第十一話 妖精騎士アイギスさんと緑触妖精と女猫妖精と悪魔で天使なお姫様(1)
ジャングル、密林と呼ばれるその森は真冬だというのに蒸し暑い。やたら蒸す。
いくら森に慣れたアイギスさんでも流石にジャングルの経験はなかった。なんか足場が濡れてるしさ。
日本の夏とか過ごせないや。知識だけあるから酷いって思い出すんだけど、体感した記憶がないから解らないっていう記憶の矛盾とかあるんだよね。
まぁ、多分それに近い暑さだよ。思い出すくらいなんだからさ。
「緑棘妖精の居た砂漠も暑かったけど蒸し暑過ぎない、ここ。冬? 本当に真冬?」
「経度的には赤道地帯ですから年中真夏のような暑さでも可怪しくはありませんよ、アイギスさま」
と、答えてくれたのは聖魔帝国からやって来た悪魔と天使の娘のお姫様アスタロッテ。歩きながらも、涼しい顔して汗ひとつかかないの。澄ました顔見ると人形みたいに整ってるから、本当に人間じゃないみたい。
ただ、このわたしも汗ひとつ出ないの。不快感はあっても別に身体が反応しないっていう。残念ながらこのわたしも人ではなかった。
ちなみにセレスティナさんは白皙の肌に汗びっしりかいてへばって歩いてた。雪の妖精って感じの金髪碧眼のエルフの人がジャングル来たらそうなるよね。
「神官服脱いだら? セレスティナさん」
「いえ、ダイジョブです。虫に刺されてヤバくなった方がこわいのれ」
「呂律回ってない方がこわいけど……」
「〈生命活性化〉! ――こ、これでなんとか!」
と、魔法で体力を回復させて持ち直すセレスティナさん。仕方ないので後でわたしも掛けてあげよ。
一方、森祭司のシャルさんは結構平気そう。白フード付きローブといういつもの格好だけど、その下は下着しか履いてないからかな。
「いえ、これはいくらなんでも暑過ぎます。真夏でもここまで蒸し暑くはなりません」
「そうなの? 確かに……酷いとは思うけど」
「緑触妖精たちの仕業です……火や水の精霊たちの力を使って、環境を森の成育に適したものに無理強いしてるんです」
「それって不味いことなの?」
「いえ……このジャングルでは問題有りませんが……周辺地域の皆さんに……ご迷惑を掛けるかも知れません。水が増えて」
「水が増える?」
すると、ああ、なるほど。と、アスタロッテが得心が言ったように口ずさむ。
「……そういえばこの辺りは……この大陸一の水源地帯でしたね。地下水脈が合流して噴き出して、幾つもの源流の湖になってるとか」
「それ、珍しいの?」
「一般的な湖は他の河川から水が入り込んで湖になっているそうですよ。ここの湖はオアシスみたいに湧き水が湖になって、河川として流れていくらしいですね」
「はい、そうです。本来は今は乾季なのに水が増えれば……」
「そうですね。下流は穀倉地帯ですから影響有りそうですね。下手すると大陸半分くらいには」
「えっ!」
「それめちゃくちゃ影響あるよね!」
わたしも驚いたけど一緒にシャルさんも焦った顔をしだした。ただ、悪魔で天使のお姫様はその様子を見てあらあらって微笑みを浮かべるの。
「いえ、乾季ですから雨季よりは影響は大分マシですよ? ただ、このまま続くと不味いかも知れませんね」
「洪水とか?」
「さすがアイギスさま。ちなみに水量が増えて栄養素が無駄に流れたりとか、他にも既に影響ありますね」
「そ、それは今すぐ辞めさせないと」
と、焦るシャルさんをアスタロッテがレースの付いた白手袋を頬に当てうっとり眺めるの。
「ああ、大丈夫ですよ。影響あるの人間の国くらいですよ。……男の子も良いものですねえ」
「アスタロッテ、後半本音出てるよ」
「いえ、人間の国でもご迷惑を掛ける訳にはいきません。私たちには森を整える務めがありますので」
「人の都合の良い環境ばかりでは、今度は動植物の環境が脅かされますよ? 一方に肩入れすると一方が被害を被る。物事は差し引きですので良くお考えくださいね」
と、言われたシャルさんが顔を俯向かせるの。
「はい。……」
「アスタロッテ。なんとなく意味はわかるよ。……でも、人を助けたいって気持ちに対して、その笑顔はなによ?」
普通はさ。
ちょっと真剣な顔して嗜める、注意する、問題提起とかだよね。それが軽く恍惚って表情浮かべるんよ。このお姫様さま。
「すみません、アイギスさま。虐めてるって訳ではないのですが……つい。ただ、誰かを助けることは、誰かに取っては都合が悪い。人の悪意と善意の取捨選択について、考えたことはありませんか?」
「どゆ意味?」
「つまり、立場や見方を変えれば誰かにとって正しいことと、悪いことは違いませんか?」
「…………その、誰かは誰?」
「…………? アイギスさまは杜妖精の為、若しくは彼らに迷惑を掛けられる人の為に揉め事を解決しようとしてるんです、よね?」
「この妖精騎士アイギスさんにそんな驕った考えはありえぬ」
と、ちょっとわたしは時代が掛かった言い方してみる。相手のペースを崩す妖精気質のアイギスさん。
「あら? 少し勘違いしてたかも知れませんね。では、アイギスさま。どうして妖精たちの揉め事を解決してるのか、ぜひ理由をお聞かせ願いませんか?」
「昔の"私"の後始末だよ。ケジメって言うのかな? まったく身に覚えないんだけど……やらなきゃって思うんだよね」
「それはまた誰かに迷惑を掛けることになってもですか?」
「それはまた誰かの迷惑になってもだよ。できるだけ人の迷惑にならないようにはするけどさ、全員は無理なんじゃないかと思うよ? 絶対多数の絶対幸福とか本当にあると思ってる?」
ふと、そんな難しい言葉が脳裏に浮かぶ。皆が幸せを求めればみんなの幸福度が上がるとかって論理。
それが絶対多数の絶対幸福。
「幸福の定義が曖昧ですから無理だと私は思いますね」
「だよね。幸福って人それぞれでしょ? 他人の不幸が幸福な人間がほとんどだったら皆不幸になるし。これが幸せです、って押し付けられるの嫌だし」
戦争とかそうだよね。他人を不幸にしないと自分が幸せになれないの。それを強制されるのって嫌じゃない? 勝手にやってろってわたしは思うよ?
しちゃ駄目なんじゃないの。って思った良い子の皆はそのままで居てね。
この妖精騎士アイギス。既に血で濡れてるので争いを否定できねぇ。不幸にしたい悪党と良く出会ってしまうの。つまり、
「さっきの話しに戻るけどわたしが正しいんであって、お前らが間違ってるかは、わたしが判断する。これが私の答えじゃないかな。多分」
「うーん。アイギスさまって私が想像してたより自分勝手なんですね」
「幻滅したでしょ?」
わたし、アイギス。この子の好感度は下げておきたいの。アスタロッテ、可愛いよ?
ただ、手は出ないよ? 女の子なら誰でも良いんじゃないんだってば。
性格がちょっと解らないし、この子と相互理解できる気しないんだよね。この質問とかナニソレって感じでさ。
「いえ、ますます好きになりましたよ。アイギスさま。その自分を曲げない所が素敵ですよ?」
「……」
アイギスさんモテ期来てる。けど望んだ奴じゃない。
わたしはセレスティナさんを見る。
うわぁ、って顔してた。ライバル登場だよ張り合ってよ。また、ですかぁ。って納得顔やめてよ。
シャルさんを見る。
すると、あっ! ってお互いの目が合って驚いた顔するんだよね。で、頬を赤らめるの。
セレスティナさんやシルフィちゃんとわたしがイチャイチャしてる時と同じ反応だね、違うよシャルさん。
「あら、すみません。困惑させたみたいですね。いえ、仕事がら悩むことが多くて」
「正直聞きたくないけど……聖魔帝国の諜報関係とかの話しでしょ」
「ええ。やはりお解かりになりますか」
「陰謀企んでる系だよね?」
「フフフ、アイギスさまには隠せませんね。えぇ、そうなんです。普段は後方での監督指揮がお仕事で、今回は念の為、駆り出されたって形ですね」
そしてわたしの事を嫁ぐ先として狙っていて、魔女王と天使王の娘なんですね。これは流石に秘密らしい。前者はわたしの平穏の為に、後者はわたしの家族の平穏の為に。
「大変だよね。こんな所まで付いて来なくちゃならなくて」
「いえ、ジャングルに来る。なんて経験なかなか出来ないのでそうでもないですよ」
と、わたしとアスタロッテは他愛もない会話。
気づいて。脈がないと気づいて。とわたしは心の中で祈ってた。こんな素っ気のない会話むしろ気づかない方がおかしいよ。
そしてジャングルを森祭司のシャルさんの案内で歩いてると緑触妖精に出会う。
全体的に緑色の草木のような体色。
目もなく横に平べったい胴体に2本の触手。身体に大きな口が真上に付いた、もはや人間という姿を捨て去った妖精がそこに居た。
『おお、お待ちしておりました、シャルさま。もしや、そのお方が』
見た目が完全なモンスターなのに喋る。妖精言語という言語で。妖精言語は発声しなくても言葉になる魔法の言語だ。
『はい。そのとおりです。この方こそが……』
『わたしこそ、神祖の妖精王を継ぐ者。妖精騎士アイギス。族長、緑触王に会いに来た』
『ははーっ。ご案内仕ります』
なんかノリ良いねこいつら。人としての形態を捨て去ってるけど。頭は良いらしい。
そして、わたし達は今回の揉め事の発端――
緑触王のもとに辿り着いたのだった。




