4.姉弟子と再会
ほとんど眠れなかった。窓から差し込む光に、クレイは少し絶望する。
一晩中考えていた。このままサブリナを母国に招いていいのかと。
北の森の魔女の家で話したことを思い出す。
ーーー私は、サブリナが行きたいところへ一緒に行きたいです。
ーーーどこへでも連れて行くよ。
それは、本当に心からの言葉か?
まっすぐな言葉に、まっすぐな意味が込められているとは限らない。
自分たちは多分、ストレートな言い方を選ぶことで、見せたくない本心を隠している。というより、自分の想いに必死で気づかないふりをしている。
彼女には彼女の旅がある。なのに王都まで付き合ってくれた。もう充分ではないか。彼女はきっと解放されることを望んでいる。
ただ、それを確認するのが怖かった。確認したら旅は終わってしまう。
「おはよう、クレイ」
ドアの外から、ノックの音とサブリナの声が聞こえた。
「おはようございます。入っていいですよ」
クレイはベッドの上で膝を抱えて応えた。すぐにガチャリと扉が開く。
「ごめん。起こしたか」
寝起きに見えたのだろう。一睡もできなかったとは言えず、クレイはただ首を横に振った。
「ちょっと王城内の知り合いに会ってくるよ」
サブリナはベッドの縁に腰掛けた。クレイは何とはなしに聞いてみる。
「どんな知り合いなんですか?」
「同じ師匠をもつ姉弟子だよ」
「あ、イオさんと同じですか」
サブリナは頷いた。
「王城内に神殿があって……一言で言うと教会の元締めだな。姉弟子はそこで聖女として働いているんだ」
「すごい人ですね」
「うん、本当にすごい人なんだ」
サブリナは両足をぶらぶらさせている。なんとなく気が進まないような表情だ。
「あ、もしかしてイオ先生が『苦手意識を克服しろ』って言っていたのと関係が?」
「うーん、まぁ。厳しい人だから……」
なんとも歯切れが悪い。
「私も一緒に行ってもいいですか?」
気遣うように言うクレイに、サブリナは素直に頭を下げた。
「言わせてごめん……。でもありがたく、お願いします」
頼られたことが嬉しくて、クレイは眠気が吹き飛んだ。
白い装束に身を包んだ女性は、荘厳な神像を背に、凛と佇んでいた。
しかし、サブリナを一目見た途端、眉を釣り上げた。
「久しいですね、サブリナ。あなたまたそんな格好をして」
サブリナは身をすくめた。いつもの男装姿で来てしまったのだ。
神殿では、神の前に身分はない、という意味でマナーが免除される。しかし、姉弟子は淑女として完璧な人なのだ。
「す、すみません。お久しぶりです、スカーレット様」
聖女スカーレットはツカツカと歩み寄り、サブリナの頬に触れて、さらに眼光を鋭くした。
「少し痩せましたか?食事を適当に済ませてはいませんね?」
「い、いいえ!はい!」
「答えになっていません」
叱られる生徒と先生のようにも、微笑ましい親子のようにも見える。クレイは見慣れないサブリナの様子に、こっそりと笑った。
二人の再会の邪魔にならないように、間を伺ってそっと近づく。
「聖女スカーレット様。クレイ・クロウリーと申します。お会いできて光栄です」
翼の生えた姿で一礼をしても、スカーレットの表情はピクリとも動かなかった。
「ご挨拶感謝致します。スカーレットです。サブリナがお世話になりました」
スカーレットはクレイに一礼をして、サブリナに向き直った。
「サブリナ」
「はい!」
「少しクレイ殿下と二人で話す時間をちょうだい」
え、と驚いたサブリナはクレイと顔を見合わせた。




