第八話 妖精騎士アイギスさんと月花草と祖森妖精の森祭司(2)
少しお話が遡る――
「月花草?」
「そうじゃ。おまえさんなら取ってこれるじゃろ」
その日、錬金術ギルドでまた錬成液作りのアルバイトに精を出してたわたしはギルド長のばあちゃんから帰り際になって声を掛けられた。
「そりゃ採ってこれるけど今、真冬だよ。ばあちゃんそろそろ呆け来たの」
「ボケとらんわ! まだまだ現役じゃわ。年寄り扱いするのやめい。まだわたしゃ80じゃぞ」
「いや、充分、高齢なんだけど……」
「魔術師なら寿命くらい延長できるわ。200歳くらいまではな」
「その話し魔術師ギルドの爺っちゃんに聞いたけど高齢で伸ばすと150くらいまでが限界とか聞いたけど。やっぱりボケ来るって」
「……おぬしはエルフの癖に妙に人間の歳加減解っとるの」
「エルフの里の生まれじゃないんでね。詮索はやめてよね」
「……まあそれはええ。で、月花草が入り用になってな取って来れんか」
「もう一回言うよ、ばあちゃん。ボケ来たの?」
「ボケ取らんわ! 話し戻るからやめい!」
「……あのね。ばあちゃん。月花草って取って来るのに時期って、ものあるの。秋の終わりから初冬にかけて。ボケ来てないなら、なんでこの時期か知ってるよね」
「雪が積もるからじゃろ。開花で早いのはその時期じゃしな。うちの名産の主材料じゃから知っとるわ。じゃが冬でもおまえさんならなんとかできるじゃろ」
「ばあちゃん……前にばあちゃんの口車に乗って冬に取りに行ったら酷い目にあったって言ったじゃん」
「おや? そんな事もあったかのぉ」
「だからボケ来てないか聞いてるの!」
「なに言っとる帝国の皇統貴族のぼんくらブった切ったお主なら余裕じゃろうが」
「…………あのね。ばあちゃん。まだ、――あの馬鹿で阿呆でゴミクズのクソ野郎の汚泥に劣る虫けらの感覚器官に苦痛という苦痛を与えてから手足ブった斬って、この世に生まれて来た事を後悔させてから御免なさいさせて、希望を与えてやってから助かるかと思った奴の臓腑抉り散らし、絶望を味あわせてから魂の微粒子レベルで粉砕消滅させてからそのまま地獄の門開いて奴の残滓を奈落送りにしてから死体をスラムのドブ川に生ゴミのように投げ捨ててやった! 方が、楽だったって言ってんのばあちゃん!」
と、言ってからわたしは涙目になって傍にあった仕事机を蹴り飛ばす。机が吹っ飛んで作った錬成液の釜が割れたけど知るもんか。
イヤな事思い出させんなよ。
今でも後悔してるんだ。まだ、殺りたりなかったって。あいつの家族皆殺しにしても悔やみ足りないよ。あんな連中の為にスラムの子たちが……
「さすがに恨み節が半端ないの」
わたしは感極まって流した涙を手で拭ってから答えた。
「だったら思い出させんな。……謝らないからな」
「まぁ。えぇ。女にそんな涙流させるクソ野郎のせいじゃ。そいつにお代は付けとくよ」
「…………もう、何処にも行けないところに送ったよ」
まだ涙が出てくる。
わたしは近くにあった椅子に作業用エプロンのポケットに突っ込んであった手拭いを取り出しながら腰掛けた。こんな顔見せたくないから俯いて手拭いで顔を覆った。
「その様子だと話しは無理かの」
「いや。……良い。話しだけ、聞くよ。ただ、……あのゴミのことは二度と口に出さないで。お願い」
「まぁ、落ち着くまで待ってやるさな。しょうがない茶でも淹れるか」
その後、わたしは婆ちゃんが用意して淹れてくれたお茶も飲んで多少は気持ちが楽になった。
茶菓子もあったのでもちろんそれも頂いて。
「その分だと多少は落ち着いたか」
「…………茶菓子うまかったから話しだけ聞いてあげる」
ふん、と嘆息しながら婆ちゃんが口を開く。誰のせいだよ。
「緊急に入り用になったんじゃ。なんでもベイグラム帝国の皇女が病でな」
「…………ばあちゃん。よくもその話しわたしに抜け抜けと言えるよね」
「聞かんと分からんからの。何かの間違いで恨まれてもかなわんわい」
「……話しだけ聞く。話しだけ」
袈裟まで憎いって奴だけど、ばあちゃんが正直に話してくれたので話し次第ではやる気になっていた。
わたしの怒りは収まらないけどな。八つ当たりしても罰当たんねぇよ。帝国のクズどもめ。あの下衆野郎野放しにしてたって事だけでよ。
「そのあたりは仕事人じゃな。良い冒険者じゃ」
「良いから話して。別にあいつの血筋皆殺しにしようとまでは考えてないから」
「おまえさんが言うとおっかな過ぎるな。……まぁええ。少し話しは長くなる」
「要点。手短に」
「最近あの国は帝位継承で揉めとる。皇女は継承順位8位じゃったが担ぎ挙げる奴がおってな」
「ばあちゃんそんなに腕良かったか? 呪いだろ」
「よう知っとるわい。まあ毒やら何やらではそう簡単には死なんからな」
そりゃこの世界の治癒魔法って外傷や風邪ぐらいなら大概のもの治療できるもの。
手足ブッた切ってもくっつけれるし生やすことだってできる。蘇生魔法も死んだ直後ぐらいなら生き返るとか、わたしの知る限り21世紀の地球の医療技術超えてるもの。
魔法レベル6とか7とかいるから恩恵に預かれるの金持ちぐらいだけど。
「まあ呪いじゃな。こいつが聞く限り厄介での。神殿でも迂闊に手を出せん。万全を期すために特殊な触媒が必要でな。で欲しいのはその材料じゃ」
「ん? ……でも、月花草の予備くらいあるでしょ。わたしが一昨年くらい採り過ぎて怒んなかったっけ」
「馬鹿たれ。あれは必要以上に採ってくるな言う話しじゃ。〈品質保存〉の魔法も劣化自体は防げん。数あっても仕方ないんじゃ。今回は品質重視」
「…………仕上げ、まさかわたし?」
「よう気づいたの。つまり今回は数いる訳じゃな」
「せめて冒険者の仕事だけで終わらせてよ……」
「おまえの馬鹿魔力がいるんじゃ。しかも"色"がほぼない。無属性持ちでもおまえの純粋さには勝てん」
「その話し言いふらさないでよ。トラブル御免なんだから」
「どのみち第八か第九位階くらいの高位魔法でしか問題にならんわ。そうでなけりゃ腕前未熟じゃな」
「レベル8以上か……え、ばあちゃんそんなレベルの魔法扱えるん?」
「おまえもな。まったくこれだから長命種は……」
ばあちゃんが呆れたようにまた嘆息する。
スマンな。わたしの魔法は努力の結果じゃなくゲーム由来だよ。しかもわたしにそのゲームで頑張った記憶すらねぇ。
「で、話しは以上じゃ。ちなみに報酬は帝国真金貨2枚。皇女が助かったら更に謝礼に1枚」
「わたしはな。汚ねぇ金は受け取らねえ主義なんだよ。帝国のクズどもが国民から吸い上げた金だろ。大金用意しやがって反吐が出る」
「金に"色"はついておらんのだがのぉ」
「こいつは筋の問題だ。わたしの心が納得しねぇ」
「ではだめか?」
「ばあちゃんからの仕事なら請け負ってやる。冒険者ギルドを通してな。ばあちゃんがどう筋通すか次第だ」
ばあちゃんは困ったやつじゃて、と聞き取れないくらいの小声で呟いたがわたしのエルフ耳には聴こえてるよ。
「……こいつは独り事じゃ。わたしゃな。昔、帝国に仕える錬金術師じゃった。元々の生まれはとある貴族に仕える薬師の娘でな。父娘共々世話になってなぁ。……まあ、長話になるから端折ると件の皇女はその昔、この婆が仲ようしとった貴族の娘の曾孫じゃ」
「帝国の皇族と繫がりあったのか婆ちゃん」
「いや。昔はあったが今の皇帝即位の時に権力闘争に巻き込まれての……それ以来落ち延びて。っという訳じゃ。その仲ようしとった貴族の娘もこの地に根を下ろす頃には亡くなったし縁は切れておったんだかなぁ」
婆ちゃんが茶を一杯飲む。懐かしい想い出ばかりじゃないのか複雑な心境って感じだった。わたしは技能で感情だけは読めるからね。
嘘ついてたら見破るぞ、ゴラァっ。
て感じで集中して見てるよ。魔術師とか自分の心さえ騙したりできるらしいからね。
「………………………………………」
「え? 話終わり?」
「感慨に耽けさせんか馬鹿もんが。話す気なかったんじゃ」
「勝手に話し初めたんだから少し巻いてよ。もう夜だよ。わたしの家族心配するじゃん」
「まったく勝手なやつじゃな」
「いいからはよ」
「………その皇女の祖母はまだ存命でな。この婆のことを覚えておったよ。どうやら帝国の錬金術師どもは抑えられて使えんらしい。わたしゃ落ち延びる時にその貴族に世話なっての。場合によっての落ち延び先にとまあ居所くらいは伝えておった」
「で音沙汰なかったのに今頃連絡きた訳か」
「まぁ持ちつ持たれつの話しじゃな。筋といえばその程度の筋じゃ。で、請け負ってくれるか」
「…………情に流されると碌なことないぞ。婆ちゃん。帝国の連中は手段を選びやがらねぇ。場合によっては死ぬぞ」
「まあそれも良かろうて。だが、請けるなら確かに妨害される可能性もあるの。おぬしを敵に回すとも思えんが」
わたしは少し考えた家族待ってるので手短に。
わたしのケツ持ちは帝国の虫けらなんぞカスレベルになる悪の頂点、悪魔の女王――魔女王なので最悪は泣きつける。聖魔帝国元帥も状況次第で考える。家族持ちだかんね。
問題は婆ちゃんだな。帝国の連中、報復とか当たり前にしてきやがる。面子潰された、の範囲が広過ぎるんだよ。やらせるだけだからいい気なもんだ。わたしも最後に御礼参りと置き土産を置いてようやく止まったからな。
「ばあちゃん。ばあちゃんが生命掛けるの勝手だけど最悪、面倒見てるギルドの子たちどうするよ。このギルド任せられるやついんの?」
「妙な心配するのおぬし。ギルドは問題ないわ。癪じゃが子どもらは魔術師ギルドの爺にいざという時には、という話しはつけとる。終活は済んどるぞ」
「…………元帝国の錬金術師か。最悪は考えてるんだね」
「覚悟くらいせんと宮廷魔術師務まらんかったからな」
「ばあちゃん……請けても良いんだけど。もう少し筋通しが欲しい。金の話しじゃなくて」
「なんじゃ。死ぬかどうかは運次第でどうにもならんぞ」
「正直、理由が足りてない。この妖精騎士アイギスさんが動くにはね。その程度の理由だったら皇女なんて見捨てろよ。ばあちゃん引き換えにするほどじゃないんだよ」
ばあちゃんがわたしの顔をのぞき込むように見る。
なんだかんだ言ってわたしこのばあちゃん好きなんだよ。見ず知らずの皇女のために生命かけるほどじゃないだろ。可能性だけでも。
「……おぬしは良い冒険者じゃな。仕事の話しだと流されん。正直おぬし頼りじゃから断られるとお手上げじゃわい」
「悪いな、ばあちゃん。じゃあ帰るわ」
「いや、待て。筋通ればやる気はあるんじゃな?」
「…………わたし納得できるやつじゃないと駄目だぞ」
「帝国の話ししたのは悪手じゃったな……しゃーない。じゃがこれ本当に秘密にして欲しいんじゃがなわたしゃ墓まで持って行きたいからの」
「…………わたしはプロだぞ。ばあちゃん。ただ聞くとヤバい話しはやめて。アイギス聞いたら戻れなくなるやつあるの知ってる」
「………………………………………………………」
「もう、帰るぞ、ばあちゃん」
「まあ、おぬしなら良いか。…………その皇女の祖母の母親……この婆の……そのなんじゃ」
「?」
「こ、いや愛人じゃたんじゃわ」
「………………マジで」
「マジじゃ。まだ10代の若い時からな。貴族の娘じゃったしその貴族の領主さまには本当よくして貰っての。娶るとかできんかったが公認みたいな感じじゃったな。まぁ向こうは末の娘じゃたし、自由効いたのもあるが」
「婆ちゃん……」
「その、なんだ。で、その娘の、皇女の祖母も可愛くての……わたしゃには娘みたいなもんじゃったんじゃ」
ばあちゃん惚けたように言ってるのを見て、わたしは感心する。このばあちゃんクラスになると恥ずかしいの表現違うなぁ、と。
「まぁ嘘と思うかも知れんが、手紙もあるぞ思い出の品じゃな。もし死んだらこいつはお前が処分してくれ」
と、ばあちゃんが何処からか〈物品転移〉の魔法で手紙箱を手元に召喚して中身を開けた。
わたしはそれを引っ叩くる。容赦なく開けて見る。
「うわ、マジだ。恋文とか初めてみた」
「おぬし、人の大切な品をぞんざいに扱うでないわ!」
「うわぁ。ばあちゃんそっちだっんだ〜」
「おまえもじゃろが。……で、こいつは理由になるか。わたしゃには皇女が孫と思えてならん。まぁおんしと違ってわたしゃ家族を守れんかったがな」
「オッケー。それなら請けるよ」
「おぬし、変わり身早すぎんか。さっきのこの婆を思う気持ちどこいった!?」
「それなら請け負う言ってんの。ただその話しなら金はどうでも良いんだよね」
「まあそうじゃな。ただ、さっきの報酬もあれで全部。まあ婆から多少は色つけれるが出せても金貨千くらいじゃぞ」
「なら、話し早いね。上手くいくか分からないけど当てがある。帝国の金は汚えからつっ返せ。ばあちゃんからの分だけで良いよ。もうギルドは通さない方が良いな。もうちょい出して欲しいかも知んないけど」
「ん……? どういうことじゃ」
「まぁ、任せとけって事。危険だがちょっとダーティなやり方するぜ。帝国流にな」
悪党には更に凶悪な悪党をぶつけるのが一番だ。
最凶最悪なのをぶつけてやるぜ。幸い貸しがあるからやってくれるよ。あの暗黒騎士なら。
結局、わたしの推測通りジェラルダインが動いてくれて帝国から仕返しされる可能性はなくなった。次の日には帝位継承候補が一人消えたらしいもの。
まぁ金貨半分持って行かれたけど……。
わたしのトラウマ抉って来たNTR事件の貸しじゃタダでは仕事してくれなかった。まぁ向こうもプロだしね。
けど触媒の方は自分達でなんとかしろってさ。
そして私たちは月花草を求めて、森に踏み入ったの。
魔女王「ベイグラム帝国か。ならアスタロッテの仕事だな」
魔大公「あらあら、妙な所で繋がりますね。丁度良いんですが急ぎになりますしマンセマットに振りましょうか」
大天使「……手空きにならんなマスティマ」
堕天使「下請け感ありますねぇ。しかも派手にやれって……出番カットじゃないですよね?」
魔女王「姿を見せるアサシンなぞ2流だろう……つべこべ言わずに仕事してこい」
結局出番はカットされた模様。




