第四話 妖精騎士アイギスさんの黒龍退治と騒動の後始末(7)
私、ジール・ジェラルダインはこの世界の魔法の最高学府にして"人類守護の最後の砦"、魔法都市国家ロルムンドに到着した。
聖魔帝国の戦艦で途中までやって来たが、用向きを伝えると特に何事もなく艦載の飛空艇で空港に到着。
出迎えたロルムンド側の士官に案内され、最高評議会がある魔導府まで浮遊車でご案内、と云う流れだ。
ちなみに街並みは近代国家というよりは中世的な景観で、古い歴史のある都市とさほど変わるものではない。ただ、浮遊車があるように近代的な魔法技術品も最近見かけるようになった。
以前は馬車のような前時代的なものをわざわざ使っていたが、聖魔帝国が無闇矢鱈に文明の利器を輸出し始めたのでロルムンドの魔法技術最高峰という権威に亀裂が生じ始めたからだ。
我々もこれぐらいの技術は持ってると誇示しなければ示しがつかんのだろうな。
人間が便利で必要と思う文明の利器は、何も魔法技術が無ければ作り出せない物ではないという事実は後進国に取ってカルチャーショックだったらしい。しかも、生産性で言えば化学技術の方に一日の長があるとなればロルムンドを見る目が変わってきている。
例えば車を製造するにしても魔法技術では生産過程にも魔術師が必要な割合が多いが、化学技術では工場でもっとも必要なのは単純作業の労働者だ。
わざわざ十年、二十年で一人前になる魔術師を育てる必要がない。
つまり手っ取り早く近代化を成し遂げようと思えば化学技術主体の方が圧倒的に有利なのだ。
更に聖魔帝国は化学技術のみで作り出した核兵器すら周辺諸国の要人を招いてデモンストレーションしてみせた。当然、銃火器、戦車、海上に浮かべる近代戦艦などの純粋な化学技術製品も。
その結果はそれまで世界条約での魔法技術の拡散防止によって魔法技術を独占していたロルムンドへの反感へと繋がった。
今までは"人類守護の最後の砦"と言われるロルムンドが居なければ、国家の滅亡危機に繋がるような災害に自力では対応できないと思っていた後進国連中が、それが自力で対処可能になる可能性を認識した事でロルムンドへの反発を強めた形だ。
と、同時に文明復興を掲げる聖魔帝国への友好関係の樹立に躍起になり始めている。
聖魔帝国が天使と悪魔の国だという文化的な忌避感は、自国の安全保障や経済的な凋落と引き換えにはできないと権力者連中が本気で考え始めた訳だ。
そして今から会う男は聖魔帝国が生み出したこの世界の潮流に対抗して、ロルムンドの国家改革を推し進める進歩派の主要人物だった。
†
さて、私は最高評議員会のメンバーであるグリュプス上級評議員の執務室の前まで辿り付いた訳だが、まず怒声を持って迎えられた。ちなみに怒られたのは私ではない。
「ホムンクルス兵に聖銀装備の武装など予算がいくらあっても足らんぞ!」
「しかし、議員。ホムンクルスの強化兵と言えど装備も無しでは銃火器に対抗できません。せめて装甲歩兵化の為の武装を許可して頂けませんと」
「装甲歩兵化させた所で火力が増えるという訳ではあるまい。生存性を上げるより、生産性を上げろ。どのみちこんな予算申請が通るか!」
と、微かに書類が投げ捨てられる音。
私が隣に居た案内役の士官に視線を転じるとバツが悪そうな顔をしていた。
そして、執務室の扉から研究者肌といった風貌の奴が出てくる。軍人ではないと一目で判る奴だ。
「こ、これは失礼」
「なに構わんよ。恐らくだが私にも責任がある話だろうからな」
と、隣に居た案内役の士官が割り込んで来た。
「申し訳ありませんが会話はお控え下さい。ジール卿。軍事機密に関わる事ですので」
そして目配せして研究者肌の男を遠ざける。
私の扱いは客人だが毎回、歓迎されない。まぁ、いつも押し掛けて相手の都合を考えないのだから当然かも知れんが。
そして私は勝手知ったる執務室に入り、デスクの前で不機嫌面を抱えたグリュプス上級評議員と対面した。眼光の鋭さと精悍さでまさしく軍の将官と言われても納得する佇まいをしている男だ。
ちなみに、この国の軍事組織の事実上のトップだ。
「……ジェラルダインか」
「元気そうで何よりだなグリュプス」
「元気な物か、何処ぞの傭兵部隊と誰かに殺られたホムンクルス兵のおかげで始末に困る」
いきなり序盤に愚痴を言ってくるとは珍しい。普段はもう少し駆け引きをする男だが。
「傭兵部隊については、私をハーヴェイが襲ってきた事でチャラだな」
「因果関係を考えてから取り引きすべきだな、ジェラルダイン」
「どのみちロルムンドは預り知らぬ、ハーヴェイの独断だ。では、その件について釈明して貰いたいな。飛空艇襲撃については別口として」
「…………相変わらず痛い所を突くな」
やはりハーヴェイの独断に関しては握り潰したな。
ハーヴェイの身分は監察官に過ぎない。兵権など無いはずなのに勝手に軍兵を動かしては問題にならない筈がない。他の議員に知られたら確実に追及されるからな。
「では、用向きの話は終わりだ。と言いたいが少しばかり相談がある……人払いして欲しいな」
今度は私が視線を案内役の士官に向けた。グリュプスが応じて、手首で払う動作をして士官を追い払った。
「……それでジェラルダイン。相談を聞こうか」
「念の為、聞き耳立ててる奴がいないか魔法防御も行え。会話がまる聞こえでは安心できん」
グリュプスが室内に仕込まれた対諜報結界を作動させる。触媒を使用するので、ちょっとした会話くらいでは使えない、最高級の魔法防御だ。
「これで良いだろう。……当然、神祖の妖精王の件なんだろうな。ジェラルダイン」
「単刀直入か……その様子だと余程対応に困ってるらしいな。緊急の最高評議会で揉めたか?」
「…………聖ロクス教国に情報を売ろうかという奴まで現れる始末だ」
「"人類守護の最後の砦"が聞いて呆れる話しだな」
ロルムンドの各国利害関係の調停役、という立場をかなぐり捨てるような発言だ。
グリュプスが苛立つのも判るというもの、そんな奴が最高評議会のメンバーだ。
「自分達で対応できないから、この際、聖魔帝国と教国を争わせて漁夫の利を得ようなどと浅ましいにも程がある。火遊びが大火になる事をまるで考えん」
「そこまで追い詰められているという認識だけは買うがな」
「責任を放棄して、成り行き任せにしてどうなる。……それで、私としては連中に飲ませる妙薬が欲しい所だが」
「では頭痛の種を一つ取り除いてやろう。まず神祖の妖精王の件では、聖魔帝国は当面の間、様子見になる。手を出さなければ厄災になる事はない」
「理由は?」
「ハーヴェイから話しは聞いてるだろ。当該人物は良くて血縁。神祖の妖精王本人ではない、と本人が言っていたな」
グリュプスが私を訝しげに眺める。
「……信じられん話だな。特に魔女王が何故動かないと断言できる?」
「当該人物が神祖の妖精王本人だからだ。しかし、厄介な事に奴自身にはその自覚がない。これでは魔女王としても簡単には手をだせん」
いきなりブっ込まれる信じ難い真実。グリュプスも容易には信じられまい。私の発言がどういう意味を持つか明晰な頭脳で考慮しているな。
「……ジェラルダイン。まずその人物が本人だとする根拠は?」
「耄碌したとは言えアーパ・アーバ翁が見間違える筈があるまい。何より因果律を歪めるぐらいの存在だ。貴様らの定義付けでは神話的存在という奴だな」
「…………」
もはや一国の指導者と言っても過言ではないグリュプスも押し黙った。件の人物で今回の件では最重要人物だ。既に集めれるだけの情報は集めて報告は貰ってるだろう。
「冒険者を……やってる、と聞いてるが」
「ああ、そうだ。手っ取り早く稼ぐには最適の仕事だな。色々やらかしているようだが」
「神と云われる存在が……いや、記憶がないのか?」
「おそらくは。……物を知らないし子供すぎる。記憶になんらかの障害を抱えている、もしくはこちらの世界での記憶がないのかも知れん」
「…………ジェラルダイン。頭痛の種が増えているぞ」
苦しげに内心を吐露するグリュプス上級評議員。ただでさえ信じ難いのに、更にそんな奴が冒険者稼業でやらかしまくっているのだ。
真実だとすれば、これほど厄介な事はない。
何かの拍子に国ひとつ滅ぼしそうだしな。
グリュプスは何かの冗談だと思いたいかも知れないが私はグリュプスにあまり嘘を付いた事はない。なまじ優秀な男なので、下手な虚言は見破られるし、私としても関係の悪化は避けたい相手だからだ。それなりに信用を稼いでいるという自負もある。
よって、グリュプスは取り敢えずは信じるしかない。
「取り敢えずはここまでは魔女王に報告だ。そしてここからが相談事だが……神祖の妖精王に接触は控えて貰いたい。というよりするな」
「お前の情報が事実かどうか確かめる必要はある。接触しない訳にいくか」
「では、その神祖の妖精王からの伝言だ。『手をだしたらブチ殺すぞ』以上だ」
グリュプスが私の顔を見ながら眉間の皺を狭くする。
「我々を謀ったかジェラルダイン?」
「まさか、ハーヴェイの頑張り過ぎだな」
交渉材料その一。既に一戦やらかしてるので敵として見做されている。相手は仮にも神話的存在だ。ロルムンドでさえ場合によっては国家存亡に関わる。
「魔女王に良いようにされるのは看過できん。釈明するなりやりようはある筈だ」
「そこで本題だ。今後、奴を調べるなり保護観察する必要は出てくる。私が魔女王に申し出て請け負おう。そちらが欲しい情報はある程度流してやらんでもないが?」
「その情報は魔女王に都合の悪い部分は取り除かれてるのだろう? 話にならん」
私が魔女王の手先なのはグリュプスにはバレている。上級評議員とのこの会談も言ってみれば非公式な外交交渉だ。私が冒険者の立場を利用して、聖魔帝国との仲介役になっているようなものだ。
ただ、私は外交官と違い勝手に話を纏めて相手に持って行く所に違いがある。自分の都合の良いようにな。
「……止むを得ん。使いたくはない手だが……黒龍グランヴァンは死んだぞ」
「……それとロルムンドにどういう関係がある」
「不味い話になる。という認識はあるか?」
「殺したのが例え神祖の妖精王だとしてもロルムンドの失点にはならないぞ。ハーヴェイが情報を洩らした程度ではな」
「黒龍グランヴァンが神祖の妖精王に殺された。確かにこいつだけなら問題にはならないかも知れないな。なら、問題にさせるだけだ」
「どうやって?」
「その様子だとハーヴェイが襲撃の時に黒龍を呼んだ事までは知らないな?」
「…………」
ハーヴェイはグランヴァンが死ぬとは思っていなかったようだな。グランヴァンは"太古"級の真龍。いくら私でも倒せるとまでは計算出来なかったらしい。こういう時に普段、自分の実力を隠していると生きて来る。
しかも、流石に独断先行が過ぎて黒龍まで呼んだとは報告できなかったか。好都合だ。
「奴の頑張り過ぎだ。死んだ原因の半分は妖精人の国から派遣されていた監察官ハーヴェイだぞ。言わばグランヴァンと共犯だ、しかも奴は途中で逃げた卑怯者だ。龍どもも利用されたとなれば看過できん。矜持に傷が付くからな」
「ハーヴェイめ。余計な事を……」
「事が露呈すればロルムンドの責任が追及されそうだな。それに妖精人の王、森陽王もただでは済むまい。暗殺を謀ったなど陰謀論者が喜びそうな話にもできるぞ」
交渉材料その二。
死んだ黒龍グランヴァンの立場を最大限利用する。世界条約会議の黒龍側の列席メンバーがロルムンドの陰謀(しかも妖精族も絡む)で殺られたとなれば黒龍側も黙ってはいまい。まぁ事実を元に吹き込むのだが。
尚、殺された事自体は問題にならない。
殺し合いの結果であってただ単にグランヴァンが弱かったというだけだ。龍側の常識ではそうなる。
これを脅し(交渉)の材料とする。
「……神祖の妖精王の存在を世界に明るみに出す気か。魔女王がそんな事を許すのか」
「むしろ魔女王ならやりかねないと思わんか? 既にロルムンドには神祖の妖精王の存在がバレている、所在もだ。そちらが馬鹿騒ぎして神祖の妖精王がキレてみろ。どのみち存在が明るみに出る」
「……クソっ。そうか、謀ったなジェラルダイン!」
グリュプスが今までの話しの流れから事の次第を推測して私が黒龍を敢えて殺させた事に気づいたな。そして、これがわざわざアイギスが神祖の妖精王だと教えてやった理由だ。
あの間抜けな黒龍のおかげでロルムンドを封じる良い交渉材料になる。
まさか、落とした時に這い出せなくなった時はどうしようかと思ったが……アイギスが殺してくれないと利用価値が半減する。
ちなみにここまでの流れを最初から組み立てていた訳ではない。せいぜい黒龍はアイギスに殺らせておけば利用できるな、と直感で判断したくらいだ。
「さて、どうするグリュプス? ここで話しに乗らないというのであれば私はここまでの話しを魔女王陛下に進言する。まぁどうなるかはお察しだな」
「ジェラルダイン、貴様……。神祖の妖精王が本人だと確証があるんだな。でなければ魔女王もそこまでの手を打たない。虚言で誑かせる相手ではない筈だ」
「肝心の神祖の妖精王が本物でなければ、意味がないな」
事実無根では国際問題にはできないし、そもそも嘘だとバレたら問題が収束してしまう。(但しハーヴェイが卑怯者だという事実は消えない)それに神祖の妖精王の接触まで独占する理由にはならんだろう。つまり真実味がある話になる。失敗したら魔女王に殺されかねんしな。
「……あらためて返答を聞きたいなグリュプス上級評議員。これから魔女王に今回の件、上奏せねばならん。私としては手土産が欲しいのでな」
「軽々しく判断はできん」
「判断して貰おう。ロクス教国の連中が動きだすのも時間の問題だろう。隠蔽工作するにしても早い方が良い。聖魔帝国とお互い足の引っ張り合いしていては、できるものもできなくなるぞ。手を組んだ方がマシだと思えるが……魔女王もロルムンドがそこまで申し出てくるなら無碍にはすまい」
さて、カードを切って、賽は投げた。後はグリュプスがこの状況を覆す手札をもっていない事を祈るだけだ。交渉事では追い込まれたふりして平然と覆すとか良くあるからな。私も偶にやるから安心できん。
「――ちっ。…………良かろう。だが、私の一存だけだ。他の連中には漏らせんぞ」
「充分だ。むしろ、ロクス教国に情報を漏らす輩がいる最高評議会など信用できん」
軍事、諜報組織を束ねるグリュプスを抑えればロルムンドを抑えたも同然だ。
ミッションコンプリートしたぞ。アイギス。
お前風に言うなら、私を褒めろ。
そして、去りぎわにグリュプスから質問が飛んできた。
「それで神祖の妖精王はどんな人物だ。貴様が直接面倒を見るなどと言い出す程か」
「まぁ、見込みはあるな。面倒を見て良いと思う程度には」
そして、グリュプスはこの私の言葉に納得したのかしてないのか、言いようのない顔をした。
「幸先が思いやられるな……まぁいい任せる。面倒事だけは起こしてくれるなよ。起こすならせめて先に言え」
私は両手を上げて応えた。
流石の私も返答しかねる。
「善処はするが全知全能の身ではないのでな。まぁ任せておけ悪いようにはせん。当面の間は、だがな」




