3.北の森の昼
魔女の家で風呂と着替えを借りたクレイは、すっかり身綺麗になった。サブリナはイオのシャツを切って繕い、背中に翼を出すための穴を開けてやった。
イオはブツブツと文句を言っていたので、クレイはいつか彼にシャツを贈ろうと心に決めた。
はじめは緊張していたミントも、すぐにクレイの存在に慣れ、昼食の頃には膝の上でお喋りするほどになっていた。
サブリナはかつてミントと仲良くなるのに苦労したので、少し妬ましい。ジト目でクレイを見ると、輝くような笑顔を返された。何も勝てない。
「翼はいつも畳んでいるのか?」
学者気質の男の魔女イオは、興味深そうに質問しながらクレイの周りをうろついていた。サブリナからすると鬱陶しく見えるが、クレイは律儀に答えている。
「はい。普段は翼を閉じておくのが竜人族のマナーですね」
「ほう。あまり見せびらかすのは下品なのか?」
「いえ、広げると嵩張るので」
真っ当だ。したり顔をしていたイオが滑稽で、サブリナは笑ってしまう。
イオはサブリナを睨みつけた後、仕切り直すように咳払いをした。
「……ごほん。では、長い間、鎖で縛られて閉じたままでも、あまり負担はなかったのか?」
少し重くなった空気の中、クレイはやはり穏やかに微笑んでいる。
「イオ先生にはお見通しなんですね」
「俺はよく鳥の体を借りて飛び回っているんだ。たまたまサブリナを見つけて近づいたら、お前らが話しているのが聞こえた」
「のぞき。ストーカー」
サブリナがボソリと呟くと、イオは大きな舌打ちをした。それを見て、ミントがクスクス笑う。
クレイは得心がいったように頷いた。
「魔女の魔法はすごいですね」
素直におだてるので、今度はサブリナが面白くない顔をした。イオは眼鏡をしきりに直している。きっと照れているのだろう。
「ねえ、イオ先生。クレイの脚は治せるの?」
ミントは、クレイの膝の上で、両足をパタパタさせながらイオを見上げた。
無邪気な言葉に、サブリナはたじろいだ。当の本人であるクレイは、のほほんとしている。
イオは、クレイの膝からミントを抱き上げた。片腕に抱いて、もう片方の手でクレイの右脚に触れる。
「痛むか?」
クレイが自らズボンの裾を捲り上げると、痛々しい傷が見える。サブリナは沸々と湧く怒りを拳に込めて我慢した。
クレイはのんびりと答える。
「雨の日は少し。歩くには難儀ですけど、翼がありますし」
強がっているようには聞こえなかった。彼は本当になんでもないことのように言う。
イオはポリポリと頭をかいた。
「……怪我を治す魔法はない。痛みを和らげる薬くらいはやるよ」
クレイはぺこりと頭を下げる。
「ありがとうございます。服も薬も」
無愛想な魔女は、不恰好に唇を歪めた。それが彼の心からの笑顔だと、ミントだけは知っている。




