第八話 妖精騎士アイギスさんと月花草と祖森妖精の森祭司(7)
次の日の朝。
わたしは思春期特有の乙女心との戦いに決着を付け、朝食前の珈琲を優雅に頂いていた。
食卓の席に着いたわたしに、もはや動揺はない。
このアイギス一つ大人になったのだ。
代わりに女の子として大切ななにかを失った……
失う代償は大きかったけれども、それが大人になるということ。コーヒーの味が染みるね。
ブラックとか苦手だわ。
「あ、アイギスさんおはよう〜ござ―はぁい」
とセレスティナさんが居間にやって来て、寝ぼけ顔で朝の挨拶の途中であくびする。金髪の一部が跳ねてる。めちゃくちゃ可愛いいよ。
「おはようセレスティナさん。顔洗って来たら。昨日は夜遅かったんでしょ」
「そうなんで〜す。いきなり急患入っちゃて。心臓止まったんで、蘇生魔法って」
と、セレスティナさんが話しながらお風呂場前の洗濯場にもなってる部屋へ消える。洗面台もあるよ。
セレスティナさんって気抜いてる時って結構マイペースなんだ。最初の頃はこんな姿見せなかったんだけどもはや自宅のような寛ぎっぷり。
――悪くない。家族になったみたいで……こんな何気ないことでもわたしは幸せ感じるの。
「――――――――!?」
ただ、声にならない悲鳴がそのセレスティナさんが消えた洗濯場から聴こえてきたけど。
ちなみに丁度さっきシャルさんが朝風呂しててね。なんでも習慣らしくって。
わたしは何も慌てずブラックな珈琲を一口啜る。大人な味だよね。
そして慌てて洗濯場から飛び出して来て、食卓のわたしの席に舞い戻って来るセレスティナさん。
寝起き顔とか吹っ飛んでてて「なっ、なっ、な」とか声にならない声だしてる。けど髪の毛跳ねてる。
わたしの恋人もの凄く可愛い。
「あ、あ、アイギスさん! アイギスさん!!」
「解ってる。みなまで言う必要ないよ……」
わたしはもう昨日そのイベントに遭遇したから。
と、わたしはまた珈琲を一口頂く。
大人な余裕を見せつけよう。
昨日の失態なんてこのアイギスさんになかった。そもそも失態は見せなかった。妖精騎士たるもの、一人で自室で誰にも知られず羞恥心に身悶えたよ。
「シャルさん男の子でしたよ!!」
「うん。知ってるよ。わたしの代わりに美味しいイベントありがとう」
「し、知ってたんですか!」
「あんな可愛い子が女の子の筈がないでしょ。男の娘に違いないって。常識だよ」
「どこの常識なんですか!?」
丁度、朝食のパンとお魚焼いて持って来てくれたシルフィちゃんが「えっ!」って驚いた顔してた。
シルフィちゃんも可愛いいなぁ。
「シャルさんって男の子だったんですか!」
「シルフィちゃんも可愛いよ。でも本当にずば抜けて可愛い子は男の子なんだよ……だから安心してシルフィちゃん」
ただ、シルフィちゃんは食卓に持ってきた朝食を置くと本当ですか? って怪訝な顔するの。口には出さないけど。
最近シルフィちゃんも本音が顔に出て来て嬉しい。本当に家族なんだって思えるの。
わたしはそんなシルフィちゃんも愛おしいよ。
だって、わたしにジェラシー感じてくれるんだよ。
愛おしさで心が一杯になる。
ちょっとわたしの顔、紅くなる。馬鹿なこと考えてる自覚もあるよ。そして今から馬鹿なこと言うし。
「わたしね……女の子しか愛せないんだ。可愛い男の子も好きだよ。でも……愛せるかどうかは……自信ないよ。…………付いてるもの」
「…………」
シルフィちゃんの表情がなんとも言えないって感じになる。
そう。昨日一晩、襲って来る羞恥心と悔恨の思い。そしてわたしの馬鹿な男の子部分の見栄っ張りな行動により引き起こされた悲劇によって、自分の心と向き合わされたの。
「わたし男の子も有りだよ。可愛い子はね。家族としてなら愛情向けれるよ。けど……」
わたしは顔が火照って赤くなるのを自覚する。
「…………できないよ。どう考えても。朝から何言ってんだとか思われるかも知れないけど、わたしは我慢できない。男の人とは愛し合えないの。絶対に」
赤裸々に語るわたしの言葉にシルフィちゃんも顔を赤らめてた。お年頃だものね。シルフィちゃんも。
「愛してるシルフィちゃん。わたしも頑張ってシルフィちゃんから愛されるようにするから。疑わないで。わたしは、シルフィちゃんとセレスティナさんを愛してるの」
「は、はい……その、疑ってすみません。アイギスさん」
顔を赤らめながら俯き加減に呟くシルフィちゃん。ちょっと罪悪感感じてくれてたんだ。
もう、わたしの心臓も心拍数跳ね上がってるよ。白面では言えないよ。こんなこと。
わたしは愛おしさを伝えるために笑顔で告白した。もう自分でもめちゃ恥ずいくらいに女の子っぽく。
「大丈夫。そんなシルフィちゃんも大好き!」
さらに顔を赤らめるシルフィちゃん。顔俯かせて黒髪で素顔隠れてる。もうわたしもそんなシルフィちゃん見たら、堪らないよ。愛情が溢れてきちゃう。
「…………」
セレスティナさんも白皙の頬を真っ赤にしてシルフィちゃん見てた。解る。堪えきれないよね。わたしの方にも顔向けて赤らめてた。わたしの女の子っぽい顔にも耐えきれないんだね。
セレスティナさんもシルフィちゃん愛してるから。
家族的な愛通り越してるの。もう3人でラブラブなんだ。相思相愛ってやつ。なんかラブトライアングルって言うらしいよ。なんでこんなことになってるのか未だにわたし解らないんだけど。
そしてシャルさんがいつの間にか居間に来て、途中からわたし達の愛溢れる場面を見てた。
視線を向けると頬を赤らめてる。
わたしの視線に気づいて慌ててる。男の子でも可愛いよ。儚げな印象の子が表情豊かになるのは。特に。
「あ、あの、セレスティナさんが急に出ていって、な、なな、にか」
「大丈夫。なにも問題ないよセレスティナさんは。人居ると思わなかったから吃驚しただけ――そうでしょ?」
セレスティナさんが惚けたようにわたしとシルフィちゃん見てたけどわたしに言われてハッと意識を取り戻した。
「そ、そうですね。まさかシャルさん居ると思わなくてですね。す、すみません。見てしまいました」
「…………そ、そうなんですか。わ、私もお見苦しいものを、お、お見せして」
「うん。もう家族になるんだもの。そういうこともあるよ。シャルさん。恥ずかしがらなくても良いよ」
と、わたしは一家の長として余裕のある発言する。
なんとなく言って見たかったの。
シャルさんがわたしに申し訳なさそうな表情を向けた。
「わ、私、み、未熟者で申し訳ありません。アイギスさま。私の不注意です。お許しください」
「……大丈夫。私はシャルさんを家族として受け入れたいの。臣下とかそういう関係じゃなくて」
「か、家族ですか。でも私にはとても……畏れ多くて……」
「これがわたしの最初で最後の命令。王さまとしてのね。……爺さんだってシャルさん心配でわたしに託したと思うんだ。爺さんと同じで忠節を見せる時だよ」
ちょっと卑怯なやり方かな。でもそれくらい最初に言わないとシャルさん気張っちゃいそうだもん。
まだ、出会って二、三日だけど頑張り屋で真面目そうだし……多分、それだけ氏族の使命を、家族との繋がりを大切にしてる子なんだよ。
「……………」
わたしの言葉にすぐに返答せずに、シャルさんが何か思い悩んでるのがはっきり解る。
わたしより賢い子だからね。どういう反応返ってくるかちょっと怖い。アイギスさん深く考えずに生きてるから。感覚だよ、感覚でいつもなんとかしてる。
そして、ポロポロと女の子のようなシャルさんの目元から涙が落ちて来るの。わたし、予想外過ぎる反応にちょっと戸惑う。
「あ、あ、ごめんなさい。ごめんなさい」
「…………」
わたしが本当にどうしよう。と、セレスティナさんに目を向けると、またぁやっちゃいましたね。って顔してた。
そして今度はシルフィちゃんに顔向けると、ジト目で見られてた。わたしのせいなのコレぇ。
ただ、わたしがどうしようかと逡巡してるとシルフィちゃんがシャルさんの元へ。
「だいじょうぶです。シャルさん。アイギスさんはそんなシャルさんでも受け入れてくれます。わたしもそうでした解ります」
「でも、わたしは使命を果たさなければ……そんな家族だなんて」
と、今度はセレスティナさんがシャルさんの背後からシャルさんの小さな身体を抱きしめて包みこむ。
「だいじょうぶですよ。きっと家族になれますよ。アイギスさんはそういう人ですから。人の心が分かるんです」
感情読めるだけで心までは分からないけど……。
……ただ、シャルさんの感情からは本当に欲しいものが何か解るの。飢えてたんだ、わたしと同じで。
わたしも立ち上がってシャルさんの小さな身体を正面から抱きしめてあげた。言葉なんて要らないよ。
「わ、わたしはわたしは……」
「だいじょうぶ。考えるのは後にしよ。今は自分の心に正直になろう」
泣いていいんだよ。泣きたい時にさ。わたしもそうだったんだもん。
そしてシャルさんも……
今まで頑張りすぎなんだよ。自分の心を押し隠して。
わたしも人のこと言えないけど。
そしてシャルさんがわたしにしがみついて泣いてた。今まで何を抱えていたのかは、わたしにも分からない。
けど……
寂しさって慣れてしまうと、もうどうしよう無くなるんだよね。本当にそれが欲しくても気づかなくなる。
でも、一度でも家族の味をまた知っちゃうともう欲しくて欲しくて堪らなくなるんだよ。
爺さん本当に罪深いな。もう一度この子に家族作れってか。それともわたしを想ってか……。なんとなくそんな感じがするの。
自分は先に逝った癖に。
「家族になろうシャルさん。爺さんもそれを望んでると思うの」
「……………はい」
シャルさんからの返答はわたしの胸のなかで、か細く。なんだか愛情湧いちゃうの。これが母性なのかな?
……その後、シャルさんが、と言うよりわたしたちが落ち着いてから朝ごはんになった。
もう途中で赤ちゃんが泣き出すは、アル君が起きて来ていて呆然と見てたりと、悠長に感傷に浸れないんだもん。
でも、家族が増えるって嬉しいよ。
わたしもシャルさんを受け入れたい。だってこの子はわたしと同じだもん。欲しいものが同じなんだ。ならお互い欠けたものを埋め合わせれると思った。
そして今日は一日休んでシャルさんの事情しっかり聞こうと思う。わたしたちの事情も説明しなきゃならないしね。
と、思ってたら来客が来た。
わたしが玄関を開けて出迎えるとそこに居たのは黒外套に黒フード目深に被った暗黒騎士。
この人、この家族の暖かい状況の流れで水差しに来たってレベルじゃない暗黒面オーラ発してんだけど。
「ジェラルダイン……早いね」
「先日の仕事の件の報告もあるんでな。……事情を聞かせて貰いたいな」
うん。昨日の今日で報告なんてしてなかったよ。
てか、わたしの勝手じゃん。家族増やすのはさぁ。
多分、家族増えるのが問題じゃなくて面倒ごとが増えるのが問題なんだろうけどね。
こりゃジェラルダインも含めて家族会議だな。
わたしは覚悟を決めると自宅に暗黒騎士を招き入れた。
でもどう話しが転ぶやら。トラブルの予感するんだよね。
そしてわたしは自宅に招き入れた暗黒騎士に先に通告する。
「家族は手放さない。分かってるジェラルダイン?」
「…………まあ、話しを聞いてからだな。こっちも厄介ごとがいくつか出てきている。……そのドゥルイデスの件も絡んでくる話しだ。今日は話しのすり合わせに来た」
ほら、嫌な予感当たった。
そしてわたし達は家族会議を始めた。
教えられて知ったけど結構、妖精族の事情って複雑なんだよね。
ジェラルダインから語られた過去から現在までの妖精族の事情は――神祖の妖精王が星幽界から去った時から始まっていた……




