第十一話 妖精騎士アイギスさんと緑触妖精と女猫妖精と悪魔で天使なお姫様(6)
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女猫妖精の聖地。その中央にある城。花園城塞――
私、祖小人妖精の白魔導師ベル・ベラは窮地に立たされていました。
城に辿り着いてその日は軽く歓待を受けて一泊。
さて、これから祭儀にて封印された"もの'を、どうやって持ち出すかと考えていたんですね。
取り敢えず今回の女王の性格が大人しめなので、説得は出来るかな? と、昨日の会話した印象から手応えを感じてたんですが……
すべてをブチ壊すが如くやって来た空中戦艦一隻。
けたたましく鳴る城中に響く警報音。
そして――
『フリュドラどもに告ぐ。貴様らが後生大事にしている封印物を我々に引き渡せ。その品は我々、妖精族を統べる森陽王陛下の正統なる所有物だ。……抵抗するというなら、しても構わんぞ。だが……』
城塞の制御司令室で、戦艦からの通信を繋いだ直後に居丈高な通告。
直後に戦艦から撃ち込まれる砲弾。
着弾したのは花園城塞からは遥か遠方の地。
けれどその爆発の威力、何より立ち昇る雲は……
「ベル・ベラ殿、これまさか核兵器では!?」
私を除いて唯一、核兵器の爆発映像を知る忍者ル・フェインが驚愕して声を張り上げる。
「……ええ、そのようですわね」
私は立ち昇るキノコ雲を制御司令室のモニターで見ながらの制御機器を操作し、確認した。
幻術魔法を使った偽装情報の可能性はなし。
放射線の発生を確認。と城塞のメインコンピュータからの回答。
……信じがたい事に本当に核兵器でした。
『さて、これで我々が本気だと言うことが判ってくれたかな? この戦艦には貴様らを根絶やしにするには充分な核兵器が積まれている。即刻引き渡す事を要求する。……貴様らの屍の後から引き上げるのも面倒なのでな。三十分だけ待ってやろう。返答が無ければその張りぼての城が崩れ落ちるだけだがな。はっはっはっ――』
と、そこで戦艦からの通信が切れました。
「よしっ、取り敢えず三十分は時間が稼げますね」
「三十分でどうする気でござる? まさか持ち逃げという話しではござらんでしょうな」
「まさか」
私はフリュドラの女王に向き直る。
何事が起きたのか理解はしてないが、マズい事が起きてるのは解っている顔してますね。この分だと核兵器とか解ってなさそうです。
「さて、女王さま。まず、ご安心を。核兵器では一万発撃ち込まれてもこの城塞は落ちません。通告して来た相手が無知過ぎる馬鹿です」
「さ、さようか。いや、でも然し、トンデモナイ爆発だったような……」
「物理的な威力という点では核兵器は未だ強力な兵器なのは確かです。ですが、魔法文明時代末期の城塞や軍艦を落とせる程ではありません」
古代魔法文明のその終末期に於いて、核兵器は完全に主力兵器としての価値を失いました。
多重次元積層魔法障壁の魔法技術完成により、都市や軍艦が核兵器の直撃にも無傷で耐えきれるようになったのです。
核兵器の優位性が大きく損なわれては、それを主力兵装にはできません。
攻城戦や艦隊戦では魔法障壁を破壊した後のトドメくらいしか使い道がなくなったのです。
「そしてこの花園城塞はタブタブ神が建造した、神造建築物。防御力は魔法文明時代の物を上回ります。つまり、核兵器ではこの城は絶対に落ちません。むしろ怖いのは。――ル・フェイン、状況を」
「既に、城塞内の侵入者排除システムを立ち上げてるでござる。ただ、守護対象をフリュドラに種族設定されてるのでその脆弱性を突かれるとマズいでござるぞ」
「っ――。失礼、ル・フェインの言う通り、一番警戒すべきは城塞内への敵の侵入です。敵がフリュドラに化けているかフリュドラに内通者がいる場合がマズいですね」
「わ、我らに敵に寝返る者が居ると言うのか!」
「その可能性を考慮してくださいと言ってるんです。この制御司令室を落とされたら、城塞内のコントロールを失い失陥しますよ」
「し、しかしだな――」
と、その後は女王に説明しながら防衛戦の為の準備をしていたら三十分が経っていた。馬鹿から通信が入って居たがもちろん無視だ。
何発も核兵器を無駄撃ちしとけ。
「ベル・ベラ殿マズいでござる。あやつ、湖水地帯に核兵器を撃ち込んだでござるよ!」
「!? 正気かあの馬鹿。この大陸の水源地だぞ!」
それがこの地に城塞が建造された理由でもあるのだ。建造当時は核兵器はなかったが核兵器並みの威力の魔法は存在した。
が、この地はこの大陸有数の水源地。
地政学的にここを大量破壊攻撃で狙うというという事は、大陸諸国の恨みを買う事になる。
水源地の湖を破壊するなり魔力汚染されたらどんな影響があるかわからない。地形が変わり、河川の経路が変われば下流の国々は死活問題だ。
汚染は人々の健康問題やモンスターの発生に繋がり、これも致命的になりかねない。
それに大量破壊攻撃をしなくても、何処か一カ国がこの地を狙えば大陸の4割近くの水源地を制されるも同然。依ってこの地は一種の中立地帯となり、この城に手を出すことは一種のタブーになっていたのだった。今迄は。
「森陽王の国の本拠地はこの大陸ではないとはいえ、この大陸にも妖精族が居るのに……奴は本当に正気ですか」
「幻術の類では御座らん。マジでやりましたぞ、あやつ」
『ふははっ。馬鹿どもめ。この戦艦で貴様らの城塞を落とせぬと思ったか戯けが』
なんだ。どういう事だと私は訝しむ。
確かに今の時代この大陸に魔法文明の遺産を受け継ぐ国家なりは居ないと言える状況だが、明らかに世界条約違反だ。事が知れたら森陽王の国はただでは済まない。
核兵器はそれで無くても、終末戦争に使われ多くの生命を奪った禁断兵器。この世界に住む者なら、忌避感情が先に来る筈なのだ。世界各国から非難は避けられず、場合に依っては袋叩きに会いかねない暴挙だ。
『馬鹿な貴様らにも説明してやろう。どうやらこの戦艦では貴様らの城を落とせぬとタカを括ってるようだがそれは大きな間違いだぞマヌケども。この艦にはこのジャングル地帯を一掃できるだけの核があるのだ。全部撃ち込めばどうなる?』
私はこの馬鹿が馬鹿過ぎるので音声通信を作動させた。
「それこそ馬鹿過ぎる! この大陸の水源に手を出せば、世界条約を締結してる各国が黙ってる筈がない! 条約違反を見逃せばそれこそ世界の均衡秩序が崩壊する。核兵器を子供のオモチャと勘違いしてるのか、このお馬鹿!」
『おお、少しは物分かりが良いマヌケが来たな。フリュドラどもでは頭が回らぬかと心配していた所だ。……では、答え合わせをしてやろう。均衡秩序を破壊する不埒な輩がここに居るなら話しは別だろう? 核兵器で貴重な水資源を破壊した馬鹿どもが貴様らという事だな。はっはっはっ――』
「はっ――?」
言われたことが理解できなくて私は戸惑う。
『おっと。貴様らの下等な頭の中身では理解すらできんか。つまり、大陸に大災害を齎した貴様らを正々堂々叩き潰すことができるという事だ。まったくコレだから獣混じりは頭が悪くて困る』
私は一旦音声通信を切りました。余りの馬鹿さ加減に。
え? この会話の相手、本気でそれで落とせると思ってる……? 脅しの文句としては迂遠過ぎます。
そして疑問を問い質すべく再度通信。
「一つお聞きしたいんですけど……この地域を火の海にしてから大義名分を得て、後で艦隊とか持ってきてまともに攻城戦する? とか考えていらっしゃいます?」
『おお、奇跡的に正答に辿り着いたな。――おい、頭の良いのが居るぞ。――ああ、すまんすまん。余りに高等な作戦なので本当に理解できる奴がいるか心配でな。では、理解したならさっさと引き渡してもらおうか』
「理解できるかああぁ! このお馬鹿! そんな作戦通用する訳ねぇだろうが! 条約各国に速攻嗅ぎつけられるわ! 時間かけ過ぎだろ馬鹿! それなら最初から艦隊持って来い! 間抜け! 阿呆! 頭にうじ沸いてんのか! この城塞に核兵器投射能力とかねぇんだよ。調べてから来い! この――」
と、私が激高していると傍まで近寄って来たル・フェインに音声通信を止められます。
「お、落ち着いてくだされ、ベル・ベラ殿! 相手は核兵器を持っているでござるよ! 挑発してどうするでござるか」
「あ、あの馬鹿、頭悪すぎてイカれてやがる! どう考えても通用するか!」
各国への利害調整が済んでいてそんな陰謀になってる可能性……? 笑止!
条約各国が全力で足を引っ張りあってるこの世界でそんな芸術的な取り引きできるか。裏切り者が出てきた時点で破綻するわ。あの魔女王と天使王が黙ってる訳ねぇだろ。お前らの敵国の吸血鬼どもや極東帝国と包囲網が完成するぞ亡国にも程がある。
それにどうして、フリュドラが自分達の住んでるジャングル地帯、核の炎で焼きつくすんだ。動機が存在しないだろ。無理矢理にも程があるわ!
『……おお、怖い。窮鼠猫を噛むか。ああ、お前らは猫混じりであったな。鼠の気分を味わえて良かったな。責めて慈悲を与えて通告してやってるのに……これだから獣混じりは。……極めて高度な政治的駆け引きでそうなるのだ。貴様ら下等な種族には理解もできんだろうがな。まぁ良い。後1時間だけ待ってやる。それで貴様らは住処を失うという訳だ。二度は言わんぞ、ではな――』
「いや、待って欲しいでござる。1時間では説得できるか解らないでござる。もう少し時間をくだされ」
『うん? なんだおまえは男?』
「城に出入りしている技術者でござる。特別に入城を許可されておりましてな。女王さまや側近の方々に状況を説明して、ご判断頂くにも1時間は無理で有りまする。封印解くにも時間掛かるでござる」
『まったく、これだから頭の回らん奴らは……3時間だ。それ以上は1秒たりとて待たん。封印の品を持って逃げ出そうと馬鹿な真似はするなよ。貴様らを根絶やしにするなど我らには造作もないのだからな』
「3時間では……」
『くどい! 俺に二度言わすなよ。くだらん交渉ができると思うな。――ん? ……ああ、言い忘れていた。念の為に人質も百人ほど捕縛している。女王の身内も捕ってると言っておけ』
そして通信が切れました……
なんとぞんざいな通告。まともに交渉をやる気がないという態度。傲慢以外の何物でもありません。
「申し訳ござらん。時間を引き延ばせなかったでござる」
「いや、あれは無理でしょう」
と、私は制御機器を操作して先程の音声会話データをリアルタイム照合し、該当の人物の当たりをつけていました。
森陽王の息子。デュヌージュペ・ベルト・バルヴィン・ベーレンヴィルト。
「ル・フェイン。お知りになってます? 監視ネットワークの情報からデータ検索掛けたら問題行動山盛りで出てくる、この人物のこと」
「ヤバいでござる。ヤバいでござる。ヤバいでござるぞ。伝説級の人物でござらぬか。核兵器をステルスミサイルごと紛争当時国に売り払ったり、大災害引き起こした禁呪魔法の術式取引に関わってたり、女絡みで裏組織と揉めて、街にモンスター放ったりとか魔法文明時代に有りとあらゆる悪事や問題行動を全網羅したとかいう超一流の問題児ではござらぬか!」
「当時の諜報、裏稼業方面では知らぬ者なき、ってお人ですか……どうやら今や伝説を超えて神話の領域に辿り着こうとしてるようで」
もちろん、私は頭を抱えましたよ。
おそらく本気だ。って事を理解してしまって。
情報を知れば知るほどこの人物の性格を理解してしまう。
おそらくこの人物には……
自分が成功する未来しか見えてない。
失敗を失敗と思ってないんです。でなければこれほどの数々のやらかしはできませんよ。
私は森陽王を甘く見ていました。
こんな人物を四千年間そのままにしていたという事実は親の愛情や甘やかしを越えて、敢えて育てて居たとしか思えない。
「しかも、名君とも云われる森陽王が、まさかそこまでするとは誰も思わない。クソっ。これが核兵器を馬鹿息子に持たせて撃たせてる理由か。不祥事として処理する気ですね」
この状況だとおそらく"もの"が亜精神の娘だとバレている。でないとここまでリスクを取る理由が他にない。
最悪だ。馬鹿が核を撃ちまくった後で艦隊を送り込まれる可能性に現実味が出てしまう。
娘さえ確保できれば各国に言い訳できてしまうからだ。所詮は妖精族の、家庭内争議だと。
「アイギス神やタブタブ神に対して人質にできるなら各国と紛争起こして核戦争すらやった所でお釣りが来るかマズい……」
「更にマズいでござる。フリュドラの人達がこの城に集まって来てるでござるよ……」
先程、人質に捕ったという話しはつまり村々を襲撃したということ。
「ル・フェイン。あの避難民の中に連中の侵入部隊が紛れ込んでる可能性は……」
「充分過ぎるくらいあるでござるぅ。どうすれば」
外には核兵器を持った馬鹿。
内に入り込もうとする避難民。
おそらく侵入者が紛れ込んでる。
私たちは考えられる最悪の状況になっていた。




