第三話 妖精騎士アイギスさんと神祖の妖精王の探索(8)
銃弾が撃たれた先に視線を移すと、ジェラルダインが左手に銃、右手に騎士剣を持って立っていた。
「アイギス。その女も肝が冷えたろう。その辺りで許してやれ」
「…………殺すかどうかはわたしに任せるとか言ってなかったっけ? ジェラルダイン」
「少し状況が変わった。それに、蘇生魔法を使うとも言ったぞ。"生き返らない"のと"生き返らないようにする"では話が違うな」
わたしは殺意を籠もった目でジェラルダインを睨んだ。が、ジェラルダインは表情を変えずにいつもの鉄面皮な顔をしてる。
「…………」
「冷静になれ。少し前まで殺気で人殺せるレベルの物を発していたという自覚があるか?見てみろ。いつもは勝ち気なハーヴェイ監察官がお前の殺気に当てられて怯えてるぞ」
「だ、だれが怯えてる……うっ」
わたしが白いエルフの女――ハーヴェイを睨む。杖を気丈に持ってるが怯えきってるのは明らか――
「森司祭としては最高クラスのハーヴェイの精神防御を貫くとはな」
「ただ、単にその女の覚悟が決まってなかっただけだろ。チっ」
わたしは舌打ちすると剣を下げた。ジェラルダインと会話してる内に冷静さが戻ってきた。
殺し合いしてるとやっぱり殺伐とした気分になる。
心の何処かで冷静な部分はあるんだけどね。
やっぱり心理的な箍が外れるから抑えが効かなくなっちゃう。
ジェラルダインがわたしの様子を見て、落ち着いたのを確認したのか、騎士剣を鞘に、銃を懐にしまう。そして、今度はハーヴェイに向き直った。
「さて、勝負は決まったな。ハーヴェイ。話しはお前が聞いた通りだ。アーパ・アーバ翁を殺ったのはそいつ。お互いとんだ空騒ぎだったな」
「馬鹿な。戯言だったと抜かす気か。神祖の妖精王の件はアーパ・アーバ翁が最後に妖精族に向けた言葉だぞ」
「その遺言の内容自体は本当の話だったかも知れん。神祖の妖精王が星幽界の彼方からアーパ・アーバ翁の最期に迎えに来たのかもな。翁は10万年以上生きて神祖の妖精王にも実際に会ったという人物。別に可怪しくはあるまい?」
「……そんなロマンティックな話しを信じてたまるか」
と言いつつハーヴェイが考え込む。
わたしは実際有りそうだなー。と、さっきまで殺意増し増しだったのに気分がいつもの調子に戻ってた。
と言うか、ジェラルダイン話し合わせるの上手い。
問題は本当にジェラルダインがその話しを信じてるかって事で。なんか後が怖そうだぞぉ。
黙って考え込んでたハーヴェイがわたしに視線を向けて来た。この人、目つきは鋭いけど殺しを生業にしてるってタイプじゃないから怖くもなんともない。
「一つ聞きたい。その女は何者だ。いくらアーパ・アーバ翁が死にたがっていたとは言え、簡単に倒せる筈はないだろう」
「と、言われてるがアイギス」
「え、急にそんな事言われても……ヴェスタの街の冒険者ギルド所属の冒険者。妖精騎士のアイギス……?」
「それはただ単に自己紹介だ」
「じゃあ、なんて答えれば良いのジェラルダイン。模範解答はよ」
「戦闘能力は超一流。冒険者としての知識と経験は良く言っても熟練級クラスだな。聖魔帝国の冒険者ギルドならランクSS相当だ。戦闘力でプラス評価査定。但し、さっき言ったマイナス評価点が別途付く。知識と経験を積めばランクアップの可能性有り」
「それはご親切に評価を、どうも。そんな回答で良いの……?」
と、わたしはハーヴェイを見る。明らかに納得し難いという顔でこちらを見てるけど。
ただ、憔悴してるのか言い返す元気がなさそう。
「…………」
「ハーヴェイ。一応言っておくがアイギスは惚けてる訳じゃない。うちのアリーシャと似たようなタイプ。と言えば大体理解できるか?」
「くそっ。出鱈目な連中め!」
と、急に納得したのか声を張り上げた。
「だが、詳細は説明してもらうからなジェラルダイン。そいつの事もだ。まだ神祖の妖精王がこの世界に降臨していないと決まった訳ではない」
「結構。私も魔女王に報告書を作らねばならんからな。ついでに――」
「わっ!」
と、わたしはいきなり精神感知に巨大な反応を感知したので驚いた。しかも凄いスピードでこちらに向かって来る。
「どうしたアイギス。空?」
「なんかとんでもないのが来るんだけど! こっちに真っすぐ」
ジェラルダインはわたしのその反応を見て、何かに勘付いたのか次にハーヴェイを見る。
「お前の隠し球か?」
「しまった……奴を忘れていた」
空の遙か先から猛スピードでやってくる。黒い点が見えたと思ったらすぐにその巨大な姿を現した。
その姿は見紛うことなき竜。
この世界では最強の生物種――竜種の中でも真なる竜と云われる漆黒の鱗を持つ――
「黒真龍!?」
わたしは驚いて声を上げ、ジェラルダインを見る。
「ああ、間違いないな」
「……ジェラルダインとても嫌な予感がするんだけど。わたしの勘当たるんだぁ。嫌な奴ばかり」
そしてわたし達の上空を羽ばたく黒龍から精神波動に乗せて言葉が届く。所謂、念話って奴。
『貴様がジェラルダインか……会うのを楽しみにしていたぞ。我が弟。ベルブラムを倒した実力は本当なのだろうな』
わたしはなんとも言えない気持ちで隣に居る暗黒騎士を見る。
「ジェラルダイン。またお客さんなんだけど……」
「ハーヴェイに言え。呼んだのは奴だ」
そして、わたしはハーヴェイを見る。白髪の女エルフはやや俯いていた。憔悴しきった顔にプラスして、何か言い出せないって感じの得も言われぬ表情になっていた。
わたしは、ああ、これは駄目そうだな、と思った。




