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俺のスキルは《会員》

【短編】《剣聖》になった弟に家を追い出された俺のスキルは《会員》でした ~ハズレスキルだと思っていたら、ポイントで好きな能力を買えるらしい~

掲載日:2026/09/13

 水晶に浮かび上がった二文字を見て、俺は思わず首を傾げた。


《会員》


 何度見ても同じだ。


 今日で十五歳。


 サハル王国では十五歳になると、神殿で「授与の儀」を受ける。


 もっとも、全員がスキルを授かるわけではない。


 授かることができるのは、一部の人間だけだ。


 そして俺――アレン・ヴァルディスにとって、今日という日は特別だった。


 ヴァルディス家は、代々騎士を輩出してきた侯爵家だ。


 その長男である俺は、いずれ家を継ぐものとして育てられてきた。


 剣術。


 馬術。


 学問。


 礼法。


 領地経営。


 父から求められたことは、何でもやった。


 だからこそ、どんなスキルを授かるのか。


 父も俺自身も大きな期待をしていた。


 それが――。


《会員》だった。


「神官様」


 後ろにいた父が尋ねる。


「どのようなスキルなのです?」


「少々お待ちください」


 神官は祭壇脇に置かれていた分厚い書物を開いた。


 何度もページをめくる。


 やがて、その手が止まった。


「……ありませんね」


「ない?」


「はい。《会員》という名のスキルは、この神殿に残された記録にはありません」


 父の眉間に皺が寄る。


「では、どのような能力なのです?」


「それも……」


 神官が困ったように俺を見る。


「分かりません」


「…………」


 周囲からざわめきが聞こえてきた。


「《会員》?」


「何の会員だ?」


「ギルド関係か?」


「そんなスキル、聞いたことないぞ」


 俺はもう一度、水晶を見る。


《会員》


 文字は変わらない。


 身体が強くなった感覚もない。


 魔力が増えたわけでもない。


「アレン」


 父の声が聞こえた。


「はい」


「……下がれ」


 声だけで分かった。


 落胆している。


「次。カイル・ヴァルディス」


「はい」


 双子の弟、カイルが前へ出た。


 俺の方がわずかに早く生まれた。


 そのため、俺が長男としてヴァルディス家を継ぐものとされてきた。


 剣術でも、これまで一度もカイルに負けたことはない。


 すれ違いざま、カイルが小さな声で言った。


「残念だったね、兄さん」


「まだ何の能力か分かったわけじゃない」


「そうだね」


 カイルは笑った。


「すごいスキルだといいね」


 そう言って、水晶に手を置く。


 直後、水晶が眩い光を放った。


「なっ……!」


 神官が息を呑む。


 神殿中が静まり返った。


 光の中に文字が浮かび上がる。


《剣聖》


「…………」


 一瞬。


 本当に誰も声を出さなかった。


 そして。


「《剣聖》だと!?」


「まさか!」


「何年ぶりだ!」


 一気に神殿が騒がしくなった。


 当然、俺も知っている。


《剣聖》。


 剣を扱う者なら誰もが憧れる、最高位クラスの固有スキル。


 歴代の《剣聖》は近衛騎士団長や将軍となり、その名を王国の歴史に残してきた。


「カイル!」


 父が駆け寄る。


「父上」


「よくやった!」


 父がカイルの肩を掴んだ。


「《剣聖》だぞ! これでヴァルディス家の未来は安泰だ!」


「ありがとうございます」


 カイルは嬉しそうに笑った。


 そしてこちらを見る。


「兄さん」


「……なんだ?」


「これからは、俺がヴァルディス家を守るよ」


「何を――」


「だって」


 カイルが笑う。


「《剣聖》だよ?」


「…………」


 その顔を見て、ようやく分かった。


 カイルは《剣聖》を授かったことだけを喜んでいるんじゃない。


 俺より上になったことを喜んでいる。


◇


 その日の夕方。


 俺とカイルは、屋敷の訓練場で向かい合っていた。


 互いの手には木剣。


 少し離れた場所には父が立っている。


 こうなったのは、神殿から戻ってすぐのことだった。


「父上」


 カイルが言った。


「次期当主を決める前に、兄さんと俺を戦わせてください」


「戦わせる?」


「はい」


 カイルは俺を見る。


「どちらがヴァルディス家の次期当主に相応しいのか。剣を交えれば分かるでしょう?」


「カイル、本気か?」


「怖いの、兄さん?」


「そんなわけないだろ」


 今まで一度も負けたことはない。


 カイルが《剣聖》を授かったからといって、これまで積み上げてきた差が、たった数時間でひっくり返るとは思えなかった。


 父は少し考えた。


「……いいだろう」


「父上?」


「私も《剣聖》がどれほどの力を持つのか見ておきたい」


 父は俺たちを見る。


「どちらかが降参するか、私が勝敗を決したと判断した時点で終わりだ」


「分かりました」


 そして今、俺たちは向かい合っている。


「始め!」


 父の声が響いた。


 俺は木剣を構える。


 カイルも構えた。


 何百回と見てきた弟の構え。


「行くぞ」


 俺が先に踏み込んだ。


 肩を狙って木剣を振るう。


 その瞬間。


「遅いよ」


「え?」


 カイルの姿がぶれた。


 ドンッ!


「うぐっ!」


 脇腹に木剣がめり込んだ。


 身体が横へ弾き飛ばされる。


「ぐっ……!」


 地面を転がった。


 何が起きた?


 すぐに起き上がる。


「カイル……?」


「どうしたの、兄さん?」


 カイルは笑っていた。


 息一つ乱していない。


「くっ!」


 もう一度踏み込む。


 ガンッ!


 木剣が弾かれた。


 腕が痺れる。


 重い。


 今までのカイルとは、まるで違う。


「遅い」


 木剣が迫る。


「ぐっ!」


 肩。


「うっ!」


 腹。


「がっ……!」


 胸。


 受けられないし、避けられないし、反撃すらできない。


 今朝までは俺の方が強かった。


 一度だって負けたことはなかった。


 なのに。


「うぐっ!」


 腹に最後の一撃が入った。


 木剣が手から落ちる。


 俺はその場に膝をついた。


「……そこまでだ」


 父の声が聞こえた。


 顔を上げる。


 カイルは息すら乱していない。


「これで分かりましたよね、父上」


「ああ」


「次期当主に相応しいのが、どちらなのか」


 父は俺を見る。


「アレン」


「…………」


「今日をもって、ヴァルディス家の次期当主はカイルとする」


「……はい」


 それしか言えなかった。


 十五年間。


 家を継ぐために剣を振った。


 勉強もした。


 努力してきた。


 それが、たった一つのスキルですべてひっくり返った。


「父上」


 カイルが言った。


「なんだ?」


「もう一つ、お願いがあります」


 嫌な予感がした。


 カイルが俺を見る。


「兄さんには、この家を出ていってもらいたいです」


「……何?」


「俺が次期当主になる以上、兄さんが残るのは邪魔だから」


「カイル!」


「兄さんは十五年間、次期当主として育てられてきた。兄さんを慕ってる騎士や使用人だっている」


「俺は家督を争うつもりなんてない!」


「兄さんがどう思ってるかなんて関係ないよ」


 カイルが笑う。


「兄さんを担ぎ出す人間が現れるかもしれない」


 そして、自分の胸に手を当てた。


「俺は《剣聖》」


 俺を見る。


「兄さんは《会員》だ」


「…………」


「もう、俺の方が上なんだよ」


 俺は父を見る。


「父上」


 父はしばらく黙っていた。


 やがて。


「……カイルの言うことにも理はある」


「父上!」


「お前に争う意思がなくとも、お前を担ぎ出してカイルに対抗しようとする者が現れれば、家は割れる」


「だから、俺を追い出すんですか?」


「そうだ」


 迷いのない答えだった。


「今日中に屋敷を出ろ」


「…………」


 決闘で打たれた場所が痛む。


 でも、父のその一言の方がずっと痛かった。


「……分かりました」


◇


 荷物は少なかった。


 着替え。


 数日分の金。


 そして、自分で初めて買った古い剣。


 身体中が痛む。


 それでも荷物を背負い、剣を杖代わりにして屋敷を出た。


 門の前にはカイルがいた。


「兄さん」


「……なんだ」


「もう戻ってこないでね」


「…………」


 答えず、その横を通り過ぎた。


 背後で大きな門が閉まった。


 十五年間暮らした家だった。


 もう俺の帰る場所はない。


◇


「はぁ……はぁ……」


 どれくらい歩いただろう。


 一歩進むたびに全身へ痛みが走る。


「ぐっ……」


 足がもつれて膝をつく。


 立ち上がろうとする。


「うっ……!」


 脇腹に激痛が走った。


 力が入らない。


 そのまま地面へ倒れ込む。


「はぁ……はぁ……」


 頬に冷たい土が触れる。


 朝までは、自分がこんな場所に倒れているなんて思ってもいなかった。


 俺はヴァルディス家の次期当主だった。


 剣ではカイルに一度も負けたことがなかった。


 帰る家もあった。


 家族もいた。


 それが一日で全部なくなった。


「こんな……ところで……」


 起き上がろうとする。


 腕が震え、身体が持ち上がらない。


「終わるのかよ……!」


 悔しい。


 《剣聖》を授かった途端、カイルには手も足も出なくなった。


 父には家から追い出された。


 そして今、俺は道端で立ち上がることすらできない。


「くそっ……!」


 拳を地面へ叩きつけた。


 そのとき。


 頭に浮かんだ。


《会員》


 俺が今日、授かったスキル。


「……なんなんだよ」


 声が漏れる。


「なんなんだよ! 《会員》って!」


 何の会員なのかも分からない。


 何ができるのかも分からない。


 神から授かったスキルなんだろ。


「何か……できないのかよ!」


 俺は叫んだ。


「《会員》!」


 その瞬間、目の前に文字が浮かび上がった。


「……え?」


【会員登録が完了しました】


「登録……?」


 さらに文字が現れる。


【会員ランク:ブロンズ】


【初回登録特典:100P】


【保有ポイント:100P】


「……百?」


 その下へ新しい表示。


【ブロンズ会員特典】


【筋力強化 30P】


【耐久強化 30P】


【敏捷強化 30P】


【回復 50P】


「…………」


 筋力強化。


 耐久強化。


 敏捷強化。


 そして「回復……」


 俺はその文字を見つめた。


【回復を利用しますか?】


【必要:50P】


【保有:100P】


 Pが何なのかは分からない。


 でも、百あるうちの五十を使うらしい。


 それくらいは分かる。


 今の俺に選べるものなんて、一つしかなかった。


「使え……」


 息を吐く。


「《回復》……使え!」


【50Pを使用しました】


【保有:50P】


 直後。


「――っ!?」


 身体が熱くなった。


 全身を温かい何かが駆け巡る。


「な、なんだ……?」


 痛みが消えていく。


 脇腹も。


 肩も。


 胸も。


 痺れていた腕も。


 身体を苦しめていた痛みが、全部消えていく。


「…………」


 俺はゆっくり身体を起こした。


 立てるぞ。


 深く息を吸っても、胸が痛くない。


「全部……治ってる」


 呆然と自分の身体を見る。


 目の前には、まだ文字が浮かんでいた。


【会員ランク:ブロンズ】


【保有:50P】


【筋力強化 30P】


【耐久強化 30P】


【敏捷強化 30P】


【回復 50P】


 父は《会員》を評価しなかった。


 カイルも笑った。


 俺自身だって、何の役に立つのか分からなかった。


 でも、この意味の分からないPというものを五十使っただけで。


 立つことすらできなかった身体が完全に治った。


「これが……《会員》?」


 まだ五十残っている。


 そして。


 筋力強化。


 耐久強化。


 敏捷強化。


 まだ試していない力もある。


 俺は地面に落ちていた剣を拾った。


 さっきまで本当にここで終わると思っていた。


 でも。


「……終わってない」


 剣の柄を強く握る。


「俺は、まだ終わってない」


◇


 翌朝。


 俺は町の大通りにある冒険者ギルドの前に立っていた。


 持っている金は多くない。


 数日は暮らせる。


 でも、このままでは確実に尽きる。


「……稼がないとな」


 昨日まで俺は侯爵家の跡取りとして育てられていた。


 それが今日からは、自分で食べていくために金を稼がなければならない。


 幸い、剣は使える。


 なら、冒険者になるのが一番手っ取り早い。


 登録を済ませ、俺はFランク冒険者となった。


 最初に選んだのは薬草採取だった。


 町の北側にある森の手前で、指定された薬草を十株集める。


 簡単な依頼。


 そのはずだった。


 七株目を採ったところで。


 ガサッ。


「……?」


 茂みが揺れた。


 俺は剣の柄へ手を伸ばす。


 次の瞬間。


「ギギッ!」


 緑色の魔物が飛び出してきた。


 子供ほどの背丈。


 尖った耳。


 手には粗末な棍棒。


「ゴブリン……」


 実物を見るのは初めてだ。


「ギャッ!」


 ゴブリンが棍棒を振り上げて駆けてくる。


 俺は剣を抜いた。


 振り下ろされる棍棒。


 一歩横へ。


 かわす。


「はっ!」


 剣を振った。


「ギッ――!」


 刃が胴を捉える。


 ゴブリンが草の上へ倒れた。


「…………」


 動かない。


 倒した。


 初めて。


 魔物を。


 そのときだった。


【ゴブリンを討伐しました】


【10P獲得】


「……え?」


 さらに。


【初回魔物討伐ボーナス】


【100P獲得】


【保有:160P】


「百六十?」


 さっきまで五十だった。


 それがゴブリンを倒したら増えた。


「魔物を倒すと……Pが増えるのか?」


 俺はすぐに《会員》を開いた。


【筋力強化 30P】


【耐久強化 30P】


【敏捷強化 30P】


【回復 50P】


 試してみる。


「筋力強化」


【筋力強化を購入しますか?】


【必要:30P】


「買う」


【30Pを使用しました】


 身体の奥から力が湧いてくる。


「……!」


 剣を握る。


 軽い。


 明らかに違う。


 続けて。


「敏捷強化」


【30Pを使用しました】


 一歩踏み込む。


「速っ……」


 自分の身体なのに昨日までよりずっと速く動く。


 しかも、しばらく待っても効果は消えなかった。


「…………」


 少しずつ分かってきた。


 魔物を倒す。


 Pが手に入る。


 Pを使う。


 強くなる。


 そして、その強さは消えない。


「何度でも……?」


 もし、魔物を倒し続ければ。


 ポイントを稼ぎ続ければ。


 俺は。


「どこまで強くなれるんだ?」


◇


 それから俺は冒険者として依頼を受け続けた。


 ゴブリン。


 角ウサギ。


 オーク。


 魔物を倒すたび、ポイントが増えた。


 依頼を達成してもポイントが入った。


 稼ぐ。


 買う。


 強くなる。


【筋力強化を購入しました】


【敏捷強化を購入しました】


【耐久強化を購入しました】


 また魔物を倒す。


 また強くなる。


 Fランクだった俺は。


 Eランクになった。


 Dランクになった。


 そして、Cランクへ上がったころ。


 初めてアーマーベアと戦った。


「グォォォォッ!」


 俺の倍近い体格。


 太い腕。


 大木すらへし折る爪。


 振り下ろされた一撃を剣で受ける。


 ガンッ!


「ぐっ……!」


 足元の土が沈んだ。


 重い。


 冒険者になったばかりの俺なら受け止めることすらできなかった。


「でも……」


 腕に力を込める。


 アーマーベアの爪を押し返した。


「今なら!」


 一気に懐へ入る。


 剣を振る。


 胴。


 肩。


 そして最後に首元へ。


「はあっ!」


 刃が走った。


「グォ――!」


 巨体が倒れる。


 地面が揺れた。


【アーマーベアを討伐しました】


【450P獲得】


「…………」


 倒れた魔物を見る。


 あの日、カイルに木剣で叩きのめされた俺なら勝てなかった。


「……強くなったな」


 誰に言うでもなくそう呟いた。


 それでも俺は止まらなかった。


 もっと強い魔物と戦った。


 もっと危険な依頼を受けた。


 そして、累計獲得ポイントが一万を超えた日。


【累計獲得Pが10,000Pに到達しました】


【会員ランク上昇条件を達成しました】


【会員ランクが上昇します】


【シルバー → ゴールド】


「ゴールド……」


 さらに新しい表示が現れた。


【ゴールド会員特典が解放されました】


【能力強化特典が拡張されました】


【《固有スキル購入》が解放されました】


「…………」


 俺は最後の文字を見つめた。


「固有スキル……購入?」


 意識を向ける。


 一覧が表示された。


 そこには聞いたことのある固有スキルの名前まで並んでいた。


「これ……」


 固有スキル。


 本来なら神から授けられるものだ。


 自分で選べるものじゃない。


 カイルの《剣聖》も俺の《会員》もそうだった。


 なのにポイントさえあれば俺は、


「好きな能力まで買えるのか……?」


 思わず笑った。


 あの日、神官ですら何なのか分からなかったスキル。


 父が落胆したスキル。


 カイルに笑われたスキル。


「とんでもないスキルじゃないか」


 でも、今すぐ固有スキルを買う必要はない。


 俺は今まで通りまず自分自身を強くすることにした。


 筋力。


 耐久。


 敏捷。


 もっと。


 もっと。


 強くなる。


 そして、家を追い出されてから半年後。


「アレン・ヴァルディス」


 冒険者ギルドの支部長が、新しい冒険者証を差し出した。


「本日付で、君をBランク冒険者へ昇格させる」


「……Bランク」


 銀色の冒険者証を受け取る。


「十五歳のBランクか」


 支部長が苦笑する。


「我ながら、とんでもない奴を冒険者にしたものだ」


「まだまだですよ」


「それを本気で言ってるから怖いんだ」


 笑われた。


 俺も少しだけ笑った。


 かつて《会員》を授かった俺を父は落胆した目で見た。


 カイルには笑われた。


 俺自身もハズレスキルだと思った。


 でも、今は違う。


 自分で稼いだ金で買った剣。


 Bランク冒険者の証。


 全部。


 自分で手に入れたものだった。


◇


「ヴァルディス領ですか?」


「ああ」


 数日後。


 受付で出された依頼書を見て、俺は少しだけ手を止めた。


【大型魔物討伐】


【場所:ヴァルディス領北部】


 最近。


 大型のオーガが街道付近へ現れ、商人を襲っているらしい。


 複数の冒険者が討伐へ向かったものの、仕留めきれなかったという。


「嫌なら別の冒険者に回すが」


「いえ」


 依頼書を取った。


「受けます」


 ヴァルディス領。


 久しぶりだ。


 でも、もう俺にとって帰る場所ではない。


 仕事だ。


◇


「グォォォッ!」


 巨大なオーガが棍棒を振り下ろした。


 地面が砕ける。


「遅い」


 一歩横へかわし、一気に懐へ入った。


「はっ!」


 剣を振る。


 太い腕を切り裂く。


「グォォォ!」


 オーガが吠えた。


 棍棒が横から迫る。


 しゃがむ。


 そのまま地面を蹴った。


 首元へ一閃。


「――――!」


 巨体が揺れる。


 そして。


 ズンッ!


 地面へ倒れた。


【大型オーガを討伐しました】


【480P獲得】


「よし」


 剣についた血を払う。


 思っていたより早く終わった。


 依頼達成を報告するため、近くの町へ向かった。


 そこには以前、何度も見た冒険者ギルドがあった。


◇


「アレン……?」


 聞き覚えのある声だった。


 振り向く。


「…………」


 カイルがいた。


 その後ろには父もいる。


「兄さん……?」


「久しぶりだな」


 カイルは少し背が伸びていた。


 腰には立派な剣。


 胸元にはヴァルディス家の紋章。


「なんで、ここに……」


「依頼だよ」


「依頼?」


「北の街道に出たオーガの討伐」


「あのオーガを?」


「ああ」


「討伐隊を出そうとしていたところだ」


 父が初めて口を開いた。


 俺を見る。


「もう倒しました」


「……何?」


「さっき」


「一人で?」


「はい」


 カイルが俺を見た。


 その視線が俺の胸元で止まる。


「それ……」


「ん?」


「冒険者証」


「ああ」


 カイルの目が大きくなる。


「Bランク……?」


「そうだけど」


「嘘だろ」


「嘘ついてどうするんだよ」


「だって……」


 カイルが一歩近づく。


 じっと俺を見る。


 やがて、さっきまでの軽い表情が消えた。


「兄さん」


「何だ?」


「強くなった?」


「まあな」


「どれくらい?」


「さあ」


「…………」


 カイルの目が鋭くなる。


「俺と戦ってよ」


「何?」


「久しぶりだろ」


「別に戦う必要はないだろ」


「あるよ」


「何で」


「俺が知りたいから」


 カイルが俺を見る。


「兄さんが、どれだけ強くなったのか」


「カイル」


 父が低い声を出す。


「やめておけ」


「父上は気にならないんですか?」


「…………」


「兄さんは半年でBランクになった。それにオーガを一人で倒した」


 カイルが俺を見る。


「だったら確かめたい」


 昔、同じ顔で言われた。


 どちらが次期当主に相応しいのか。


 剣を交えれば分かると。


「分かった」


「アレン?」


 父が俺を見る。


「やるよ」


 カイルの口元が上がった。


「そうこなくちゃ」


◇


 久しぶりの訓練場。


 何も変わっていない。


 同じ地面。


 同じ木剣。


 父が少し離れた場所に立っている。


 違うのは俺だった。


「兄さん」


「何だ?」


「今日は途中でやめないでね」


「分かった」


「ちゃんと最後まで」


「ああ」


 カイルが笑う。


「じゃないと、どっちが強いか分からないから」


「心配するな」


 木剣を構えた。


「今日は分かるよ」


 カイルの笑顔が消えた。


 父が俺たちを見る。


「……始め!」


 地面が鳴った。


 カイルが踏み込む。


 速い。


 昔。


 俺にはこの一撃が見えなかった。


 気づいたときには、脇腹を打たれていた。


 でも今は!


「…………」


 見える!


 右肩。


 ガンッ!


「……え?」


 木剣同士がぶつかる。


 俺はその場から一歩も動かなかった。


 カイルの目が見開かれる。


「今の……」


「どうした?」


「…………」


 カイルが後ろへ下がり、すぐにもう一度踏み込んだ。


 今度は速い。


 一撃。


 受ける。


 二撃。


 かわす。


 三撃。


 弾く。


「くっ!」


 カイルの表情が変わる。


「兄さん!」


 さらに速度が上がる。


 《剣聖》。


 やっぱりすごいスキルだ。


 剣筋が鋭い。


 無駄がない。


 次の動きへの繋がりも早い。


 でも、俺も遊んでいたわけじゃない。


 何度も魔物と戦った。


 何度も傷を負った。


 そのたびに強くなった。


 カイルの剣が迫る。


 一歩下がる。


 剣先が鼻先を通過した。


 その瞬間に前へ。


「っ!?」


 俺の木剣を、カイルが受ける。


 ガンッ!


「ぐっ!」


 カイルの身体が後ろへ押される。


「何だよ……これ」


 カイルが呟く。


「何したんだよ、兄さん」


「冒険者をやってただけだよ」


「そんなわけないだろ!」


 カイルが踏み込む。


「俺は《剣聖》なんだぞ!」


 上から受ける。


「知ってるよ」


 右。


 かわす。


「兄さんは!」


 左。


 弾く。


「《会員》だろ!」


「ああ」


 俺も踏み込む。


 ガンッ!


「くっ!」


 カイルが下がる。


「それがどうした?」


「……!」


「《会員》だろうが、《剣聖》だろうが」


 さらに踏み込む。


 カイルが木剣を上げる。


 ぶつかる。


 押す。


「ぐっ……!」


「強い方が勝つんだろ?」


 昔、カイルがそう教えてくれた。


 たった一つのスキルで俺が十五年間積み上げてきたものを全部奪った。


 だから俺も積み直した。


 家名じゃない。


 長男という立場でもない。


 自分の力で。


「うあああっ!」


 カイルが叫んだ。


 一気に間合いを詰めてくる。


 速い。


 今日一番の剣。


 だけど見える!


 半歩、横へ。


「え――」


 カイルの剣が空を切った。


 懐へ入る。


 下から木剣を振り上げた。


 バシッ!


「あっ!」


 カイルの手から木剣が飛んだ。


 地面へ転がる。


 そのまま俺の木剣をカイルの首元へ突きつける。


「…………」


 静かになった。


 風の音だけが聞こえる。


「……俺の勝ちだ」


 カイルは動かなかった。


 自分の首元にある木剣を見る。


 次に地面へ落ちた自分の木剣を見る。


「俺が……」


 小さな声。


「負けた?」


「ああ」


「兄さんに?」


「そうだな」


「…………」


 カイルの顔から完全に表情が消えた。


 俺は木剣を下ろす。


 ここで昔の俺は立てなくなるまで叩きのめされた。


 悔しかった。


 絶対にいつか勝ってやると思った。


 なのに。


「…………」


 実際に勝ってみると思ったほど何も感じなかった。


 嬉しくないわけじゃない。


 でも。


 もうカイルに勝つことが俺の人生の全部ではなかった。


「アレン」


 父の声。


「はい」


 振り向く。


 父はしばらく俺を見ていた。


 やがて。


「家へ戻れ」


「…………」


「お前はBランク冒険者となった」


 父が続ける。


「そして《剣聖》であるカイルにも勝った」


「…………」


「次期当主の件も、考え直す」


 カイルが顔を上げた。


「父上……?」


 父は俺だけを見ていた。


「お前なら、ヴァルディス家を――」


「必要ありません」


「……何?」


「戻るつもりはありません」


「アレン」


「俺はもう、ヴァルディス家の次期当主じゃありません」


「それは今から――」


「父上が決めたことでしょう?」


「…………」


「家を出ろと言ったのも」


 父は何も言わなかった。


「それに」


 俺は屋敷を見る。


 昔は、この場所が自分の世界の全部だった。


 この家を継ぐ。


 それが俺の人生だと思っていた。


 でも。


「もう、ここへ戻らなくても生きていけます」


「…………」


「冒険者として稼げます」


 腰の剣へ手を置く。


「自分で飯を食えます」


 胸の冒険者証を見る。


「行きたい場所へ行けます」


 大変だった。


 怪我もした。


 腹が減ったこともある。


 怖い魔物とも戦った。


 でも、全部自分で決めた。


「だから」


 父を見る。


「俺は戻りません」


「兄さん……」


 カイルが呼ぶ。


「何だ?」


「…………」


 何かを言おうとして結局、何も言わなかった。


「じゃあな」


 俺は木剣を元の場所へ戻した。


 そして訓練場を出た。


 誰も追ってこなかった。


◇


 翌朝。


 町の門を出る。


 背中には荷物。


 腰には剣。


 行き先は決めていない。


 とりあえず西へ向かうつもりだった。


 大きな町がある。


 その先には、もっと大きな都市もある。


 知らない土地。


 知らない魔物。


 まだ見たことのない景色。


「さて」


 俺は《会員》を開く。


【会員ランク:ゴールド】


【保有ポイント:2,860P】


 その下にはまだ買ったことのない能力が並んでいる。


 さらに。


【固有スキル購入】


 意識を向ければいくつものスキルが表示された。


「まだまだ強くなれるな」


 表示を消す。


 昔、家を追い出された夜。


 俺には帰る場所がなくなった。


 あのときはそれが何より怖かった。


 自分には何もないと思った。


 でも違った。


 帰る場所がないなら行きたい場所へ行けばいい。


 居場所がないなら自分で居場所を見つければいい。


 俺は街道へ一歩踏み出す。


 もうヴァルディス家の次期当主ではない。


 《剣聖》の兄でもない。


 Bランク冒険者。


 アレン・ヴァルディス。


 そしてスキル《会員》を持つ者。


「次はどこへ行こうかな」


 誰に答えるでもなく呟いた。


 朝の街道を俺は自分の足で歩き始めた。


 ――俺の人生は、まだ始まったばかりだ。


この短編を気に入っていただけた方へ。

アレンが《会員》の力をさらに伸ばし、仲間と出会いながら冒険者として成り上がっていく連載版

『《剣聖》になった弟に家を追い出された俺のスキルは《会員》でした ~ハズレスキルだと思っていたら、ポイントで好きな能力を買えるらしい~』も掲載しています。

短編とは異なる展開もありますので、よろしければこちらもお楽しみください。


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