幕間その4 光暗妖聖リネーシュさんと妖精の国と闇妖精たち
森陽王が治める妖精の国には正式な国名がない。
一説には妖精全てを治めるのが建前なので他の種族の国のように定めないと言われてるが、果たしてそれが真実かどうか。
そもそも"森陽王"と言う名乗りが、既に妖精達の歴史に配慮してるのが明らかだ。
初代の妖精王ヴィネージュ以来、数多くの妖精王と名乗る者が現れたが結局、妖精たちをまとめる事は数万年かけても叶わなかったのだ。
光のエルフとも言われる光妖精たちは、妖精族のまとめ役と自負しておきながら、自分たちが各氏族に別れまとまる事ができなかったのだから。
だが、その状況に終止符を打ったのがヴィネージュの孫で三、四万年の英雄の時代に現れたと言う――
森陽王アルト・ヴィネージュだった。
ただ、その森陽王でさえエルフ達をまとめるのがせいぜいで、亜妖精や杜妖精の信任までは得られていないのが実情だが。
そして私は、その森陽王の数いる娘の一人だ。
名はリネーシュ・ヴィネクト・ハウロン。
ただ既にその名乗りもエルフ相手にしか使わなくなっているが……
その私は久々に故郷。森陽王の治める国に潜入するようにして帰郷していた。
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酒場、と言うのはエルフの里にも良くあるものだ。
むろん人間や他種族のように管を巻く、と言うのは上品とは言えないし、そもそもエルフは酒に強いので余程飲まないと酔うということをしない。
なので里の酒場と言ってもカフェ程度のもの。
吟遊詩人の語り聞かせの場という体で憩い場だ。ただ、噂話や伝聞を伝える場という点では他の種族の国と変わるものではない。
そして今は国の里ではどこもかしこもある話題で持ちきりだ。
神祖の妖精王が現れたという話しを皮切りに、今では森陽王に不満を持つ者たちが真相を求めて森陽王に対して事態の説明を求める――という名目で反旗を翻そうとしてる事への。
私は酒場のカウンターで、その噂話や伝聞に耳を傾けながら、場代代わりの蜂蜜酒を一杯呑んでいた。
「アルベストでは亜妖精たちを抑えきれんらしい」
「グルクカーンもだ。あそこは闇の王との戦いで森陽王に見捨てられた者達だからな。独立と息巻いてるらしいな」
「それだけじゃないベルンベストの里も森陽王陛下に大分苛立っているようだぞ」
「あの者らは元より陛下の袂ではないか。なぜだ」
「だからこそだ。元より古き一族。他の新参の者らの言いように据えかねておるのさ。もしかしたら神祖が戻って来たと怯えておるやも知れぬが……」
「それこそ迷信であろう……」
だが、そう答えたエルフの男はすぐに気を紛らわせる為か酒杯を傾ける。
神祖の妖精王の存在は、エルフたちと言えどおとぎ噺の話しで神話の最初に語られる程度でしかない。
だが……妖精族なら誰しもが知る神話。
星幽界の彼方に配下に裏切られて去った……
それが何を意味するか。
私には暗い影を落としてやまない妖精族の歴史の禍根ではないかという気がする。私も今回の騒ぎがなければ気づきもしなかったが。
そして私が考えに耽っていると待ち人が来た。
私たちは場所を変え、誰も使ってない家屋に移動する。エルフの里では一般的な魔法に依って樹木を成長させた家屋へ。
「悪いなヴィーグ。急に連絡を取って」
「いえ、姫もお変わりなく。バーセルシュ様もお頼り願われて嬉しゅう御座いましょう」
「姫は止せ。叔父上も裏切り者の私を未だに子ども扱いなのだな」
「我らを裏切った訳ではありますまい。母君のことを思えば裏切られても――」
「それも止せ。私はもうそのことでは恨んではいない。叔父上には伝えた筈なのだがな……」
闇の王が破れ、闇妖精の一族が行き場を失い、森陽王に庇護を頼んで後宮に召し上げられたのが私の母だった。
ただ、その立場は芳しいものではなく……
と、言ったよくある話しだ。私も少女時代はそれなりに冷遇を受け、母が病んだことを切っ掛けにこの国を出た。千七百年も世界を渡り歩けば、見えて来ないことも見えて来る。ただ、その頃には母はもう亡くなってしまっていたが……
「恨み辛みもあったが、私だけのことではないのを知った。よくある話しだ。それに私はもう天使王聖下に仕える身。あまり関わると、それこそ裏切り者扱いされかねないぞ」
「我ら闇妖精の宿運のようなものですな。それこそ今さらでございましょう」
「私はおまえほどの忠義者を知らぬな」
「我が種族一と自負しておりますとも」
と、肌の色を一般的なエルフのものに変えているヴィーグが笑みを見せる。
古代魔法文明全盛期の私の祖父の時代から仕えてきた男だ。闇妖精ではもう古参と言って良い者なのに、未だにヴィネクトの一族に仕えている。他国で言えば家宰のような立場なのだが……
「その分だと自分で立ち回って来たのか」
「自分の目と耳を使わねば信じられる物も信じられぬ性分なので」
「……魔法文明華やかしき頃の人物とは思えんな」
「通信網が発達した時代でも同じことですよ。情報の伝達速度が低下した分、仕事がやりやすい」
「アピールしなくても良いぞ。さすがに工作までは頼めない」
「ことを成し遂げたければ有りとあらゆる物をお使いになるべきです。仕える者の心構えと受け取っておいで下さい」
「ではこちらも聖下からの御言葉を授けよう。『大義である、安んじあれ』。私がこちらに赴くとお知りになり、ハウロン氏族に向けた御意だ。意味は……判らんではあるまい?」
「それだけではどうとでも取れますが」
「信仰心が足らん。つまり、協力は感謝するが深入りするな。それと私を預かっているので叔父上に対する挨拶だ。聖下がお気を使われるなど滅多にないことなのだぞ」
「…………」
ヴィーグが嘆息するように首を左右に振る。どうも私が妙な宗教にハマったとか思っているようだ。信心が足らんな。
何も私も盲信している訳ではない。
聖下の御心こそが私の生きる道と定めたに過ぎん。
せめて放蕩娘が就職先決めたみたいに思って欲しいものだ。
「リネーシュ様の御主君からの心遣いと受け取っておきましょう。良しなに、と聖下にはお伝え下さい」
「その言葉だけだと不敬であるのだがな。まあ良い、それで頼みごとの首尾を聞かせてもらいたい」
「やはり、ベルンベスト氏族が動いていますな。デュヌージュベが使える兵として連れて行ったようてす」
「デュヌージュぺ?」
「まさか、お忘れになっているとは……森陽王の息子で、出来の悪さでは他の追随を許さないあの者を」
「この国では私は世間知らず以外の何者でもない。世俗に興味すら持てなかったからな」
「お労わしいことです」
エルフの後宮も権威や氏族の見栄など碌でもないものが見えたものだ。しかもよりによって人質のような立場の者が集まるから尚更だった。
おかげで私の少女時代は何事にも無感動、無関心で他者への侮蔑を支えに生きる毎日だった。
ただ、今でも他人に関心があるかといえば微妙な所かも知れないが……天使王の教えは愛の教えだというのに信仰心が足りぬな。
「…………しかし、居たような気がするな。偶に帰郷した時、奴の名を聞いた気がする。大概は悪口であったような……」
「ええ。国で知らぬ者なき暴君です。なにせ王侯のように振る舞い、毛嫌いされ、顰蹙という顰蹙を買っても尚、改めることをしない。反省と後悔するという心理作用を星幽界に置いて来たのでしょうな。リョースどもの傲慢を圧縮機に掛けて仕上げたような者です。しかも今回は自制心まで捧げたようで」
「何かしたのか? 他種族の者を奴隷にして使ってるくらいは聞いたことがあるが」
「今回の件で我慢しきれず不埒者を粛清したようです。しかも、他所の里に出向いてまで。……情報統制されてるので、まだ知られてはいませんが……」
妖精族は家族主義で、首都と一部の都市を除いて、それぞれの氏族が寄り集まり里単位で暮らしている。里内で問題があれば氏族の長が解決するのが基本。それができない、或いは不服があれば、その氏族のまとめ役たる森陽王に、だ。
息子だろうと氏族の者でなければ他の里にまで手をあげることなど許される話しではない。
「先走った馬鹿が居たということだな。しかし統制されているなら今回の件、まさか事後承諾する気なのか」
「いえ。私もあの馬鹿に責をすべて押し付け、全部まとめて乗り切るものかと思っていたのですが……」
森陽王は今回の神祖の件になんの対応もせず放置している。暴動などが起こって放置し続ければ、国そのものが崩壊しかねない暴挙だ。なら、いずれ暴動鎮圧の為の弾圧があると思う他にない。
私が天使王聖下に請われて故国に戻って来たのはその弾圧の可能性を見極める為だったのだが……
「違う目的がある?」
「デュヌージュぺは宮廷に呼ばれてからベルンベストを動かしています。奴らとて火中の栗を拾いたくはないでしょう。森陽王から何かの命を受けた、と考えるのが妥当かと。天使王聖下からは何かお聞きにはなっておられないのですか?」
「嘘偽りなく私が聖下から受けた命は弾圧の可能性の見極めだ。ことと次第に依っては特殊部隊を投入する用意まではしているが……」
「火を点けておきながらお優しいことですな」
「やらぬよりマシであろう例え偽善と謗られようと。それに……魔女王一派が油を撒いたことまでは認めるが、火元に関しては妖精族の自業自得だろう」
「森陽王が真に王君なら揺るぎようがありませんからな……ですがこの時期です。その火元を鎮火させる別の手口があるやも知れません。何かあると見た方がよろしいでしょう。しかも行き先が女猫妖精の聖地と来ている。理由まではベルンベストの連中も聞かされていないようですが」
「何が狙いだ……?」
「おや。お判りになられない?」
と、ヴィーグが口許に笑みを引けらかしている。
齢数千年の密偵。プロというのもおこがましい情報戦の生きた化石のような男だ。最近、密偵の真似事をやり始めた私ではまるで刃が立たないな。
「自分の頭を使っても良いが、時間も惜しい。ヴィーグ、次第を」
「権威には権威を、です。ことの始まりが神祖の妖精王が現れたという話し。今ではその血縁者が居るという事になっている。のであればその人物と同等のものを立てれば良いだけてす」
「でっち上げるのか?」
「フリュドラの聖地に居るのかも知れませんな。或いはそうした方が信憑性がある……どちらでも構いませんが。ベルンベストの長が納得する程度には練られた話しでしょうな」
「デュヌーなんとかを使う理由は? まさか奴の悪行を帳消しにする為ではあるまいな?」
「それこそまさかです。おそらく失敗する可能性があるので奴を使ってます。ベルンベストの連中を使っているのも然り。失敗すればそれを理由に処断。成功したとしても、フリュドラと一戦交えるのは確実でしょう。あの不肖の息子が勝手に仕掛けたという事にして、ことを収めるかと」
「つまりデュヌーの命運は変わらないという訳か。しかしそれではどちらにしても森陽王の権威に傷が付きそうだが……、それほど悪辣な手を取るのか我が父は?」
「あの森陽王が権威というものにそれほど心を砕くとも思えませんな。不穏分子はそろそろ片付けておきたい時期です。むしろこれを奇貨として一掃しますとも。森陽王が動いてないのは炙り出しの為」
「…………まずいな。私も謀略の駒なのか」
「と、申しますと?」
「魔女王一派がわざわざ粛清する口実を与えるだけとはとても思えん。ヴィーグ。もしや、叔父上は既に魔女王と繋がっているのでは?」
「…………なるほど。まんまと釣り出されたのは我々か。……仰るとおりです。繋がりは前から有りましたが今回の件で本格的に取引きしてます。弾圧される可能性は考慮にいれざる得ませんから」
弾圧されれば当然、反発も強まる。
例え、その気がない者でも不平不満を抱いていれば次は自分の番かと怖れるものだ。
闇妖精はその筆頭だ。その事を理解しているから迂闊には彼らは動かないが……
他に、森陽王のやり方に不平不満を抱く者が新たに出てくるのはもはや必然だろう。
なら徐々にでもその不穏分子を増やして取り込んでいくのが聖魔帝国の狙いなのだ。一度や二度の騒乱で体制が変わらなくても何度もされれば国家としての弱体化は必然だ。
どんなに森陽王と長老連中が強くても、ハイエルフだけでは国は成り立たないのだから。
「なら、弾圧される不穏分子をある程度脱出させて温存する。既にその段取りが済んでいるのだな。次の布石の為に」
「ええ。その通りです」
「今回は布石を打つ為の初手か……私の縁故を使われたな」
「何、どちらにしても釣り出されたでしょうから、我らの宿痾というものです」
宿痾とは長く患う病気のこと。
闇妖精が矜持の高さで何か行動を起こす際の良くある理由を比喩している。
元々が矜持が高い一族だ。信を置かれぬのはともかく、冷遇され続ける事には我慢ならなかったか。
「そちらは覚悟の上かも知れないが、私の胸中は複雑だぞ」
「先程も申しあげましたが使えるものは全て使うべきです。我らのことはお気になさらず。リネーシュ様は為さりたいように」
「私には昔から妙に甘いな。なにを考えてるのか勘繰るのだが……」
「なに、良しなに、と申しあげたでしょう。おそらく我らの命運は今後は聖魔帝国に預ける事になる。ラナシュさまとべネーゼさまのこと、くれぐれもお頼み申したい」
「そういう意味か……解った。聖下には伝えておこう。解ってなかったのは私だったということだな」
つまり私が居るから信用できるという事か。天使王聖下がその事を慮りわざわざ御言葉を託したのも気づけぬとは不覚だな。まだまだ信仰心が足りないようだ。
おそらく叔父上やハウロン氏族が聖魔帝国に組するのは、私が居ることも理由になったに違いない。
闇妖精は他の種族からは損得勘定を優先して考え、冷酷非情で家族さえ犠牲にすると思われているが氏族内に限り情に厚い。
他人を裏切ることはあっても氏族は裏切らないのだ。でなければ裏切り者と謗られ、他種族から嫌われる闇妖精たちが未だに命数を保ってはいないだろうからな。
ただ、恨みだけは忘れない。私も彼らの血を引いているので解るが……
「それで今後は如何致しますかリネーシュさま」
「既に去就は定まっているようだが、無理をするな。私や母のことで一族が不毛な争いに巻き込まれるのは……」
「なに、いつもの事ですよ。不毛であろうと争わねば気がすまぬ性分ですからな我らは。……それに聖魔帝国が高く買ってくれるというからそれに乗るまで。姫の仕官先が我らの希望という訳です」
「と、言っても状況次第では裏切るのだろう? 抜け目がないからな。まあ良い。叔父上も双子が居るので張り切るか」
「左様。我らがしくじっても命脈は保たれると」
「解った。では、聖下が私に付けたくれた特殊部隊を預けよう。上手く使ってくれ。この際氏族の為に使って貰っても構わん」
「それは構いませんが……ではリネーシュさまはフリュドラの聖地へ?」
「安請け合いして先まで読むとは流石だな。……そうだ。魔女王にその情報が渡れば何を仕出かすか解らんからな。聖下からの勅命だ。見定める必要がある」
亜精神の血筋など居て魔女王の手に渡れば……
あの魔女王なら今度は亜妖精を糾合して森陽王に仕掛けるくらいやりかねん。代理戦争など最悪な事態は天使王聖下もお望みになるまい。神祖の妖精王は本人だから手に余るようだが。
「ご苦労をなさる。……では、ご忠告を。これは魔女王には流していない情報ですがハイブラウニー達が絡んでいます。聖地に「何か」があるのは確実でしょう。それなりの手勢を用意して赴いた方がよろしいかと」
「安心しろ。聖下から過分なことに国の一つや二つは潰せる戦力は預かっている」
「三大聖哲〈光暗妖聖〉の二つ名は伊達ではないようですな。ご信頼厚く感服する所です」
「聖下への信仰心は妖精人一だと自負している。叔父上がしくじれば、いとこのラナシュとべネーゼも信仰に目覚めさせてやるからな。と叔父上に伝えておけ。宿痾を断ちたいからな」
ヴィーグが呆れるように両手を広げて肩を竦めた。
「そう簡単に我らの気質が治る訳でもありませんが……くれぐれもお気をつけて」
「ヴィーグ、お前もな」
そして私たちは己の成すべきことの為に別れた。
私が赴くのはフリュドラの聖地。
ただ……
「なに、聖地で神祖の妖精王が動きだすのか?」
『アスタロッテ殿下もご同行するようですな』
「魔女王め、寄りにも依ってか。連中はいつも最悪に最悪を重ねてくるな」
『魔女王陛下は正しく悪魔の女王でありますれば。魔大公殿下もおりますし、分が悪いですぞ』
「やりようはあるだろう。いざとなったら聖下にご介入いただく」
通信機で魔神将と連絡を取った私は先行きが暗雲に包まれているのを知った。
フリュドラは彼女達の伝説では神祖の妖精王に寵愛を受けたという種族。そしてハイエルフ最高の馬鹿がそこに乗り込むというのだ。
場合に依っては最悪の事態になるのは想像に難くなかった。




