第二十七話 妖精騎士アイギスさんと密かに暗躍する者たち(4)
有為転変とはこの事だ。副将ヴィズアールをわたしの執務室から追い出して、3時間後にはまた呼び出す羽目になった。
「ロクス教国が艦隊を率いていきなり来るとはどういう事だ。連中の対応が早すぎはしないか」
「慌てふためくデリアーズ公爵を見るのは珍しい……ふむ、昔は良くお目にかかれましたが今となっては希少です。可憐な御姿が懐かしいですな」
吸血鬼なのでわたしも老いないからな。
容姿が好みという理由で好感が持てるとか、デリカシーという物を完全に忘れている。
昔から、年頃の少女やら乙女たちが戯れる姿が唯一心安らかになる時、と公言して憚らない男だ。ある種の変態だ、度し難い。
「……おまえの趣味の感想を聞きたくて呼びだした訳ではないぞ。状況はどうなってる? 軍司令部や諜報から連絡はないのか」
「それほど我が国の司令部や軍諜報は有能でも気が利く訳でもありませんよ。ロクス教国の艦隊行動さえ察知出来ては居ません」
「まったくいつも当てにならん連中だな。何の為の諜報機関で軍司令部だか……。で、おまえの見立ては、ヴィズアール少将」
「これは嵌められましたな」
「…………」
一番やられて嫌な可能性をオブラートに包む事なくはっきりと返答する副将。もう少し気を使ってくれないか。
「この短時日にロクス教国が艦隊行動まで決断するとなれば、何かあったと考えざるを得ませんよ」
「それが……聖魔帝国の工作の手引きだと考えるんだな、ヴィズアール」
「ロクス教国に対して我が真人類帝国に聖魔帝国、更には神祖の妖精王率いる〈妖精連盟〉さえ戦争に巻き込める。戦端を開くには聖魔帝国には有利、教国には不利すぎるでしょう?」
「だからこそ教国が艦隊を派遣するとは思っていなかった。せいぜい分艦隊程度を派遣して対抗姿勢を見せるくらいだとな……」
ロクス教国の艦隊は既に周辺地域に転移妨害も仕掛けて臨戦態勢すら敷いている。
これは戦うと宣言しているに等しい戦闘行動だ。
駆逐艦級以上の主力艦が十三隻。正真の一個艦隊をロクス教国が派遣して来たと言う事は……一戦を行う覚悟と見做しうる。
現状ではこちらが連合艦隊で計八隻……連携も取れるか解らん状況では艦隊戦では不利だ。が、
「……局地的に我々との艦隊戦で勝利したとしても、戦略的な軍事力の不利は覆らないぞ」
「ロクス教国も軍を増強していますがそれでも全軍では四個艦隊がせいぜい。十個艦隊以上の聖魔帝国に太刀打ちできぬでしょうからな」
そうだ、聖魔帝国の艦隊戦力は多すぎるのだ。
ロクス教国や我が真人類帝国の三倍の戦力を保有している。艦隊戦力だけで世界中と聖魔帝国は戦争できる。
更に艦艇を率いるのが魔神将だとか、智天使だとか太古級の真龍に匹敵する化け物揃いと来ている。その連中を率いてるのがもはや神々の領域の熾天使や魔神王……
を、更に率いるのが魔女王と天使王。神々を超えるという自称、超越者どもだ。
我が真人類帝国も化け物揃いだが、神々の領域に居るのは皇帝陛下くらいで追随できるのは数人。聖魔帝国に質と数では一歩も二歩も劣るからな。
だと言うのにロクス教国の艦艇に乗るのは人間の範疇の者が殆ど。魔法機械や生態兵器で補ってるが、白兵戦に持ち込まれれば弱いという欠点すらある。
「そんな相手に軍事的緊張を齎す交渉手段はわたしには悪手としか思えないが……」
戦力差が大きすぎるのだ、ここで一戦して勝利した所で大局的には大した影響がまるでない。
むしろ教国の不利益が大きいだろう。そもそも聖魔帝国に軍事的恫喝なぞ通用する筈ないからな。むしろ、あいつらがする方。
「その悪手を打たせるに足る、毒入りの酒杯を呑ませたのでしょう。……まぁ、いきなり本格的な開戦とは流石になりますまいが。……ですが」
「最悪には備えておけという事か」
一体なにをどうしたらロクス教国がやる気になっているのか、わたしにはサッパリ解らないが……戦力差を考慮すると自暴自棄か、自殺願望くらいしか思えぬほどだ。
しかし現場の現状では不利は免れない。
眼の前の勝利に目が眩んで……
なんて馬鹿な話でも有るまいが、それくらいの行為をやってるのだから油断ならないな。切札でもあるのか?
『デリアーズ中将閣下。〈妖精連盟〉所属、報復戦艦ネメシスから機密通信です』
執務室の机に備え付けられている通信画面で、艦橋からの呼び出しを受ける。
わたしはヴィズアール少将とその場で報復戦艦から中継された、ロクス教国側の言い分をまず拝聴する事にしたのだった。
†
†
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「この言い分まず通らんじゃろ」
と、聖ロクスも乗艦した巡航艦〈ホーリィアーク〉の艦橋で、祖小人妖精の聖騎士タブ・ルーズこと我が呟きを漏らした。
艦橋の大型スクリーンを見上げると、意気揚々と艦隊司令官が演説代わりに通告文を読み上げておる。
『……我が聖ロクス教国は連合艦隊に改めて通告する。アウレリア王国への不当な軍事占領を即刻中止し、撤退せよ。これは聖ロクス教国に対する軍事侵犯行為! 教国への加盟申請国への不当な外圧に他ならない。依って――』
「もう少し捻りようあると思うのじゃがな」
「ロクス教徒が多い国と聞いてますが、それでも国民の一割未満では、無理ありますねぇ」
一緒に呆れ返ってるのは戦乙女のうら若い天馬騎士の娘だ。副官代わりに付けられた、まだ十代。そろそろ二十歳であったかな? 名前はメーシャ・スクラウン。
「次いでに言うなら、一地方に多いというだけで偏在してる訳ではないからの。貴族やらにロクス教徒が少々多いというだけで」
「それで、タブ・ルーズさま。この王国をロクス教国に加盟させるとかできるものなんですか?」
「それくらい主張しないと大義名分にならんのじゃろ。まさか将兵に人体実験やら麻薬密売してた悪事を揉み消す為とか言えんしの」
じゃが、現実はご覧の通り。
ロクス教国の上層部はその悪事を知りながら艦隊派遣を早々に決断した。
……我の予想以上に魔法省と情報省が根回しと工作を進めていたと見える。次いで、軍聖省の強行派を焚き付ければご覧の有様よ。
自分達の不祥事を隠す為とはいえ良くやるわ。魔法省や情報省のヤツらは余程自身の進退に良くないものが見えたのであろうな。
おそらくだが……
氷山の一角に違いない。火の付けられ方に焦りが見えるからの。教国の穏健派すら抱き込むくらいだ。
最高意思決定の会議で、まさか我が悪事を伝えた穏健派の一部が出兵に賛成するなど思っても見なかったわ。……ヤツらに良識とかないんかの。
「じゃが、おかげで我もこのざまよ。……この状況で直接交渉して来いとか無理じゃろ」
「もしかして、タブ・ルーズさまは知らされてなかったんですか、水面下でこんな事になってるって」
「いきなり聖皇聖下に直で呼び出されてな、穏健派の代表として可能な限り現地で交渉して来い、と。聖下もことの裏面をすべては知らされておらんからの。きな臭い物を感じて横槍入れる算段は整えてくれたようだが……」
「うわぁ……ご信頼が厚い。さすが聖ロクスさまと共に戦った聖騎士さま」
「もう二千年前の話ぞ」
そして生き字引みたいに敬われるからロクス教国が建国する時に手を貸したりしての。
ロクス教国の成立は聖ロクスが闇の王と相打ちになった以後の話だ。まさかロクスも自分が敬われて宗教化、唯一神が遣わされた聖者となって、救世主よろしく神の子にされるとは思っていなかったろう。
まぁ、本人も聖者ロールしてたのだからありがちではある。魔教皇が闇の王を暗黒神に仕立て上げたから、我も対抗する必要に迫られたからの。
「しかし、当の聖ロクスも嘆くわ。敬うだけ敬ってこれではな」
「御本人を知るお方に言われると、とやかく言えませんね。……最初から無理筋だと解ってるのに。天上の聖者にどう顔向けする気なのでしょう?」
「申し訳なぞ幾らでも立つと思っておるんじゃろ。信仰心が足らん俗人連中だからな」
そして、艦隊の総司令官のやつが通告と一緒に兵を鼓舞する演説を終えて、巡航艦ホーリィアークに連絡を入れて来た。
軍人を鋳型にはめて作り上げたような男が艦橋スクリーン画面に出てくる。
『さて、殊勝にも連中は交渉を受け入れるとの事です。しかしながら無用に交渉を引き延ばされても困りますぞ、いざ交戦となれば機は短いのですからな』
「戦ってもいないのに祝杯をあげようなどとは剛毅よな。本格的な開戦に繋がる可能性を貴官はどう思ってるやら」
『この艦隊派遣は最高評議会での決定事項、教国の軍人であるなら最高意思決定に従うまでであります。一軍人が政治決定に異を挟むなど真に恐れ多い』
「高飛車な演説を打った男とは思えんな……まぁ良かろう。失敗すれば当然責任を取らされるだろうからな」
『艦隊戦には勝って見せますとも。それより時間がございませんぞ。交渉に割ける時間は1時間が限度。カウンターは既に回っておりますからな』
「1時間? 偉く弱気じゃな。増援が最速で来るにしても3時間は――」
ピシャッと通信画面がそこで途絶え、代わりに刻限が表示される。もう残り58分……
「この時間で色良い返事を取り付けろ、か」
ロクス教国の強硬派は一時の勝利を手にして自派の正当性を主張したいと見えるな。
ヤツらも馬鹿ではない。勝った所で全面戦争を避ける筋道くらい用意して居るのだろう。
但し、阿呆だ。利用する気で、されてる事には気付かないのだからな。しかも二重、三重の意味で。
「仕方ないの。外交と政治の世界が伏魔殿である事を教国の軍人どもに教えてやるか」
「報復戦艦ネメシスとの秘匿回線が確立できたようです。時間がありません、すぐに通信繋ぎますか? タブ・ルーズ猊下」
「出てくるのは噂の神祖の妖精王かの、ご挨拶しておくか」
できればこんな状況で会いたくはなかったがな。祖神タブタブが臣下として仕えたとか言う神話に。
……しかし、狂神、暴君の類と聞いてるが大丈夫かの?




