第五話 「王と王子」
王城地下監獄は、石そのものが息を潜めているような場所だ。
冷えた空気が肺に重い。
その静寂を破ったのは、足音だった。
一つではない。
二つ。
重く、ゆっくりとした歩みと、それに寄り添う規律正しい足取り。
鉄扉の前で騎士たちが一斉に跪く。
鍵が回り、扉が開く。
先に姿を見せたのは第一王子ルークレシア。
整えられた金髪、氷のように澄んだ青い瞳。感情を削ぎ落とした顔。
そして、その後ろから現れた男に、空気が変わった。
王国国王、アストリアス。
白銀に混じる髪、深紅の外套。
体躯は大きくない。だが、その存在が場を支配する。
威圧ではない。
重みだ。
僕は立ち上がることを忘れていた。
王子が静かに告げる。
「アレン・ヴァルディス」
その声に、ようやく顔を上げる。
国王は格子の前に立ち、しばらく何も言わず僕を見つめた。
視線は冷たくない。
だが底が見えない。
「顔を上げよ」
低く枯れた声。
命令だった。
僕は従う。
国王の瞳と目が合う。
深い青。王子と同じ色のはずなのに、まるで別物だ。
「お前が融合を行った少年か」
「……はい」
喉が乾く。
「偶然か」
国王が問う。
横から王子が静かに言う。
「違います」
即答だった。
国王は王子を一瞥し、わずかに笑う。
「そうか」
そして再び僕を見る。
「恐れているか」
だが王子とは重みが違う。
「……はい」
「何を」
言葉が詰まる。
自分を。
魔族を。
この国を。
「……全部」
国王はゆっくりとうなずいた。
「それでよい」
王子がわずかに視線を動かす。
国王は続けた。
「理は安定のためにある」
その声は地下牢の石壁に静かに響く。
「だが理は、常に真実ではない」
胸の奥がざわつく。
「我が祖は属性を分断した」
王子の指が、かすかに動いた。
「融合は禁忌ではない」
一拍。
「危険なだけだ」
沈黙が落ちる。
王子が口を開く。
「父上、それは公にすべきでは――」
「しておらぬ」
国王の声は揺らがない。
二人の視線が交わる。
そこには親子ではなく、統治者と継承者がいた。
国王は再び僕へ向き直る。
「お前を処刑しない理由を知りたいか」
僕は何も言わない。
国王は淡々と告げる。
「均衡が崩れつつある」
「バルゼリオンは生きている」
心臓が強く打つ。
「奴は“核”を回収しに来る」
核。
その言葉が重い。
「お前は災厄指定された」
国王の声は静かだ。
「だがそれは恐怖を制御するための言葉だ」
王子が補足する。
「恐怖は管理できる」
国王はわずかに首を振る。
「覚醒は管理できぬ」
空気が張りつめる。
「婚姻契約を結ぶ」
唐突に聞こえるが、流れの中では必然だった。
「王家と縁深い家の娘だ」
王子が続ける。
「血縁で縛る」
だが国王は否定する。
「縛るのではない」
その視線が王子に向く。
「繋ぐのだ」
僕には意味がわからない。
国王は静かに説明する。
「覚醒したとき、王家も同じ責を負う」
その言葉に、王子の瞳が一瞬揺れた。
国王は最後に言った。
「理を壊すな」
一拍置く。
「今は、まだ」
扉が開く。
二人は背を向ける。
去り際、王子が足を止めた。
「父は理を知っている」
低く言う。
「私は理を守る」
青い瞳が僕を射抜く。
「お前は、どちらを選ぶ」
答えられない。
扉が閉まり、再び地下牢は静寂に包まれた。
胸の奥で六色が脈打つ。
国王は恐れていない。
王子は警戒している。
そして僕は――
まだ何も選んでいない。




