第一話 妖精騎士アイギスさんの村人救出作戦(8)
シル・ヴェスター伯爵領の伯都ヴェスター。
その街の酒場兼冒険者ギルドでわたしアイギスは今回の村人救出作戦の顛末を説明していた。
冒険は仕事の内容の報告までして、お仕事完了だ。
「で、村は全滅。賊は殲滅。ついでに森の魔物とその主も殺ってきたってか……」
「その通り、なかなか大変だったんだからね。ギルドマスター。救出した村人3名はこちらに」
そして、わたしは村娘のシルフィちゃんに三歳児のアル君、そしてまだ名前もない赤ん坊をご紹介。
「行く所、ないって言うから連れて来ちゃった。後は任せたぞギルドマスター!」
「待てや、コラ。」
勢い良く去ろうとした所を仏頂面のギルドマスターからカウンター越しに呼び止められる。
ギルドマスターって言うと渋いおじさんか、居丈高な貴族服着たいけ好かない野郎と決まってるのだが、ここのギルドマスターは精悍な顔つきの30代後半の男だ。結構イケメンである。わたしはときめかないが。
わたしは訝しげな顔つきで片眉上げて、不服そうに背の高いギルドマスターを見上げる。
ここで弱気になるのはだめ。ここで敢えて機嫌を悪くしないと立場が不利になるの知ってる。
わたしアイギス、冒険者稼業で悪知恵だけは付けてる。
「話し聞いたでしょ。こっちは疲れてるんだけど」
「そいつは悪かったな? だがこっちも話しがまだ終わってない、ちょっとこっち来い」
仕方ないのでカウンターのスイングドアを開いてカウンター内に入り込む。
「近ぇな。おい」
「お前が来いっ言ったんだ!」
アイギス、絶対に引かぬ。
わたしは何も悪くない。
場合によっては抜剣する覚悟まで決める。(冒険者用語で殺し合いの覚悟の意)
が、こちらの機嫌の悪さを察したのか渋々と言った体でギルドマスターはしゃがみ込み、低身長のわたしと同じ目線になる。
「良いか、別にお前さんを責めようって訳じゃないんだ。まず、落ち着けよ」
「落ち着いてるよ。で、何? 明日じゃだめなの」
「ああ、今すぐじゃないと駄目だ。疲れてるとこ悪いんだがよ。で、何か飲むか? 奢るが?」
「いや、いい。で、話しは?」
と、言いながらわたしは内心ガッツポーズ。よしっ、ギルドマスターが子供をあやすモードに入った。ちょっろいなぁギルマスぅ。顔がニヤケないよう不機嫌さを維持する。
「そうだな、お前まず賊を皆殺しにして来たって言ったな……一人も、一人も生きてる奴いないのか?」
「わたしの二つ名を言ってみろ」
「〈鮮血妖精〉」
「そっちじゃねぇよ〈妖精騎士〉だろぉ。騎士たるわたしが悪党を生かして帰すとでも?」
ギルドマスターが顔に手を当て、首を軽く振る。
指の間から覗ける表情には苦悩が見えた。
「……解ったそっちの件は良い。いや、良くはないが、やっちまった事はもうどうにもならん。俺が浅はかだった」
「そうだぞ、ギルマスぅ。人間諦めが肝心だ」
ギルドマスターの視線が、やや苛立ちと共にわたしの目を貫くが、わたしは鉄壁の女の子アイギス。その程度では怯まぬ。こちらも殺伐とした眼光で応戦だ。ギルドマスターも昔は腕の立つ冒険者だったらしいが、現役のわたしの方が強い。
結局ギルドマスターが折れ、はぁ~と溜息をつく。
「あのな、俺の立場を少しは考えてくれ。賊を全滅させるのは百歩譲って良いとして、村がほぼ全滅しましたなんて伯爵に言えると思うか」
「それが仕事だろギルドマスターの。助けられなかったのは仕方ないでしょ。むしろ、賊を野放しにしてた伯爵の不手際を糾弾してこい」
「……お前、それ伯爵の前で言えんのか」
「ああ、言ってやる。言ってやんよ。税金取ってる癖に肝心の所で役立たずってな。大体、なんで冒険者に賊退治任せてんだ? ここの兵士や騎士とか雁首揃えて無能か、おい」
「…………はぁ」
と、ギルドマスターはわたしの率直な疑問に答えず、溜息だ。苦労してるなぁギルドマスター。幸せ逃げるよ。まあ、これ今言うと絶対怒られるやつ。
「お前さんの考えは解った。一つ言っとくと騎士や兵士は別に仕事があるんだよ。仕事サボってるって訳じゃないからな」
「仕事してる話を聞かないなぁ」
「……お前、本当に役人とかにつっかかるのは止めろよ?」
「向こうが突っかかってこなけりゃね」
わたしが図々しく放言すると、ギルドマスターの顔つきが駄目だこいつと諦めの表情になる。
どうやら勝負に勝ったな。力こそが正義だ。結局、わたしの方が力関係は上なのだ。
こっちは現役で依頼こなしまくってる、ワーカーホリック気味の冒険者だもの。お前ら、わたしの稼ぎからいくらピンハネしてるんだ。誰の血と汗と涙の肉体労働でおまんま食ってるか言ってみろ。
下請けのわたしがいなくなったら結局、稼ぎが減る。冒険者ギルドも税金取ってる伯爵も同じだ。
お前らは仕事をわたしに与えてるんじゃない。わたしが仕事してやってるんだ。有り難く思え。くらいにわたし、アイギスは考えてるの。
「喧嘩売ってきたら余裕で買うぜ。わたしの剣の錆にしてやんよ」
「本当にやめろよ? 責めて半殺しに済ませてくれ。生きてたらなんとかしてやる」
「うわ、優っしぃ〜。じゃあギルマスに免じてその時は2/3ぐらいにしとくね。まぁ完全犯罪できそうだったらギルドに迷惑掛けないよう殲滅しとくわ」
「…………」
わたしは楽しくなって来たので、笑顔できゃっきゃっ笑う。
妖精の気質なのか、悪い事するような話って結構好きなのだ。ちなみに今の話は冗談ではなく本気だ。
ギルドマスターが顔を引きつらせているのが目に入る。わたしは調子に乗っちゃた事を自覚した。いかんいかん。不機嫌戦術が崩れてしまった。
「じゃ、そう言う事でお暇するね〜」
と、わたしは戦術が崩れたので撤退を図ったが、
「待て、まだ話しは終わってない」
と、後ろ首の襟を掴まれてしまった。猫じゃないんだからそこ掴むなよ。
「なに? いやな予感しかしないんですが」
「お前の連れて来たあの娘たちの話しだ」
「可哀想な子たちだからお世話よろしくお願いします。シルフィちゃん本当に良い子だから。行き先決まったら教えてね」
「ほぉ、そいつは良かった。丁度おまえに預かって貰おうと思ってな」
「はっ!?」
わたしは掴まれた襟首を振り払い。ギルドマスターに向き直る。はっ? 何言ってんだコイツ。
「ちょ、こっちは冒険者なヤクザ稼業だよ。カタギの面倒見れる訳ないでしょ。お前、頭、大丈夫か? ギルマス」
「いや、正常だよ。お前よりまともだよ。それに冒険者でも家族持ち居て普通に暮らしてるやつ居るだろ」
「そりゃ、ヤクザ者でも家族持ち居ますよ。でも日陰者になるじゃないですか、一生後ろ指さされますよ」
「いや、冒険者にならず者が多いのは確かだが等級が上がれば一般市民と変わらんぞ。お前の生まれが何処か知らんがこの国だったら熟練の冒険者で信用があれば市民権貰えるが?」
「それただ単に街に住む権利とかじゃ……?」
「いや、そう言う権利だが……ああ、裁判の権利とかか。この国だと他の都市でも有効な奴だ。裁判を受ける権利もあるし市内の居住権もある」
「マジかぁ」
ごろつきと扱い変わらないと思ってた。てか、市民権とか近代的な制度あるとか初めて知った。
「アイギス、お前も申請すれば多分貰えるぞ」
「あっ、要らないです。わたしは自由気ままな妖精族だから縛られたくないです。じゃあシルフィさんを預かるのも無理ですね。他を当たって下さい」
「逃げれると思うなよ。お前、借家あるの知ってんだからな」
「いや、シルフィちゃん女の子ですよ!」
「いや、お前も女の子じゃねえか。なにが問題だ…?」
ぐぅ、何も言い返せない。まさか女の子と付き合った事ないですと言う訳にも……いや、友達的な意味でね。
「よしっ決まりだ。別に一生面倒見ろとは言ってないだろ。春か、遅くても夏までには行き先探しといてやるよ」
「ぐぬぬぬ。はぁ~仕方ないかぁ」
「人間諦めが肝心だな」
くそう、くそう。意趣返しして来た。ギルドマスターの癖に生意気だぞ。
「それとお前にやって貰いたい依頼があってな」
「ちょっと本当に頭湧いてない? もう冬何だけど何、近場でパパッと終わる依頼?」
「お前には転移魔法が有るよな?」
「ふざけんな。また、飛脚代わりかよ。冒険者の仕事じゃねえ」
「いや、モンスター退治だ。ほら冒険者の仕事だろう」
「場所が村の中なら考慮する」
ただこれにギルドマスターはニヤリと皮肉気に口の端を上げた。
「お前の大好きな森だよ。行って来いウチの稼ぎ頭。エルフったら森だろう」
「ふッざけんな! もう、森は嫌だ。どれだけ森の依頼させる気だよっ!」
――けれど結局、あれやコレや理由をつけて行かされるんだよね。てか、森に入れる奴が少なすぎる。森専門じゃないぞ、わたしは!
そしてわたし、妖精騎士アイギスの冒険の日々は、こんな感じで、まだまだ続くのでした。