第三十二話 妖精騎士アイギスさんとアウレリア王国での決着を付ける者たち(1)
――夜空に舞う巨神、獣の王者ケルヌンノス。
……このアイギスさん、獣精王が吹っ飛ばされるのを見て安堵した。正直いきなり向かって来るから焦るのよね。
今回の作戦でヤツがいきなり向かって来た時の対処を決めてねぇ……なんという手抜かり。
本当にどうするか迷ったわ。ジェラルダインからは魔法陣から動くと失敗するぞ、って言われてたし。空間を隔離するとか考えたけどヘタな事がまったくできないの。
でも、なんとかなって胸をなで下ろした。
獣精王が吹っ飛んだ時、ノミみたいに小さな幼女アリーシャちゃんが居たような気がするけど、きっとそれは気の所為に違いないよ。
「どうやらわたしの妖精の眼も時には見間違えるようね……。クレーターの段壁越しに見たから幼女の幻影が見えたわ」
「いや、見間違えじゃなくてアリーシャさまの投げ技なんですけど」
……マスティマが見間違えという事にして、収めようという、わたしのこの世界に対する配慮と気遣いをないがしろにしてくんの。
仕方ないので訊いたよ。
「……この世界の幼女って投げ技使えんの?」
「なに言ってるんですか、アリーシャさまはバリバリの格闘系幼女じゃないですか。吸い込むように投げて来ますよ」
何、その格ゲー。吸い込むとかしかも投げキャラじゃん。
わたし、この世界では投げ技なんぞ使ってくるヤツ見たことないぞ。
「わたしが知らなかっただけかな。でも格闘系幼女と云うのは初めて聞いたわ。てかアリーシャちゃん、剣とかも使えない? 光刃振るってた気がするけど?」
「実は系統でいうなら正確にはアリーシャさまは万能系ですねぇ。剣技はもちろん槍技、弓技、狙撃銃とかなんでも使いますよ?」
「で、魔法も使うんでしょ。本当に万能じゃん」
「ええ、武術でも魔法でもほぼゴリ押ししてきます。物理法則を従える勢いでゴって来ますよ」
ゴる。ただひたすらにゴる。……確かにアリーシャちゃんのイメージにぴったりだわ。
現実世界を超克してゴって来るのよ。
あの大きさ、大怪獣サイズの獣精王を投げ飛ばしてる来る時点で、常識の枠外から動いてくるのは明らかよ。
思えば空間に閉じ込められた核兵器の爆発圧に身を晒して無傷な幼女とか居るはずがない。最初から物理法則と世界の常識の外側に居たわ、アリーシャちゃん。
「どうやらこの世界での幼女という存在への、わたしの認識を改める必要があるようね……」
「ありますねぇ。あのアリーシャさまに張り合う幼女さえ居ますから。アイギスちゃんも大概ですけどねぇ」
「……わたしが幼女扱いされたのは初めてだわ」
「……見た目はギリギリですけど実年齢的には行けるのでは……?」
「精神論で幼女論争やめい。てか、ギリ行けるんかい。自分が幼女という認識ないから逆にその認識鬱陶しいだけだわ……でも」
丁度、アイリがこっち見てるの。まぁ、アイリはまだ幼女かな。幼女を10歳くらいまでの見た目と考えるわたしの認識だと幼女よ。
「どうしよう? ケルヌンノス吹っ飛んで行ったけど……」
「アイリ。魔物も来ないようだし、待機かな。向こうで対処するでしょ」
「うん。解った」
と、わたしが言うと娘のアイリがわたしの傍に来て
わたしに寄り添うように持たれ掛かるの。
……アイリの行動は普段と何も変わらぬ。
「尊いっすわ……幼女とお母さん幼女が仲良く寄り添うその姿……天使王さまの愛の教えを体現したその姿にマスティマちゃんの心が洗い流されますよぉ……」
「マスティマ……妙な性癖持ってんな。新たな邪念を抱く前にアリーシャちゃんを思い出しなよ。アイリはわたしが見とくから」
「アリーシャさまは存在自体が奇跡で尊いですからねぇ。……良くお解りじゃないですか」
そりゃ、アリーシャちゃん見てたら邪な感情がどっか行くでしょ。バレたら最後よ、凶悪なお仕置きが待ってると確信しか持てないな。
そして、わたしはアイリの恋しさを受け止めてあげて、よい子よい子と頭撫でてあげて一息つく。
それから――さて、状況どうなったかなとケルヌンノスの事を気にしたの。
すると――
『ぐがあああああああ!』
めっちゃ遠くの方で唸り声上げてた。
そして同じ場所で魔力が収束するような気配が。かなり遠くで、魔力の渦みたいな独特の流れを感じとる。
神話級以上の魔法で攻撃されてるのが手に取るように解るのよ。魔法ごとに流れ方が違うしね。
「順調って感じかなぁ。わたしの妖精の眼でも遠すぎて正確には解らないな。……〈魔法の眼〉飛ばすか。シャルさん、結界の調子はどう?」
「大丈夫です。獣精王さまとの戦いで揺らいでますが……これなら魔法陣が発動するまでは保たせる事ができます」
シャルさんは蔦が絡まったような杖を地面に当てて、ハイデリアンの森の封印結界を黙々と調整してたの。
わたし達と違って真面目だよぉ。頑張る儚げ系エルフの男の子の姿にわたしは尊さを感じるわ。
「アイギスちゃん……さては尊さに目覚めましたね?」
「リアルに尊過ぎて、尊厳死する勢いだわ」
「……あの? なにか……私が?」
「良い、シャルさんは良いの。わたし達の問題だから……」
わたし達の邪念を洗い流してる事を解ってないのも良いよね。このあどけない表情で見つめられるとキュンと来るの。
このアイギス、気分変え過ぎである。そこで気を引き締めるため、ケルヌンノスとの戦いの様子を探る事に集中したの。
でも、戦いは獣精王ボコスカ部隊の長丁場になっていた。神話級魔法で削った後は、皆で本当に近接戦闘、殴り込みだったのよ。
本当にボコスカタイムするとはこのアイギスも思って無かったわ。てか、アスタロッテとアリーシャちゃんが手を抜き始めるんだもん。
……獣精王が狂ってて、戦いに見切りが付いたのが原因だと思うけど。
攻撃が単調なのよね、獣精王。
呪いで狂ってるからか知能ってものが欠落してるの。
魔法攻撃だとかして来るけど、後は肉弾攻撃だとか予測が着く攻撃しかして来ない。
熟練の戦闘者相手だと通用しないな。やる事がド派手なだけで対応出来てしまえば、獣と変わらない。時間さえ掛ければ倒せるってね。
遂にはジェラルダインも呪い誘導の魔法陣の用意を整えて準備完了って通信装置で伝えて来るし。
後は獣精王の体力削り待ちになってたの。
わたし達の所にやって来る獣達も倒しちゃったし。獣精王も眷属を再召喚する余裕がないようだし、召喚しても倒されてたわ。
「で、ジェラルダインは獣精王戦に参加しないの? 向こう、時間がやたら掛かりそうなんだけど?」
『魔神王が来るらしいからな。どのみち朝日が出る頃には決着が着く。それまでアクシデントを警戒して待機だな、アイギスお前もな』
「相変わらず、抜かりがないよね……。聖魔帝国が動けないって、作戦前の話はどうなった」
『すぐには、と言ったぞ。魔神王が動くのも陽動の一環を兼ねてる。艦隊をわざと動かして、何処からか奇襲して来ないか様子見をな。どのみちヤツは普段は聖魔帝国本国には居ないからな動かしやすいのさ』
なら普段は何処に? と訊いたら聖魔帝国本国隣の属国を統治してるんだって魔神王さま。
本国は本国で天使王の艦隊が防衛の為に居座ってるから、結局向かわせることにしたんだとか。
魔大公アスタロッテの輿入れもあるから、わたしに挨拶次いでに。
……この状況でそこまで判断するとか聖魔帝国の行動基準はどうなってるのか……。王国一つ滅亡の瀬戸際だ、ってのに呑気に構えてる気がするよね。
『不服か? なに、魔神王は念の為だ。ヤツが艦隊戦の結果に不満らしくてな。余計な横槍だが、我慢してやれ』
「いや、そう言う不満じゃないんだけど……もう少し物事に本気で取り組む姿勢? そういうのが欠けてるかなぁ〜っと。わたしが言えた義理じゃないんだけど」
『誰しもが自分の都合で動くからそう思えるのかもな。誰かの為にと本気で考えるヤツはそうは居ないし、動くヤツが居たら異状だな……アリーシャとかその手の最たる例だろう?』
みんな自分の事で手一杯。
他所様気に掛ける余裕があるヤツってそれだけで確かに"異状"だよね。
そして大概、そういうのは余計な事やるの。
現実見えてるヤツが少ないから。正しいことをやれるヤツがどれだけ居るのかって話。……アリーシャちゃんとかその代表だよぉ。まぁわたしも例に漏れないんだけどね。
「そりゃそうか。みんなお仕事でやってるのが普通だからね。このアイギスさん、納得するしかない説得力。じゃ、朝日を拝むまで待ちぼうけかな」
『ああ、そうだな。ただ一つ思い出した……そう言えばセレスティナ司祭殿から連絡が付くなら付けて欲しいと伝言が入っていたぞ。なんなら繋ぐが。通信妨害も収まったからな』
そしてわたしは、アウレリア王国王都のお城待機になってたセレスティナさんに連絡を付けた。
心配してるだろうし、怒られるかなぁって思ったの。ここに来るまで何も話してねぇ……
でも、第一声は――
『もう、アイギスさんったら、大変だったんですからね。王妃さまの相手しなきゃならなくなりましたし、暗殺者が来るから対処しろだとかジェラルダインさんから連絡来ますし……てんてこ舞いでしたよ』
「……なる。良く解んないから事情を聞こうかな……こっちもまだ時間掛かりそうだしね」
その話を聞いてると、アウレリア王国の騒動も終わりを迎えつつあるように感じたの。王都でも一騒動あって片が付いて、今回の騒動も収束しつつあったんだよね。
そして、長い夜も遂に白み始めた。
明けの明星に獣精王が咆哮を放つ。
最後の戦いの幕が開ける――




