第四話 妖精騎士アイギスさんの黒龍退治と騒動の後始末(8)
ネタバレ重要回。他の回を読んでない人は戻る推奨。
そして、私、ジール・ジェラルダインは聖魔帝国に戻り、早速、魔女王の執務室へ。
出迎えたのは主なき執務机に置かれた書類の山だ。
魔女王も国政に忙しない。片付ける国内外の問題が目の前の書類と同様、山積みだ。
「いくら基幹技術は既に保有していたとはいえ近代国家を18年で作り上げれば問題が噴出するだろうな」
天使と悪魔の軍勢と言ってもその人数は10万には届かない。対して現在の聖魔帝国の国民は1800万を超える。単純計算、元の総数が少ないのに人口が毎年100万人増えるという訳わからん国だ。
まぁ、近隣諸国を併合、植民地化した国の人口も計算に入るのだが……
経済成長に併せて移民が増加、奴隷解放の為に奴隷を買い集めて国民化させる政策も引き続き維持している為、増加速度が年100万人を超える日も近い。
「……ジェラルダイン様。お待たせして申し訳ありません」
ふと、気付くと魔女王の頼れる右腕、聖魔帝国外交の一切を取り仕切るルインから声を掛けられた。
この私の腰元くらいの背丈の祖小人妖精。そして、魔女王の二人が聖魔帝国の舵取り役だ。
「なに、少し感慨に耽っていたので構わんよ」
「神祖の妖精王の件で何か御懸念でも?」
「いや、この書類の山を見てるとな……まさか聖魔帝国がただ単に、国内の人口増加に対処する為に経済侵略を画策してるなどと誰が思うのか、とな」
ルインは秀麗の顔に笑みを浮かべる。
「得てして凡夫では理解できないのでしょう。単純な答えこそが実は真実であると。目の前の現実に理由を求めすぎるのはよくある話です」
「……実際には、ただ単に国民を食わせて行くために他国への干渉を行っているに過ぎんのにな」
ま、大概の国はそういうものだ。むしろ、余計な理念や崇高な目的の為に国家の運営を行うなど碌でもない。国力増加にも寄与しない無意味な政策の為に経済力を費やし、国家を衰退させるなど本末転倒も甚だしい。
「……さて、では仕事に戻るか――」
私は魔女王の執務机の椅子に座るために回り込みながら自身の姿を変える。
黒ローブを着た闇妖精の暗黒騎士から――
紅いドレスを着た悪魔の女王にして聖魔帝国の"執政"麗しき美女の魔女王の姿に。
……わざわざ姿を変えたのは国政仕事モードに意識を切り替える為だ。でなければ私も山積みになった書類に取り掛かろうというやる気が出ない。
が、その前に片付けねばならない仕事があるが。
「では、まず神祖の妖精王の件だな」
「はい」
「まず結論から先に言えば様子見だ。現状では敵に回るとは言い難い」
「マスティマ様から報告は承っております。子供にしか思えなかった、と」
「ああ、そうだ。むしろそれが問題でな……明らかに以前の奴――つまり前の世界での、私が知る神祖の妖精王とは性格が違いすぎる」
"前の世界"と表現したのはルイン達NPC達は、自分たちが元はゲームのキャラクターだと知らないのでそう表現したまで。
そして、私はそのゲームのプレイヤーでゲーム世界でアイギスと出会っている。20年以上前の話なのでうろ覚えだったが。
「まさか、陛下の知る人物とは……しかし性格が違うとは……別人だったと?」
「それが断定できない。前の世界の奴も子供なのは確かだったが……どちらかと言えば小生意気な小娘という印象だったな……」
……思い出すのは奴がゲーム中でも名うてのプレイヤーで腕前が悪くなかったいう事だ。盾役としては私の知る限り凄腕十人の内の一人に入る。
何度かレイドボス戦で共闘や大規模プレイヤーバトル戦で戦ったが私でも手強い奴だと認識していた。
ちなみに私の腕前はまぁそこそこだな。
「何度か私の知り合いに愚痴を聞かされた物だ。腕前は良いんだが我が儘らしくてな。実際、私も奴が仲間内と揉めてるのを何度か聞いたことがある」
「ジェラルダイン様の知古と……しかし同一人物ではない。とお考えなのですね?」
「そうだ。最初に会った時は奴かと思ったんだが……外見も装備も同じだ。少し生意気な所は似ている……のだが」
あれほど、物分りの良い奴ではなかった。ちょっとした出来事でも不満を噴出させて毎度パーティーメンバーを困らせていたな。私の印象では欲求不満の子供のそれだ。
「だが、神祖の妖精王と実際に行動してみればまるで当時の印象と違う。まだ無垢で何も知らない子供……」
冒険者としてそれなりの経験は積んでいるようだが、兎角、未熟さが目に付く。実戦の戦闘も黒龍の初戦で実力を見せて貰ったが、頭に血が昇りやすいのか戦い方が雑だ。
前の世界の経験があるならもう少しやりようがあるように思える。冷静さを欠いていたにしても。
殺しに思いっきりの良さがあるのは評価できるが。
覚悟がある。私好みだな。
「……ただ、最初は知らないふりをしてるかと疑ったが……奴の記憶には私はいないらしい。一度死んで記憶がリセットされたか? この世界の人間では偶に蘇生時に起こる現象らしいが」
「やはり太古の時代に召喚されたという話が事実でしょうか……NPCに裏切られた、と」
「そう考えるのは、まだ早計かも知れん。可能性は考慮できるが、欺瞞工作の可能性も捨てきれん。私の目が節穴という可能性もある」
「御冗談を。陛下の目を欺けるなら、誰が見破れましょうか」
「あまり持ち上げるな」
偶にルインが私を持ち上げてくるが冗談だ。長い付き合いなので、ただのご機嫌取りだと解る。阿吽の呼吸という奴だ。
「ただ、気になる符号はある……神祖の妖精王が冒険者として活動しだした時期……8年前か。何か思い当たる節がないかルイン?」
「……魔教皇ヴェルサリウス・ノウス。……かつての暗黒神殿の最高指導者と関係があるとお考えに?」
「そうだ。8年前この首都に"対神兵器"と一緒に攻め込んで来て敗れたあいつが、だ。強いてあげるなら奴がやりそうだなと思ってな太古の魔導文明の生き残り……神祖の妖精王がかつて召喚された時期には奴は居た筈だしな」
「置き土産とお考えになられますか……」
「……暗黒神殿関係は調べて置いた方が良かろう。こいつは私の勘だが」
仮に、むかしアイギスが召喚されていて今、活動を再開しているのなら"何か"があったと考えるのが妥当だ。私にはかつて手を結びながら結局、破局した全世界の嫌われ者のテロリストが絡んでると読む。
まぁ、奴ならやりかねん。
世界に争いをばら撒き、"神"に対抗する真の強者を求めたという狂った男ならば。
「然し、そうなると神祖の妖精王の件、具体的には今後如何いたしましょう」
「……そうだな。奴に関しては私が直接面倒を見よう。言い忘れていたがロルムンドには既に話を通してある」
「御意に。些細はグリュプス上級評議員と打ち合わせれば宜しいのですね」
「私が面倒を見るのに反対はせぬのだな?」
「否応はありません。陛下が仰る以上は最善です。私や配下の者たちでは見極めができぬでしょう」
昔だったら普通に止めて来たのだがな……関係が長くなると私の性格を理解して納得されてしまう。
手間が省けるので構わないが、これはこれで信頼されているのかと疑問符が浮かぶな。我が儘な話だが。
「結構。せいぜいグリュプスには誠意を見せてやれ。神祖の妖精王に手をだせば只では済まないと思わせるくらいにはな」
「敢えて、こちらから譲歩して裏切った際の危険性を知らしめるのですね。承知いたしました」
これでジェラルダインの株を上げておく。ちょっとした詐欺だな。どのみちグリュプスにはロルムンドの実権を握り続けておいて欲しいからな。いくらでも応援できる。奴は話しが解る男だからな。
そして、ここからが神祖の妖精王の件で最重要になる。私は小声で喋りだした。
「さて、では本題にいくか……」
「天使王聖下はまだ気づいておりません」
「結構。神祖の妖精王……長ったらしいのでアイギスと呼ぶが、箝口令の状況は」
「可能な限りは」
「話した通りだが天使王はアイギスを知っている。判るな」
「……はい。事の重大さを理解しております。早速根回しに入ります」
コソコソと喋っているのは大っぴらには命令できない話だからだ。この国の君主は天使王。しかも形式上は絶対王政だ。
事実上は私――魔女王が国政を握っているが天使王にも誰も逆らえない権限がある。しかも私の配下のNPC――悪魔含めて天使王の命令は絶対のものとして聞いてしまう。
……殆どの主要な配下のNPCは私のNPC含めて天使王が育てたので懐いてしまっているのだ。
依って、天使王に秘密にしたければ根回しするしかない。
「天使王は以前のアイギスを知っている。交友関係があったかは私には分からんが、"今"のアイギスと合わせるには危険が大きい」
「……時期尚早。という事ですね。他に説得の材料があればマンセマット様には」
「いや、待て――こう言う時に来るのか……」
私は微かに聴こえる執務室に続く廊下からの音に気づいた。配下の者たちで私を畏れ敬わない者はいない。当然、ドタバタと私の執務室の前で思いっきり走りこんで来る奴もいない……一人を除いて。
「ひゃぁぁぁぁぁああああああ〜〜」
と、子供の声で奇声をあげながら走り込む奴もだ。
そして勢いよく開けられる執務室の扉。
現れたのは金髪碧眼の永遠の3歳児だ。
見た目は赤ん坊を二足歩行させて髪を少し伸ばして天然パーマかければ出来上がりそうな奴。
強いてあげれば、幼女という存在に似ているな。
似て非なる物だ。本人は幼女と自称しているが。
「これは天使王聖下、ご機嫌麗しゅう」
と、ルインが何事もなかったように礼をして挨拶する。
「ひゃぁぁぁジェラルダイン!」
と、ルインの挨拶をテンション爆上がりで気づかず、天使王が満面の笑みで私の執務机の前にやってくる。
そして空間収納から取り出したデカい本をバンっと叩き付けるように置く。書類の山がバサッと崩れた。
「アリーシャ……これは」
「ジェラルダイン……遂に新たな漫画雑誌を発刊できた」
魔女王たる私が「月刊グラグラ」と聖魔国共通語で
タイトルされた雑誌に眼を向ける。
「ん〜このアリーシャと育て上げた漫画家さんたちの結晶を見てほしくて。刷りたてを持ってきた」
「そうか……だが、アリーシャ。今、見ての通り仕事中でな。息抜きに読ませて貰おう」
「ひゃぁぁぁ! 感想待ってる。お仕事頑張って〜」
と、ここで急に真顔になり。
「聖魔帝国の未来はジェラルダインに掛かっている。後、ルインお仕事ご苦労」
「はっ。アリーシャ様にお声掛けしていただけるとは光栄の至りです」
「良い……全てはこの天使王たるアリーシャちゃんの為よ……。これを遣わす良きにはからうのだ」
と、ルインにも同じ本を渡す。
「有り難き幸せでございますアリーシャさま」
「ひゃぁぁぁしやああああ!」
そして天使王はまたテンション爆上がりで奇声を上げて去っていった。いつもの事だ。何もおかしくはない。
「陛下と聖下の仲の睦まじさを見られて僥倖です。ジェラルダインさま」
私はルインを見る。長年の付き合いから目の前の小人が本気で言っているのを私は知っている。
正気か? と最初の頃は何度も疑ったのだが……NPCたちにすればこれが普通。魔女王と天使王が手を結びしかも結婚までしている訳だ。
ちなみにゲームの世界の話だ。
私は幼女と結婚するなどトチ狂ってはいない。
しかしNPC達はそう思ってるのでこの状況で今までやって来ているのだ。下手な事を言えば無用な混乱が起こるだけだ。
よって私も平然と対処する。もはやいつもの事だ。
「それは良かったなルイン……。悪いが秘書を後で呼んでくれ。飛んだ書類を片付けさせたい。話しがなければもう下がって良いが……何かあるか?」
「いえ、では早急にことに対処したいと思います。では、陛下。これにて」
と、大事そうに雑誌を抱えたルインが退室した。
私は代わりにやって来た女淫魔の秘書を(制服は着させてある)意識から外し、暫し考えに耽る。
さて、問題はアイギスだな。正直な所、殺してしまうのがもっとも無難で手っ取り早い。
不安要素は芽のうちに早く摘みとるのが正解だ。
幸い奴は現状、記憶を失っているのか能力は高くても戦闘経験が足りない状況だ。
実は全て演技だった。と欺かれるているという事がなければ"今"やるのが最善……
「と、思っていたが……私も甘いものだな」
少しばかり懐かしいと思ってしまったな。
どうやらアリーシャと一緒で懐かれるのには弱いらしい。子供だと思ってつい余計な口出しもやってしまったな。
まぁ、殺ってしまうのは後でもできる。
奴が本当に前のアイギスと違うか見定めつつ、利用する方法を考えるか。味方にできるなら戦力としては悪くない。アリーシャと気が合うかどうかが最大の問題だな。
いや、それよりも奴を籠絡する方法だな。
私でなんとか手懐けられるか?
色仕掛け、却下。子供過ぎる。そもそも私は元男なので女性同士の機微などさっぱりわからん。
奴の奇行はアリーシャで耐性がついてるから特に問題がないが……
女の子の微妙な心理など判らんからな。どう籠絡する?
アリーシャは別生物だから全く参考にならん。
「思い出した。よく"前"のアイギスも私に突っ掛かってきたな」
"ジェラルダイン! 見てなさいよね。今度こそギャフンと言わせてやる"
"ギッタンギッタンにしてやるわ!"
"覚えてなさいよね。ジェラルダイン!"
自然と笑みを浮かべる。遠い懐かしい記憶だ。
「フっ……良くもまぁ覚えていたものだな。……強かったからな。私は嫌いじゃなかったよ。…………もう一度挑まれるのも悪くはないか……」
元通りになった書類の山に眼を向け現実に引き戻される。全ては郷愁の彼方。時間は戻らない。
最悪、戦うも良しか。
結局、全てはこの仕事の山を片付けてからだった。