第七話 妖精騎士アイギスさんとの幸せな家族の作り方(1)
その日――
聖魔帝国の執政たる私は執務室で魔女王としての政務に取り掛かっていた。
普段は悪魔の女王らしく陽が落ちた夜から仕事しだすのだが、なにぶん神祖の妖精王の件に普段の行政処理も重なり仕事が建て込み続けだ。
おかげで休日のしかも朝から昼食も抜きに書類を片付け、やっと一息つけた所だった。
と言っても、ここから謀略タイム。魔女王としての外交方針を定める思考タイムが始まる訳だが。
もちろん神祖の妖精王について。
隠蔽工作は粗方終了。
アイギスがこの八年この世界に来てからやらかした出来事から奴が神祖の妖精王として直接関連付けれる証拠は全て消しさった。
一番厄介なのは神としての領域にある存在だと過去から現在の因果律を捻じ曲げてしまう現象だ。その現象観測から有力な証拠として推測されてしまうのだが、観測方法を妨害する方法もわかっている。
後は奴の足跡をたどり入念な清掃作業だ。
マンセマットがこの二週間で完了したと報告してきた。常に完璧に仕事をやり遂げる奴のことだ。これで証拠はなくなった。
アイギス本人が因果律を常に捻じ曲げてしまうのは智天使の長ザフィキエルが常に情報隠蔽を図り観測の妨害をし続けている。天使王のお付きだが余計なことは言うまい。聞かれない限りは。
さて、これでアイギス本人が言い出さない限り神祖の妖精の王がこの世界に帰還したという話しにもっとも有力な証拠はなくなった。
そしてこれがもっとも重要で謀略のかなめだ。
いかにアイギスを利用しつつ奴を駆り出さなくても良い方法を考えつかなければならない。
ま、本人がやる気がないと言うしな。
巻き込むのも悪い話しだ。結局、何かの拍子に巻き込まれるかも知れんがそれを方針としては立てれん。
奴がやる気なら妖精人の王、森陽王にぶつけて国を乗っ取るという手筈を整えることもできたが、聖魔帝国に強力なライバルができる可能性もある。
自分たちで手を貸して、わざわざ敵を作るのなぞ馬鹿な話しだ。
最初から却下だな。
相討ちを狙うという手もないではなかったが、まず上手くいくまい。
そしてこれが神祖の妖精王本人が現れた、ということにしたくない理由である。
私が手を貸さなくても利用したいと思う奴が大量に出てくるだろう。ロクス教国などその筆頭だな。
しかし、血縁ということならそこまで利用価値が出てくるかは微妙になる。
人間と違い、妖精族は血縁は余り重視しない傾向にある。権威事態はそれなりに重きを置くだろうがそれを政治利用するには今一つだった。
と言っても、それもやり方次第――
――コンコンと。
魔女王たる私の執務室の扉をノックする音が聴こえた。部下にはノックするな。さっさと入って来いと伝えてあるのだが、呼んだ人物を部下扱いできるかは微妙だ。
「アスタロッテか」
「はい。お呼びとのことで参上しました。お母さま」
扉を開いて現れたのは黒基調の出で立ちの娘。
貴族の家の令嬢と言われても納得するだろう少女だ。
というよりは、歳の頃が12、3歳くらいなので女の子がままごとで使う人形の印象をそのまま人間にしたような少女だ。しかしその正体は悪魔――聖魔帝国の悪霊という存在を束ねる魔大公。
悪霊どもは悪の為に悪事を重ねる性悪な連中だ。こいつも、その例に漏れないが――こいつはその中でも最優秀だ。
「……政務中は魔女王と呼べと言ったろう、魔大公」
……母となぞ呼ばれると私には非常に違和感がある。そもそも腹を痛めて産んだ子ではないし、私は元は男なのでその手の情愛はアスタロッテには一切感じた事がない。
が、一応娘という設定で扱っているので文句を言う訳にもいかんしな。天使王がそういう設定でクラン用NPCとして設定した元はゲームキャラクターだった。
「それは失礼を。何分、陛下が娘扱いしてくださらなくて寂しくて。私にお仕事ばかり押しつけるのですもの」
「やりたい仕事しかせぬ放蕩娘だ。それでも助かっているのは確か、だがな」
アスタロッテに関しては忠誠心を余り期待できない。娘という設定なのが、多分その理由だ。NPCと私たちプレイヤーの関係は、私たちに与えられた設定に忠実だ。
だが、多少勝手をやっても私の仕事の邪魔さえしなければ取り敢えず文句はない。他のNPCと違って自分勝手なのはこいつくらいの物だが一応物分りは良い。私が叱るような一線は超えて来ない。が、結構ギリギリを狙ってくるから困りものだ。
ただ、私の魔女王としての執政の責務を務めれるのはNPCでは魔大公アスタロッテに司法長官でもある熾天使アポリオン、外交全般を任せているルインくらいだ。気に入った仕事でもやって貰えればそれだけ助かるという物。
政務には私でさえ辟易するような仕事もある。やる気もないのに無理にやらせようとは思えん。なに仕出かすかわからんのが幼女に似ているので任せるに任せられん所もあるが。
「私、まだ子供ですもの。もう少しモラトリアムが欲しいですわ」
「モラトリアムと言いながら聖魔帝国の運営には興味がないのだろう。それでいて謀り事だけは率先して企むのだからな。誰に似たのやら」
「ズバリお母様ですわね」
アスタロッテの無表情で人形のような無機質な顔に満面の笑みが広がった。
「いや、どちらかという天使王だな。あいつも謀りごとを良く企む」
「あら。お父様の謀りごとは深遠過ぎて私にはとても真似できませんわ」
「…………さて、何処まで何を考えているのかわからない所はそっくりだと思うがな……で、母娘の交友はここまでにしてさっさと仕事の話しに移りたい。神祖の妖精の王の件、対外工作はお前に一任したいのだが」
「…………ベイグラム帝国やイースロス地域の調略も担当にしてるのにですか魔女王陛下」
「そうだ。やる気出ないか?」
う〜ん。と我らが娘、魔大公が刺繍付きの白い手袋に覆われた人差し指を自分の頬に当て小首を傾げる。思案中という顔だが微妙な所か。働きものという訳ではないからなアスタロッテは。
「お任せされる範囲によりますね。森陽王が治める妖精人の国をめちゃくちゃにしても?」
「却下。最終的にはそれでも構わんがこちらの影響は最小限にしたい。当面やつらに関しては内部分裂を誘って身動き取れないようにするのが理想だな」
「神祖の妖精王次第……と言ったところですわね。興味のない方の為に働こうとは思いませんもの」
「…………」
下手に接触して貰いたくないので魔大公にはアイギスに関しては情報を伏せていた。が……やる気を出して貰うには止むを得んか。どのみちいずれ知られる話しでもある。
「仕方ない。では〈鮮血妖精〉が神祖の妖精王だとすれば?」
「…………なるほど。最近の陛下の動きに合点が行きましたわ。ああ、でもまさかあの妖精の騎士さまが……フフフ」
「接触は禁止だ。お前が出向くと碌なことにならん。天使王にさえ情報は伏せている」
「えっー。それは酷すぎせんか」
「ことと次第によっては考えんでもない。で、やるのかやらんのかだな」
釣り餌は用意した。でなければこの娘は働かん。
然し、〈鮮血妖精〉にはやはりご嫉心か。
アスタロッテがベイグラム帝国に仕掛けている謀略を、それと知らずにアイギスが邪魔したのが気に入ったらしいが、……あいつもとんだ災難だ。過去、アスタロッテの趣味で何度かお遊びを仕掛けられているぞ。
「ですが……まさか本当にあのお方が。運命を感じますわ………」
そしてアスタロッテは意中の殿方の話しを聞いたかのように頬に手を当て悦に浸っている。年頃の娘がやれば様になるのだろうが少々幼すぎる容姿なので子供の真似事みたいに思える。
というよりはっきり真似事だな。
「そこまで夢みる子供という訳でもあるまい。返答は?」
「……お母様。ここはそういう場面ですよ。悪の幹部が愛する正義の殿方を不条理な愛故にお慕いもうしあげる、っていう」
「お前、私と似てそういう柄ではないだろう。興味本意に眼を付けている。というのが正直な所。今までは後回しにしていたが今、優先度が上がった。と、言ったところか」
「……私のことを良くおわかりで……」
アリーシャと同じで様式美が好きだが、アリーシャと違って私と同じく常に現実主義だ。
我らが天使王と違ってそこまで夢見がちな事を本心では考えていない。まさしく性格が魔女王と天使王の間の子だな。
「わかりました。神祖の妖精王の件、引き受けさせて貰います。ご褒美の方をご期待しますね。魔女王陛下」
「ちょっかい出すのもほどほどにしてやれ」
「フフフ……」
と、何処ぞの幼女の笑みと同じような笑い声だ。
いつか何か盛大にやらかしそうだなこいつも。
「さて、では謀りごとの打ち合わせだな。既に素案くらいは用意してるのだろう?」
「……あら、もう少し悦に浸らせて欲しいのですが……そういう場面でしょう?」
「後でやれ。一人で」
「だれも観てない所でとか頭おかしくありませんか」
「安心しろ。さほど変わらん……では仕事――――緊急……アリーシャか」
念話の魔法で私に天使王から最重要緊急コールが直接伝達されてきた。ザフィキエルを介して盗聴不可能及び盗聴しようすれば即座にバレる量子通信のシステムを模した完全暗号形式でだ。
私は復号用の魔法通信機に繋いでついでに情報を中空に投影する。まずアリーシャの声がした後、直ぐに映像が送られて来た。
"まずはこちらをご覧ください"
と幼女の声がした後、写しだされたのは見覚えのある家の間取り……アイギスの家だった。
なぜ、天使王にアイギスの事がバレているのか……そして家の間取りを透過して写してくるのか。と、私に考える暇も与えず、その映像記録の中の幼女が呟いた。
『ここがあの女のハウスね……彼を返して!』
「か、完璧ですわ、お父様。まさか、あの台詞をここで!? ――ここはもしやあのアイギス様のご自宅では!」
と、気づいたアスタロッテが私に満面の笑みを向けて、私の表情から確信してやけに喜ぶ。
おそらくアニメかネット文化の何かのマイナーな台詞なんだろうな。と私でも予測はつけれる。
アスタロッテもアリーシャの影響を受けてアニメや漫画、ネットミームとか大好きだ。しかも1世紀くらい前の古典のサブカルチャー時代のを好む。この文化オタク親子どもめ。
しかしこれは私がアイギスの事を黙っていた意趣返しか?とも思ったが……
幼女がその後で映像で伝えてきた情報は、動機が私の想像と理解の範疇を超えた、久々の大やらかしであった。




