第十一話 妖精騎士アイギスさんと緑触妖精と女猫妖精と悪魔で天使なお姫様(3)
オチュッグ達に連れて来られた女猫妖精の子は、蔦で全身をぐるぐる巻きにされてるの。
「ん――! っ――!」
「……この子がフリュドラ」
口許まで蔦で塞がれて潜った声でこちらに何かを訴えようとしている。でも、待ってね。初めて会った子だからアイギスさん良く見てみたい。
前にアリーシャちゃんに写真で見せてもらった子はランドセル背負った子どもだったんけど……
目の前の子は15、6くらい? 猫耳で髪の色は紅い。尻尾も生えてる。髪型が伸ばし放しって感じで野性味溢れてる。
「髪の色が独特だけど、猫人族の人に似てるよね」
と、興味津々で眺めながらアスタロッテに聞いてみる。
「ええ、顔立ちが違いますが、生態は猫人族と変わらないようですね。聖魔帝国では一緒に暮らしたりしてますよ」
「なるほどね。似た種族だし、へぇ~」
「いえ、アイギスさん。まず、吟味しないで下さい」
セレスティナさんに嗜められ、このアイギス正気に戻る。しまった。目の前に興味の対象が来ちゃったから、気が逸れた。
「ごめん、ごめん。興味のある種族だったからつい……」
「やめて下さいよぉ。猫人族と同じでフリュドラ族は他種族とでも子ども作れるんですから。間違い犯したら洒落になりませんよ」
「待って、セレスティナさん。流石にわたしまだ子どもだから、そこまで行かないって」
「……間違いってあります。私の知ってる子がフリュドラと……」
「妊娠したの? 妊娠されちゃったの?」
女の子同士で子供作れる種族でしょ。アイギスさん気になります。
「アイギスさん……具体的過ぎますよ……。いえ、そこまでは。ちなみに他の種族とではフリュドラしか妊娠はしないようですが……」
「母体がフリュドラ族でないと上手く行かないようですね。アイギス様もお年頃ですね、フフフ」
わたしの頬紅くなる。聞いたのわたしだけど、改めて言われると恥ずかしいね。でも、気になるじゃん。
ちなみにシャルさんも顔めっちゃ紅くしてた。
女の子みたいな顔してるけど男の子だもんね。解る。このアイギスさんの男の子心がとても疼くんだよね。このフリュドラって種族。
『流石、聖下。やはり記憶が飛んでても変わりませぬな。しかし、其奴はオススメできませんぞ』
「おっと、忘れてたよ、ザランバル。別にハーレム要員じゃないって。てか、どうしてこの子を返さないの? 悪さしたってのはシャルさんから聞いたけどさ」
そう、フリュドラ族と揉めてる原因が子供を返さないって事なんだよね。それでフリュドラ族とオチュッグ達で戦闘にまでなってるっていうんだ。
ただ、フリュドラと揉めるのは日常茶飯事らしいんだけど。特に今回は子供返さないんで相当やり合ってるらしい。死人は出てないそうだけどさ。
『其奴は図体だけは大人でも、躾のなってない悪ガキでしてな。――お前たち其奴の猿ぐつわを取れ』
と、王に命令されてオチュッグ達がフリュドラの口許の蔦を取る――
「この、薄汚いエルフども触るんじゃない! 誰がてめぇの相手するかケダモノ!」
『と、このようにまず口の効き方がなってない』
「……う〜ん」
顔立ちは綺麗なんだよね。でも確かに……
「この化けオチュッグども! さっさと解放しやがれ。でないとエルフどもとつるんでるの言い触らしてやるからな」
『と、このように頭も回りませぬ」
「残念な感じはするね……」
ちょっとこの子とはお近づきには慣れなさそう。
『まったく嘆かわしいですな。亜妖精も戦士たる者の品位が問われますからな。せっかく我が戦いを忘れぬようにと、オチュッグ達をけしかけてやってると言うのに』
「おまえの方からケンカ売ってるじゃん……」
『戦いを忘れた戦士など戦士ではありませんぞ。のらりくらりと安穏な暮らしをしていてはいざと言う時に役に立ちますまい。まったく我は杜の妖精。本来は守られる側だと言うのに』
「おまえを守る必要性が微塵もないよね……」
大陸の文明滅ぼした奴が言うセリフじゃない。
けど、本来はそんな感じの役割分担だったらしいよ。杜妖精は森や自然を育てる。エルフのような妖精人は森の環境を整える。亜妖精たちは外敵から妖精たちを守る。
「……許してやりなよ。もう長い年月経ってるから使命、忘れられちゃっても仕方ないよ」
『御身がそう仰られるなら、左様に。されど自分達の身は守れるようにしませんとな』
「うっさいわ! この化け物ども。おまえら人の獲物横取りするくせになにさまのつもりだ」
「って言ってるけど」
『アーパ・アーバから神祖がお戻りなったと聞きましてな。何かの役に立つかとオチュッグ達の数を増やすため、今期は獲物を多めに狩り捕ったのは事実』
「この化け物ども、森を熱くするわ蒸すわ最悪だよ! 戻ったらぶっ殺してやる」
『蒸してるのもオチュッグを増やす為ですな』
「このアイギス。コイツ相手によくそんな啖呵を切れると感心」
目の前にいるの正真正銘の化け物よ? 大口開けた巨大生物。まともに会話できるからって良く機嫌損ねるようなこと言えるよね。この子。
『いや、これは慣れですな。此奴、ガキの頃から捕まっておりましたからな。我が手出しせんと理解しておるのでイキっておるのです』
「バーカ、バーカ。手出して見ろ。知ってんぞ、おまえら私たち守るように言いつけられてるんだろ」
「そうなの?」
『一度死んでうろ覚えですが、確かにこの地の女猫妖精を守るよう言われておりましてな。住処をここと定めてる次第』
「それ、私?」
『いや、聖下ではござらん。ただ、では誰に、というのは忘れてしもうて、多分ハイブラウニー辺りが絡んでると思うのですが』
「………タブタブ?」
『タブタブ神か……有りえますな。このジャングルの奥地を異界化させておりますからな、奴が』
タブタブ……。わたしの心の内から自然と出てきた祖小人妖精たちの祖神の名。なぜか腹立つんだよね。その名前聞くと。
「生きてそうだなアイツ」
『神々の戦い以降の話なら生きておりますぞ。この奥地の異界化の中心に奴が建造した城がありますが、建造は戦いの後だった筈。フリュドラ達の居城として建造したとか』
「なんなとなくだけどアイツが怪しいね。言いくるめられたんじゃない?」
『かも知れませぬな。さりとて当時の我が納得したという事はそれなりの理由があった筈。これも使命と思って果たしておりますぞ。住心地も悪くありませんからな』
確かにジャングルにおまえら居ても違和感ないからね。普通の森にもオチュッグ居るけど。特におまえがさ、ザランバル。普通の森の中で一番エンカウントしたくないわ。
「さて、それはさて置き、……このフリュドラらは如何致しましょう。煮るなり焼くなり聖下のお気に召すままに』
「ら、って一人しかいないじゃん」
そうなの。オチュッグはぞろぞろやって来たんだけど連れて来られたフリュドラの子はこの子だけなんだよね。
最初にそれ疑問に思ったんだけど……
『おや、すっかり忘れておりましたな。――ヒーリングオチュッグ達よ。もう解放していいぞ』
と、言われて一緒にやって来た胴長のオチュッグ達が一斉に大口を開ける……
「ま、まさか」
中のモノを吐き出した。
生まれたままの姿で出てくる女猫妖精の子たち。
6人。ただ、ヌメっていた。ローションなんぞより全身ヌメっている。しかも、解放された子たちの顔には一切の生気がない。
『こやつら、何度も逃げ出そうとしましてな。反省しろとその度に説教したのにまったく聴かぬ。仕方ないのでオチュッグ漬けの刑に処した次第』
「お、おま。だいじょうぶ。 これ、だいじょうぶなの」
『パターン的にはそろそろ意識を取り戻しますぞ』
すると、ザランバルの言う通りフリュドラの子たちの目に生気が宿る。
だけど、放心状態から我に返った子たちは、自分の置かれた状況を認識した途端――
「あっ、あっ」
「ああああーいやぁ!」
「もう、お嫁にいけない。いやぁ許してぇ!」
「殺して、だれかわたしを殺してよぉ」
「ごめんなさい、ごめんなさい。生まれて来てごめんなさい」
「…………死にたい」
『やはり悪ガキどもにはオチュッグ漬けに限る。はっはっはっ。これに懲りたらもう二度と悪さはすまい。これをやるとどんな悪ガキでも大人しくなりますからな。さ、聖下、お納めください』
「納められるかっ! 何した、過度な精神的ストレスショック受けたみたいになってんぞ」
『ヒーリングオチュ達の体内でフリュドラどもの大嫌いな男フェロモンを大量に生成。三日三晩ほどその体内にじっくり漬け、悶えさせた次第』
「最悪だわ! そりゃ死にたくなるわ!」
わたしも冒険者ギルドの男臭い匂いとか嫌いだもん。それを、おまっ。女の子、しかも種族的に男嫌いの子に浴びせて三日三晩っ! 想像しただけで身の毛がよだつわ。
『しかし、これをやると実にしおらしくなりますぞ』
「酷すぎるよ。女の子がこんな屈辱受けたら生きていけないじゃん」
『女々しくなるのが難点ではありますな。しかしこやつら戦士としては失格ですからな。反省の色も見えぬようだし丁度良い塩梅かと』
「別に皆が皆、戦士になる必要ないんじゃないの? 戦う奴らも必要だけどさ」
『聖下。こやつらに関しては戦士どころか人間以下。野放しにしてた方が危険ですぞ』
「何したのさ、この子たち」
『獲物いたぶって狩った次第。小兎の目の前で親バラして、その逆も然り。他にも悪行数々』
「…………」
節度ってあるよね。狩人が子どもの獲物は見逃すとかあるけど、それぐらいなら狩っても私はとやかく言わないよ。生きる為だもの。
野生の動物が獲物を虐めて楽しむこともあるって知ってるよ。
ただ、節度ってもの必要だよね?
仮にも獣と違って知的生命体だろ? 一方的に狩るのになんだ、その態度は? まだ幼い子供が虫潰して遊ぶとかか? そういう歳でもないよな。
話し聞いただけでアイギスさんプッツン来るわ。
「おい。今の話し、本当か?」
と、わたしは自分ではドスの効いてると思う声で、まだオチュ漬けを食らってない奴に声を掛ける。
「な、なんだよ。それがどうしたってんだ」
「そうか。事実なんだな?」
「言いつけるぞ、このエルフやろう。よそ者に言われる筋合いねぇんだよ」
「てめぇに言う筋合いもねえんだがな。おまえのような悪ガキは殺されても他人は誰も文句言わねぇんだよ。大人になっても迷惑しか掛けそうにないからな」
「や、やってみろ。私に手出したら族長が黙ってないからな」
「……解った。こいつは駄目だな。わたしだったらブッ殺してる。ザランバル。やれ」
そしてザランバルの触手の一つが目の前のフリュドラに伸びて来る。どうしてコイツをオチュ漬けにしてなかったのか答えは一つだ。
『さすが聖下。実に慈悲深い。特別におまえには我が自ら、オチュ漬けにしてやろう。新しい自分に出会えるぞ。光栄に思えよ。フハハハっ――』
「や、やめろぉー私は族長の娘だぞ。こんな事してただですむ、いや、やめて! ほんとにこれ無……むぐっ」
触手の先端が大きく割れ、目の前のフリュドラを呑み込んだ。
馬鹿な奴だ。自分から危険人物って言ってるようなモンだ。仲間の末路を見せたのに反省の色見えないんじゃ、もう救いようがないよ。
それに、強制されるだけマシだよ?
わたしだったらそんな生命を弄ぶ場面に出会ったら、即やったやつを抹殺だよ。
記憶からも抹消するわ。おそらく出会った瞬間に反射的にやってるよ。頭に血が昇ってさ。
どうしてかって? 許せないからだよ。
生命を大切にしない奴をブチ殺したくなるのがアイギスさんの性分なの。
それがわたしの正義感だ。わたしは感覚で生きてる。そして力があるので押し通すんだよ。この妖精騎士アイギスさんは。
そこは人間じゃなくて妖精だもの。考え方違って当然でしょ。
……多分、普通の人と感性が絶対違うんだよね、わたし。おそらく余り理解されないと思うこの感覚。
「ザランバル。ご苦労さま」
『なんのこれしきのこと。此奴みたいな悪ガキ出てくるのはしょちゅうですからな』
「子供育てるって大変そうだよね……」
家にも3歳児のアル君と赤ちゃんいるから、他人ごとの気がしない。こんな悪ガキに育てないようにしないと、って思うもの。
『しかも此奴、この国の女猫妖精を纏める女王の孫だとか、まったくまともに躾もできんとは……』
「……おっと、アイギスさんそれ初耳。面倒な予感」
『何か問題でも?』
「いや、問題ない。でもちょっと、なる早でオチュ漬けして貰って良い? 今から急ぎでフリュドラのとこにも行かなきゃならないから」
『はっはっはっ。もちろん出来ますぞ。我が体内は異空間、時間を操作するなど造作もなく。きっちり三日三晩分を三十分で味あわせ尽くしてやりましょうぞ』
何も問題はなかった。女の子っぽくなるなら丁度良い気さえする。
それにザランバル見た目と違って、大人だよね~って。見直したよ。そんな悪ガキにわたしなら根気よく付き合えん。
空間の時間制御しても、結局その時間分お付き合いしなきゃならないんだから。
「さすがザランバル。なんだかおまえとは気が合いそう。望むなら妖精騎士アイギスさんの臣下にしてあげても良いよ。今なら一番乗りだ」
『なんと有難き幸せ。もとより我は神祖の妖精王聖下に仕える者。再びお仕え出来ることに感謝感激雨あられ』
「オーケー。召喚の契約をしてやろう。おまえを野放しにしてるとヤバい気がする」
そして、2代目神祖の妖精王アイギスさんに臣下が誕生した。なんか契約する時、残ってた奴あったからやっぱりわたしが本人なんだね。
魂魄持っていかれたから、前の契約解けそうなってた、とかザランバル言ってたけど。
三十分後、入念にオチュ漬けにされた女王の孫が、吐き出された。
「いやぁああ! こんなのわたしじゃない。わたしじゃない。死にたい、死にたくない。ああぁぁ」
よしっ予定通り、完全に性根の曲った根性叩き折られてる。自我にまで影響与えてるようだけど気にしない。
「じゃ、こっちの問題は解決したから女猫妖精さん達のとこ行こうか」
その後、わたし達は、元悪ガキ連中を連れて集落に出発したのだった。




