第二十七話 妖精騎士アイギスさんと密かに暗躍する者たち(5)
――結果。いきなり大丈夫ではなかった。
『……威勢良く喧嘩売っておいてよく交渉だとか寝言ほざけるな、おまえら。最初に言って置くが、てめえらの戯言をこの妖精騎士アイギスさんが、まともに聞く気はねぇぞ……』
「…………」
秘匿回線を繋ぎ、艦橋のスクリーンに栗色の髪のエルフのような少女が姿を現した途端――
挨拶とか無しでいきなり眉根を寄せ、こちらを睨み付けながらご立腹を表明されたぞ。
ロクス教国を代表しての交渉だと言うのに外交儀礼もへったくれもないこの対応。予想外の応対に我は咄嗟に返答できんかったぞ。
まぁ、確かにこちらから喧嘩売ってると同じなのでご立腹するのも無理ないかと、丁寧に返事したが。
「……先ずはご挨拶させて貰いたいの。我は聖騎士タブ・ルーズ。聖ロクス教国の盟主たる聖皇陛下より命を受け、聖魔帝国、真人類帝国、妖精共同体連盟による連合艦隊との交渉を仰せ使った者よ。……貴君は神祖の妖精王アイギス陛下でお間違えがないかの?」
『わたしの面見て解んだろ。そして、わたしがおまえらから宣戦布告を受け取った連合艦隊の代表だ。じゃあ、正式な声明を貰おうか。即座にブチ殺してやるよ』
「…………」
二の句が告げなくなるとはこの事よ。
斜め上の対応過ぎるじゃろ。
情勢が切迫してるが、それでも最低限は外交的な礼節は普通は保つと思うのじゃが……
なのに礼節どころか殺害予告とか。
この聖騎士タブ・ルーズ、交渉の席では最初からはされた事ないぞ、しかも国家組織の代表に。
過去にタブタブ神から神祖の妖精王の逸話聞いたり、この世界での冒険者としての活躍の情報は手に入れていたが……
アイギス神のキレっぷり、聞きしに勝るわ。今もめっちゃキレられてるし。
『おい。黙ってるがさっさと返答しろ。こっちはおまえらの余興に付き合う程、暇じゃないぞ。腐海王やら喰食王とどう貴様らをブチ殺すか話合わさなきゃならねぇんだわ……本気で喧嘩売ってんだよな?』
「…………」
……さて、この状況ではヘタなことは全く言えん。
しかもブチ切れてる初対面の相手にどのような口上が有効かもすぐには思いつかん。
迂闊な発言が致命的になりかねんのだ。腐海王も喰食王もブチ切れて大陸の古代魔法文明を破壊したしの……その主が更にブチ切れ度合いで上を行っててもおかしくは有るまい。キレっキレ主従の可能性は捨てきれないぞ。
子は親に似ると言うし。
つまり、我の交渉の腕が問われる時だな。まさかこんな状況に追い込まれるとか思っても見なかったぞ。
ロクス教国の命運が掛かってると思い、我は頑張って二千年間培った交渉人の経験をフル動員して最適解の答えを脳髄から捻り出した。
「……失礼。神祖の妖精王陛下に対して、正式な交渉を画面越しで行うのも礼を失すると思いまして。我としては是非、面前に赴き此度の始末に付いて事情を説明いたしたいと思いまする。如何かな、アイギス陛下」
直接会えれば、いきなり砲撃とかは先ず、やるまい。他の連中も居るんじゃし無体なことはせんじゃろ。キレ過ぎなヤツって大体理由が面目か義侠心が理由じゃしな。機転利くよな、我。
じゃがその返答に我は唖然とするのだが。
『……上等だな。おまえの生命の保障をしなくて良いというなら、その度胸に免じて話だけは聞いてやるよ。来れるものならな?』
「…………」
生命の保障は交渉の場での最低限度のマナーじゃろぉ……して欲しいのじゃが。
まぁ、やむを得まい。話さえ聞いてもらえんとそれこそ我の面目が立たぬ。全力で下手にでる。
「では、ご厚意に甘えてお伺いさせて頂く。アイリ殿下にはよろしく。我のような木っ端を覚えておられるかは解りませんぬが、以前に花園城塞で拝謁の機会をえたことが有りますれば」
娘の知り合いアピールで生命の危険を少しでも下げる。覚えておいて欲しいのアイリちゃん。
『……やっぱりアヴァロン、円卓騎士団の関係者か。まぁ、良いだろう。こちらも別で聞きたい事があるからな。――? 戦艦、いや巡航艦で来ても構わんぞ。居所は王城だ』
「それは手間が省けますな……何分、時間も押しておるので。では、アウレリアの王城にて。――」
と、ここで通信画面を切る。長引かせて失言して怒らせるのも怖いし。
……だが、向こうにも話が解るものが居て助かる。
というよりアイギス神を対応に出したのは其奴の仕業だな。
今までの流れも仕組まれた気がする……誰がやったか察しがつくわ。
タブタブ神と我との関係、更にアイギス神も含めて事情が分かればこうもなるかもと奴は知ってる訳だ。あの暗黒騎士じゃろ、神祖の妖精王関連で報告されてたからな。
むしろアレを流れに組み立てるとかアイギス神の平常運転なのかの、会うの怖くなってくるんじゃが。
「然し、お呼ばれしたのでは仕方ないの。では艦長、遠慮なく艦首を王城へ向けよ。時間がない事だしさっさと向かおう」
「……タブ・ルーズ猊下。これより艦隊が戦端を開くという時に敵中に行けとは……艦隊司令部から許可が出るとは思えませんが」
「出なくても問題あるまい。この艦ホーリィアークは教聖省の所属で軍聖省の指揮下にはない筈じゃろ」
「指揮系統の問題ではなく、危険ではありますまいか。……我がロクス教国の艦隊に知られると、でございます」
「そっちの危険か……まったく嘆かわしいの。聖皇聖下の勅命で動いてるのだぞ、こちらは。良い、最初から進路妨害があると思って突っ切れ。それで戦端が開くならやむを得ん」
……それで戦端が開いたらあの総司令官の首を、聖ロクスに貰った聖剣で掻っ切ってくれるわ。
「『――艦長より各員に次ぐ。当艦は聖下の下命に従い交渉の為、王城に向かう。最大戦速でだ。第一種戦闘配置を発令。』……艦隊司令部への通告は発進直後に行いますがよろしいですかな?」
「先程の無礼に対する意趣返しだ。あの小僧に世の中甘くない事を教えてやれ」
艦長がニヤリと笑みをこぼす。
あの総司令官も敵中にこの状況で赴くとは思うまい。下手に刻限を設けるからだ。
世の中出し抜く為にあると教えてやるぞ。
そして人を出し抜く程、面白いものもないからの。
まぁ、せいぜい高見の見物とするかの。これで聖ロクスも乗艦した巡航艦ホーリィアークを下らん戦いから一抜けさせれるしの。
†
†
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アウレリア王国王都より離れて七十キロ地点上空。聖ロクス教国軍第四艦隊旗艦、戦艦グリッドワール――
「なにっ? ホーリィアークが戦線離脱……王都へ向かっただと! あの狸めっ。この後に及んで邪魔しようと言うのか!」
艦隊総司令官であるベスディング中将は艦橋の指揮席でオペレーターからの報告に激昂した。
まさかの王都行きである。作戦開始までさほど時間が無いと云うこのタイミングで。
後は戦端を開くタイミングを測るだけだが……その重要な時の勝手な独断にベスディングは苛立ちを隠せなかったのだ。
「まぁ良いではありませんか。さすがに敵軍に呼応する訳では有りますまい」
「なにを悠長なことを言ってるのか、参謀。時間を稼がれかねんぞ。まさか王都上空を戦場にする訳にもいかんのだ。あの狸ならやりかねん」
聖魔帝国の増援が到着しては戦線の不利は免れない。この戦場は時間制限付きなのだ。本来一刻でも早く戦端を開きたいと言うのに、交渉にかまけてる暇も猶予もない。
第三艦隊が聖魔帝国軍への妨害行動を実施しているが、それもいつまで保つかは解らないのだ。
「むしろ、その王都を巻き込んだ方が手っ取り早いのですがな。魔法省と情報省の連中も相当お困りのようで」
「……やり過ぎては天上の聖ロクスに申し訳が立つまい。貴官は参謀本部からの出向と聞いたが情報部か? 王都を火の海にせよとは俺は聞いてないぞ」
「繋がりがあるのは確かですな。御目付役という事で……それと、こういった状況下で進言申しあげる為の。なに、あちらも王都は巻き込みたく有りますまいし、ホーリィアークもそれは同様でしょう。艦隊司令の責務にケチを付ける訳では有りませんので、ご容赦頂きたいですな」
胡散臭さと半信半疑を折半してベスティングは参謀を見つめた。
軍司令部から困った時の相談役として付けられた参謀で、内々に今回の作戦の立役者どもの意を受けている事は知らされている。
「なにを企んでいるか知らんが作戦行動に支障が出る謀は予め通告しておいて貰いたいな。教国軍は貴様らの尻拭いをする為にある訳ではないのだぞ? 人類存亡の一戦、その先駆けになると思えばこその、この戦いだ。将兵の屍を、悪辣な策謀家どもの保身の為に積み上げる為ではないのだからな」
「それを知り得てるからこそベスティング中将は四十代の若さで艦隊司令を任せられている……その事は承知ですとも。戦場に関しては軍聖省の役割。少官の任務は連中との折衝とお考え頂きたい。司令官閣下が後顧の憂いなく戦線指揮に尽力できるようにする為に」
「結構――分は弁えているようだな。だが、それではホーリィアークの件どうする? 教聖省の、ましてや聖ロクスのかつての座乗艦を撃ち落とす訳にもいかん。王都で粘られてはそれこそあの狸の思う壺になりかねん」
「ベスティング閣下の杞憂に終わりますとも。聖騎士タブ・ルーズ猊下も、もはや開戦は避けられぬとご存じでしょう。こちらが打って出なくてもあちらが出てくる、そこまでの手筈は整えて有ります」
胡乱気な目つきでベスティングは改めて、参謀を瞠る。余りにお膳立てが整ってる事にこの時初めて違和感を覚えたのだ。
一体、陰謀家どもはなにを考えているのか……
ここで一戦して勝利をもぎ取るのは良い。
何の為の勝利かと言えば、聖魔帝国相手に弱腰になる教国のお歴々と民衆を叱咤せねばならぬからだ。
聖魔帝国とは十二年程まえの最初の軍事衝突以来、穏健派は事なかれ主義で押し通そうとして来たが、平和主義で通すには脅威が過ぎる。
例え軍拡路線が民衆の負担になろうと備えは怠り得ないのだ。
それを思えばこそ、苦々しくも発端が悪逆非道とも言えるこの戦いに臨んで居るのに、謀略に関しては何の通達もなくベスティングは蚊帳の外であった。
「……まあ良いだろう、勝てば良いだけだ。教国のお歴々も今回の件、どうする気か知らんが軍人としての責務は果たさせて貰おう」
「まったくですな。その点に付いては少官もわだかまりなく同意いたします」
結局のところ、この世は何もかも知りたくても限度がある。眼の前の現実さえすべてを知る事は叶わないのだ。
ベスティングは戦争の開始間際であることを理由に手の届かぬ事柄への懸念を捨て、眼の前の戦場に意識を向けたのだった……




