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彼はバレンタインが大嫌い

俺がバレンタインに操からチョコをもらったのはたった一度だけ。

転入した最初の年に仲良しの女子と作ったという小さなカップに色とりどりのトッピングがされたチョコレートが数個小さな箱に詰められていたそれだけだった。


だけど操はその翌年以降もずっとバレンタインが近づくたびに菓子作りが得意だった母さんに教わりながら、俺には名前の分からない手の込んだチョコレートのお菓子を作り続けていた。

それはいつも俺以外の男のためで・・・


だから、俺はバレンタインが大嫌いだった―――――――







9割が周りの後押し、残りの1割がなんとか操の意思という形で半ば強引に操と入籍し、異国の地に連れて来てしまった。

子供だった学生の頃とは違って、授業と部活なんて状況ではないので休日には朝のロードワークを終えれば操と二人で出掛けることもでき、夫婦としての穏やかな日々が流れていた。

人に聞けば、自惚れじゃないかと思われるかもしれないが操もずっと俺のことを想っていたんじゃないかと思う。

操のそばにはいつも男の影があったけど、それでも「もしかして」って感じることは度々あった。

そんなこと操に問い質しても正直に答えるとは思えない。

でもまっさらな操を手に入れてしまったあの時、その「もしかして」に賭けて操の理想を無視してでもきちんと操を自分のものにしてしまおうと決心した。




「あら、泰久くんじゃない。」

常緑樹が立ち並ぶ緑道を走る俺は仲睦まじそうに並んで歩く老夫婦を追い越した時、婦人の方が声をかけてきた。

立ち止まって振り返ると川西夫妻だった。

川西夫妻はこっちに来て間もない頃に朝市で立ち往生していた操に声を替えけてくれて、それ以来親しくさせてもらっている。

いつも夫婦一緒で操の理想がそのまま現実にあるような夫妻だが、川西氏は元は大学教授で研究内容の関係で世界中を転々としていたらしく、大学を退職した最近まで川西夫人はずっと一緒に世界を周り夫を支えてきたらしい。

その話しを聞いた操はドン引きだった。

それでも川西夫妻の人柄に惹きつけられてか、家を訪問し合ったり、外へ一緒に食事に出かけたりしている。


「おはようございます。」

夫妻に近寄って挨拶をした。

「いつもこの辺りを走っているのかね。」

「丸一日空く日は良く来ますね。お二人はお散歩ですか?」

「そうなのよ。ゆっくり歩いて向こうの植物園へ行くつもりなのよ。そういえば、また操さんにお会いした時にもお礼を言うつもりだけど、この前のチョコレートケーキ美味しかったって、泰久くんからも伝えておいてくれないかしら?」

「・・・はい?・・・」

バレンタインの先日、日頃お世話になっているからと川西氏のためにチョコレートケーキを焼いていた操。

結局、川西夫妻宛てに持って行ったようだった。

俺も味見はした。

折角結婚したのに今年も俺には何もなく、少なからずショックだったから、チョコレートケーキと聞いてそのことを思い出し川西夫人に変な返事をしてしまった。

「しかし、泰久くんはずっとあんな美味しいいケーキを食べてきたんだね。」

「え!?」

冷やかしを顕わにした言葉の後にはっはっはっと豪快に笑い、俺の肩を叩きながら「ラブラブじゃのう。」という川西氏の台詞に俺は目が点になるしかなかった。

「いつも泰久くんのお母様と作っていたんですって、それができなくなってしまったのが残念ね・・・」


確かに母さんと一緒に作っていた。

それは練習で本番用はもう一度作るからと操はいつも作った半分を家に置いて帰っていた。

母さんが「泰久もどお?」なんていうから嫉妬で食えないと悟られるのも嫌でヤケクソになりながらも毎年勧められれば食べ続けていた。

母さんが体調を崩してからは一緒に作ることもなくなったし、亡くなって俺が日本を出てからは操と連絡自体直接やり取りすることはなかった。

操のことはいつも要さんや匠さんからのメールで・・・

でも、あれ、待てよ?

俺は俺の一方的な解釈でにやけた笑いが止められなくなった。

操にそのことを確認したくて早く家に戻りたかったが、この浮かれた状態を落ち着かせるために川西夫妻と別れた後いつものノルマの倍の量をこなしてから家路に着いた。





家に帰ると操はキッチンにいた。

リビング、ダイニング、キッチンとほぼ一部屋のように繋がっていてリビングの入口に立つ俺にもキッチンに立つ操の姿を遮るものはなかった。

小さなダイニングテーブルには出来あがったサラダが置いてあり、鍋のスープが煮えている上手そうな匂いが俺のところまで届いていた。

俺の帰宅を知れば俺がシャワーから戻るタイミングを計ってパンを温めてブランチの準備をするのだろうと思う。


「泰、帰ってたの?」

何気なく振り向いた操が無言で立っている俺の姿を見つけて驚いた。

「ただいま。」

操に近づきながら言い、たどり着いたところで操を抱きしめた。

「お、おかえりなさい。」

いつもより締め付けがきついせいか苦しげに答える操。

いつもならここでキスするところだけど俺は操を抱きしめたままでいたから「どうしたの?」と操は聞いてきた。



「操が欲しいんですけど。」


「はあ?」

呆れ返ったとばかりに操が声をあげた。

そんな操の表情も今俺の胸中にある推論が正しいと裏付けるだけだった。



操の過去の彼氏達(←ムカツク)に操はこんな表情を見せたことがあるだろうか?


否、俺の知る限り操はいつもすました作りもの臭い愛想笑いを見せるだけだったはずだ。

相手を心配したり怒ったり呆れたりするようなことはなかった。

まぁ、元婚約者(←超ムカツク)以外は付き合った期間も短かったせいもあるかもしれないが、でも俺には・・・・


俺だけには操は怒った。

俺の前だけでは操は泣いた。

俺のことは心配した。

俺には呆れてくれた。


匠さんが怪我をしてプロの道を絶たれた時、それは匠さんを想ってだけど、操は俺の前泣いた。

後から聞いた話では匠さんの怪我のことで藤沢の家族の前では泣いてはいなかったらしい。

それもあって高校時代俺が怪我したときは「本気でプロになりたいならきちんと怪我が治るまでは部活を休みなさい。」と本気で叱ってくれた。

大原さん絡みの操の縁談を阻止しようと帰国した俺が事故に遭ったと聞いて息を切らせて病院に駆け付けたのも、息を切らしたのは運動不足だろうが、その行動に駆り立てたのは俺を心配してのことだ。



「今すぐ操が欲しい。」

「な、なにをっ・・・」

折角美人に生まれたのに俺の理解不能な行動が理解出来ずに挙動不審丸出しの表情だって、絶対他のヤツらは見たことがないはずだ。

『空いた口が塞がらない。』という言葉が今の操にはピッタリで口を半開きにしたまま固まった操を横抱きに抱えて寝室へ向かった。

「泰、泰ってばどうしちゃったの?」

操をベッドの上に静かに下ろす。

抵抗する気はないらしいが、理由が知りたいらしい。

「ずっと惚れてた奥さんに欲情するのに理由なんてあるようなないようなでしょ。」

そう言って操の唇にキスをすると目を伏せて呟いた。

「・・・ばか・・・」


そうなんだ。

初めて会った時からずっと想ってきた。

あの時はまだ小学生で今みたいな欲情はなかったけど、操がいつも自分を見てくれたらと願っていた。

生まれて初めて異性を綺麗だと思い、その操の綺麗な瞳に自分の想いの全てが吸い込まれてしまったのだと思った。

そうして、そのまま、そのまま操の中で俺の想い大人になった。

そして今やっと操本人を連れて俺の想いは俺自身の元へ戻ってきた。


操のシャツのボタンをゆっくりとはずしていく。

胸元に夕べつけた内出血の跡が見えた。

その隣りにあえて数を増やすように口づけた。

それから操の目の前に顔を向けた。

「ねぇ操」

「な、なによ。」

挑戦する気なら受けて立つわよ的な返事に苦笑してしまう。


「今までのバレンタイン、誰に渡したか覚えてる?」


「・・・えっ!?」


いきなりの質問に何を思い出したのか操は真っ赤になって絶句した。

昔の彼氏とのことだとしたらやっぱりムカつくけど、俺が振った話題たから仕方がない。


「中1の時は誰々で、中2の時は誰々、みたいにきちんと言える?」


「・・・」


ほら、バレンタインという行事には盛り上がっていたけど渡す相手に深い思い入れがあったわけではなかったんだ。

「・・・いや、違う・・・ん?・・・・」

ぶつくさ言いながら記憶を反芻している姿に、毎年相手が違ったのかと驚いたりムカついたり呆れたりするが、はっきり答えられないところには優越感が湧く。



「中1の時は確か川西先輩、あれ?川西さんは川西さんよね?川・・・ギシ、いや川・・・・・・そんなのどうでもいいじゃないっ!」


「うん、そうだね」


「?」

俺のが返事にこれまた理解不能できょとんとした操の耳たぶを軽く吸って再び愛撫を開始する。

納得のいかない上目遣いの表情で俺を見る操。

操さん俺のこと煽ってるって分かってますか?

そんな操の表情は


「バレンタインはチョコのお菓子を泰の母さんと作った。泰も味見したんだから覚えているでしょう。」と雄弁に物語っていた。


そう、誰に渡したかはどうでもいい。

今となっては操が作る度に俺が食べたということだけが真実。



ならば、それなりにお返しをしなくてはいけないよな。

なにせ日本には「ホワイトデー」なんてイベントもあるのだから。








リビングに飾られたそれを見て立ち尽くす操は心底呆れているようだった。

俺はそんな操の姿を笑い声を殺しながらソファーに座って見ていた。

「買ったの?」

「はい」

「わざわざ?」

「操この前それ見て好きって言ってたし」

「いや、これが好きっていうか・・・なんで買ってんのよ!!」

今、操の目の前にあるのは先日二人で出掛けた時にショーウィンドーに飾られたのを見た操が「ステキ」と呟いたウェディングドレス。

後日おばさんや絢子さん達に画像を見せたらばっちり操のツボだと分かったので即購入。

そして今日届いた。

「過去のバレンタインのお返し。」

「はぁ?」

「俺毎年操の作ったチョコ食べたから。」

「でもそれは試作というか練習で・・・」

「川西さんにはずっと俺も食べてたって話ししたんだろ?」

「いや別に泰に作ったと話したつもりはないん、だ・・けど・・・」

否定するのが面倒になったらしい操。

しばらく考え込んで

「それにしてもいつ着るのよ」

「今度また監督達が来るときに教会手配してもいいんじゃないの?」

「式するの?」

「ずっとその内するつもりだったけど」

「あ、そう」

「ドレスだけじゃダメなんでしょう?他に靴とか色々必要みたいだから、今度一緒に出掛けた時、それは操も自分で選んでよ。」

「・・・まさか、その小物も買うつもり?」

「そのつもりだけど、あっ俺衣装も買って式が終わっても並べて飾って置くのもいいよな!」

「!!!」

次の瞬間「そんなムダ使い許さないわよ」と操が切れた。


ブチ切れた操なんてきっと絶対俺しか知らない。


うん、俺、バレンタインそんなに嫌いじゃないかも-------------。



fin


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