第五話 妖精騎士アイギスさんと混血妖精の戦神司祭(1)
"鉄血聖女"。それが私、セレスティナに冒険者として付けられた二つ名だ。
由来は単純。
私が戦神に仕える司祭で戦鎚を振り降ろして血の雨を降らすから。
今日も今日とて、私は悪党の住処に殴り込んでいた。
「ひぃ。お願いだ! 殺さないで」
生命乞いしていた悪党の頭蓋が私の戦鎚によって粉砕される。考える必要もない流れ作業。これも戦えぬ者に慈悲を与える戦神バーラウの教えに叶うというもの。
まぁ、私はそれ程、敬虔な信徒という訳ではないんですけどね。
人生の出来事全て、汎ゆる場面での戦いの教義が戦神の教え。只単に戦いを求める狂人の類の私は戦神の御心に叶うのかどうか……
「くっ、おのれ。鉄血聖女めっ! 我々に手を出して只で済むと思うのか!」
「はいはい。そういうの覚悟済みですから。貴族がバックに居るんですよね。それがどうかしましたか?」
「こ、小娘が粋がるなよ」
まぁ、私の見た目はせいぜい齢15、6の小娘程度。混血妖精とハイエルフの間に生まれた人間の血が1/4入ったクォーター。実年齢も21なので大人と言うには若輩者です。
追い込まれた首領の男が、仲間を呼び出す。奥の部屋から現れたのは刀を持ったサムライ風の男。
おっと大物来ましたね。
「〈千人斬り〉のザージルだ。テメェも聞いたことくらいはあるだろう」
「お名前だけは。また安直な二つ名ですよね」
確か何処かの戦場で本当に千人斬ったとか。"練達"級の冒険者は一騎当千と云われてますが、正にそれをやって見せたと有名ですね。冒険者ではなく傭兵ですが。
「本当に小娘だな。コイツを殺れってか」
「ああ、そいつを殺れば金貨千は支払う。抜かるなよ。他からも賞金も貰えるぜ」
そして千人斬りのザージルが進み出る。
私は両手持ちの戦鎚を構えて身構えた。
「先手をどうぞ。それとも先に仕掛けて貰いたいですか?」
「なかなか剛毅な嬢ちゃんだ。居合の達人って訳ではないんでな。――殺らせてもらう」
と、瞬足と言っていい速さでザージルが迫る。動きながら居合斬りされるような速さ。
これは常人なら首が簡単に落ちます。
ただ、
……私の戦鎚が振り降ろされる方が圧倒的に速いのですが。
私の戦鎚に粉砕される千人斬りザージルの頭蓋。
戦鎚のスピードが早すぎて、破裂したように中身が飛び散る。
「「…………」」
この場にいた人たちは呆気に取られるようにボケっとしてました。まぁ、実力に差がありましたか。
私も"練達"級の冒険者ですが、司祭も兼ねてるので戦士としては二流とよく思われるんですよね。
華奢な身体で戦鎚振るえるのも戦神の加護を魔法で得てるとか。
すみません。能力上昇の魔法とか掛けてません。素です。父親がハイエルフなせいか馬鹿みたいに身体能力高いんです。
「そ、そんなザージルが……」
「では、残り皆さんの番ですね。あ、――〈魔法施錠〉。はい。これで逃げられません。じゃあ戦神の教え通り戦いましょうか」
奥の部屋の出入り口を魔法で封鎖。残る出入り口は私の背後のみ。
その場にいた悪党どもは狼狽えていましたが私は特に何の感情も湧かず、いつのもの流れ作業です。
後は攫われた娘さんやら子供やらの救出作業。
正直、こちらの方が大変なんですよね。場合によっては結構、無惨な状況になってたりしますし。流石に一人だけでは対処できないので結局、冒険者ギルドや衛兵を頼るんですが。
ああ、でもそろそろやり過ぎて不味い頃合いかも知れません。神殿に帰るのが億劫です……
†
…………神殿に帰るとやっぱり、神殿長の堪忍袋の尾がブチ切れてました。
神殿長の説教兼怒声を拝聴しましたが、どうやら出禁食らう感じですね、これは。
神殿長と言っても光の神々の五大神を纏めて奉じたこの街の神殿の代表というだけで、懲罰を与えるとか神殿組織から追放とかはできません。
私が、神殿長が仕える光神ラディアスの司祭とかなら対応別なんでしょうけど……
戦神の神殿の方々だとそれも戦いなり、と肯定する人と、世俗に配慮して少しは説教が飛んでくるくらいです。戦闘狂には温いです戦神神殿。
で、私は早速、旅支度。そして、出発。
この街の有力者の貴族がバックに居た商会に殴り込んだので河岸を変えないと、もっと面倒な事になりそうなので自主追放です。さっさと逃げます。
流石に裏稼業落ちするのは避けたいです……
戦闘狂という自覚はありますが、別段、常識とかがない訳じゃないんです。本当ですよ?
あの有名な〈鮮血妖精〉ほどじゃありませんってば。
何せお隣の国の帝国で散々やらかした挙句、皇帝の血筋入った有力貴族ブチ殺して全帝国中に指名手配されたキレっキレっの妖精人なんですから。
この国、ヴェルスタム王国が神聖ベイグラム帝国と犬猿の仲なので逃げこんで来たみたいですけど、この国でもやらかしてますからね。
帝国嫌いが激しいこの国で〈鮮血妖精〉を殺るなり捕らえて処刑なりすると、帝国に媚売るのかと批判出ちゃうので国も放置してるとか専らの噂です。
まぁ、色々理由はある訳ですが……
おそらく、めちゃくちゃ強過ぎるので放置してるのが真相じゃないかな。私でこれだけ強いと、多分、純血のハイエルフの〈鮮血妖精〉だとそれは恐ろしい強さに……
「ああ、でもあの人。確かまだこの国に居るって聞いたな……」
夜空を見ながら私はぽつりと呟きました。
会いに行くのも悪くはないかも知れません。
強い奴に会いに行く。と言う訳ではないのですが、結局、私もこの国でやらかしまくってるのでそろそろ行き場がなくなってきてますし。
確か、北辺のシル・ヴェスター伯領ですか。前に居るって聞いた場所は。
信じられない事にまだ冒険者してるって聞いてますしね。
私の憧れの人。と言う訳ではないのですが、まだ駆け出しの頃は同じ妖精人なので憧憬のような物を抱いてた時期もあります。例の皇統貴族殺害事件で夢から覚めましたが。
(どう考えても狂人ですね。本当にありがとうございました)
「では、昔の思い出に決着つけに行きますか……」
……大人になると汚いことも何もかも解ってきます。どんなに強くて悪党を粉砕し続けても、犯罪はなくならないし、被害者が泣きを見る。
昔の私は自分の強さを過信してた。少しは世のため人の為になるかと。
……でも結局、他の悪党を倒せば、また別の悪党が出てくるだけと解ってしまった。
まぁ、段々それが解ってきて、人助けするのも只の口実になってしまって戦鎚振るうのが楽しみなだけの……
今では惰性で生きる立派な戦闘狂が出来上がり。……夢敗れたって心境ですね。
「でも〈鮮血妖精〉さんはどうなのかな。何のために冒険者やってるんだろ」
私はかつて夢みた〈鮮血妖精〉に会いに行く事にした。悪い噂の中に埋もれながらも、〈妖精騎士〉と吟遊詩人に讃えられた、あの人の元へ。
かつて雪国の国と云われたシル・ヴェスターへと。




