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1.竜の国へ

 神官の騒動も含めて、クレイの竜化については、スカーレットが国王に報告をしてくれたらしい。騒ぎが大きくならないよう、騎士たちには箝口令が敷かれ、神殿は人払いがされた。

 あまりに寛大な対応だ。その裏には、スカーレットの王からの強い信頼があるそうだ。サブリナは姉弟子には一生頭が上がらないと思う。

「竜人の生態なのかと思ったのですが、クレイ殿下本人にも分からないとはね」

 スカーレットは、再び竜化したクレイを前にため息をついた。

 クレイは竜の姿だが、どこかしょんぼりとしてうなだれた。

「同胞が竜化したなんて話は聞いたことがないです。始祖が竜なだけの人間ですから……」

「その竜はとっくに絶滅しているわけだし。魔法や呪いのたぐいかな」

 サブリナはクレイの竜の体を見分している。

 鱗が光を弾いて輝き、鋭い牙や爪すら美しい。大昔には人間と竜の争いがあったそうだが、こんな生き物に敵うとは思えなかった。

 まじまじと観察されて、クレイは照れた。竜の顔で恥じらっても気づいてもらえないが。

「原因の究明はともかく、騒ぎになる前にウォールート国へ向かうのがいいでしょうね」

 スカーレットの言葉はもっともだった。


 困り果てたクレイとサブリナは、しかし頼れるあてなど一人しかなく、オリービア伯爵を呼び出した。

 伯爵は、その場で踊りださんばかりに歓喜した。

「この目で竜が見れる人生だったとは!私は何を隠そう竜マニアなのです。そこから竜人を知り、憧れて交流を持ちました。ええ、私が貴族でよかったと思うのはそればかり。ああ、夢にまで見ていたのですよ、クレイ殿下!竜人とは、かくも神々しく、神秘に満ちた種族なのですね!いや、しかし皆さんのその表情、もしや竜人の特性ではない?想定外の変身ということですか?サブリナ嬢の魔法ですか?スカーレット様の奇跡ですか?なんてことだ。とにかくウォールートに帰れば何か分かるやもと、そういうことですね?」

 誰も口を挟めなかった。

 頬を上気させる伯爵は少年のようだが、早口と思考の高速回転は相変わらずだ。その理解の早さが今はありがたい。

 クレイは竜のまま頭を下げた。

「まあ概ねそういうことです。よろしくお願いします」

 説明を諦めた感が否めない。サブリナは呆れながらも同意した。

「オリービア伯、私もクレイと共にウォールートへ行きます。あと私は貴族じゃないです。クレイとは恋仲です」

 クレイは飛び上がるほど驚いた。竜の姿で飛び上がるので、周囲に風が巻き起こり、木々が揺れた。

「あら、そうですか」

 スカーレットは少しだけ目を丸くしたが、得心したように頷いた。

「では昨日、人の姿に戻ったのは愛の力だったのかしらね」

「科学的ではないですね」

 なぜかサブリナが否定する。

 オリービア伯爵は、はたと手を叩いた。

「しかし物語では定石ですよ。真実の愛は奇跡を起こします。かしこまりました、サブリナ嬢。あなたとクレイ殿下を、竜の国へお連れしましょう。出立は明日に。私は急ぎ準備を始めますので、失礼いたします。ああ、お怪我は大丈夫ですか?」

 動揺しているのはクレイだけのようだ。

「ええ、なんてことありません。それでは明日の朝に」

 サブリナが手を振ると、オリービア伯は駆けるように去って行った。

「スカーレット様、すみません。また国王へ話を通していただけませんか」

 スカーレットは珍しく、にこりと笑った。

「任せなさい。あなたが頼ってくれることなんて珍しいから、私は張り切っていますよ。こちらのことは気にせず、旅の支度をしなさいな」

 サブリナは照れくさそうだ。母娘の微笑ましいシーンに見える。

 ただクレイが置いてけぼりになっているだけだ。

「クレイ、今晩は姿が戻らなければ野宿になるが、寒くはないか?」

 クレイを見上げて声をかけた。やっとサブリナの視界に入ったクレイは、慌てるあまり、思わず尻尾を振り回してしまう。

「は、はい!大きくてすみません」

「せめて人のサイズになれるといいんだけどな」

 軽く言ったサブリナの言葉に、クレイも苦笑いをした。そんなことができるなら、もはや竜ですらないかもしれない。

「手のひらサイズなら持ち運びやすいでしょうかね」

 そんな軽口をたたく。と、竜の巨体が光った。

 人間に戻る予兆だ、と感じたクレイは目を閉じた。しかし、目を開いたとき、明らかな違和感に慄いた。

「ま、まさか、私、いま」

 目の前には、サブリナの顔がある。それをクレイは見上げていた。

 足元が柔らかい。

「手のひらサイズ…!?」

 サブリナの手の上で、小さな竜がワタワタと暴れた。

 あまりにも奇天烈な光景に、サブリナは驚きすぎて反応ができなかった。

 ただ思ったことを口にする。

「なんだか……曲芸でもして稼げそうだな」

 チビ竜は、ガックリと肩を落とした。

 


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