第三話 妖精騎士アイギスさんと神祖の妖精王の探索(5)
鬱蒼と茂る木々、森の奥深く――
わたし、アイギスとジェラルダインはカザス村近くの森の中を歩いていた。
「確かに魔物が多いな。これなら倒しながら進んだ方が楽だったかもしれんな」
「だからそう言ったじゃんジェラルダイン。隠蔽魔法も万能じゃないって」
わたし達は認識を阻害する〈不可知化〉の魔法をつかって、モンスターに自分達の存在を隠して移動してるんだけど……
「ジェラルダイン、あそこの木の上に巨大蛭。向こうから蟻蟷螂の群れがこっち来る」
「もう、倒してしまうか?」
「倒したら、〈不可知化〉切れるけど。見つかったら最後。周囲の奴ら一斉に襲ってくるよ」
認識阻害系の隠蔽魔法は一度でも「誰か」に見つかってしまうと効果が切れてしまうのだ。
いくら〈不可知化〉の魔法でも接触したら存在が露呈るって訳。魔物の数が多いこの森だと敵を避けるのも一苦労なのだ。
「……仕方ない。面倒だが避けるとしよう。迂回した方が早いか?」
「いや、ここでやり過ごすのが早そう。もう少しでわたしが倒した樹木妖精の所に着くから」
そしてわたし達は前方からやってきた蟻蟷螂に道を譲るみたいに避ける。森の中の狭い獣道をぞろぞろやって来るのでスレ違いに歩くこともできない。
「……アイギス、お前が居て助かったな。やはり現地の冒険者で腕の立つ奴は役に立つ」
「…………正直、わたし要るかなぁ、って思わないでもないんだけど」
褒められても、持ち上げられてる感ある。
と云うのもこの人、めちゃくちゃ強い。この森でも余裕で単独で強攻突破とかできるくらいだよ。
「寄り道して賊の残党狩りしたら、最後に出てきたバフォメットなんてボスっぽい悪魔瞬殺するし。途中で寄った村の墓場に出てきた死神速攻倒すし」
「イチイチ時間など掛けてられん。どうせお前でも倒せるくらいの相手だ」
「わたし、アイギスさんの見せ場が全て横取りされた気がする。解せぬ」
この言葉にジェラルダインが呆れた感じで片手を挙げて見せる。
「じゃあ、私の探してる化け物が出てきたらお前にくれてやろう」
「それは本当に勘弁。わたしには愛しい恋人がもう居るの。そんな危険なことできないって。シルフィちゃんも転移魔法でお家帰したから、もうジェラルダインも置いて帰って良いんだからね」
「……」
ジェラルダインが冒険者ギルドではシルフィちゃん要るって無理矢理連れだしたのに、賊の残党何人かとっ捕まえたら、もう必要ないって言うんだよ。酷くない?
賊が村襲った理由が一番気掛かりだったらしいけど。結局、賊が村襲った理由は別口だったみたい。
「……そもそもアイギス。お前が転移魔法を人に掛ける事ができるのを知っていたら、こんな手間暇掛けずに済んだがな」
「転移魔法は安全じゃない。自分だけで飛ぶならともかく、人に掛けるのは失敗する可能性あるじゃん」
「掛ける相手に拒否されたり、不安を感じられるとそうなるな。精神世界面――星幽界を通って跳躍するから精神的な拒絶は失敗に直結する。魔法で心を操っても魂に問われるから無理矢理行使は不可能に近い――という事まで理解して魔法を使ってるかアイギス」
「…………勿論、魔術師の使う魔法なんだから構成の理屈覚えないと魔法使えないでしょ」
「嘘つけ。お前は大体、感覚でその魔術師魔法を使ってるだろう? 無詠唱で魔法を自然に使えるような奴が偶にいるが、そいつらが感覚派でな。正確に理解してないから魔法が失敗がしやすくなる。もう少し魔法原理を学ぶべきだな」
「むぅ。ぐうの音も出ない」
ジェラルダインと旅をしてると、自分の未熟さが判るんだよね。盗賊ギルドの件もそうだけどさ。ジェラルダインと比較するとわたしはまだまだって感じで。
物知りだし、冒険者としては超一流なんじゃないかなこの人。
……一流超え過ぎて、人の生命をなんとも思ってない点を除けば尊敬できる。賊どもの扱いはこのアイギスさんですら見れる物ではなかった。
「さて、奴らが行ったな。突っ立てないで行くぞ」
「はい、はい。人遣い荒いなぁ」
わたし達はそのまま進み、わたしが樹木妖精の爺さん倒した所まで辿りつく。木々が薙ぎ倒され、森が途切れて朝日に照らし出され、広場みたいになっていた。
地面もボコボコの筈だけど雪に覆われてるので歩きやすい。わたしたちが自分に〈浮遊〉の魔法を掛けてるので雪に足を取られることはないのだ。
「派手にやったようだな……で、その樹木妖精の場所は?」
「見てわかんない? あの横倒しになってるデカい木だよ。半分くらい雪に埋もれてるけど」
「ふむ……まぁ調べてみるか」
「あの爺さんじゃないんでしょ? ジェラルダインの探してる樹木妖精って」
「それは調べて見ないとわからん。まぁその爺さんが私の探し物だったらお前が犯人ってことになるが……」
「いやいや、そんなに強くなかったって。強さ比較、竜並みに強いやつでしょジェラルダインの探してる奴って」
わたしの様子にジェラルダインは呆れたように、片手を挙げた。その後、わたしと一緒にトレントの爺さんの遺体の所に歩を進める。
その途中で急に二人一緒に立ち止まった。
「気づいてるか、アイギス」
「ジェラルダインのお客さん?」
わたしの精神探知の技能で唐突に現れた感知反応18体。
見事にわたしたちの周囲を取り囲む配置。
隠蔽魔法(技能かも)を解いて現れたのは明らかで、完全に待ち伏せの為に待ってくれてたらしい。
そして、お客様がぞろぞろ姿を現す。
揃いの青基調の制服着て、似たような顔つきの若い人たち。ただ何処となく顔つきから人間じゃなく人形みたいな印象を受ける。
「ロルムンドの人造人間兵。強化タイプだな」
「ロルムンドって世界中のめちゃくちゃ偉い魔法使いが集まる国……?」
「その程度のことは知ってる訳だな」
「まぁ、魔術師ギルドにも出入りしてるからね。でもそれ以上は知らないけど……ジェラルダイン何やらかした」
わたしの問いに黒フード目深に被った暗黒騎士は両手と両肩を軽く上げる。誤魔化されねぇぞ。
「ジェラルダイン……素直に言って、わたしも逃げる準備しなきゃいけないし」
「冗談。お前なら蹴散らせるだろう」
「蹴散らした後が問題。わたし身持ち固めるんだぁ。……新婚旅行とかしたい。それが追って差し向けられて家族で逃避行になるって絶対いやなんだけど。女の子の夢どれだけぶち壊す気だよ」
「奴らが本気になったら何処に行っても追われるぞ。最悪、亡命先は用意してやる」
「それも何となく嫌なんだけど……追われてることには変わりないじゃん」
わたし、アイギス。今ほど悔恨の時はない。なんでこの危険な暗黒騎士についてきてしまったのか。
これヤバい事に絶対巻き込まれてる奴。
数々、仕出かしたわたしの経験が告げているのだ。しかし、悲しいかな、もう巻き込まれ済み。後は成り行き次第って状況も経験上、解ってしまうのだ。
「ジェラルダイン! 待っていたぞ!」
大声で呼びかける女の人の声。
声の元を辿ると爺さんの遺体――横倒しの巨木に乗った人がいた。服装から髪の色まで白い、という印象を受けるエルフの女の人だ。
「ミシェル・ハーヴェイ監察官……生きていたか」
「おかげさまでな。貴様の私設傭兵部隊に私の乗った飛空艇が撃ち落とされた件……是非、ご説明願おうか?」
「なるほど、そう言う名目か」
「意趣返しではないがな。神祖の妖精王の情報を魔女王に渡す訳にはいかん」
ん? 神祖の妖精王?
「わざわざ御足労なことだなハーヴェイ。今の状況はグリュプス上級評議員が知ってる話しか?」
「奴は関係がない。私の独断だ」
「だろうな。奴ならこんな手はまず許可せんだろうな。……私の勘違いなら済まないが。やる気か?」
「その前に一つ聞きたい。神祖の妖精王が魔女王と組めばそれこそ世界がどうなるか分からない。そうでなくても、妖精族同士で内紛が発生しかねん。だというのに妖精族の貴様がなぜ魔女王に手を貸すんだ?」
「純粋にビジネス上の付き合いだ。私が幾つも会社を経営してるのは知ってるだろう。魔女王にはそれなりの便宜を図って貰ってる。妖精族の命運には興味がない」
「そうか、解った。もう話すことはない。話す気もないだろうしな。……一応、交戦規定でな。抵抗しなければ身の安全くらいは保証してやるぞ」
「……たかが小娘に舐め切られたものだな。が、交戦規定を遵守するなら。少し時間をくれ、考える」
ジェラルダインが図太く要求したので、ハーヴェイという白い女エルフが訝し気な顔をしてる。
「さて、どうする? 話しは聞いての通りだが」
「聞いても判るわけないだろ。わたしは逃げる」
「とっくに〈次元封鎖〉されてるさ、転移魔法封じにな。それに奴らの追跡魔法の技術は世界最高峰、対抗手段がなければ、まず逃げきれんだろうな」
「なに、その絶望的な状況。お前最悪だろジェラルダイン」
「何、手はある。今回はハーヴェイの独断だ。事が済んだら手打ちにできる。ロルムンドのグリュプス上級評議員とは個人的な知り合いでな。――簡潔に言えば私を助けてくれたらなんとかしてやるぞ」
たった一つのシンプルな答え。
というより選択肢が一つしかねぇぞ。
問題は目の前の暗黒騎士を信用できるかどうかってこと。危険人物だけど、今の所は約束とかは守ってる。そして、今の状況は奴にとってはピンチ? ……ここで裏切る理由がないので信用できないことはない……?
ただ、一つ気になる事が。
「一つ聞きたいんだけど神祖の妖精王って?」
「私が追ってる奴だ。そして奴らが追ってる奴でもある。……昔いたという古い神さまだ。最近そいつが姿を現したんじゃないか、と言うのが今回の騒動の発端」
思い当たる節しかない。多分、わたしの事だ。
じゃあ、あの爺さんが"太古"級の樹木妖精だった……かも?
待って、それってつまり……ジェラルダインもわたしを狙ってるんじゃ……
「さて、急かして悪いが。早く決めてくれると助かるな。あの女の気がそれほど持つとも思えん」
「ああ、もう! …………約束守れよ。裏切ったら地の果てまで追い込むからな」
「私は、これでも約束事は守る方だ。なに、信用してくれて良い。大した話じゃないからな――そろそろ痺れを切らしたな」
「話しは終わったようだな。その妖精人一人加わった所で戦況が変わると思っているのか」
そして、わたし達は剣を手に取る。話し合いの時間は終了。周囲の敵が迫って来ていた。




