第二話 「移送対象:災厄指定」
地下牢は静かだった。
静かすぎる。
自分の心臓の音がやけに大きく聞こえる。
両手首に嵌められた魔力封印枷は、脈打つたびに鈍い痛みを返す。
僕はまだ、弟に会えていない。
エドは生きている。
だが意識は戻らないと聞いた。
右腕は失われたまま。
それでも僕は、見舞いを許されなかった。
“お前は危険だ”
そう父が言ったらしい。
鉄扉が開く。
重装の騎士が六人。
その後ろに、父と母が立っていた。
父は鎧姿だった。
戦場に出るときと同じ顔。
だが目の奥が違う。
何かを押し殺している。
母は痩せていた。
数日で、こんなに。
「王都へ移送する」
父の声は揺れない。
「王家の監察下に置かれる」
知っている。
僕は災厄指定。
危険物。
「エドは」
自分でも驚くほど、声がかすれていた。
父の顎がわずかに強張る。
「生きている」
それ以上は言わない。
母が一歩前に出る。
結界越しに、指先を伸ばす。
触れられない。
「アレン」
名前を呼ばれる。
それだけで胸が締めつけられる。
「あなたは……悪くない」
震える声。
でも言い切れない。
完全に信じ切れていない。
それがわかる。
父が静かに遮る。
「理を超えた力は、管理されるべきだ」
父は恐れている。
僕を。
息子ではなく、現象として。
そのとき、廊下の奥で騎士がざわめいた。
「東の森で魔力反応を確認」
監察官の声が続く。
「バルゼリオン・ドラク=モルガ、生存の可能性あり」
空気が凍る。
父の視線が僕に向く。
一瞬だけ。
恐怖と、理解。
“終わっていない”
僕は初めて悟る。
あの爆発は、消滅ではなかった。
削っただけだ。
「移送を急げ」
鎖が外される代わりに、より強い封印具が装着される。
首、手首、足首。
魔力抑制の多重陣。
馬車ではない。
魔導装甲車。
結界で覆われ、内側からは景色も見えない。
乗り込む直前、母が父を睨んだ。
「この子はあなたの息子よ」
父は答えない。
数秒の沈黙。
「だからこそだ」
その一言が、すべてだった。
扉が閉まる。
暗闇。
馬車が動き出す。
王都まで三日。
外では常に騎士が交代で結界を維持しているらしい。
魔族の追撃を警戒して。
僕自身の暴走を警戒して。
初日の夜、馬車が止まる。
結界の向こうで、爆発音。
「接触確認!」
騎士の怒号。
魔力の波動が走る。
黒焔の匂い。
バルゼリオンだ。
かすれている。
弱い。
でも確かに、あの気配。
僕の胸の奥で、六色がざわつく。
“来い”
そんな衝動が湧く。
でも封印が強く脈打ち、意識を縛る。
外で戦闘が終わる。
「退却した」
瀕死なのに、執着している。
僕に。
二日目。
三日目。
一度も外には出されない。
食事は小窓から。
会話は禁止。
王都の門をくぐるとき、歓声が遠くに聞こえた。
平和な音。
その地下に、僕は降ろされる。
王城地下監獄。
伯爵家の地下牢より、ずっと深い。
扉が閉まる。
「移送完了」
監察官の声が響く。
父と母は、ここまで来ていない。
最後に見た母の目。
最後に見た父の背。
僕は壁に背を預ける。
エドはまだ目覚めていない。
バルゼリオンは生きている。
王家は僕を管理する。
そして僕は――
何者でもない。
でも、胸の奥で何かが確かに脈打っている。
混ざりたがっている。




