁のハンマーを軽々と抱え、ドアへ近づく。

「ジャス、あんたはここで大人しくしとけ! ヤバくなったら人をよこすからそいつと逃げるんじゃ!」

「お、おい!」

 ハンマーを担ぎ、駆け出すマッコイ。ジャスの制止も聞かず、その顔には決死の意志が見えた。



 誰も居なくなった部屋で、ジャスはただ壁を見つめていた。何か危機が迫るのはわかる、だが自分には戦う術があるかさえわからず、ただここで敵に震えるしかないのだ。


――俺は何ができる? 俺は、何者だ? 俺は――――誰だ?


 問いに応える者は無く、恐怖を癒やす存在も無い。ジャスはただここにいるしかできなかった。


 そう今は、まだ。



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