第十話 妖精騎士アイギスさんの妖精の里巡りと姫君修行(3)
そしてわたし達アイギス組は、エルフの森の中へと足を踏み入れていた。
大陸の南の方の森なので真冬なのに雪が積もってない。それにエルフの住む森だから森の歩きやすさが段違い。
エルフの住む森は普通の森とは全然違うんだよね。
エルフが住んでない森ってもう原生林って感じで、人の手がまるで入ってないって解るから。
けどエルフがいる里だと奥まで綺麗に整ってる。
ただ、エルフはエルフでも植物系の妖精族の人たちしか居ない里だとここまで整ってないけど。
植物系でも亜妖精のエルフでも人の手入ってたらやっぱりどこか違うんよ。
数々の森に踏み込んで来たこのアイギスさんなら一目みてそこがエルフ入りか無しかって判別できる。
そして、エルフの森に無断で踏み込んだら恒例の行事がある訳で……
「やっぱり来ちゃうか」
「さっき見つけられましたからね」
わたしは戦槌を構えたセレスティナさんに目配せしてから、シャルさんと、聖魔帝国の外交官っていう祖小人妖精のルインって人の様子を見る。
……二人とも落ち着いてた。
まあ、シャルさんは容姿が子供でも、齢千年の森祭司で、もう一人のルインって人も戦闘経験のある付与魔術師らしいから経験は充分あるんだろうね。
わたし含めて皆、動揺って2文字の感情の欠片が一切見えん。戦闘ってものに慣れきってるな。
あどけない顔した北欧エルフ少女って感じのシャルさんさえ表情変わらないの。
でも纏う神聖な魔力が只者じゃない感ある聖人の領域の人だから、森の中では安心感しか存在しない。わたしと違ってメスガキとか言うチャラけた概念とは対極の人なんよ。
「……じゃ、シャルさんいざとなったらサポートよろしく。ルインは自分の身くらいは守れるよね」
「はい。わかりました。アイギスさま」
「では、私は守りに徹しますので。ご健闘を」
そしてわたし達は円陣を組むように森の周囲を警戒。もう既に囲まれてしまってる。流石、エルフ。
そして、エルフの男が一人だけ茂みから姿を現す。
結構、精悍な顔つきで一隊率いるリーダーって感じの人が。
「如何なる氏族の者かお答え願おう。ここは我らがルーメン氏族の治める緑地。ハイエルフとはいえ勝手は許さぬぞ」
と、口上を聞いたルインが微笑を浮かべる。
「おっと。ハイエルフ、と来ましたか」
なんか意地の悪い言い方だけど。
わたしは横に居たルインに鋭い目を向けてから、エルフのリーダー格に応える。
「わたしは妖精騎士アイギス。神祖の妖精王に連なる者だ。氏族など持たぬ」
「……なに? ばかな事を、神祖に連なる者などいる筈がない! 謀るというなら容赦はせぬぞ!」
「そちらこそ、謀るなよルーメン氏族。この森は元々はおまえらの森ではないだろう。もう、マンドラゴラの族長からは話しを聞いてるぞ」
「……そうか。貴様らは聖樹派の手の者か、べジどもが呼び寄せたのだな」
「それは間違い。こっちからの押しかけ。そちらの氏族と揉め事起こってるて聞いてね。話し会う気があるなら仲介してやるぞ。――!」
矢をつがえて弓を構えるリーダー格のエルフ。
……やる気かぁ。
もう、連中がべジって呼んだ植物系の妖精族――杜妖精の顔役には会ってるんだよね。
わたし達が来た森は、シャルさんが一番不味いことになってるって言う森で、既に血が流れてるの。そりゃ殺気立つよね。
しかも揉めてる相手が援軍――それもハイエルフ呼んで来てんだから。
と思ってるのは向こうの間違いだけど。
でもこの様子だと平和的に話し合いって無理だと解る。いきなり難易度高いよ。……だから真っ先にこの森に来てるんだけど。
マンドラゴラの族長もお怒りだしさぁ。
マンドラゴラって妖精族のなかでも1、2を争うくらい平和的な種族なのに。見た目はただの歩く球根よ。そいつら黙らせる為に殺るって、このルーメン氏族がエルフなのに殺伐としすぎなんよ。
話し聞いたときダークエルフか何かかな。と、思ったけど種族的にはエルフ代表の森妖精の人だった。
「今、一度警告するぞ。アイギスとやら。いかにハイエルフと言えど我らの森へ無断に入り込むことは相成らん。慮外者の口出しなど我らに受ける謂れははない」
「こっちからも警告するぞ。弓降ろして話し合いに応じるならそれなりの扱いしてやる。ただ、やる気なら……」
と、わたしは鞘から剣を引き抜く。
「格の違いってモンを教えてやんよ」
「このハイエルフどもがっ!」
そして放たれる一矢。リーダー格のエルフの放った矢は正確にわたしの眉間を捕らえてた。
そして何より早い。並みの冒険者なら身構えるより早く死ぬ。
対応できないことはないけど。その早さの矢がわたしに届く前にさっさと盾を構えて防御。けど、わたしに届くその直前に弾かれる矢。
わたし達の周囲を囲むように展開された〈魔法障壁〉が、さらに次々周囲から撃ち込まれる矢継ぎ早の射撃を防ぎきる。
「ご無礼かとも思いましたが、身を守る為ですので」
「……結構、使い手だよねルイン。魔法形成、最速じゃん」
無詠唱なんて当たり前。更に魔法の発動と効果を発揮させる構築速度が極まってるよ。
ただの外交官じゃないよね。
戦神司祭のセレスティナさんも驚いてから、どうしようかと迷う感じでルインに視線を向けてた。
「ルインさん。かなり余裕ある感じです?」
「ええ、特に問題なく。形成維持に追加の魔力を使う必要もありません。ただ……そろそろ精霊を呼び出すようですね」
エルフと言えば、弓、そして精霊。
矢戦で歯が立たないと見て、今度はルーメン氏族のエルフ達が精霊を次々呼び出して来る。
森の奥深くで召喚して姿は見えないけど、魔力の流れって奴で大体解る。
でもルインはその状況を知っても焦る様子なし。
「あの程度の精霊なら私の魔法障壁はまず破れません」
「闇の精霊も居るみたいだけど」
「はい。〈魔力消失〉を使用する精霊と承知しておりますが……」
と、ルインがぱちんと指を鳴らして更に魔法障壁の内側に新たな魔法障壁を展開するの。
「と、ご覧のように何重にも展開できますので簡単には突破できないかと」
「オーケー。予定変更。セレスティナさん、精霊がこっちに突撃して来るタイミングで突っ込んで。シャルさんは魔法で敵を無力化。わたしは――」
と、空間収納から、赤い弓を取り出す。
「――こいつで連中を撃ちまくって応戦。弓の使い手がお前らだけじゃないって、教えてやるよ」
「アイギスさん。弓使えたんですね」
「一応エルフだって、多分だけど。セレスティナさんも戦槌振るの良いんだけど頭かち割らないでね」
「……。大丈夫ですよ。顎先飛ばすくらいにもできます」
一瞬言い淀んだのがちょっと不安だけど。
そして森の奥から精霊がこっちに突っ込んでくる。
先陣切ったのは案の定、闇の精霊シェイド。
続いて光の精霊ウィルオーウィスプ。
森の中なのに炎の精霊ファイアーエレメントまでやってくる。水の精霊ウォーターエレメントも居るから森に火ついても消火できると思ってんのか。乾燥した冬場に危険過ぎだろ。
何かの間違いってあるんだよ。
アイギスさんは森で火属性攻撃は絶対しないぞ。消火作業にまる1日掛かった苦い思い出が蘇る。
そして目眩ましなのか先に炎の精霊が動いて、わたし達の周囲を魔法によって灼熱の地獄に変える。普通の人間食らったら熱で焼け死ぬって威力の奴を。
が、セレスティナさんが何を考えたのかその地獄にこちらの魔法障壁を超えて突っ込むんだよね。
……肌が焼け爛れる前に突っ切れば良いかも知れないけど。
この思い切りの良さ。
度胸ありすぎだよね。わたしがちょっとヒヤヒヤするんだけど。
そして、微精霊をエルフ達が召喚して飛ばして来る。
ウィスプは魔法使えないけど、存在そのものがエネルギーの塊だから、当たるとダメージになるんよ。
〈魔法障壁〉の魔法はほぼ全ての攻撃に対応できる万能の魔法防御だけど、逆に全部対応しちゃうんで魔力の消費力がめっちゃ多いんだよね。
つまり飽和攻撃で魔法障壁を破壊する魂胆らしい。が、その精霊達が周囲を取り囲んだ所でわたしが一言。
『止まれ!』
精霊達の動きが急停止。
闇の精霊が放った〈魔力消失〉も、炎の精霊の〈灼熱〉の魔法攻撃も、勢いよく後から突っ込んで来た各属性の微精霊達もわたしの言葉一つですべてが止まる。
ちなみにわたしは精霊に何かした訳じゃないよ。
契約を解除するとか、強制帰還させる魔法とかもあるんだけどね。言葉一つでわたしの場合問題ない。
だってあの精霊……
「聞き及んでおりましたが、お見事です」
「別に大したことじゃないよ。……だって、あれ、わたしの精霊じゃん」
そう、魂の"色"って物があるんだけどそれが全部、わたしの味方の色。神祖の妖精王の眷属なんだよね。召喚されて来ようがこっちの味方なんだから口先一つで言うこと聞いてくれるよ。
そしてわたしが精霊の動きを止めた事で動揺するエルフ達。命令してもわたしの言うこと最優先になるから全く動かなくなる。
お前らはわたしの精霊を借りてたに過ぎんのだ。
それを返して貰ったに過ぎん。
そして、勿論、ここからが反撃のターン。
既にセレスティナさんが、森の奥で戦槌振るって反撃に入ってる。何かが潰れる鈍い音が聞こえ、直後に悲鳴が上がる。
「いや、やめ――グシャ」
「たすけて、たすけて、たすけて――」
「痛い、痛い痛い痛いっ――」
「死にたくない。死にたくない。お母さん――バシュ」
わたしのエルフ耳に微かに届く阿鼻叫喚の一端。
でも、これが戦場なんだ。綺麗ごとじゃないよ。
でも、セレスティナさんが殺ってないか不安になる。交渉するからなるべく殺さないで欲しいんだけど。
そして隣の森祭司のシャルさんも魔法で援護。
森祭司の魔法って植物を操らせたら右に出る者いないらしい。そして、ここはその植物だらけの森。
木々や茂み、横倒しの灌木がそのまま森祭司の信仰系魔法によって動きだして、エルフ達に襲いかかる。
その様相は森が全部敵になるような有様。
木の枝が生きてるかのように動きだし、草が急激に成長してエルフ達の身体に絡みつく。咄嗟に逃げてもその先の植物たちが襲って来る。逃げ場が存在しない。
森の中でエルフと戦って生きて帰れるやつは、そうは居ないって冒険者間では定評があるけど。
そのエルフさえ帰れなさそう。シャルさん森妖精の天敵かも知れぬ。
そしてわたしはその様子を横目で見ながら弓を番えて、木の枝の上や茂みに隠れたエルフ達を射っていく。
弓は得意って訳じゃないけど……
わたしも一応エルフの端くれなのかそれなりには扱えるんだよね。ゲームの頃の弓技能の等級はSだったからその影響かも知れないけど。
(尚、最高ランクはSSS)
放った矢の軌道を曲げるようにしたり、隠れた敵や、避けようとした相手を追い、追撃するような技くらいならアイギスさんできる。
〈曲射撃〉や〈追撃射撃〉って弓戦技を。
魔弾みたいに完全に外した矢をUターンさせるような技は撃てないけどね。あれは専門職の技だ。
そしてコチラが反撃に転じてから一分ちょっとで、わたし達を囲んでエルフたちが壊滅する。
リーダー格のエルフは勝てないと悟って逃げたけど。別に逃げる事は悪くない。撤退のタイミングを見誤らないのが良いリーダーって言うし。
が、セレスティナさんに待ち伏せ食らって脇腹粉砕の憂き目に遭っていた。
わたしの恋人は戦闘の天才かも知れぬ。
そして激痛で気絶したエルフの男を引きづって戻って来るセレスティナさん。
「あ、仕留めておきましたよアイギスさん」
「辛うじて生きてるのは評価できる」
わたし達は何とか誰一人殺らずにエルフ達との戦闘を終えた。……けど、
「初仕事でこの有様……」
なぜか揉め事収めに来たのに更に揉め事増やしてる気がする。いや、きっと気の所為だよね。
もう、こうなったら力で押し切るよ。




