PURGEー21 気体身!!
決闘開始の合図が響き渡り、リドリアはイブリスが能力を使う前に先手必勝で勝利しようと即座に鳥の羽と爪を生やして正面から突撃した。
リドリアの戦略は的中し彼女の体当たりはイブリスの腹に直撃したが、リドリアはすぐに目を広げて驚いた。
(手ごたえがない!? まさかもう!?)
「呆れたなあ……君は俺の事を舐めていたらしい、悲しいよ」
イブリスの能力『気体身』。その変化速度はリドリアの予想を超える速度であったようであり、その上ノーモーションで発動可能だったらしい。
リドリアの突進は気体化した身体で受け流されてしまい、そのままの流れで彼は服を含めた全身を無色透明の気体に変化させた。
こうなれば視界には見えず匂いも分からない。強いて判別が効くとすれば攻撃直前に姿を見せた瞬間に微かに音が経つか気配を感じるかといったところだ。
「クッ……何処から現れるのか分からない。だったら!!」
リドリアはせめて死角から攻撃されることを防ぐためにと空中に飛び、闘技場中を右往左往に飛び回る。
だが一切姿の見えない相手に対する警戒はそれだけでかなりの警戒を張らざる負えなくなる。リドリアはここまでの経緯もあって余計に強く緊張していた。
(どこから現れるの? こっちが下りてくるまで気体化して隠れているつもりなのかしら)
「自分が下りるまで攻撃はない。そう思っているのかな?」
リドリアが背後からの声に驚いて振り返りつつ左足の爪を振るったが、そこにイブリスの姿はなく何もない所を空振りしただけだった。
「何処に!?」
「ここだよ」
リドリアは直後に自分の背中に急な重量を感じた。まさかと思った彼女が首を後ろに向けると、なんとイブリスが彼女の背中にのしかかる形で実態を出現させていたのだ。
「何でアタシの背中に!?」
「君は俺の能力との相性の悪さに気が付いてなかったみたいだね。俺は気体。質量保存の法則上空気よりは重くなるがそれでも分散した俺の身体は風に吹かれれば宙に浮き上がることが出来る。
そこからある程度体を動かせば君の背後になどすぐに移動できるという訳だ」
リドリアは成人男性一人分の重力をいきなりのしかかられてしまったがために羽の羽ばたきだけで飛行を維持することは出来なくなり、そのまま落下して地面に激突してしまった。
「カハッ!!……」
上空からの落下は高い位置から落ちるほどの大きなダメージがある。今回は二人分の人間の重量もあってその威力は女性のリドリアにとって倍以上だ。
挙句イブリスは激突直前に気体化したがためにノーダメージ。リドリアだけが負傷した形になった。
「イッタタ……いきなりやってくれるわね」
腹や胸に感じる痛みを我慢しながら立ち上がるリドリアだが、イブリスは彼女の態勢が戻り切る前に後ろから蹴りを入れのけぞらせ、次に前面に移動して腹を殴りつけた。
腹に叩き込まれた拳に嗚咽を吐いてしまうリドリア。元々痛めていたところに追撃を受けた彼女は地面に膝をついてしまい、右手も地面に付けて唾液を吐く。
イブリスは既に重症のリドリアを見て完全に勝ちを確信したのか、自ら目の前に姿を現して見下しながら話を続けた。
「あ~あ~……威勢は良かったのけど戦ってみたらあっという間にこれだよ。こうも一方的に女性を攻撃しているんじゃまるで俺がいじめているみたいだなぁ。
これ以上攻撃をしてもお互い得がない事だし、意地を張らないでさっさと降参したらどうなんだい?」
確かにイブリスの言う通り一方的な戦いになってきている。だがリドリアは唾液をこぼしながらも自身の腕でそれを拭い汚れた体を立ち上がらせた。
「降参なんて……しないわ」
まだ全く諦めていないとでも言いたげな目付き。イブリスはそんな彼女の目を見て少々癪に思った。
「嫌な目だなぁ……流れに身を任せれば怪我もせず幸せになれるっていうのに……
仕方ない。もう少しお仕置きをすれば流石に折れて自分の過ちに気付くだろう」
イブリスは言葉を切ると同時に再び気体化し姿を消した。リドリアはふらついた頭の中で考える。
(虚勢は張っても実際不利よね……空を飛んでも結局のしかかられてしまう。かといってこのままじゃ一方的に攻撃を受け続けて終わり。
ええい! 何か一つ弱点でもあればいいのに!!)
リドリアは考えていく中で一つ疑問が浮かんで来た。だが彼女の思考が纏まる前にイブリスは再び背後に出現して蹴りを入れ、彼女を地面に転倒させた。
「クッ!!……」
攻撃を受けた事で回りかけていた思考が止まってしまい、ダメージを受けて余裕のないリドリアは動くにも少々時間がかかってしまう。
イブリスはリドリアを放置しなかった。ここで姿を現し服の奥から取り出したナイフを見せる。
「残念だよ。綺麗な体に傷を付けたくはなかったんだけど」
攻撃に気付き何とかよけるリドリア。だがそんな単純な回避など織り込み済みといわんばかりにイブリスは口角をにやつかせ、リドリアの回避方向にナイフを投げて見事彼女の左足に突き刺した。
「アアアァァ!!!」
鋭い痛みに声を挙げてしまうリドリア。イブリスは続けてナイフを三本取り出し、リドリアの両手と右足にも突き刺さり、床に体を拘束した。
次々来る痛みに耐えながらもどうにか涙は流さないように堪えているリドリア。拘束したこともあって実質勝利したも同然と思ったようで、イブリスはゆっくりリドリアに近付いて来た。
「これでいい加減分かっただろう? リドリア、君は俺には勝てない。意地を張るのはやめて潔く諦めるんだ」
涼しい顔して勝ち誇った様子のイブリスに、リドリアは首を曲げてイブリスを睨みつけながらこんな状況でも諦めていないでも言いたげな顔をする。
イブリスはこれに腹を立てると、体を痛めつけてわからないのなら言葉で分からせろうと思い、周囲の観客に聞こえるようにわざと声をかけた。
「いい加減にしなよリドリア! そもそも今回の事は性被害に遭った君をあんな酷い小隊から助けるために俺が頑張ったんだぞ!! それなのに君は、俺の親切を無下にして! あまつさえ反抗しようとしている!!
俺は悲しいよ……君がここまで人の心を無下にしてしまうようになるだなんて……」
完全な減らず口。だが功績のある働き者の小隊長の勢いの籠った台詞は周囲に強く印象付ける。さらにここにスヘッダ小隊の隊員達が観客席から大声で叫ぶ。
「ふざけるなよお前!!」
「金持ちの令嬢が! わがままが過ぎるんだよ!!」
仕組まれたサクラの声も相まって二人の関係をよく知らない大衆からすれば、どっちに乗るかは一目瞭然だ。
「そうだ!! スヘッダ小隊長の優しさを何だと思ってるんだ!!」
「金持ちの令嬢はやっぱり人の親切が分からないのよ」
「あんな正義感も優しさもない奴、次警隊に必要ないだろ」
中身のない大衆の小石は誇りあるリドリアの心に深く突き刺さっていく。にらみを利かしていた強い視線は徐々に弱まっていき、戦意を削がれてしまう。
イブリスはそんなリドリアにもう一押しと叫んだ。
「リドリア! 悔い改めてくれ!! 俺はそれ以上は望んでないんだ!!!」
イブリスに流される大量の言葉の波に溺れてしまいそうになるリドリア。彼女の心の中の闘志が小さくなっていく。
(みんなすっかり騙されて……でも、アタシのせいでこんな事になったのは本当だ。アタシは……もう……)
押しつぶされ、リドリアの熱い心がとうとう消えかけようとしたその時
「頑張れ!!」
立った一つの言葉。だがこの聞き覚えのある声は、リドリアにとって他の観客より圧倒的にハッキリ耳に入って来た。
リドリアが声の方向に目を向けて見たのは……
「頑張れ!! リドリア!!!」
消息不明になっていたリドリアの仲間、『春山 黒葉』の姿だった。
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