11話:美少女は
カッコいいポーズをこれでもかと研究した蒼は、実践すべくダンジョンに潜る。
メインの武器は使い慣れたナイフ。
ちょうどゴブリンを見つけたので、転移を使って戦闘してみることにした。
戦闘を開始するためにはゴブリンに近づかなければならない。転移で近づく。
距離はマックスで1cm。しかし、転移距離を伸ばせば伸ばすほど、転移後にバランスを崩して転んでしまう。そのため、転移する距離は1mmだ。これが今の蒼にできる最良の転移。
1mm転移して、すっ転びそうになるのを耐える。そしてもう一度転移して、もう一度耐える。
そんなことを繰り返してゴブリンに近づいていく。
近づいてくる蒼に気付いたゴブリンも、蒼の方に近づいてくる。
転移を繰り返している蒼と、徒歩のゴブリン。どちらのほうが速いかは言うまでもない。ゴブリンである。
その事実を受け入れられない蒼は、目の前に来たゴブリンを八つ裂きにした。
そして練習してきたカッコいいポーズをバァーン!
その場に落ちた魔石。拾っておく。
たった1回のカッコいいポーズで、すでに蒼は満足してしまった。
今度はポーズではなく、もっとカッコいい転移の使い方を考え始める。
ゆっくりと1mmの転移を繰り返しても、普通の徒歩より遅くなることなんてもとから分かっていたことだ。
そして1cmの転移となると、確実にバランスを崩して倒れてしまう。
試しに1cm転移、からの顔面ダイブ。
1mmを超える転移は、戦闘中には隙にしかならない。
おでこを押さえながら思った。
ずっと蒼は考えていた。
転移と転移の間隔を短くしたらどうなるのか。
新手のゴブリンを発見する。距離はだいたい50メートル。
中学生の時の50m走のタイムは8.5秒くらい。身体能力向上込みで考えて、普通に走ったら7秒を切るかもしれない。
50メートルを7秒で走るということは、1秒間に7000回、1mm進んでいるのと同じことだ。
流石に7000回は無理でも、1秒間に700回、いや70回程度ならできるかもしれない。
あらかじめ決めた方向に向かって、転移をごく短時間で繰り返す。
できれば回数を増やして、さらにできればさらに回数を増やす。
もし上手くいけば、一度の転移の距離なんて気にならなくなるだろう。
結果から言えば、できた。
できたが、凄い速さで景色が流れていき、気が付くとゴブリンの目の前だった。
転移を止めてゴブリンを攻撃しようとしたところ、バランスを崩して盛大にすっ転ぶ。
すっ転んだ蒼をゴブリンは追いかけてきて、そしてヘソ天している蒼のお腹を棍棒で振り下ろした。
着てて良かったレザーアーマー。
棍棒はレザーアーマーに阻まれ、蒼にダメージを与えることはなかった。
それはそれとして、鬱陶しかったので素手で殴り殺した。
すっ転んだ時に手から離れたナイフを拾い、蒼は考察を始める。
考えていたのは1秒間に70回程度の転移であって、せいぜい7cmくらいの転移のはずだ。
何よりも問題は、転移を繰り返していた時間。体感時間で数秒、体感時間がズレていたとしてもせいぜい十数秒。
いったい、一秒間に何回転移を繰り返したんだろうか。
私自身はそんなに転移しようと考えていなかったのに!
なぜ発動したのか分からない。
謎が謎を呼ぶ。
いくら考えても答えは出なかったので、そのうち蒼は考えるのをやめた。
考えるのをやめて転移で遊んだ。
ゴブリンを見つけたら、ゴブリンに向かって転移。
明らかな爆速移動。
ヌルッと景色が流れていき、最終的にはバランスを崩してすっ転んでしまう。
さっさとゴブリンを始末して、特に意味もなく再び爆速転移。
何度試してみても、爆速で転移を繰り返していると、絶対に転んでしまう。
§
一体何回の転移を行ったのだろうか。それは蒼本人にもそれは分からない。
もはや原理も分からないこの現象に関して、言えることがひとつだけある。
爆速転移はやり過ぎると酔う。
三半規管をやられた蒼は、壁に手をついて、立つのもやっとという様子でオロロっていた。
朝食が軽かったのが一助してほぼ無色透明だったそれを、しばらく無言で眺める。
ようやく落ち着いたのか、袖で口を拭った蒼。
「美少女はゲロ吐かないから。これはゲロじゃないから」
誰にともなく言い訳をする。
ダンジョン内で放置された非生物は、時間経過によってダンジョンに吸収される。原理は分かっていないし、分かる必要があるとも思わない。
ごみの処理方法として使われるかもしれないというニュースを見たことがあるが、蒼には関係のないこと。
関係があるのはただ一つ。
この嘔吐物ではない何かは、時間経過によってダンジョンに吸収されるということだ。
おまけにここは人気のないゴブリンダンジョン。蒼の醜態は、誰に見つかることもなく消えるのだ。
フラフラと歩き出す。向かうは出口。
もはや今の蒼に、ダンジョン探索を再開する気力は残されていなかった。




