第六話 妖精騎士アイギスさんの恋愛事情と幼女アリーシャちゃんの恋愛指南(4)
私、セレスティナは初めて恋をした日に意中の人にもう恋人がいるのを知りました。
失恋ですか?
また夢破れましたか?
と思うほど私は子供じゃないです。見た目は子供でももう二十歳超えてますから。
そもそも女の子同士で恋愛が簡単に成立する訳ないじゃないですか。
まぁ、……子供の頃憧れて、実際に会ったら本当に妖精の騎士さまみたいで、私の抱えてた心の問題を解って、泣いてくれた。そのアイギスさんに私のことが好きって言われて有頂天になって、気があること言っちゃいましたけど。
で、それをアイギスさんの女の子の恋人に目撃されました。
平静を装ってましたが、正直なところ動揺を隠せませんでした。女の子同士でも恋愛が成立するんだ。
でも私じゃないんだ……って。
でもそれは仕方のないことじゃないですか。
私は大人です。それにアイギスさんと一緒に居るだけで満足ですよ。心の底からそう思えるんです。
好きにも色んな形あること知ってます。
恋愛小説とか読みますし、戦神神殿や冒険者の方たちの恋愛とかも垣間見ました。
魔法学校にも通ってましたからね飛び級で。
当時は子供過ぎて年上の子のそういった話について行けませんでしたが。
私へのアイギスさんの"好き"は多分、恋人への好きじゃないんです。人としての好みの"好き"なんですよね。
それでも良いじゃないですか……私は大人です。
それに普通の人は悲しいと思うかも知れませんが私には悲しみの感情が解らないんです。
恋愛小説とかそういう場面ですよね?
人の感情を理解する為に訓練代わりに読んでましたから。私は、そもそも喜怒哀楽の"怒哀"の感情を抱く感覚が欠落してて知識としてでしか解らないんですから。
だから……多分問題は……ない。
ない筈なんですが……
「んぎゃ、んぎゃあ」
っと、
考えごとしてたらまた赤ちゃんが起きてしまいました。
アイギスさんの恋人、シルフィさんの従姉妹のお子さんらしいですね。可愛いです。
私、戦神神殿でも助祭見習いとして孤児の子たちの面倒見てましたから子供の扱いは手馴れたものなんですよ。
「んぎゃあ!」
おっと突然泣き出しましたね。
これは私の抱擁力を見せつける時です。ベビーベッドから抱き上げてあやします。
「んぎゃあぎゃあああああ!」
……この世の終わりみたいな声出されました。
すみません。調子乗りました。
赤ん坊あやすの初めてです。シルフィさんやってたので私にもできるかと舐めてました。
って、なんでそんなに泣いちゃうんですか。
そして私が、おどおど、これどうしたら良いんですか〜、と挙動不審になってるとシルフィさんが来てくれます。
「あのセレスティナさん赤ちゃんが……」
「すみません。余計ことしてすみません……」
私は慌ててシルフィさんに赤ちゃんを手渡すと、シルフィさんが母性を全開にして赤ちゃんをあやしちゃいます。
「どうしちゃったんですか〜。怖い夢見ましたかぁ。大丈夫ですよ、ほら泣かない。泣かない」
シルフィさんが憂いを帯びた瞳で赤ちゃんを見つめ、優しい声音で赤ちゃんに語りかけました。母親が我が子に愛情を伝えてるとしか思えません。
「だいじょぶ、だいじょぶ。おかあさんここにいまよ。良い子、良い子」
赤ちゃんが泣き止み、そのままシルフィさんが赤ん坊を優しく叩いて安心させます。
動作の一つ一つが慈愛に溢れてます。
シルフィさんが子を愛おしく思う様子、その挙動一つ一つに愛情を私は感じます。絵画に描かれる一場面のようです。赤ちゃんが、うとうとし始めたのをシルフィさんが見つめる様子はもはや聖母です。まるで母性そのものがシルフィさんから迸るようです。
って14歳の女の子が出しちゃいけませんよその母性!
私の頭の中で幸福感を感じる物質が大量生産されてますよ。これ、脳内蕩けそうです。
見る度に思うんですが、まずいですって。
シルフィさん、普段は普通の女の子なのに子供あやす時だけ完全にお母さんなんです。お母さんという存在の究極かも知れません。
まずいです。これはアイギスさんが堕ちるのも頷けます。両親いないって聞いてますからね。私はお母さんが居たので辛うじて踏みとどまれますよ。
私もお母さんなんだかんだで大好きなんですが……
ああ、お母さん……
「あ、あのセレスティナさん……? セレスティナさん大丈夫ですか?」
「はっ!」
あ、駄目です。踏み留まれなかったです。
意識トリップしてました。シルフィさんに愛情のようなものが芽生えてます。私を見つめる瞳だけで嬉しいです。恋とか芽生えそうなのでやめてください。
「す、すみません。見惚れてしまって……」
「そ、そうなんですか。では、わたし今夜のご飯の仕込みに戻りますね」
と、シルフィさんがちょっと小走りで台所に戻ってしまいます。エプロン姿が愛おしいですね。
じゃなかった。
そうなんです。私もう、アイギスさんのお家に1週間くらい居候してるんですが、実はシルフィさんと仲良くなれてないんです。
正直、恋人としては完敗してます。私まで籠絡されそうですよ。魔性の逆の聖母感で。
アイギスさんも男の子っぽいとこありますからこれは惚れるのも頷けますね。私に気を使って、私の前ではイチャイチャしてないようですが。私が居ないときはスキンシップとってますね。
……私にもちゃんとアイギスさん構ってくれてるんです。やっぱり何処か引け目みたいなのアイギスさんから感じますね。シルフィさんもじゃないでしょうか。
これではいけませんね。
私は大人です。子供の頃はそれが解らなくて頑張って人の心が解るように本を読み漁りましたから。
ちょっと心理学に自信がありますよ。
……問題はどうしたら、この状況を改善できるのか解らないことでして。
すみません。恋愛初心者過ぎて何が正解か解らないんです。恋愛小説とか教材として読んでても、所詮フィクションなんて当てになりませんし。
そもそも恋愛の問題なんですかね、これ。
もうそれすら解らなくて。私の付け焼き刃の知識じゃ駄目駄目ですね。
……失敗すると状況が更に悪化しかねません。自信もないです。だから、当てずっぽうでは、中々行動に起こせないんです。
私は困り果てていました。
こんなの色恋とかの話は二の次ですよ。せっかくアイギスさんが私の為を思って、連れて来てくれたのに……こんなんじゃ余りに申し訳なくて。
「……恋敵としてはボロ負け。気を使うこともできない、全部わたしのせい……もう限界です。飲みたい気分です……」
私は酒場兼業の冒険者ギルドに出かけました。
もちろんヤケ酒ですよ。がぶがぶ飲みますよ。
わたし酔えない体質なので酔いたかったら飲みまくらないと駄目なんです。
それほど私は困って……いえ、追い込まれていました。
†
冒険者ギルドが酒場を兼ねていることは良く有ります。
元々は冒険者たちが寄り合う酒場の主人が仕事の斡旋をしはじめ、そこから今の冒険者ギルドのスタイルに発展したというのが通説ですね。
今でも酒場を兼ねているのは冒険者のような荒事に生きるような人たちが酒入れて暴れられたら手が付けれないので……というのが理由の一つらしいです。
王都や、それなりの都市では格式が必要なのか冒険者ギルドの施設のみですが、小さな街だとそこに居る冒険者たちが最強戦力だったりすることが良くありますから。
もちろん私セレスティナも飲むなら冒険者ギルド一択です。まぁ、泥酔して暴れたことはないんですが……やはり女の子ですし安心できるとこで飲みたいですからね。
ちなみに冒険者ギルドで騒ぎを起こすと所属する冒険者が慣例的に全員敵に回ります。つまりヴェスタの街の場合あの〈鮮血妖精〉が敵に回ります。安心ですね。
そして私はカウンターの席に座り早速お酒を注文……と思ってたらいつものギルマスさんが居なくて、ボーイさんの姿も見えませんでした。
まぁちょっとタイミングが悪かったかも知れません。お昼を過ぎてますが、日も高いです。
けれど営業してない訳でなく、冒険者達たちが既に一杯やってます。何処かのテーブルでは揉め事起こってます。利き耳立てる気分ではないので敢えて意識から外してます。
「ん〜でも困りましたね……」
私が困ってるとカウンターの左横からグラスがコースター(コップ敷き)ごと滑り込んで来ました。
「まずはこのアリーシャちゃんからの一杯。飲んでほしい」
目を向けるとそこには私と同じ金髪碧眼の幼女の姿が。
いえ、私、幼女じゃないです。髪と目の色が同じ、ってことですよ。髪も幼女さんはちょっと天然パーマ入ってる子で3歳児くらいの童女……いえ、赤ん坊をそのまま大きくした感じの印象の子ですね。
その小さな女の子がカウンターの席に立ってます。まぁ座るとカウンターに届きませんから。
「あ、あのここは怖いおじちゃんが一杯居ますから。お家帰った方が良いですよ」
「ふむ。問題ない。この幼女アリーシャちゃんは慣れてる。さ、飲むと良い。アリーシャちゃんからのおごりを。ミルクが温くなる。温いミルクほど残念なものはない」
「えっーと」
こういう場面。恋愛小説で読んだこと有ります。
まさか、子供にやられるとは……何かのごっこ遊びなんですかね?
仕方ないので付き合う事にします。
私は、ミルクを恐る恐る一口飲むとコレがめちゃくちゃ美味しいです。
こんなの飲んだこと有りません。濃厚なのに後味爽やか、それでいてミルク味なんです。
なぜかお母さんを思い出します。いえ、お母さん関係ないんですが、私にそこまで想起させるような味なんですよ。
「うむ……どうやらお口に合ったようだ」
と、幼女……アリーシャちゃんが自分のグラスに魔法瓶からミルクを注ぎます。持ち込みなんですか、それ。
でも良く見れば佇まいが普通の3歳児とまるで違いますね。やけに大人びている気がします。グラスを傾けるさまは堂に入ってますね。
……まぁ、子どもが大人の真似しているようにも見えなくもないんですが。
半妖精人の子どもかな?
それだと見た目と大人びている感じが一致しそうです。一見、人間の子どもと姿が大差ないので合ってるか自信ないですが……もしかしたら私の知らない種族かも知れません。悪魔の血が入った魔族って場合も有りますからね。
そして私が奢りのミルクが美味しいのでつい飲み干すとまた新たなグラスが横滑りしてきました。
「どうやらお気に召してくれたようだ……フフフ」
「あ、ありがとうございます」
と私は不敵な笑み――赤ちゃんが時折浮かべるような――を顔に浮かべる幼女にお礼を言うと、ちょっとこの状況に困惑します。
これ、子どもの遊びなんですかね。まさか口説かれてる? でもアリーシャちゃんスカート履いてるので女の子っぽいんですが。
「どうやら何か悩みごとがあるようだ……このアリーシャちゃんで良ければ相談に乗ろう」
「い、いえ。お気になさらずに。私ごとですから」
「このアリーシャちゃんの見るところ恋の悩みに違いない。顔にそうでてる」
「え!」
ズバリと指摘されちょっと驚きです。顔に出るんですか恋の悩みって。てか、恋の範疇なんですかね私の悩みって。
「このアリーシャちゃんは愛の伝道師。恋のキューピットなのだ……お悩み相談大受け中。さ、遠慮せずに全てをさらけ出すが良い……」
「え…………っと」
いきなり見ず知らずの子どもに言われてもちょっと……てかキューピットってなんなんですかね、占い師とかそういう方なんですかね。
でもプロの占星術師でもなかなか人の運命は読み切れないと言いますし。大概こういう話って詐欺の手口だったりするらしいですし。
やっぱりちょっと警戒しちゃいますね。
ただ、その私の様子を見てアリーシャちゃんは、「ふむ……」と小さな首を少し傾けました。
「どうやらこのアリーシャちゃんの愛のパワーを見せつける時か……良い」
「そ、そうですね。やっぱり簡単に相談する訳には……」
と、私が遠慮しようとするとアリーシャちゃんが席を降りてしまいました。
そして、冒険者二人が揉めてるテーブルを指差します。
「ちょうど良い。このアリーシャちゃんの業前、まずは見てほしい。フフフ……」
そして不敵にまた笑みを零しながら揉めてる冒険者の所へ。あれ、これ大丈夫なんでかね。
と、私がアリーシャちゃんを案じていると。
アリーシャちゃんが冒険者二人が言い争ってる席に到着。ちょうど話しが拗れたのか男二人が立ち上がりました。
「ふざけんな! あの女のなにが良いってんだ! 娼館の尻軽だろう。入れ込みやがって」
「うるせぇ! お前につべ込む言われる筋合いあるか。いちいち突っ掛かって来やがって」
女性問題が揉め事の原因なんですかね。冒険者ギルド中に怒声が響き渡りました。他の冒険者たちが注目し始めます。
そしてアリーシャちゃんが何か呟いてます。
ああ、アリーシャちゃんまずいですよ。冒険者でも30代くらいの現役バリバリの人たちですよ。怒らせたらどうなるか。
「良い。ふたりともお互い思い合ってるのは解っている。……〘愛し合うが良い〙」
すると冒険者の一人が急に叫びだしました。
「オレはお前を愛してるんだ! ベック。頼むあの女と別れてくれ!」
「な、なんだって……そんな。そんな。まさか」
「今まで言い出せなかったんだ……ベック。野郎に言われても気持ち悪いだけかも知れないが……」
「……違うんだバード。オレもだ。オレもお前を愛してるんだ……そんなお前もだなんて」
そして冒険者ギルドの冒険者たちの喧騒が止み静かに男二人を見守ります。
私も、です。え? え?
そして男二人で泣き出しながら抱き合います。
か、感動の場面なんですが……あ、男二人で顔を、近づけて、あっ! あーー!
その男たちを背後にして、ニコニコ笑顔の幼女アリーシャちゃんがうんうんと頷きながらまた、私のカウンター横の席に戻って来ました。
「これが愛の力なのだ……このアリーシャちゃんにすれば、おっさんずラブを成し遂げるなど実に容易い……」
私はゴクリと息を飲みました。
本物かも知れません。
魔法を使った形跡がないんです。
外界に作用する魔法は発動時に独特な魔力の流れが発生するので解るんです。技能も物理法則に作用するものは結局魔力を利用するので発動時は判別できたりします。
他の冒険者達も騒いでます。マジかよ、あいつら。そんな素振りみたことねぇぞ。とか。
どうやら仕込みとかでもなさそうです。
「さ、このアリーシャちゃんに全てを話すと良い。このわたしならあらゆる恋の悩みを解決できる」
と先程の真面目な顔と違って満点の笑みで語る幼女アリーシャちゃん。
私は言われた通り悩んでいました。
しかも結構追い詰められています。
結局、……わたしは相談することにしました。




