PURGEー32 おはよう!!
深夜に起こった小さな問答が誰にも知られることなく過ぎ去り、日が昇る時間になった病室の中。
ここまでずっと眠り続けていた黒葉にようやく変化が起こった。
「ンッ……ンンッ……」
寝相が悪そうに顔色を悪くし、ゆっくりと目を開いた黒葉。ぼんやりとする意識と視界を少しづつ回復されていく彼に、ふと誰かの声が耳に入って来た。
「おや? 起きましたか! 春山隊員」
大人の女性らしき優しく抱擁感のある声に黒葉は覚醒し、視界をハッキリさせた。目に見えたのは彼にとって覚えのない天井に違和感を覚えつつ自分がこの前に起きていた時の記憶がフラッシュバックして来た。
「そうだ……リドリア! 森本さん!!」
自分が倒れている場合ではないと力強く上半身を起き上がらせようとする黒葉だが、その途端に強い重力を受けたような感覚に陥り体が浮く前に止まってしまった。
「ウッグ……体が……」
「無理はしないでください。おそらくあなたの身体は今そうとう疲労が残っているはずですので」
どうにか首だけ動かして向けた視線の先にいたのは、出張で基地からいなくなっていたクオーツだった。
「隊長!?」
「おはようございます春山隊員。ご安心ください。お二人なら反対方向に」
クオーツに言われて首を反対方向に回す黒葉。正面方向にはいないと下に目線を向けると、自身の身体に寄りかかって眠っているリドリアと信乃の姿が見えた。
「二人共無事……良かった……」
焦りのあった表情が緩んだ黒葉。クオーツは彼の様子を見てクオーツは席から立ち上がると、再び自分に顔を向けてきた黒葉に対して頭を下げて謝罪の言葉を口にした。
「申し訳ありませんでした。私が出張中の間に大きな事件に巻き込まれていたようで。全ては隊長である自分が管理を怠ったのが原因です」
「そ、そんな! 謝らないでください隊長!! あれは全部イブリスのせいで」
「お優しいですね。あれだけの事があっては怒鳴られても仕方ないのに」
慌てて謙遜する黒葉に感謝の込められた何処か作った感のない、自然な嬉しい視線を見せたクオーツ。
美しい大人の女性の微笑に黒葉が頬を少し赤くしてしまうと、クオーツは優しい顔を潜めて真剣な表情を見せてきた。
「それで春山隊員。私がここに来たの理由はもう一つ。貴方に何があったのかについて聞きに来ました」
「俺にあったこと?」
クオーツは既にレニからの情報で事件の内容は把握していた。だがレニにも理解しきれなかったのは、イブリスを撃退した黒葉の驚異的な動きについてだった。
「大怪我をして動けなかったはずの身体が動き、より驚異的な身体能力を持って撃退した。その時貴女の身体に何が起こったのかが知りたいのです」
黒葉はいざ問いかけられた内容に悩みのある顔を見せた。
「どうしました?」
「いや、あれについては俺にもよく分からないんです。とにかくみんなを助けたい。そう思っていたら自然と自分の胸に手が伸びて、触れた途端に嘘みたいに身体が動いたんです」
「そして少しして意識を失い、丸二日程眠り続けていた」
「丸二日!? そんなに眠っていたんですか!?」
当然ながら自覚のない黒葉はハッキリと時間を告げられて驚いてしまう中、クオーツはある程度推測が付いた。
「なるほど」
何処か暗い顔付きになっているクオーツからしてあまりいい事ではないことを黒葉も察したが、聞くより先にクオーツ自身が話し出した。
「貴方の能力、『分解』の応用でしょう。でもパワーアップではありません」
「パワーアップじゃないって、どういう」
困惑する黒葉にこれは隠すことこそ良くないと正直に告げた。
「あくまで私の予想ですが、分解は肉体のような物理的な物だけでなく、感覚も切り離すことが出来るのでしょう。今回はその力によって、貴方の身体の中に蓄積されていた『痛覚』を分離した。だからダメージはそのままながら、感覚だけは平常時以上の状態と誤解させて強引に体を動かした。
まさしく本来備わっているべきリミッターを切り離した状態、名を仮定するなら<分解 損傷>といったところでしょうか」
黒葉自身もくおーーつの言い分にはゾッとした。しかし彼女の言う説明は確かに納得のいく根拠があるように思えた。
「先程体を起き上がらせようとして辛く感じた事から、痛覚遮断は一時的なものなのでしょう。しかしこれは下手をすれば自滅しかねない禁じ手です」
クオーツは眠り続けているリドリアと信乃に視線を向けて続ける。
「貴方が彼女たちの事を思っているのならば、今回のような手はあまり使わないようにしていただきたいです」
「了解です。自分の能力で死んだら本末転倒ですからね」
笑って返してみせた黒葉。クオーツは表面上は明るく受けたが、内心少し不安が残っていた。黒葉のお人好しな性格が悪く作用しかねないかという懸念に……
だがこれは本人に行ったところでそう簡単には自覚できない問題。クオーツは敢えて藪から棒に伝えることはせず、扉の方に足を運んでいった。
「要は済みましたので私は失礼します。今はゆっくり回復に努めてください」
「隊長……わざわざありがとうございます」
「いえいえ、私は……」
「でもすみません! こんな時に何ですが」
「?」
「勝手な頼みごとを一つ、お願いできますでしょうか!?」
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クオーツが去ってしばらく時間が経過し、眠りこけていたリドリアと信乃も目を覚まし始めた。
「ンンッ……」
「あれ? 私……寝ちゃって……」
「リドリア、森本さん」
自分の名前が呼ばれたことにリドリアと信乃はほとんど同時に反応し、まさかと思って顔を向けた。
そこにはすでに目を覚まし上半身を上げることが出来る程になっていた黒葉が、二人に笑顔を見せて声をかけていた。
「おはよう!」
単純な一言。その単純な一言をやっと聞けた二人は、再び気持ちが込み上がってしまい涙を流して返答した。
「おはよう!! おはよう春山君!!」
「もう!!……寝過ぎなのよバカ!!」
リドリアと信乃はようやく目を覚ました黒葉への喜びに抱き着き、しばらくの間シーツを濡らし続けていた。
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