PURGEー9 盤面操作!!
信乃の心配が強まる中、当のスライムと対面したリドリア。スライムは何も言わず、かといって抵抗する様子もなくただのその場でプルプルと揺れているばかりだ。
「一向に何かしかける様子もないわね。ま、大人しくしておいてもらった方がこっちとしても捕まえやすくていいけどね」
リドリアはスライムとの距離を近づけるために得更に路地の奥に足を踏み入れた。ここで彼女は影の中に隠されていたある存在に気が付く。
普通なら目で見て気付きそうなものなのだが、今のリドリアはさっきの能力の仕様によって一時的な近眼になっていたようで、気づくのが遅れてしまった。
そしてこの弱点は、今回大きく悪い方に働いてしまった。リドリアが見つけたのは、全身の服が解かされてほとんど全裸にさせられ、更に粘液がかかっている若い女性だった。
「これは!!」
女性の存在に意識が向いた一瞬の隙にスライムは飛び掛かり、リドリアの腹に激突して来た。
リドリアは抵抗しようとするも、この狭い場所で変身して動けば近くに倒れている女性や周辺の店にまで被害が及んでしまう。
判断に悩んでいる内にスライムはリドリアの身体全体に延びるように広がっていき、纏わり付こうとしてくる。
「ナッ! ちょっと! まさかこれって!?」
リドリアが思い浮かばせた嫌な予感はまさに的中し、スライムが最初に触れた腹回りから彼女の着ている服を溶かし始めたのだ。
「いやああぁ!! 服がぁ!!」
リドリアは咄嗟に振り払おうと右腕をスライムに突っ込むも、軟体のスライムは変形してその腕すらも取り込み、服の袖を溶かしていった。
「袖も!? これじゃあどうやっても放せない!!」
このままスライムのいいように服を解かされるのを待つしかないのかと半ば絶望したリドリアだったが、そんな彼女に救いの手が差し伸べられた。
丁度リドリアとスライムの間の位置の地面に突然赤い線が入り、リドリアが左右を見ると同じ線が均等な感覚で敷かれて正方形型の枠がいくつも生成されていた。
「これは!?」
リドリアが枠に気付いた直後、さっきまで路地の壁を見ていたはずの彼女の視線が一瞬にして路地の外、個人店が脇に見える商店街の道が見えていた。
「あれ? アタシさっきまで細い路地の中にいたはずじゃ……って、もうおへそ丸見えじゃない!!」
「大丈夫ですか!?」
服の一部事化されて恥ずかしく思っているところに声が聞こえたリドリアが顔を反対方向に向けると、急いできたようで少し息が上がっている信乃の姿があった。
「小隊長! もしかして今のは貴方が!?」
リドリアの質問に首を縦に振る信乃は自分の能力について説明した。
「私の能力は<盤面操作>。自らが指定した範囲にある物体の向きや位置を入れ替えることが出来ます。
さっきのは貴方とスライムの丁度間に枠を仕切ってからリドリアさんだけを転移させることで切り離したんです」
簡単な説明を終えた信乃は、次に本題であるスライムについて説明を始める。
「あのスライムについて追加通達がありました」
「追加通達?」
「はい。あのスライム、どうやら女性の飼育員のお世話を受けて以来、人間の女性に対して過剰に興味を持ってしまったらしくて」
「興味を持った? それってどういう」
オウム返しで聞いてしまうリドリアに、信乃は何処か気恥しそうに視線を下に俯かせながら口にした。
「つ、つまり……あのスライムは、エッチな事に興味津々で……女性を襲って、その服を溶かして体に纏わり付いてるみたいなんです!!」
「なんですって!!?」
リドリアが驚いて叫んだ途端にスライムは再び飛び出し、横に表面積を広げて二人纏めて服を溶かしてしまおうと襲い掛かって来た。
「来た!」
「ここは私が!!」
信乃は右手を伸ばし、将棋の駒を指すような手つきで手を動かしてスライムを後方に移動させた。
スライムはならばと自分の身体を三つに分裂し、それぞれ別の方向から飛び掛かって来る。対する信乃は次々と転移させながらそばにいるリドリアに小声で問いかけた。
「リドリアさん、捕獲用のカプセルの準備を」
「はい。……って、あれ?」
「リドリアさん?」
「あれ!? ない!!?」
「えぇ!!?」
リドリアからのまさかの返答にコミカルな変顔になりながら振り返ってしまう信乃。リドリアがまさかと思って前方下に視線を向けると、スライムが転移した更に少し奥に小さな水色半透明の筒状のカプセルが転がっているのを発見した。
次警隊に支給された捕獲、及び携帯用の回収ボックス。大型生物をも中に収納するシステムを要している優れものだが、落としてしまえば結局使えないことに変わりはない。
「もしかしてさっきまとわりついて来た時に!? 手癖の悪いスライムね!!」
「だったら私のを使ってください! スカートのポケットの中に入っていますので」
リドリアは早速信乃のスカートのポケットに手を入れ、中に入っていた捕獲用カプセルを取り出した。
「私が分離した個体を一か所に集めます。合図を送るのでリドリアさんはそこにカプセルを投げてください」
「はい!!」
スライムは一度取り逃がしたリドリアに執着を持ったのか、後ろで倒れている女性には目もくれずにいくつも体を分裂させて多方面から向かって来ようとする。
だが信乃はリドリアと違い既に現場経験がある。油断はせず周囲にもしっかりと目を張り、何より仲間も含めた周りの人に危害を加えさせまいと警戒していた。
その上信乃の能力『盤面操作』は直接的な攻撃こそ出来ないものの、敵味方の配置を自由に入れ替えられるとあってどれだけ四方から攻めようと見つかり次第スライムは転移させられていった。
そして目測ながら一か所に集められ強制的に合体させられたスライムの大きさが元見た状態と同じになったと見た信乃は、リドリアに声をかけて合図を送った。
「今です!」
「はい!!」
リドリアは指示を受けて間髪入れずにボックスを飛ばす。スライムは当然逃げようとするも、ここでも信乃の能力で同じ場所に固定させられてしまい、そのまま開いたカプセルの中に収容された。
カプセルが地面に落ちた。リドリアと信乃はカプセルが動かないことを確認すると、足を近づけてカプセルを拾った。
「捕獲、完了ですね」
「はい」
少々危機があったとはいえ無事スライムを捕獲出来た事に笑みを浮かべる二人。安心しきっていたのか、二人は真後ろの物陰でうごめくとても小さな存在に気が付かなかった。
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