第五話 妖精騎士アイギスさんと混血妖精の戦神司祭(8)
結局、わたし戦神司祭セレスティナと妖精騎士アイギスさんの、子爵の街での賊堕ちした傭兵団討伐騒動は朝日が登るまで続きました。
「お城とアジトの掃討はすぐに終わったんですけどねぇ」
「尋問したら急ぎの仕事できちゃったからねぇ」
殆どの賊を日付が変わるまでには始末したんですが……悪い噂を聞く商会がさらに今回の騒動に1枚噛んでて攫われた人を救出したり。一部の冒険者が盗賊ギルドの人に唆されて、城に集積された略奪品パクろうとして、それを追いかけて捕縛したりと街中走り回りました。
そして私たちは一通りの仕事を終えて、空き地の草むらの中にあったベンチで朝日を見ながら二人一緒に黄昏てます。
「結局、子爵さんは暗黒神殿への資金供給役だったみたいですね。傭兵団は戦争のどさくさに紛れて人攫ったり、悪い商会の仕事手伝ったりとその手下って感じです」
「肝心の子爵が死んでるから暗黒神殿への糸口なさそうだよね。……連中に関わると禄なことないから良いけどさ」
「私も暗黒神殿とはいつも関わりますが尻尾は中々掴めませんねぇ。はぁ」
と、溜め息出ちゃいます。いくら体力あるからって1日中動いて完徹したら〈鉄血聖女〉と呼ばれる私でも疲れ果てますから。アイギスさんはまだ元気そうでしたが……精神的には疲れますよねぇ。
「あ、そう言えば……アイギスさん。冒険者ギルドからあの略奪品パクろうとした連中どうするか聞かれてるんですけど」
「なんで、わたしが聞かれてるかちょっとわからない」
「暗黒神殿に絡んでる以上子爵家の人、当てになりませんし。勝手に始末つけると怒られるとか思ってるじゃないですかね」
「ヴェスタのギルマスと相談しろ、って言っといて」
「はい〜。念話で伝えときます」
そして私は魔術師ギルド経由で連絡。すぐにやらないと忘れそうですからね。
「あ、国のお偉いさんと連絡付いたみたいですね。後はもう近衛騎士団が引き継いでくれるそうですよ」
「そう、もうわたしやる気起きない……」
「私もです。聞いて下さい。私、昨日も人攫いの商会に襲撃掛けたんですよ。それが今日もです。もうヘトヘトですよ」
「セレスティナさんは大変だよね。暗黒神殿あいてにして、いつもやり合ってるってわたしも良く聞くよ」
「そうなんです。それで――」
と、わたしは朝日が登るのを見ながらアイギスさんに語りかけ続けました。
アイギスさんはやっぱり疲れてるのか上の空で返事もテキトーな感じなんですが。
私がまだ駆け出しの時代に〈妖精騎士〉に憧れてた事や、最初に本格的に組んだパーティーが壊滅しちゃた事とか。暗黒神殿と今まで殺り合ってきた事とか……
どうしてでしょうね。なぜか話したくなってしまって。こんな話しされてもアイギスさん困りますよね。遂には黙ってしまいました。
「…………」
「すいません。本当に昔憧れてたんで……騒いじゃって……アイギスさんも疲れてますし解散しましょうか」
「…………いや、わたしはもう少しここに居たい」
「あのアイギスさん……?」
「お別れとか寂しいんだよ……ね」
「あ……」
そうです。そうなんです。私、寂しかったんです。
言われて気づきました。そうだ。寂しかったんだ。
だって、もうお別れしなきゃいけないんですよね。
「わたしね、パーティーとかまともに組んだ事なくて……いつもずっと一人でやって来たから。気が許せる友達とか居なくてさ……だから……」
と、アイギスさんが俯いてしまいました。その横顔は悲しそうです。
「今日は本当に楽しくて……」
「……私も楽しかったです。アイギスさん」
どうしてでしょうね。お別れしなきゃならないのに……別にお別れしても転移魔法も使えるんですし合いに行こうと思えば行けなくもないんですよ。
「でもわたしじゃきっと駄目。すぐ頭に血が登るし、機嫌コロコロ変わるし、愛想良くできないし。気に入らない事はやらないし。我慢できない……で、すぐやらかすし」
「…………」
解ります。あの数々打ち立てた〈鮮血妖精〉伝説。
私、ちょっとしたマニアな感じでアイギスさんのこと知ってます。シル・ヴェスターに行ってからは余り音沙汰なかったですけど、偶に他の場所でもやらかしてましたね?
と、言う言葉を飲み込みます。私は大人です。
「だから……」
「そうですね。私も……」
戦鎚振るわなきゃ生きていけないんです。
冒険者止めても生きて行けますが、戦鎚は振るわないと生きてる実感がもう持てないんです。
……死ぬ覚悟はしてます。
私は意を決して口に出す事にしました。女の子に言わせるのは酷ですから。私も女の子ですよ! 二十歳超えても!
「でもお別れしなきゃ駄目ですね」
「うん。そうだね……」
アイギスさんと組んで冒険するのも有りかも知れません。ですが……私じゃ駄目な気がします。実力の差もあれば、生き方も違うでしょうし。
何より……私はおとぎ噺の住人ではなくなってしまった。アイギスさんは真っ直ぐ過ぎて……私には。
こう言うのジェネレーションギャップって言うんですかね。本当はアイギスさん好きなんですよ。私の乙女心が動くくらいには。あの天文学的なテレポート事故とか本当に運命感じました。
でも、良い思い出にしないと。
「アイギスさんとの思い出。綺麗にしまって置きます。私が何処かで野垂れ死んだらお墓に花でも供えてください」
「…………」
あ、アイギスさんの目から涙が。まずい。やってしまった。また会いましょうとか言ってもいつ死ぬか解らないので……つい。
「セレスティナさん……雰囲気読んでね……今、本当に……」
「すみません。場の雰囲気読めない子ってよく言われます」
「……でもそうだよね。いつかは死ぬんだよね」
「ええ、長命種ですけど、戦いに生きてる限りは死は身近ですね」
「また、会える?」
「もちろん。雪解けになったらシル・ヴェスターにお邪魔させて貰いますね」
そしてアイギスさんは涙を拭って立ち上がりました。そうです。やっぱり私の妖精騎士さんはそうでないと。私も立ち上がります。
「ではお別れ――」
「セレスティナさん……?」
うん? 何故でしょうね。視界がおかしいです。
涙出てますか? 私もお別れ辛いんですか……?
「すみません。すみません。すみません。すみません。すみません」
と、私は涙を拭いながら何度も謝ります。止めどなく出てくるんです。お別れしたくないと心は思ってても。感情は平静な筈なんですが。
「私、心に欠陥を抱えてるんです。ちょっとした病気で……」
お母さんにお腹の中に居た時にやられた後遺症ですね。とても人には言えないです。私、多分、色々普通の人とはおかしいんです。生命を奪ってもなんとも思わないとか。魔術師ギルドの専門家には感受性や認識に欠陥があるとか言われましたからね。
「別に我慢しなくても良いと思うよ。泣きたい時には泣けば……」
「泣きたい時じゃないんですよ。綺麗にお別れしたいんです。私が死んだ時に一緒に、居ればなんて思われたくな……」
「だろうと思った。わたしもそう思うから。わたし人の感情読めるんだ。でもセレスティナさんは恐怖の感情と楽しいって感情以外は鈍いんでしょ」
「解ってるじゃないですか」
「でも、感じてないんじゃないと思う……そんな人に会ったことある。……溜め込み過ぎるんだそう言う人って」
「私……泣きたかったんですか……?」
「多分……もう限界だったんだと思う。わたしの知ってる人も死んじゃった……セレスティナさんも相当無理してるよ……だから」
「だから?」
アイギスさんが私にいきなり抱きついて来ました。
えぇっ!? しかも私の胸元で泣いちゃうんですが。
「わたしセレスティナさんに死んで欲しくない。だって、そんなの自殺してるのと一緒じゃない!」
「あ、あのアイギスさん女の子の口調になってますよ」
「誤魔化さないで。じゃあ聞くけど何のために戦ってるの。言ってみてよ。ほら」
「…………」
戦鎚。という言葉を私はごくりと飲み込みました。
「どうせ戦う事が生き甲斐だ。とか思ってるでしょ。そんなの死ぬ為に生きてるようなものじゃない」
「せ、戦神の司祭なんですよ私……」
「理由づけすんな! 殺し合いでしか自分を表現できないとか、生の実感持てないとかそう言う人でしょ。そんな可愛い見た目して」
「すいません。表現の方は違いますが、生の実感は当たってます」
「わたしの前から居なくなったら絶対いつか死ぬ」
人は誰でも死にます。という意味ではないんですよね。大人になったのでもう言いません。昔はかなり空気が読めない子でした。
「じゃあ、じゃあ」
私は涙を流しながら問いかけずには要られませんでした。
「面倒見てやるよ。わたしがな」
「あ……」
掛けられて欲しかった言葉……なんで…すかね。
涙がぽろぽろ落ちて来て止まりません。決壊したようにもっと溢れてきます。
そしてアイギスさんが私を離すまいと抱きついてきます。鎧の装甲部分が当たって痛いです。
「すいません。自分では……解らないんです」
「わかってる。わかってる。わたしには痛いほど」
アイギスさんが泣いてくれます。
こんなのこんなの酷いじゃないですか。
もう、何もかも諦めてたんです。戦って死のうと決めてたんです。生きることの意味がなくなってしまって。最後に縋ったのが子供の頃に聴いた妖精騎士さんの話しでした。
「私……お世話になっても良い……ですか」
「一生でも付き合う。離れんな……」
嬉しいです。嬉しいって感情は残ってるんです。
昔、お母さんに褒められたくらい嬉しいです。
でも悲しいとか怒るとか余り解らないんです。
怖いのも生存本能的なものしか解らないんです。
楽しいことは多分わかります。もしかしたら解ってるだけかも知れません。
ああ、でも。
「私一つだけ解ることがあります」
「なに?」
「人を好きになるってことは」
「充分。それさえあれば生きて行ける」
私はこの時、この人と生きて行こうと決めました。
まるでプロポーズの言葉です。
女の子同士ですから成立するか分かりませんが。
やっぱり私の妖精騎士さんはおとぎ噺の登場人物でした。
だって――私の夢みた誰かを救ってくれる人だったんですから。




