第一話 妖精騎士アイギスさんの村人救出作戦(7)
『では、尋常に、参る!』
吐いた台詞を置き去りにして、わたしは一気に距離を詰める。
最速の妖精騎士の全力突貫スピードは伊達じゃない。
音速は最初の一歩でとっくに追い越してる。
ソニックブームが凄そう、断熱圧縮で熱そうとか思った?
そんな化学的知識豊富そうなお友達に残念なお知らせ。
この世界ファンタジーなんよ。
そしてわたしは妖精よ? 自分の質量ゼロにすれば問題解決よ。何そのチートって思われるかも知れないけどそういう技能があるんだってば。
そして、質量ゼロなので当然そのスピードはマッハなんて目じゃない領域に行く。
おそらく光の速さで。
次の瞬間には巨木の樹木妖精の場所に到達。そしてそのまま爺さんの身体を剣の切っ先で貫き、壁を破壊せずにすり抜ける量子力学的なトンネル効果でわたし自身も爺さんの身体をすり抜けた。
『さて、先ずは一撃』
元の質量ゼロなので運動質量は皆無に等しい。が――
巨躯を誇る、大樹の樹木妖精の身体がぐらりとバランスを崩して、倒れそうになる。
辛うじて腕のような枝で、爺さんは森の大地に手をつく感じでバランスを保った。
『――見事』
お誉め頂き恐悦です。
結果は確実にダメージを与えている。
物理的攻撃ではなく、魂そのものの存在に対して直接攻撃しているのだ。所謂、精神世界面からの攻撃である。
しかし、この爺さんやっぱり強い。
今の一撃で普通の樹木妖精なら簡単に倒せる。小手調べとはいえ手抜きした覚えはないんだけどな……
『おぉおぉ、我、神祖たる御方の武技に樹液を流し給う。我が勇武もご照覧あれ』
樹木妖精の爺さんは体勢を建て直すと複数の枝をしならせ鞭のように叩きつけてくる。森の地面が引き裂かれ、幾つもの木々が叩き折られてぶっ飛ぶ。
わたしはその攻撃を盾で軽く受けて弾く。タイミングさえ合わせれば受け流すのは容易い。
猛攻と言って良い爺さんの攻撃。
だが攻撃方法が単調だ。普通の人間なら掠るだけで致命的な攻撃だが、回避&受け流し型の盾役であるわたしを捕らえる程の威力もスピードもない。何せ攻撃を凌ぐのが専門だ。
やはりわたしは最強であったようだな。
などと、油断してたらわたしの真下の地面を割って人間大の太さの根が勢いよく飛び出して来る。
咄嗟に避けるわたし。
あっぶね! 股下とかやめて。色々ヤバいから!
あの爺さんわたしを女の子と思ってねぇ。そこは一番狙っちゃいけない場所だろ。と、つい、わたしの柄の悪い部分が出る。
しかし、ここは戦場。勝つ為にはあらゆる手段が赦される。不意打ちのあの一撃もそろそろ来るだろうとは予測できたのだ。股下はないけど股下は。
そして、地面から次々と飛び出して来る巨大な根。
無数の根と枝が、森の大気を切り裂きながらわたしを狙って次々と襲い掛かる。
なんと、最初の三倍の数。
まともに相手してられないな。捌ききる事も不可能じゃないけど……攻撃できない。持久戦に持ち込んでも、あの爺さんめちゃくちゃ体力ありそう。流石に日が落ちるのは不味いので短期決戦、そろそろ決着をつける。
そしてわたしは剣を構え、必殺の一撃を撃ち込む準備。技を放つには発動までに時間が掛かるのだ。
今回の使用技は発動まで約3秒程。
その3秒の間に鞭というには太すぎる枝や根がわたし目掛けて無数に殺到する。
あらゆる角度からほぼ同時に。
次々とわたしに襲い掛かる巨樹の枝や根の数々。
けれど、わたしに攻撃が届くまえに、自動反応した完全防御結界に全ての攻撃の行く手が阻まれる。
わたしの役割は盾役だ。回避や受け流しに優れる妖精騎士の職業に就いてるが……副職業の神域守護者は相手の攻撃を受けて立つ防御型の盾役…
――つまり、こと防御に関しては鉄壁の自信がある。
わたしの存在の元になったゲームの世界ではわたし並みの防御能力を持つプレイヤーキャラクターが数える程しかいなかった。装備、基礎性能のスペック面では。
……おそらく、ゲーム廃人の類であったな。
そして、既に必殺技を撃ち込む為の魔力充填は完了済み――わたしの手に持つ幻想魔剣には魔力により変換された虚数領域のエネルギーが集まっている。
『手向けだ。我が神祖の名、その真名の一撃を喰らうがいい……』
虚数領域のエネルギーを再変換――
『……其は幻想空想の最果て、世界の裏側にして真にして虚ろわざる斬撃……喰らえ! 虚無領域一閃!』
そしてわたしは袈裟斬りにして斬撃を振るう。
斬撃によって生じた『虚無』の一撃。
汎ゆる認識は不可能。物理法則にも従わない攻撃なので、光速を超えて、現象効果のみ空間に出現する。
つまり……斬撃の効果範囲は全て『無かった』事にされる。防御できなければ斬られた空間は"消滅"するのだ。これ、当たりどころによっては即死攻撃である。
『おお、おお。なんたる慈悲か! 我らが真祖の――』
樹木妖精の上半身がずるりと斜めにずれる。物理世界に対応した精神世界面の精神体も同様にずれ始める。
『――歓喜ぞ! 歓喜ぞ! 歓喜ぞ! 我らは福音を得たり。真祖にして神祖の妖精王が、星幽の彼方から御戻りになられた――』
わたしは樹木妖精の爺さんの元に足早に向かう。これから死ぬというのに喜んでる。
なんとも言えない。まぁ喜ばそうと思って、台詞付きでノリノリで必殺技撃ったのわたし何だけど。
そして、大樹の爺さんの上半身が完全にずれ落ちた。わたしは最後を見守るため、その場に近寄る。
笑顔で。
『満足した?』
樹木妖精の魂の精神波動からは悲痛な感情の揺れはもう感じられない。むしろ心地よいくらいの暖かみに満ちていた。
『……真、誠に光栄の至り。この老木めには勿体なく……御身にお仕えできぬ不敬……を……』
『良い、眠れ。お前は忠義を果たした。連環の果てにて達者でな』
わたしの言葉を聴いて安寧を得たのか、樹木妖精の長老は事きれた。
樹木妖精の長老の斬られた魂が精神体ごと崩壊し、精神世界面――星幽界とも呼ばれる精神と魂の領域の彼方にその残滓が散っていった。