第六話 妖精騎士アイギスさんの恋愛事情と幼女アリーシャちゃんの恋愛指南(8)
わたし、アイギス。
今は錬金術ギルドで、冬場の魔法薬作りに追われてるの。
魔法薬の作り方は簡単。
まずはそれぞれの効能に合わせた材料を用意。
それをあらかじめ用意してた錬成液にぶち込む。
後は付与魔法を掛けて効能を安定させれば出来上がり。
「ね。簡単でしょ」
「何が簡単じゃ、その材料の用意と付与魔法が錬金術の肝じゃろうが。もっとも重要なところを端折るでないわ」
とわたしが最近入ってきたばかりの錬金術師の見習いたちに説明してると、ギルド長の婆ちゃんから横槍が入る。
「何いってんのよ婆ちゃん。見習いにそのイロハ教えるのが錬金術師ギルドの仕事だろぉ。面倒まで押し付けられてるんだから」
わたし、アイギスさんは朝から錬金術師見習いを3人付けられ仕事教えながらギルドのお手伝いだ。
素材の用意から雑用までまとめて押し付けられやっとやっと見習いたちは錬成液の作成という一番簡単な仕事に取り掛かってるの。
ちなみにわたしは朝からずっとその錬成液作りまくってるの。あいまあいまに十歳にも届かないくらいの子達が、次何すれば言いですか、このやり方でだいじょうぶ? と聞きに来る。
そして今、ばあちゃんがわたしが作った錬成液を鑑定の魔法で調べて品質を確かめていた。
「……相変わらず錬成液作りに関しては超一流じゃな。アイギスちゃんはこれ一本で食ってけるぞ」
「この単純作業永遠にやってたら気狂いそうなんだけど。心病んで食うどころじゃないわ」
水を用意する。器具に入れて濾過する。純水を釜に入れ錬成液用の材料投入。それを湯でながらかき混ぜて魔力を流し込む。この作業ずっとだよ。飽きるって。
「込める魔力に"色"がほぼついてないのが素晴らしい。魔法を扱う際の理想なんじゃがな」
「前にも聞いたけどそれ、個人差あるからどうにもならないって魔術師ギルドの爺っちゃんから聞いたよ。それで褒められても」
「あの魔法馬鹿の言うこと聞くではないわ! こっちは繊細な錬金術じゃぞ! その微細な魔力の"色"をどうにかするのが錬金術――いや魔法の基礎中の基礎で最大の問題じゃろうが! そもそも……」
と、怒ったばあちゃんの講義が続く。見習いの子は真面目に聞いてたけど、わたしは知ってる内容だったから聞き流した。
「もう、錬成液はええじゃろ。次は付与魔法じゃ」
「付与魔法ってわたしに任せるの〈品質保存〉の魔法一択じゃん」
「お主に仕上げの工程任せて碌なことにならんからのぉ。5回に1回失敗されたら商売上がったりじゃわ」
「残り四回の品質の素晴らしさを見て」
「そんなに品質いるのお前に任せんわ。何より最後の仕上げに入る前に品質ほぼ決まっとるわ」
「まぁ、安値の魔法薬だもんね。へいへい。じゃあ包装作業に入りま〜す」
「おう、その見習いどもも連れてけい」
親鳥についてくる、ひな鳥のように新人の子たちがわたしについて来る。錬金術師といっても他の職人と同じで大概は、見て覚えろ、だ。
ちなみに基礎的な魔法の講義は魔術師ギルドにアウトソーシング(外部委託)されている。
そこはきっちり教えろよ。と思わないではないんだけど、魔術師魔法の基礎は共通なので、まだこの子たちは錬金術を学ぶ段階にも達してない本当にひな鳥なのだ。
そしてわたしは毎年この時期になると錬金術ギルドに駆り出されて、週一くらいで錬成液を大量生産するのが恒例になっていた。いつも新人付けられるよ。次いでに教えろってことなんだろうね。
アイギスさんの魔法の知識が試される時。あやふやな事言って後でばあちゃんに怒られるまでが1セット。
そしてわたしはもう瓶詰めされた魔法薬に〈品質保存〉の魔法を掛けていく。
何百本とあるのを1時間足らずで。
その合間に新人の子にどういう原理と必要で魔法を掛けるか教えたり。
仕事が全部終わる頃には、日が傾いていて、帰るころには夕焼けが街を照らしていた。
†
錬金術ギルドからの帰り道、ヴェスタの街は積雪で雪化粧され夕日に照らされ茜色に染まっていた。
ちなみに積雪と言っても街の外と違ってそれほど雪が積もってない。
ヴェスタの街は外壁に沿って魔法障壁を展開できるので街に降る雪の量を調節してるのだ。この辺りはまさしく魔法があるファンタジーな世界の街って感じだよね。
ずっと展開してれば良いじゃんと思うけどちょっとした雪降るくらいで使うと、展開する魔法障壁の魔力が足りなくなるから、節約してるってのが現実味をおびてるけど。
「そうなんだよね……でも、全部……現実なんだよね」
そんな現実感のある話しを聞くと、わたしはこの世界で生きてるというという事に、引き戻される。それになによりわたしは……アイギスはこの"世界"しか知らない。
前の世界の、元となったゲームの世界や地球の世界の文化や一般的な知識と言ったものはあるけど実体験として得てる知識じゃないから、昔そういうのもあったな、くらいの感覚なんだよね。
でも最初にこの世界に"前'のわたしとしての人格を形成するはずの記憶がないからやっぱり頼りは前にいた世界の知識だけだった。
それがなければいくら強くても赤子同然じゃん、生き抜けないよ。モンスターとか悪党とかうようよ居るんだよこの世界。
だからか、前の世界との齟齬感じちゃっていまいちこの世界に現実味がない感覚におそわれるの。
前のわたしの記憶があったらもっとその感覚味わってたんじゃないかな。
ただ、その前のわたしの記憶だけは本当に思い出せないの……"前"のアイギスの人としての、生きた記憶だけが抜け落ちてる。
……名前しか覚えてない……後はもう忘れちゃったけどわたしが神々の……
なんとかかんとかだっけ。
ただ、それももうどうでもいいやと思ってる……そのことには"今"のわたしには関係ないだろうから。
"今"のわたしに必要なのは……
多分、"前"のわたしは……幸せを取りこぼしたということ。
最近、そんな考えばかり思い浮かぶ……
今が幸せ過ぎてるのか感情がざわつくの。
今までもそうだった。
帝国のスラムで孤児の子の面倒見たり、行きずりで出会った老夫婦に厄介になったり幸せ感じた時にいつも心の中で何かざわついてた。
"前'のわたしの感情だけ蘇るようになった今、それが最近わかるようになった。
だからこそ怖かったの。セレスティナさんとのことシルフィちゃんに言い出せなかったのは。
何かが壊れてしまうんじゃないかって。
もしかしたらわたしの"前"の人の心も何か不幸があって壊れてしまったんじゃないかって。
「でも、それこそどうにかしないと……」
自宅までの帰り道に、だらだらと取り留めのない考えだけが色々と浮かぶ。でも、やっぱり最近わたしの抱える不安ってそのことなんだよね。
"前"のわたしの心の残滓もそう思ってるみたいだし。
「うん。やっぱり話そう。セレスティナさんとシルフィちゃんとわたしで……」
多分、気づいてるし気を使われてる。もう話そう。わたしをセレスティナさんが好きで、わたしも好きだって。
受け入れたいって。
シルフィちゃんなら、シルフィちゃんなら解ってくれるよね。
いや、解ってくれるように話すんだ。
「よし覚悟決める……」
わたしは言葉にだして決意すると足早に家に帰った。
玄関の扉を開け、着ていた毛皮のコートを脱いで衣服掛けに掛けて、リビングルームと台所に二人のわたしの好きな女の子の姿を求めて。
あれもう夕方なのに居ないな……
奥の部屋では赤ん坊がベビーベッドの中ですやすや寝息を立ててる。
わたしは起こさないようそっと部屋を後にして台所へ。鍋の蓋を開けるとシチューが用意されてた。
もう、ご飯の支度はできてる、さっすがシルフィちゃん。
とするとやっぱり二階だよね。わたしの精神感知の技能にも二人一緒に居る反応あるし。
もう一人の家族、アル君が居ないけどハーケルマインが連れ出してる。
最近あの二人べったりだ、釣り行ったり買い物行ったりと遊びまくってるらしい。まぁわたしも負けずになって一緒になって遊んでたけど。
わたしは二人の元へ向かう為、階段を登って二階の廊下へ。自然と足早になっているのは話そうと決意してるから。後回しにしちゃうとわたしの決意揺らいじゃうかも知れない。
それに二人でなにしてるのか少し気になって……
わたしが居ない時の様子が気になったの。だから気配も可能な限り消して、そっと歩く。
二人が居る部屋は扉が少し空いていた。
部屋の中から微かに聞こえる衣擦れの音。
扉の中は暗くなってた。二人一緒にいる筈なのになにしてるんだろう?
わたしは好奇心に負けて、こっそり扉を開ける。
部屋の中に忍びこむように入った。
まず眼にしたのは脱ぎ捨てられた二人の衣服だった。
そして窓から夕焼けの陽射しが入るだけの薄暗い部屋のベッドで二人してなにかを……
聞こえる女の子二人の息遣い。
"今"のわたしには何をしてるかわからなかった。
けど、"前"のわたしの知識から思い当たることが……
「あ、良いですよシルフィ。そこ」
「はぁ、だめ、駄目ですよ」
ベッドの中でもぞもぞして二人して囁くような声……密着していて隙間のないような二人の距離感。
わたしの精神感知が二人の筈なのに一体になったように反応してそれをわたしに伝えて来る。
なによりその反応は情愛に耽る人間の反応そのもので……
理解に及ぶと……わたしは、わたしは、
眼から涙がぽろぽろと落ちていた……
ああ、わたしじゃダメなんだ、
あんなことわたしにはできない
だってわからないの
なんで必要なの
そう思うと涙が出てきた。
二人はもう、大人でそういうこと知ってて……
そして二人はもう大人で、わたしは……いやだった。女の子同士ならそういうことしなくても良いと思ってた。せめてわたしが大人になるまでは、
そう、わたしは、自分が思う以上に"こども"だったんだ。自分じゃそういうこともできると思ってたけど実際には考えてなかったんだ。それに、
わたしを勝手に置いていって二人だけで……
それがとてもとても、嫌だった。
自分じゃだめだった。わたしじゃ物足りなかったんだ。
そしてなにより自分のせいで……
わたしはいつもそうなの。
しあわせで何か上手くいくと思ったらいつも。
――取りこぼすの。
いつも。いつも。何時も。いつも。
いつだって。あの時も。あのときも。あの時さえも。
「ぁぁ……ひっ、ぐ」
嗚咽のように声から声にならない言葉が出てくる。
涙と悲しい気持ちが溢れて止まらない。
自己嫌悪が押し寄せて来る。ぜんぶ自分のせいだってわかってるからだれかのせいにもできない。
だったら自分のせいにしかできないの。
わたしはこれ以上後ろに後退れなくなってその場でしゃがみこんだ。
子どもみたいに泣きじゃくて、自分の膝を抱いてせめて自分を守ろうとした。
わたしは子供だった。8歳の子どもだった。
自分が思ってるよりもこどもだった。
もう何もかもイヤになった。
二人がわたしに気づいて、部屋の魔法の明かりをつけてわたしに何か言ってるようだったけどもう耳に入らなかった。
聞くのも嫌だった。
「わたしに触れないで……いやぁ。もういやなの……やめて、やめて」
もう一人だれかが部屋に入ってきたけど、気にする余裕なんてわたしにはないの。
「わたしじゃ、わたしじゃだめなの。だめなのだめなの。だめだったの! うわぁぁぁァァァ」
もうぜんぶじぶんを守るために吐き出すしかなかった。いままで背負ってきたものぜんぶ。
感情にまかせて。
「―――――」
「わたし、わたし、8歳だもん。わかるわけない。知らない。いや!」
「―――――!?」
なにを受け答えしてるのかもわからない。
ただ、回りの3人がなにかを焦ったように話してて。最後にこどもの声の誰かが言った一言だけが耳に残った。
「――――――ジェラルダインを呼ぼう」
その言葉だけがなぜか、わたしに意味ある言葉として聞こえていた。




