5.神官と再会
クレイが通されたのは、噴水のある中庭だった。どこかあの村の教会に似ていると思った。
思い出したのは、三年間ぼんやりと眺めていただけの景色ではない。旅人が現れたある朝の美しい風景だ。
ひと月も経っていないのに、随分昔のことのように感じる。
「その杖はイオが貴方に?」
スカーレットに問いかけられて、思考が現実に戻ってくる。
「はい。イオ先生にいただきました」
スカーレットの目元が少し柔らいだ気がする。
「気難しいあの子がね……。この杖は近いうちにきっと貴方の役に立つでしょう」
どこか予言めいた言葉に、クレイは首を傾げつつも同意した。
「?ええ、とても役に立っています」
スカーレットは中庭のベンチに腰掛けた。隣を指さされ、クレイも並んで座る。
「竜人族の王子がサブリナと共に夜会に現れたと聞いて……驚きました。あの子は、王城とか神殿とか貴族とか、そういう堅苦しいものとは無縁でしたから」
そう語るスカーレットの横顔は、ひどく優しい。
クレイは口を挟めず、真剣に耳を傾けた。
「あの子は、自由を愛しています。けれど同時に、家と家族を求めている」
スカーレットは、何かを回顧するように遠くを見つめている。
「幼い頃に出会ったときも、三年前に再会したときも、あの子は自分自身の本当の望みにも気づかないまま。幻影を追うように旅を続けています」
サブリナの辿ってきた人生も、スカーレットやイオとの関係も、クレイはよく知らない。こうして断片的に聞くだけだ。
今の彼女のことも、自分はどれだけ分かっていると言えるのだろうか。
俯いたクレイを見て、聖女は目尻の皺を深くした。
「帰る場所のない旅は、果てしなく耐え難いでしょう。貴方は、あの子の帰る場所になってあげられる?」
彼女が初めて見せた笑顔は、母のような慈愛に満ちていた。
クレイが言葉を発する前に、神殿の方から争うような声が聞こえた。
「なにごとかしら」
二人が屋内に戻ると騒ぎが起きていた。
「あなたは……」
スカーレットよりも先に、クレイは状況を理解した。よく知る顔がいたからだ。
「……神官殿」
辺境の村ルクスの神官がいた。クレイを捕らえていたその人だ。
「ああ!竜神様ぁ!その方は、聖女様ですか!?」
男はクレイとスカーレットの姿を見て目を輝かせた。
「……あの男は、サブリナの告発を受けて、連行して神殿で取り調べをしていたのです」
スカーレットがクレイに囁いて教えてくれた。しかし、彼女の言う通りであれば、おかしな状況である。
神官は拘束もされずに動き回っている。そして騎士の格好をした男が五人、サブリナを囲って抜き身の剣を向けていた。
「貴方たちやめなさい!何をしているんですか」
スカーレットが叱責しても、騎士たちは微動だにしなかった。神官はニヤリと笑う。
「彼らは私の協力者です。我々は奪われた竜神様を取り戻しにきたのです。この小汚い旅人から!」
そこまで黙っていたサブリナが静かに口を開いた。
「貴方がクレイから自由を奪ったんだよ。私が奪い返しただけだ」
クレイは慌てた。刃物を向けられた状態で格好いいことを言わないでほしい。神官は挑発されたと思うだろう。
案の定、神官の男は激昂した。
「黙れ!私の、私の神だ!あのお方の脚も翼も、敬虔な信者である私に捧げてくださったものだ!」
男は金切声で叫んだ。目の焦点が合っていない。
クレイは男を憐れみこそすれ、いまさら憎む気もなかった。ただただ、サブリナが心配だった。彼女が傷つけられることだけが怖かった。
「……私が村に戻れば、その剣を収めてくれますか?」
クレイが男に歩み寄る。神官は、ギョロリと目玉を回してクレイを見た。その顔が歓喜に溢れる。
「待て!クレイ、やめろ」
サブリナが制止の声をあげると、神官の顔が憎しみに歪んだ。うめくように叫ぶ。
「その女の脚を切れ!」
騎士が剣を振り上げた。スカーレットは目を見開き、声にならない叫びをあげた。
クレイの翼が開き、神官が壁まで吹き飛ばされた。クレイの意識は、そこで途切れている。




