第三話 妖精騎士アイギスさんと神祖の妖精王の探索(3)
ジェラルダインに乙女心を弄ばれたわたしは、それでも頼まれた仕事を果たして村の酒場に奴より早く来ていた。
「くそう、ジェラルダインめぇ。今、思い出しても腹が立つ」
酒場のテーブルで管を巻くわたし。勿論、飲んでます。(何を、とは言わない)
「あ、あのアイギスさん。飲み過ぎじゃ……」
「大丈夫だよ、シルフィちゃん。わたしどんなに飲んでも潰れないから」
そして、どんなに飲んでも酔えないんだよね。ここでがぶがぶ飲みまくって、酔っぱらった感じになってるけど、場酔いしないとやってられないって。
支払いは当然、奴に持たせる。
そして高い奴ばかり注文だ。まぁ、辺境の村酒場にあるような物なので余り高い奴ってないんだけど。
そんな残念エルフが出来上がってると奴が来た。
店内に入るなり黒フード越しに視線を一巡、それからわたしたちの席に来て大量にテーブルに乗った瓶に目を留める。
「また、えらく飲んでるな」
「なに、文句あるの?」
「いや、仕事さえしてもらえれば構わんよ。――ん?」
酒場の店主がこちらに揉み手しながら近づいてきた。まぁ、これだけ注文すれば支払い気にするよね。
「あのぉ、お客さま。お支払いのほうを一旦して貰えればと……」
と、酒場の店主が言い終わる前にジェラルダインは店主に金貨一枚を差し出す。やっぱり金持ってるなこいつ。ちなみに金貨一枚は街で1ヶ月生活できるくらいの金額ね。
「お客様、実はまだ……」
その店主の言葉を受けて黒フード越しの視線が私に向けられる。
「なんだやっぱり文句つけんの。んん?」
「いや、特には」
と、店主に更に金貨一枚差し出すジェラルダイン。
満足した店主が立ち去るのを余所にジェラルダインは席に座る。
「では、仕事の成果を聞きたいな」
え、待って。まったく気にした様子ないんだけど、この人。
普通、これだけ勝手に支払い押し付けたら怒らない? 一緒に酒場に来るような女の人にこの金額の支払い押し付けたら、絶対ブチ切れられるよ、わたしなら激おこだよ。
シルフィちゃんも唖然としてるよ。金額が金額だからね。
「どうした? 報告を聞きたいんだが?」
わたしはシルフィちゃんと目を合わせる。そして、ジェラルダインが訝しがってる様子を見て、うわ、本当なんだ〜。って感じで二人で納得し合う。
こう言う所、男前過ぎんだよね。ジェラルダインって。普通の人なら絶対怒るのに。まぁ、女の人でも普通じゃない人だけどさ。
「……邪魔をして悪いが、話しを進めて貰いたいのだがな」
わたしとシルフィちゃんの間に通じ合う何か、みたいに勘違いしてる。こう言う所、面白いよね。あ、わたしもそれまで怒ってた気分抜かれちゃうし。
「ああ、ごめん、ごめん。でも、これジェラルダインが悪いんだからね」
「それは済まんな。で、そちらの首尾は?」
「シルフィちゃんお願いします」
「え、あ、はい。アイギスさんと一緒に、この村の商店を一通り回ってみたんですが……強い魔物が出た、だとか変な出来事があった、とかの話しは聞けませんでした」
「補足すると、衛兵の詰所とかでも聞いたけど。異常なし。そもそも人の出入りが少ないんだから噂話も出回らないって。もう雪積もる冬場だよ?」
「確かにな。ただ、念入りに情報収集しておきたくてな。なければないでそれで構わない」
「こっちは収穫ゼロだけど、そっちはジェラルダイン? ……まさか遊んでたなんて言わない……よね?」
「まさか。私は裏から情報収集だな。多少気になる話があったが」
「裏?」
「……端的に言えば盗賊ギルドだ」
「――盗賊さんにギルドなんてあるんですか?」
と、シルフィちゃんが疑問に思う。わたしもそんな連中が居るのは知ってるけど余り関わり合いになった事がない。
「犯罪者の集まりだから他のギルドと違っておおっぴらには看板掲げてないがな。あるにはある。まぁ、要は盗っ人どもの集まりだ」
「その盗っ人どもの巣窟で有益な話しなんて聞けるの?」
「大概の盗賊ギルドは盗品や抜け荷(課税逃れ品)の売買が主な収入源だ。そして、客は必ずしも盗賊に限らない。他の賊や悪徳商人といった連中も御用達だ。その筋の連中からの、"表"で出回らない話を聞けるのさ」
「だから、"裏"って訳ね。でも、こんな所に盗賊ギルドなんてあるの、わたし、知らなかったけど」
「そうか? 私は来た瞬間にありそうだと勘付いたが。……連中との付き合いがなければわからんか。主要な街から少し離れた交易路にもなる村や宿場というのは大体奴らの根城になる。覚えておいて損はないぞ。冒険者ならな」
「うげぇ。そんな連中と付き合いたくないんだけどなぁ」
「……まぁ、やり方は人それぞれだな。誰にもは、勧められん。――特にシルフィ嬢にはまず無理だ」
と、それまで話を聞いていただけのシルフィちゃんにジェラルダインが急に話を振る。
「……あ、このお話し。わたしの為にして下さったんですね。はい、ありがとうございます」
「私の方こそ、仕事を手伝って貰ってるからな。疑問には答えるさ」
そう言えばこの盗賊ギルドの話、シルフィちゃんの疑問に答える形で始まったんだっけ。
ジェラルダインって、どう考えてもヤバい奴なのに律儀というか、気遣いみたいな事してくる。そんなイケメンな事してくるから、常に顔隠して男口調で話すのも手伝って、男の人みたいに思えてくるんだよね。自分が女だって思ってない感じがする。
もしかして、仕事のプロ過ぎて自分の性別忘れ去ってるんじゃ……この人。
「では、話しを戻そう。と、思ったがこいつを先に渡しておくか」
そしてジェラルダインがテーブルに小さな小瓶を五本置く。その小瓶の形は冒険者には見慣れた物……
「魔法薬?」
「ああ、そうだ。こいつは体力を回復させる持久活性魔法薬だ。私の都合で仕事をさせたからな。営みに使ってくれ」
ジェラルダイン!
わたしの顔真っ赤になることヤメて! 言ったよ。確かにそう言ったけど、気回し過ぎだよ、この人。
わたしそっち方面は子供なんだから本当にイチャイチャするだけに決まってんじゃん!
健全エルフだって。
しかも、それ一本、最低でも金貨一枚する奴!
「宿も一番良い部屋を取って置いた。〈静寂障壁〉の魔法も張った、一晩くらいは効果が持つ奴をな。……まぁ、程々にな」
と、何でもないように言わないで!
あ、シルフィちゃんが気づいて顔赤らめてる。わたし見てるよ。
「え……あ……え?」
って、わたしを何度かチラチラ見てる。あ、これ気付かれた。
「は、はい、ありがとうございます……」
と、恥ずかしげに俯くシルフィちゃん。
「ジェラルダイン! 配慮しすぎ! デリカシー、デリカシーぃ! 実は告白もまだなんだって。――あ」
そしてわたしアイギス最大の失言。
うわっ、シルフィちゃんもこっち見てる。顔真っ赤だ。わたしも、もう隠しきれないくらい顔が熱くなってるの解る。
そして、わたしとシルフィちゃんがお互い見つめ合う。正直、どれくらい時間が流れたかわかんなかった。
ただ、
「そうか、気を回し過ぎたようだな……。やり過ぎな気は自分でもしないではなかったのだが……」
というジェラルダインの言葉だけはどこか遠くに聴こえてた。




