第一部:地下牢編 第一話「六色の祝福と黒焔の侯爵」
僕の名前はアレン・ルシアス・ヴァルディス。
ヴァルディス伯爵家の長子だ。
銀に近い淡い灰色の髪。
瞳は光を宿しきれない薄青。
生まれた夜、空は六色に裂けたという。
火、水、風、土、光、闇。
祝福の子。
そう呼ばれた。
二年後、弟が生まれた。
エドワード・カイル・ヴァルディス。
僕より二つ下。
皆は“神童”と呼ぶ。
燃えるような赤髪に、父と同じ強い眼差し。
八歳とは思えないほど堂々と立つ。
火属性単一適性。
けれど密度が違った。
五歳で中級域。
八歳で上級の片鱗。
父――グレゴリウス・アルベルト・ヴァルディス
大柄で鋼のような黒髪を後ろで束ね、深い傷跡が左頬を走っている。
王国でも名を知られた戦功伯。
立っているだけで空気が張り詰める。
父はその炎を見て誇らしげに笑った。
母――リディアナ・フェル・ヴァルディス
長い金髪を編み込み、湖のような蒼い瞳をしている。
高位光属性魔導士。
柔らかな声なのに、詠唱すれば戦場が静まる。
母は、僕の肩にそっと手を置いた。
「あなたはあなたの強さを持っているわ」
その言葉は、慰めだったのか予言だったのか、今でもわからない。
十歳の魔力測定。
水晶は六色に灯る。
だが数値は、すべて最低。
低級止まり。
父は沈黙した。
母は視線を伏せた。
エドワードは僕の手を握る。
「兄上は全部使えるんですね」
全部使えて、全部弱い。
それは誇りにならない。
5年後、王立魔法学院通っている。もちろん、落ちこぼれである。
長期休暇で帰省し、事件が起き、
僕の物語が動き出した。
家の結界が砕けた。
空が黒く裂ける。
結界が軋む。
夜空に黒焔が揺らぐ。
名を持つ魔族。
バルゼリオン・ドラク=モルガ。
王国東部を焼いた災厄。
黒焔の侯爵と呼ばれる上位魔族。
人の形をしているが、人ではない。
背は父より高く、黒い角が湾曲し、瞳は燃え滓のように揺らぐ。
全身から滲む黒焔は、触れれば骨まで焦がす。
「ヴァルディス家に“六色の歪み”ありと聞いた」
低く笑う。
父は剣を抜く。
弟は炎を纏う。
僕は命じられる。
「下がれ」
だが、弟の肩を黒槍が貫いた瞬間、足が動いた。
低級火球。弾かれる。
水弾。蒸発。
風刃。砕ける。
バルゼリオンが嗤う。
「広く浅い。空虚な器よ」
弟が立ち上がる。
炎が吠える。
だが黒焔が呑み込む。
頭が真っ白になった。
僕は両手を重ねた。
火と風を絡める。
水と土を縫う。
光と闇を重ねる。
混ざらない理を、無視する。
空間が軋む。
魔力が歪む。
バルゼリオンの瞳が揺れる。
「貴様か、歪みの核は――」
爆ぜた。
白光。
衝撃。
静寂。
バルゼリオンは消えた。
そして。
エドワードが血に沈んでいる。
重度の火傷と右腕が、ない。
母が駆け寄る。
光属性の治癒陣が展開される。
必死に魔力を流し込む。
火傷は少しずつ治っていくが、
「お願い……」
だが失われた腕は戻らない。
父が振り返る。
僕を見る。
その目にあるのは怒りではない。
恐怖だ。
「拘束しろ」
その一言で、すべてが決まった。
地下牢は冷たい。
魔力封印の枷が重い。
数時間後、母が来た。
結界越しに立つ。
目が赤い。
「どうして……」
その問いは僕に向けたものか、運命に向けたものか。
「お前は何をした」
父の声は硬い。
僕は答えられない。
「お前は災厄だ」
父が言う。
母が息を呑む。
「違うわ!」
初めて、父に逆らう声。
「この子は――」
言葉が続かない。
守りたい。
でも守れない。
その葛藤が、母の肩を震わせる。
数日後、王家の監察卿が現れた。
セラフィオン・レイ=アークライト。
「属性融合の兆候を確認した」
禁忌。
理の破壊。
「王家の監視下に置く」
処刑ではない。
幽閉でもない。
「王家指定の婚姻契約を結ばせる」
血で縛る。
逃げ道をなくす。
力を王家の系譜に組み込む。
それは鎖より冷たい。
地下牢で、僕は膝を抱える。
エドワードは生きている。
片腕を失って。
母は毎日、面会を願い出ているらしい。
許可は出ない。
六色の紋章が皮膚の下で脈打つ。
バルゼリオンは言った。
歪みの核。
もしそうなら。
僕は祝福ではない。
欠陥でもない。
世界の綻びだ。
暗闇の中で、僕は初めて考える。
どうせ災厄なら。
ちゃんと災厄になってやろうか。




