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2.出発の朝、秘密の夜

 目が醒めて真っ先に考えたのは、今の自分はどんな姿だろうか、ということだ。

 クレイは手のひらを視界に入れて、深く息を吐いた。

「よ、かった……」

 見慣れた人間の手だ。服も着ている。

 変身している間だけ服が消えるのはどういう理屈なのだろう。あまりに都合がいい。

 クレイは中庭に天幕を張って眠っていた。サイズが変わったからと言って、寝ている間に室内で大きくなっては困るからだ。

「おはよう、クレイ」

 サブリナに声をかけられて、天幕を開ける。彼女は手にバスケットとポットを持っていた。

「おはようございます、サブリナ」

「朝食をもらってきたよ」

 テキパキと準備を始めるサブリナを、クレイは寝ぼけ眼で見つめる。

 昨日、想いが通じ合った二人だ。それなのに彼女はいつもと何も変わらない。

 と言っても、クレイ自身も何かが変わるわけではない。いつも通りの朝が、なんだかくすぐったいだけだ。

 ふと、クレイは疑問が湧いた。

「あの、私、人の姿に戻ってると思うんですが」

 サブリナの手が止まる。

「……うん、そうだな。よかったよ」

 なぜか顔を逸らして言う。クレイはますます不思議に思った。

「もしかして……知っていました?」

 サブリナは答えない。

 クレイが目覚めて最初に自分の姿を確認したように、本来ならサブリナが気になることも同じだろう。

 人間に戻ったクレイと顔を合わせたとき、まずは安堵か驚きか、何でもいいから何か反応をするはずだ。それなのにサブリナは、いつも通りの素振りをしている。

「……すまん、夜に様子を見にきたんだ。そしたら、人の姿に」

 サブリナは、なぜかそっぽを向いて答えた。

 クレイは不安になる。何か怒らせてしまっただろうか。

「もしや私、寝ぼけて何か変なことでもしましたか……?」

 おそるおそる聞くと、サブリナは首を大きく横に振った。

「いや!どちらかというと、私が…!!」

 クレイが顔を覗き込むと、サブリナの頬が朱色に染まっていた。

 珍しいものを見た。クレイはそっとサブリナの手を取った。

 やはり、人の姿はいい。彼女の手に触れて、彼女と同じ目線で話ができる。

「何かあったなら教えてください。サブリナがそんなに照れているということは、私にとって嬉しいことがあったのかな?と思うんですが……違いますか?」

 小首をかしげるクレイに、サブリナは降参した。これなら竜の姿の方が気恥ずかしくないからいいかもしれない。

 サブリナは、往生際悪く、小声で打ち明けた。

「……ね、眠っている竜の頬に、く、口付けしたんだ。そしたら、姿が戻った。偶然かもしれないが…」

 クレイは胸が締め付けられるような気持ちを抑え込んだ。目の前の彼女はたまらなく可愛いが、今はとても重要なことを言っていた気がする。もうよく分からない。

「あ、あは。真実の愛、とかいうやつ、ですかね……」

 口走ってから、クレイも赤面した。

 二人でひとしきり照れてから、サブリナが強く手を握りしめた。

「とにかく!これでトリガーが分かったんだ。色々と試してみるしかないだろう」

 勇ましいサブリナの言葉に、クレイはギョッとした。

「ため、試す!?」

 クレイは身構えた。サブリナの目がきらりと光る。獲物を狙うような眼光だが、クレイはピンときた。これは絶対にふざけている。

「ふふ、私たちは想いを伝えあい、将来を誓った仲だ。勿体ぶらなくていい」

 サブリナの圧に、クレイは身をすくめる。芝居がかった仕草で、大袈裟に表情を歪ませた。

「そんな!だめです!」

  サブリナも面白がって悪い顔で迫る。

「ふっふっふ。よいではないか」

「きゃー」

「……何をやってるんですか、あなたたちは」

 唐突に冷たい声を浴びせられる。スカーレットだ。

 さらに、その背後から旅装のオリービア伯爵も現れる。メガネの奥の目がきらりと光った。

「とはいえ、重要なことがわかりましたね。まさか口付けで姿が変わるとは。何とも面白い。しかも昨日はサイズも変わったそうですね。ああ、見逃した己が憎いですよ。スカーレット様、やはりこれは魔法でしょうか。ところでお二人、日が昇り切る前に出発ですよ。なにせウォールートへの道のりは特殊ですからね」

 オリービア伯の言葉は、サブリナには届かなかった。彼女は悔恨と羞恥で頭を抱えていた。

「大変です。私も早く準備をしますね」

 クレイは気に留めず、ゆったりと身支度を始めた。

 スカーレットだけが、サブリナに同情するように背中をさすってくれた。

 サブリナもマイペースだが、王子様と伯爵様は彼女を何倍も上回るゴーイングマイウェイたちだ。彼らとの旅は、きっとサブリナにとっては試練となるだろう。

 スカーレットは、いたずらっぽく笑った。

「愛って自由の反対よ。フラフラどこかへ飛んでいってしまう貴女には一番必要な重りですからね。手放さず、大事になさい」

 サブリナは力無く笑った。聖女のありがたい言葉を受け取るには、朝から疲れすぎていた。

 



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