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ダンジョン時代と人見知り  作者: 酉名酉丁
新人冒険者ひっそりと爆誕

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4/6

親の顔

 にこにこ笑顔のお母さん。


 その目の前にいるのは、これまた笑顔の蒼。


 家に帰ってきて、ビニール袋片手にホクホク笑顔を浮かべている蒼。それを見た天然母もぽわぽわ笑顔。

 何があったかは知らないが、よほど嬉しいことがあったのだろうと「あらあらあら」と頬に手を当てる母。

 何があったか聞いてほしいが、自分から切り出すのもなあ、と娘。



 玄関で母と姉が二人とも無言かつ笑顔で佇んでいる。その様子を見た翠は困惑。

 母はともかく、姉がこの調子でいることは珍しい。普段はもっとバカっぽいのに。


 無言の雰囲気に耐えきれなくなった翠は聞く。


「なにかいいことでもあったの?」


 フッ、とでも言いたげなムカつくドヤ顔。

 翠は必死に自らの拳を押さえつけた。


 蒼は若干濡れた毛先を弄りつつも「まあ、教えてあげないこともない」と言い、ドヤ顔継続。

 翠は拳を押さえつけられなかった。



 青筋を浮かべた息子。うずくまる娘。ぽわぽわ笑顔の妻。娘はうずくまりながらも口元に笑みを浮かべている。純粋に怖い!

 帰宅した父親はその場で困惑した。



 §



 弓持ちゴブリンの首をナイフで突き刺した蒼に、吹き出す血が顔にかかった。

 血を浴びるのが3度目な蒼はもう慣れてしまって、光になって消えていくのを待っていた。


 しかし、いくら待っても消えない。正確には、消えていっているもののその速度が著しく遅い。

 この様子だと、完全に消えるには何時間も掛かりそうだと予測できた。


 これは今までになかったこと。ひとつだけ思い当たる節がある。

 モンスターは極稀に、魔石の他に体の一部を落とす。牙や爪、皮などだ。

 それをアイテムドロップと呼称して、非常にラッキーな出来事だとありがたがる。なんと、魔石1個百円ちょっとにしかならないゴブリンが、数千円に化けるのだ。


 アイテムドロップが発生する際、本体の死体と離れている部位の消滅はだいぶ遅いらしい。理由は知らん。


 完全に血が消滅するのを待つよりも、家に帰ってシャワーで血を流したほうが楽そうだと考える蒼は、今日のダンジョン探索は止めにして、地上に向かって歩き出す。手にはドロップしたゴブリンの右耳をしっかり持って。


 スプラッターホラーの猟奇殺人鬼美少女になることを受け入れた蒼。もちろん、人の死角に隠れつつ歩くので騒ぎになることはない。

 ただまあ、ダンジョンの出入場時に必ず受付には寄らなければならない決まりだ。


 受付嬢飯島の尊厳と膀胱は――この話はやめておこう。



 泣き叫ぶ受付嬢。スプラッターホラーの猟奇殺人鬼美少女の蒼。駆けつける職員。

 場は混迷を極めた。


 蒼ほど頭から被っているものは少なくても、アイテムドロップの際に多少血がかかったり、ダンジョン内の環境によって汚れた冒険者が出てくるのは時々あることなので、そのために設置されているシャワー室がある。なんと無料。

 半ば無理やりに近い形で蒼はシャワー室に入れられ、キレイになって出てきた。


 キレイになった蒼がすることは1つ。

 シャワーを浴びている最中も大事に手元に置いていた、ゴブリンの右耳の売却である。

 魔石と一緒に、買取所で買い取ってもらう。

 ゴブリンの右耳はなんと五千円。普段のお小遣いなんて目じゃない。

 ゴブリンの魔石なんて、存在が忘れられるレベル。ついでに、楽しみにしていたスキルが使えなかった悲しみも忘れられるレベル。


 アルバイトなんてしたことないし、できるとも思わない蒼が、初めて自分の手で稼いだお金。

 たった1枚の紙幣が、蒼にはとても素晴らしいものに見えた。


 ちょっぴり怪我はしたけれど、きっと次もダンジョンに入る。



 それはそれとして、首の傷は痛いので絆創膏を貼っておく。



 左手に握りしめた五千円札。

 駅前のスーパーを横切り、地下鉄で一駅乗って隣町のスーパーに向かう。

 このスーパーはセルフレジがあるから重宝している。



 §



 ダンジョン1層から2層。初心者が1人で入っても、よほどのことがない限りは死なない程度の難易度。通称ダンジョン最上層。


 事前に調べていたネットの情報を思い出す。

 遠距離攻撃は卑怯だろ。レベルアップしてなかったら殺されてもおかしくなかったけどな。


 ビニール袋いっぱいのイチゴを携えてそう思った。

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