第七話 妖精騎士アイギスさんとの幸せな家族の作り方(2)
アリーシャから送られてきた映像は、幼女が企んだ何かの計画の様子だった。
次のシーンで始まったのはアイギスの自宅の居間で、ニコニコ笑顔でアイギスの恋人の女の子二人に幼女が作戦の内容をあらためて伝えている内容だった。
『う〜ん。では二人とも準備は良いだろうか。そろそろアイギスちゃんが錬金術ギルドから帰ってくる』
『あ、あのアリーシャちゃん。本当にこの方法で上手くいくんですか? わ、わたし自信ないです』
と、シルフィが顔を紅くして幼女に質問していた。
『大丈夫。二人のラブラブなシーンを見せつければアイギスちゃんはきっと気づいてくれる。主に反応パターンは3つ』
と、幼女が自信満々にのたまう。私には嫌な予感しかせん。
『1、そのままアイギスちゃんが一緒になってイチャイチャしだす。
その2、状況に耐え切れずに逃げだす。良い。逃げだすようならこのアリーシャちゃんがなんとかしてあげよう。
その3、その場で怒り出す。これもアリーシャちゃんがこのプラカードを持って全て引き受けよう』
と、空間収納からプラカードを取り出す幼女。
『アリーシャちゃんが犯人。ねぇいまどんな気持ち?』
と書かれてある。クソっそういうことか、2と3の場合、最後に出ていって煽る気だな、コイツ。
次いでに自分に憎しみを向けさせて二人のやらかしを帳消しにする気か。
「お父さま……完璧な作戦ですわ」
と、隣にいた悪霊どもの首領アスタロッテが映像を面白がって口を挟む。愉快犯どもめ。コレだからアリーシャにアイギスの事を知らせたくなかったのだ。
しかも最悪な形で仕掛けようとしてやがる。
そして次にもう一人、私と面識はないが最近アイギスが連れ込んで来たという混血妖精のセレスティナという名の女の子が幼女に質問していた。
『あ、あのアリーシャちゃん。考えたんですが……アイギスさんが一緒にイチャイチャする以外だと私たちただの浮気者になったりしません……か?』
『問題ない。まずアイギスちゃんが二人をどう思ってるか愛の深さを認識させるのだ。怒ったり悲しんだりするのはそれほど愛しているという事。この方法を取れば……婚期が早まる』
そして女の子二人が顔を見合わせる。なぜかやる気なのか二人とも頷いた。
なんだ、どういう事だ?
「ああ、なるほど。そういうことですか」
「いや、意味がわからん。どうしてアリーシャの口車に乗っているんだこの二人。婚期がなんだ。」
「魔女王陛下には女の子の気持ちがお分かりにならないようで……結婚は女の子の夢ですよ?」
「墓場とも聞くが……まあ私には分からんが動機にはなるんだな」
そのまま映像を黙って見守る。で、どうなった。
『わ、解りました。では、後のフォローは頼みますよ。愛の伝道師……信じて、信じてますから』
『良い。任せるが良い……全てこのアリーシャちゃんがなんとかしてみせよう』
『あ、あのそれでアイギスさんが乱入して来たら』
幼女が笑顔でシルフィにグッと親指を立てる。
冷静に考えろ、そんな方法でそのパターンになる訳ないだろう。いや、むしろ冷静でないから幼女に乗せられているのか。
「夢みる乙女で初々しいですわ。私も混ざりたい……」
「夢みる歳でもあるまい。展開の先がアリーシャでも手に負えなくなってるぞこれは」
そうだ。奴には想定していない致命的な要素がある。おそらくそれで失敗しているな。
私はそのまま映像に注目する。
その後で二、三会話したあと、3人は二階のベッドが用意された部屋に赴いた。そしてシルフィとセレスティナが服を脱ぎ初めて下着姿になる。
幼女がリアリティの追求の為、裸になれと言い始めたがさすがに二人ともそこまでは出来なかったのか嫌がり下着姿で妥協したようだ。
が、幼女はその場で雰囲気を出すためか、二人に馴れ合いを要求する。二人とも近づいてお互いの肌を触れ合っていた。てかこの要求は素直に従ったな。どういう事だ。
「あら、やっぱり女の子同士って良いものですね。お母様さまもそう思いませんか?」
「私はそんな姿を見ていても情欲を覚えたりせん。むしろ子供の馴れ合いみて何が楽しいんだ」
私はこの世界に来る前は男だったが、来る前も性欲は抱かない方だったしな。
悪魔の女王なんぞになってからは尚更だ。
むしろ私の想像を超えそうな展開になりそうで忌々しくもある。色恋沙汰など何が楽しい。
しかし隣でうっとり顔の娘アスタロッテが居るとアリーシャ含めて情操教育を誤ったな、と後悔しそうだ。どう考えてももう遅いが。
そして場面が自宅のすぐそばまで来ていたアイギスを写し、また元の部屋に戻る。アリーシャが指示して二人ともその雰囲気のままベッドに入り、幼女がシーツを被せる。
アリーシャは部屋の魔法の明かりを消すと、扉を少し開け隣の部屋に待機。魔法を使って完全に自分の姿を隠しているが映像の記録では透過して幼女の様子も見えるようになっていた。
そしてアイギスが帰ってくる。一階で二人の姿を探しているようだが見つからなかったのか二階に上がって来た。そして……恋人二人の部屋へ。
「あは。実に楽しい場面ですよ。お父さま最高です」
「……最悪の一歩手前としか思えんぞ」
そしてアイギスに悲劇が訪れる。
ここまでは私でも想像に難くない。奴が好きな女の子が二人、奴に内緒で情事に耽っている訳だ。
私でも中々にショックな場面だと想像くらいできる。前の世界の頃、会社で恋人を寝取られた奴がいたが、療養休暇取るくらいにはショックだったらしいからな。
私には興味がなさすぎて他人事以外の何者でもなかったが。
アイギスが状況を理解して涙をぽろぽろ落とす。
涙を流していたその顔は最初は無表情だったが、徐々にその顔が哀しみへと表情を歪ませた。
『ぁぁ……ひっ、ぐ』
嗚咽のような声。涙がもう留めどなく流れ始めアイギスは無意識なのか後ろに後ずさってそれ以上さがれなくなると壁沿いに崩れ落ちた。
「ああ、私のアイギスさまが……まさかそんな」
「黙れ」
さすがにこの私でも隣で茶化して見るアスタロッテのような趣味を許容する気になれん。これが他人だったらどうも思わんが。
しかし、アイギスは私の中では既に身内認定か。
少々、自分自身の心の動きに驚きを覚えたが、まぁ奴を気に入っているのは確かだしな。前のアイギスとの因縁もある。
アスタロッテの方は怒気を込めて私に怒られたので何事かと私の事を見やっている。後で事情を説明する必要がありそうだな。
そしてアイギスは子どもみたいに泣きながら、自分の膝を抱えていた。心理的な防衛本能からの行動のように思える。まずいなこれは。
そしてシルフィとセレスティナが様子におかしい事に気づいて二人してベッドから起き上がって来た。
魔法の照明を付け部屋を明るくしたら、そこには泣きじゃくる子供みたいなアイギスの姿。
金髪の混血妖精の少女セレスティナが慌ててアイギスに近寄る。
『あ、アイギスさん! な、ち、ちがうんですこれは。わ、わたし達、アイギスさんを驚かせようと思って』
と、セレスティナが釈明しながら近寄り手を触れようとするがアイギスが泣き喚いた。
『わたしに触れないで……いやぁ。もういやなの……やめて、やめて』
金髪碧眼の整った容姿のセレスティナにこれ以上ないというくらい焦燥の表情が見えた。
もう一人の村娘シルフィは顔が真っ青だ。自分たちが何をやらかしたようやく理解したらしい。
人によっては耐えきれない事があると奴らはこれで学んだな。
そして幼女が慌てて入ってくる。
アリーシャは口を結んで真面目な表情をしていたが内心大慌てだ。予想外過ぎる状況に一瞬プラカードを出して即座に引っ込め、結局話しかける事にしたらしい。
『聞いて欲しいアイギスちゃん。すべてはこのアリーシャちゃんの責任。わたしの謀りごとなのだ。すべて演技なのだ』
が、アイギスはまるで聞いてない。
『わたしじゃ、わたしじゃだめなの。だめなのだめなの。だめだったの! うわぁぁぁァァァ』
と、叫びだす始末だ。アイギスはショックを受けて過去のトラウマを刺激された様子だな。
……奴の足取りの調査で解った事だがアイギスはこの世界ではそれなりに過酷な体験をしている。自分の中で消化しきれてなかったのか。
『だれも、彼も救えなかった! わたしはしあわせになれなかった! みんな、みんなわたしのせいで、わわ、わたしが』
『そ、そんなことないです。私は、私は救って貰いました。セレスティナは救われたんです。アイギスさん』
『わ、わたしもです。わたしも助けてもらったんです。あ、アイギスさん落ち着いて』
セレスティナとシルフィの二人が懇願するように語りかけたがアイギスの慟哭は止まらない――
ここでアリーシャが直接、念話で語りかける方法に出た。物理的に声が聴こえてないなら直接心にか。
この判断を即座にしてくるのがアリーシャらしい。
てか、その内容も収録されてるのかこの映像。
『"アイギスちゃん落ち着いて。二人も心配してる。大人なアイギスちゃんの為に女の子二人を泣かせてはいけない。さ、がんばって自分の心に立ち向って"』
『わたし、わたし、8歳だもん。わかるわけない。知らない。いや!』
『―――――!?』
この言葉に3人が衝撃を受ける。
今、私の隣にいるアスタロッテもえっ? て顔してるが。
『8歳……?』
その言葉を聞いて呆然とするセレスティナ。ただ、シルフィは信じられないようだ。
『う、うそですよね。どうみても』
三人が膝を抱いて身体を丸めたアイギスを見る。普段なら8歳には見えないだろう。12.3歳くらいだ。だが、今の姿は8歳と言われても納得するくらいの幼さに見えた。
『あ、そんなわたしたち……本当に……』
『……あ、あっ』
今度はシルフィとセレスティナが涙を浮かべ初めた。アリーシャは大慌てだ。まず、3人の様子を素早く交互に観察して、次にどうするか頭の回転率だけは早い脳をフル回転で空回りさせているな。
シルフィがまたアイギスに話しかける。セレスティナは呆然自失といった体だ。
『アイギスさん許してください。わたしたちなにも知らなかったんです』
だが、泣きじゃくるアイギスからはまともな返答はなかった。もう意味のある声では喋らず泣き声だけが部屋に響く。
ここで幼女はさっと二人とアイギスの間に入った。やっとこれ以上の接触はまずいと判断したな。
『シルフィさん。セレスティナさん。今はそっとしておいて上げよう……』
『でも、でも! こんな状況で、アイギスさんを放っておくわけには!』
『今は時間が必要なのだ。大丈夫まだこのアリーシャちゃんには手はある。今はそっとしておこう』
『そんな……わたしたちのせいなのに……』
『今は、なにを言ってもアイギスちゃんを苦しめるだけなのだ。大丈夫、アイギスちゃんは強い子、立ち直ってくれる。それに――』
と、言って何故かカメラ目線で幼女はこちらを向いた。その表情は一見は極めて真面目な顔だが、……アリーシャが本気で怒った顔だった。
『――――――ジェラルダインを呼ぼう』
映像はその時点で止まる。なんだこの理不尽さは。
なぜ私が幼女のやらかしでキレられねばならん。
「あら、お父様がお怒りですわね」
と、アスタロッテの揶揄にも私は涼しい顔して答える。
「……アイギスがどうしてこういう状況になってるのか説明を求めたい。と、言った所なんだろうな」
アイギスの様子を見ればただならぬ何かがあったと勘ぐられたようだ。私の不徳の致す所だ。
国家の運営などしていたら手を汚すなど枚挙にいとまがない。中にはアリーシャに知られて詰め寄られることもある。
しかし、今回は本当になにもやってないのだが……だが、隠してた手前、疑われるのも当然か。
「では、アリーシャの招聘に応じるか。アイギスもどうにかせねばならないようだしな」
「頑張って疑惑を晴らして、女の子を救ってください、お母さま。私はこの場から見守らせて頂きますね」
アスタロッテなら普段なら付いて行くと言いだしそうだが、今回は空気を呼んだ。
アリーシャの本気切れは不肖の娘も怖れる。アスタロッテも事情をすべて知っている訳ではないので災禍が自分に及ぶの忌避したな。
こいつも来ると余計に疑われかねん。好都合ではある。
そして私は魔女王から闇妖精の暗黒騎士に姿を変えた。そして転移魔法で大陸間を渡り、アイギスの自宅へと向かった。




