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6.竜の咆哮

 サブリナは、目の前の光景を見ていることしかできなかった。

 クレイが翼を開いたかと思うと、神官の男が壁まで吹っ飛んだ。おそらく気を失っている。協力者の騎士たちも動きを止めた。

 その一瞬の沈黙の後、クレイの姿が光に包まれたように見えなくなり、代わりに竜が現れた。天井を突き抜けるほどの大きさだ。

「りゅ、竜だ!」

「竜神様の怒りが!」

 騎士たちは竜に剣を向けながら後退した。

 竜は首を振り回して神殿の壁を壊す。

 呆けていたサブリナは、ハッと気づいて周囲を見回した。

「スカーレット様!スカーレット様は!」

「サブリナ、私は大丈夫です!」

 スカーレットは神像の裏に逃れていた。サブリナは安堵して、クレイに向き直る。震える声で呼びかけた。

「クレイ、聞こえる?落ち着いて」

 竜が咆哮した。空気が揺れるほどの音が響く。耳が潰れそうだ。

「サブリナ、大丈夫ですか?」

 駆け寄ってきたスカーレットが、サブリナの背を支えた。

「師匠!どうしよう、クレイが、私のせいで」

 その時、神殿に駆け込んでくる足音が聞こえた。

 今度こそ本物の王城の騎士たちだ。皆が竜の姿に狼狽えながらも、剣や弓矢を構える。

「そこにいては矢が当たります!下がって!」

 騎士の一人に声をかけられて、サブリナは必死でかぶりを振った。

 クレイは誰よりも優しい人だ。ムカつくほど自己犠牲の精神が強い。そんな人が、これ以上傷つけられていいわけがない。

 スカーレットは動こうとしないサブリナの腕を引いた。

「騎士団に任せなさい。貴女は何も悪くないわ」

 サブリナは、強く拳を握った。不思議と、心を決めると軽やかに笑えた。

 スカーレットを正面から見て応える。

「いいえ、スカーレット様。私は責任をとるって、クレイと約束したんです」

 身を翻し、クレイに駆け寄った。

「サブリナ!」

「危ない!戻りなさい!」

 スカーレットと騎士たちが制止の声を張り上げる。

「クレイ!大丈夫だから、元に戻って」

 呼びかけても、竜はサブリナを視界にも入れない。サブリナは、竜の首に飛び乗った。

「皆さん、矢を降ろして!サブリナに当たります」

 スカーレットが指示を出す。騎士たちは他にどうすることもできず従った。

 竜は嫌がるように唸りながら、首を振り回す。サブリナは振り落とされないように必死でしがみついた。

 見守っていた騎士たちの中で、1人だけが動いた。神官に従っていた5人のうちの1人だ。

「おい、やめろ!」

 偽の騎士は、周囲の制止を聞かず、矢を放った。

 矢は真っ直ぐに竜の頭に向かい、しがみついたサブリナの肩を射た。

「サブリナ!」

 スカーレットの悲鳴が聞こえた。サブリナは、小さく呻いた。身体が吹き飛ばされるような衝撃に耐えたら、肩が熱く重くなった。

 力が抜けて、竜から滑り落ちる。地面につきながら、なんとか受け身を取った。

 そこでようやく、自分の肩に矢が刺さっていることに気づいた。

 ふと見上げると、竜がサブリナを見下ろしていた。その美しい瞳に、サブリナ自身の姿が映って見えている。

「クレイ……?」

 竜は、傷ついたサブリナをじっと静かに見つめた後、騎士たちに向かって、牙を突き出すように吼えた。ぐっと翼を縮める。今にも飛びかかりそうだった。

 騎士たちが剣を構え直した。

「待って!クレイ!」

 サブリナは肩を抑えながら、クレイの顔前に飛び出す。血が止まらない。足元をふらつかせながら、短剣を抜いた。

 優しい彼が誰かを傷つけてしまう前に。

「止まらないなら、せめて私がやる。他の誰かに貴方を傷つけさせたりしない」

 サブリナが切りかかると、竜は身を引いて避けた。動きに合わせて、サブリナの肩から血が溢れる。スカーレットの悲鳴が聞こえた。

「地獄でも天国でも、一緒に行こう。今度はクレイが私を連れて行ってよ」

 そう言って、サブリナは捨て身のように竜に飛びかかった。

「まさか」

「やめなさい!」

 騎士たちが驚きの声をあげる。きっと、彼女は竜を倒して自身も死ぬ気なのだと。

 しかし、サブリナは短剣ではなく杖を振り上げ、竜の鼻面に思い切りぶつけた。

「「え?」」

 地面に落ちた時、魔女の杖がすぐ近くに転がっていたのだ。

 竜は、ぐぅぅ、と情けない声をあげた。かなり効いているようだ。

「あれは痛そう」

 拍子抜けした騎士の1人がつぶやいた。

「役に立つ予感って、こういうことだったのかしら」

 スカーレットも、腑に落ちないというようにポツリと漏らした。


「クレイ、聞いて」

 竜が怯んでいるうちに、サブリナは話しかけた。

「私はずっとあてもなく旅をしていたから、たぶん本当は、旅の理由とか目的地がほしかったんだ。そんなときに貴方に出会った。誰でもよかったのかもしれない。出会ったのがクレイじゃなくても、私は同じように行動していたと思う」

 しんみりとした口調だが、突き放された竜はまた悲しそうに呻いた。

 騎士たちとスカーレットは呆れながら聞いている。

「大丈夫か?煽ってないか?」

「きっと精神攻撃だ」

「サブリナ……」

 サブリナは、クレイの目を真っ直ぐに見た。

「でも、君でよかった。君じゃなくちゃダメだった」

 強く見据えていたサブリナの目から、涙が溢れた。

 脚を切られそうになっても、矢で射られても、何も怖くなかった。クレイがいなくなることが、一番怖い。そのことに、ようやく気づいた。

 サブリナの涙が竜の足に落ちる。

 竜は、現れたときと同じように強い光を放ち、消えた。

 人の姿に戻ったクレイは、瓦礫の中に倒れこんだ。

「クレイ!」

 駆け寄ったサブリナが腕に抱くと、しっかりと温もりがある。

「眠ってる……」

 サブリナの腕の中を覗き込んだスカーレットは、両手を叩いた。

「はいはい。騎士の方々は、神官とその協力者を捕らえてください。竜は寝不足でちょっと暴れちゃっただけです。もう大丈夫ですよー」

 強引に収めようとする聖女に、騎士たちは狼狽えた。

「聖女様が言うならそうなのか…?」

 彼らは首を傾げつつも、しっかりと仕事を果たしてくれた。

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