第四話 妖精騎士アイギスさんの黒龍退治と騒動の後始末(3)
そして《特異点爆発》(ブラックホール・バースト)が発動する――
わたしは黒龍グランヴァンの台詞を無視して突貫。最速で奴の喉元目掛けて突っ込んだ。
一撃だ。一撃で仕留める。確実に魔法を発動させなければ神話級魔法は発動を停止する。まだコンマ何秒の猶予があるのだ。
技能も全力で使えるだけ使用。
〈爆進〉〈超加速〉〈虚数域走破〉〈次元短縮〉〈自己時間促進〉〈妖精の大道〉〈妖精の一撃〉〈妖精――
わたしは技能〈幻想妖精〉発動時の光速に迫る速さでグランヴァンの喉元に辿りついた。
奴が、「時間切れだ」なとど言ってる台詞が終わるまでにその首切り落とす!
そしてわたし妖精騎士アイギスの全力の一撃を叩き込もうとした――その時。
黒龍グランヴァンの姿が掻き消える。わたしの一撃は虚しく空を切った。
「!」
「遅延魔法だ。瞬間転移のな」
直後にまた襲い掛かる黒龍の剛腕。
わたしはノックバック防止の技能でも吹っ飛ばされるのを軽減できずに特異点のある地上方向に吹っ飛ばされる。
《特異点爆発》(ブラックホール・バースト)の極小の特異点が更に収束し、遂に魔法が完成する。
「や、やめ――」
わたしは言葉の途中で口を紡ぎ唖然。
いつの間にか極小の点の傍に大鎌持った赤い外套着た女の子が居て――
大鎌を振り降ろし、特異点を切っていた。
え? なにそれ。
切られた特異点は綺麗さっぱり跡形もなくなった。
世は全て事もなし。
と、言った感じに魔力の流れも収束。
限界まで溜め込まれた魔力も何もかも次の瞬間になくなったのだ。
黒龍グランヴァンの怒鳴り声が空に響く。
「莫迦な! 特異点を切っただと!?」
うん、わたしも驚いたよ。あの特異点切れるんだなぁって。
ゲームの知識で《特異点爆発》の事は知っていても、使う人殆どいなかったから、術者をどうにかする以外に止め方知らなかったんだもん。
『私が腑抜けなら、お前は間抜けだなグランヴァン』
念話で声が伝えられたと思った直後。
特異点の消滅に驚愕する黒龍の首に光る糸のような物が巻き付けられる。
「こ、これは。貴様かジェラルダイン!」
『我ながら腑抜けと言われるのも仕方ない。隙を伺うのに時間を掛けすぎだな』
糸の先を辿って見ると地上にジェラルダインが居た。
『降りて来い。アイギス、マスティマ。今からコイツを叩き落とす。釣りの要領でな』
「我を叩き落とすだと。できる筈が――なにぃぃぃぃぃ!」
黒龍グランヴァンの身体が真昼の空で弧を描く。
黒龍の20メートルはあるかな、という巨体が釣り糸を水辺に垂らす時みたいに投げられる。
ああ、だから"釣り"なのかー。てか、どんだけ莫迦力だよジェラルダイン。
そして、頭から諸に地面に突っ込む黒龍グランヴァン。
爆撃で地面が脆かったのか、胴の半分以上が地面にめり込み、足だけ地上に見える。
こんなギャグ見たいな場面始めてみたぞ。シュール過ぎて実際見たら笑えないぞぉ。
そして地上のジェラルダインがわたしに気づき、手で合図。指先をグランヴァンを落とした方向に向けていた。
†
わたしが到着した時には黒龍グランヴァンは体勢を立て直して――居なかった。
地面から出た黒龍の足だけもがき、地面が盛り上がったりしてるけど、上半身は未だ土の中。むしろ沈んでた。
「来たかアイギス。正直この状況は想定外でな……」
と、岩場で脚を組み優雅に待ってた暗黒騎士。右手には、グランヴァンの首に巻き付いたままの光る糸が付いた武器を持ってる。
「……足場が泥濘んでるから、這い出せないんだろうね。あの巨体だし」
ぬかるみにハマる様に巨体の黒龍の身体が沈む。哀れ黒龍、今のお前についさっきまでの強者感は消えた。完全にギャグキャラに堕ちたな。
「あ〜この封印結界の魔力消失効果で魔力が削られてるってのもあるんじゃないんですかね〜ジェラルダイン様の持ってる魔剣も身体能力削る奴では」
と、突然降って湧いたようにわたしとジェラルダインの会話に赤い外套を着た女の子が割り込む。
「え、え。ジェラルダインどちらさま」
わたしはちょっと焦る。だって気配も何もなく現れたし、余りに唐突だったもの。
「ども〜。初めましてアイギスちゃん。わたしはマスティマです。職業は盗賊。生命盗っちゃう方の。種族不明、年齢は永遠の16歳です」
と、大鎌持ちながら自己紹介するマスティマ。
永遠の16歳と言う紹介が引っ掛かるけど見た目は確かにそのくらいの容姿。黒髪だし、何処となくシルフィちゃんに似て日本人っぽい娘だ。
と、目の前から忽然と消えわたしの身体を背後から抱きかかえるように手で包む。
「ああ、やっぱり良い抱き心地ですね〜。あ、匂いも良い」
わたしの頬が熱くなる。やめて嗅がないで。
シルフィちゃんゴメン。やられて恥ずかしいの初めて解った。匂い嗅ぎは以後禁止にする。いや、でもちょっとは……
「やめろ、マスティマ。初対面で馴れ馴れし過ぎる。アリーシャとは違うんだぞアリーシャとは」
「そりゃ、アリーシャさまとは抱き心地違いますよ。でも、今までお預けくってたんですよ。これくらいご褒美あっても…………ってわかりました」
ジェラルダインが褐色肌の美麗な顔を険しくするとやっとわたしは解放される。
てか、初めてジェラルダインに笑みと顔引きつる以外の表情を見たけど。
「悪いな。だが、マスティマを紹介しなかった理由も少しは解るだろう」
「オッケー。これは疲れる……」
何となく判る。あの鉄面皮にして冷酷無情のジェラルダインの表情を動かせるとか言う娘だ。絶対に一筋縄ではないよね。親近感すら沸く。
「え、でも紹介しなかった……?」
「神祖の妖精王の探索にまさか一人だけで来る訳あるまい。バックアップは付ける。そいつがマスティマ」
「そういう事で〜す。ジェラルダインさま酷いんですよ。旅の間中ずっと隠れてろって。わたしは完全に日陰者です。シルフィちゃんとのイチャイチャ混ざりたかったのに〜」
「……アイギス。判るな?」
黙って頷く。
駄目だこの人、配慮とか絶対してくれない。
陽キャのノリで攻めて来る。まるで知識だけで知ってる女子高生みたい。女の子の扱い初心者のわたしには荷が重すぎるって。人権の扱い完全アウトだけど配慮と気遣いを忘れない暗黒騎士ジェラルダインの有り難さよ。
「さて、では紹介は終わったな。後はこの雑魚と化した蜥蜴をどうするか、だが」
と、ジェラルダインはもはや雑魚と断定した黒龍に視線を移した。
わたし達の会話が聴こえてるのか、暴れて地面が盛り上がってるんだけどまだ抜け出せず、更に身体が沈む黒龍グランヴァン。
もう底なし沼にハマった感じになっちゃってる。
この状況……
わたし、アイギス。妖精の血が急に騒いじゃうの。
「黒真龍でも沼にハマるんだね〜。本当に真なる龍? そんな真龍わたし見た事な〜い」
わたしの煽りに隣に居た女の子がハっと気づいて良い笑みを浮かべる。
「え〜真龍ならもっと威厳、有りますよぉ〜。森龍とか地龍の人見ましたけどそりゃ格好良かったですよ」
「え〜、じゃあこの龍はなに? 最初はあんなに威勢良かったのにジェラルダインにぼろ負けじゃん」
「アハハハ。わたしも見てましたけど虚勢張ってて面白かったですねぇ」
「子供のわたしに本気だしちゃってさぁ。ジェラルダインの為の囮に決まってるじゃん」
「あは、あれは受けましたね〜。しかもこの龍、わたしとジェラルダインさまが途中で入れ替わってるの気づいてなかったんですよ」
「え? 本当? 龍なのに? あの知覚鋭くて、千里まで見通せて、隠蔽魔法絶対見破ってくるって子供でも知ってるほどちょー有名な真龍なのに?」
「ちょー受けますよ。盗賊本職のわたしならともかく隠れた暗黒騎士のジェラルダインさまに全然気づかないんですよ、コレが」
「うわぁ、それ本当に龍なのそれ恥ずかしくないの。生きてて大丈夫なレベルなの」
「あははははっ、本当受けますよね。終いには《特異点爆発》使ってましたけどあんな神話級の中でも弱点有り有りの魔法で粋がってましたもんね」
「うわぁ、それ止められちゃったんだ……しかもわたしの前で『時間切れだ』とかめちゃくちゃ格好付けてたのに」
「受ける、それ絶対受ける。そりゃジェラルダインさまも間抜けって言いますよ。あはははははは」
「あはははは。子供相手に本気だして、恥ずかしくないのこの龍。本当に大人の龍なの」
「自称、"太古"らしいですよ。でも、仲間内じゃ"長老"扱いらしくってまだまだ若造って」
「うわぁ、的射てるぅ。でもこの話し知られたら生きて生けるの本当に。どの面下げて黒龍族の人たちに申し訳するの」
「無理でしょ無理でしょ。しかもこの龍、世界条約会議の常連さんで黒龍側の代表の一人ですよ」
「え、それ世界レベルじゃん。世界中で恥さらしじゃんそんなの黒龍族の人に迷惑ってレベルじゃないじゃん。もう、真龍族全体レベルの大迷惑野郎じゃん」
「駄目、もう無理。この龍無理。笑い過ぎてお腹痛い。受けまくるのにも限度ある」
「駄目、アイギスも駄目。こんなに笑わせてくれる龍とか空前絶後過ぎる。お腹痛すぎる」
わたしたち二人の女の子の笑い声が戦場に木霊する。
『キャあああははははっハハハっ――!』
黒龍グランヴァンは最初は泥濘んだ地面の下で大暴れしていたけど、遂に全身ぬかるみに沈む。
そしておとなしくなり――
ジェラルダインとマスティマの二人がわたしに近寄った。
「そろそろだな」
「ああ、これは来ますねぇ」
戦場になった焼け野原のようなこの地の下から、殺意の波動が迸る。
仮にも黒龍"太古"(自称)からのその波動は生きとし生ける物を震え上がらせ、並みの生命体が受ければ良くて失神。場合によってはショック死だ。
何匹もの罪もない鳥が地面に墜落する。
そして、殺意の元が泥濘んだ地面を破裂させ大量の土砂が宙に飛び散る。
"奴"が地の下から舞い戻ってきた。
わたしの完全防御結界が振り注ぐ土砂を防御。
もうもうと粉塵舞い上がる中、巨体な龍が仁王立ちし眼光が紅く光る。
わたし、妖精騎士アイギスと赤い外套の盗賊マスティマは、がしっと片手を握ってから、二人の両手を叩き合い最後にハイタッチ。
「「イェーイ!」」
「お前ら良くやるよ……」
粉塵が晴れる。そこに居たのは極限にまで怒りを高めて尚、限界突破した黒龍。名をグランヴァン。
黒龍としての尊厳を賭けた戦いが今はじまる――




