第二十七話 妖精騎士アイギスさんと密かに暗躍する者たち(3)
登場してから早速、事情を聞き始めるジェラルダイン。ニ、三質問を聖魔帝国の外交官に浴びせると、わたしとデリアーズ公爵に向き直った。
「と、言うことだが何か訂正の余地はあるかな? アイギス殿下」
「ないね、貴族や商人の連中ふん縛り過ぎて国が立ち居かないってさ。反乱だとかの可能性を理由にしてるけど、抑えれるでしょジェラルダイン」
ジェラルダインがチラりと吸血鬼の皇女、分遣艦隊を率いて来たデリアーズ公爵に視線を投げかける。
「国全体の人口が三百万程度。既に三十万の人口の王都はこちらの掌中。連合艦隊の現戦力でも抑えられないことはないと思えるが……ジール卿?」
「……歓心を買う為にご苦労なことだ。失礼、別に嫌味を言った訳ではない。武断的な真人類帝国のやり方ならそれで通るだろうからな」
「……状況次第で占領状態が長引く可能性は有りますね。それこそ聖魔帝国側の責任なので……と言うのが真人類帝国の立場となります」
「後々、幾らでも干渉されかねないな、それでは。――つまり悪手だ。やるなら貴族家ごと叩き潰す必要がある。理解してるかアリーシャ?」
「ふむ……ジェラルダイン、貴族のお家の者まで拘束しなきゃいけない……と?」
「適当に理由を付けてな。親類縁者含めて反乱を起こしそうな奴らを全部。だが、それでは国が立ち行かなくなるぞ」
「むぅ。ザフィ?」
幼女が傍に常に浮かぶ目玉姿の智天使と顔を見合わせたわ。念話で相談でもしてるのかな?
少し言葉を交わす、そんな間を置いて幼女が返答。
「……なる。貴族による封建制が根強いから、反発される。その者らも予め予備拘束。それすると統治能力を喪失して国が乱れる」
「反乱や他国からの干渉は防げても、権力の空白地帯が生まれて今度は内乱や犯罪の温床になる。聖魔帝国も何から何まで面倒は見切れんからな」
「むぅ。なんということ」
……確かにそんな事になったら別の悪党どもが幅を利かせそうだね。
生き残った貴族どもが縄張り争いしたり、賊どもがやりたい放題する状況が目に浮かぶわ。
悪党始末しても、別の悪党どもがその空白を埋めるのがこの世界の現実だったりするの。生態系かなにかかな? 悪党どもが際限なく沸いて来るのよ。
でもそれが現実なら、仕方ないよね。ここは穏便に、使える悪党は許そうか。
と、ならないのが、アイギスさんよ。悪党許すまじ。
「だからと言って無罪放免にはできねぇぞ、ジェラルダイン。何より、わたしが収まらねぇ。そっちが殺らないってならわたしが殺るわ。貴族だから許されるとか思われても困るのよ、そこはきっちり始末しないと」
「困ったやつだなおまえも……。妥協できる範囲は?」
「ない。きっちり始末付けてもらいましょうか?」
国が乱れるとかそんな事言われても。今までの悪事は帳消しにならんし別問題だろ。
わたし、アイギス。正義感溢れる妖精の騎士なの。
仇は取らなきゃならねぇんだわ、誰とも知れないヤツのでもよ。それが"正義"ってヤツだ。それに、流される血のみが贖罪に値いすると信じてるの。
さて、ジェラルダイン、この状況でどうする気よ?
落とし所が有るなら言ってみ、と余裕かまして返答を待ってたら……
「仕方ない。なら、貴族どもは諦めるか」
あっさり諦めるジェラルダイン。余裕すら伺える見捨てっぷり。でも、外交官の人が食い下がるの。
「お、お待ちくだされ! ジール卿。それではこの国の衰亡は明らか、デルモニアでの植民地政策の失敗を繰り返すことになるやも知れませぬぞ」
この外交官の人も面子だとか、色々有りそうだからね。
アスタロッテに聞いたけど、この外交官、この国の貴族家に縁のある血筋の人らしいから、赴任先に選ばれて頑張ってるんだとか。
「それとも魔女王陛下は完全にこの国をお見捨てになるおつもりなのですか」
「言葉が過ぎるぞ、フェイ厶ブック外交官。そうならない為に私がこの場に来ている」
「……失礼いたしました。ですが、不満や恐怖を抱く貴族を抑えぬことには、この国の未来は暗礁に乗り上げましょう。なにとぞ、ご再考頂きたい」
「なに、再考せずとも策はある。先ずは妥協が引き出せないかと確認を取ったまで……。――ここまでの状況を聞いてもないんだな?」
「ないな。そっちの都合でしょ」
「ジェラルダイン。天使王の法の裁きにお目溢しはない。あの者たちはやり過ぎている。厳正な罰が下されるであろう」
「聞いたな? 外交官。神祖の妖精王に天使王の代理人が揃って救うには値しないと来た。これはどうにもならん」
「で、では如何様に為さるのです、ジール卿。我が身の非力非才は重々承知、であるこそお伺いしたい」
「仕方有るまいな。今回は一外交官では荷が重かろう、とは魔女王陛下からの言葉だ。で、肝心の妥協案も陛下からだ」
「陛下から……?」
魔女王から?
予想外の所から話が来たよ。外交官の人と同じ感想を抱いたわ。でも、考え直して見れば聖魔帝国の政治を司る宰相みたいな存在なんだから口出しして来ても可怪しくはないよね。
「では、アリーシャ。魔女王陛下からの要請だ。……天使王の代理人殿には刑罰の執行に際して特別の配慮を求める。具体的には……性格属性の強制変更を極刑の代わりとして執行を求める。以上だ」
性格属性の強制変更……? まさか、そんな手を打ってくんの。
と驚いたわたしを余所に幼女が満面の笑顔を見せた。
「素晴らしい、ジェラルダイン。その策で来るとは。ザフィキエルも一石二鳥と言っている。それなら問題はすべて解決する」
「後はアイギス殿下にご承諾頂くのみだな。その顔だと何する気かは理解していると思うが」
「とんでもない策を打ちやがる。でも、他が解ってるの。それ。色々と問題有りそうな方法だけど……」
外交官のフェイ厶ブックとこの国の宰相バルスタン他のお偉方にはピンと来てないの。唯一デリアーズ公爵だけが、その表情を引き攣らせていた。
「そ、それはつまり洗脳する。と、言う事だろうかジール卿」
「人格に与える影響は大きいからな、洗脳と変わりはあるまい。人権問題にはこの際、眼を瞑ってもらおう、非常の際の緊急的な措置としてな。刑罰の執行としては無難な対応だと考えるが?」
「何が無難なものか。魔法に依る一時的な精神干渉と言うレベルではないのだろう? 不可逆的な精神汚染、魂レベルの干渉だろう……そうに違いあるまいか、ジール卿? 天使王の代理人殿」
「確かに元には戻せんな」
「うむ。聖魔帝国の人権審理委員会の人たちに猛反対された実績がある。犯罪者といえど思想の自由の保障が危ぶまれるだとか」
そりゃ反対されるでしょ……。悪から善へ、中立から善へと性格属性を変更して人格に影響でない筈ないもの。
魂の自由は最後の権利、ってヤツに抵触するしね。……神殿とかに知られたらヤバそうだな。
吸血鬼のデリアーズ公爵さえ苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてるから、相当に反道徳的な行為だと解るわ。
わたしもそういう事だとは知ってるけど、悪党の人権を守るほどじゃないから、その程度で忌避感は一切持たないがな。
「良しっ。ならそれで妥協しましょ。どのみち処刑一択の連中だ。その辺りの判断はアリーシャちゃんと天使王が責任持ってくれるんでしょ?」
「任せるが良い。冤罪が生まれないように全力で調べあげる。ひゃあ、そうと決まれば善はマッハ――」
止める暇もなくダッシュで金髪の幼女が広間から出て行く。あっ、とか間抜けな声を外交官が上げてるけどもう遅い。
アリーシャちゃんは止められないぞ。やる事がわたし以上に悪党に対してえげつないからな。
様子見に行ったら悪魔すら震えあがる地獄を用意してたわ。なまじ悪党に冷たくないからどこぞの暗黒騎士より酷いんだよね。
そして今回は絶対逆方向に酷くなる。
このアイギスさん、確信すらあるの。
そして後日、その確信は現実になり聖魔帝国の傀儡国家二つ目がこの大陸に誕生する事になったのだった……。
性格属性の変更を天使がやればそれはもう"洗脳"以外の何物でもないよね。
†
†
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……王城での召集の件がなし崩し的に終わり、わたし、セレンディーズ・ドゥ・デリアーズは失敗を悟らざるを得なかった。
「やられたな。聖魔帝国……最初からその気だったか」
分艦隊旗艦の執務室に戻り、椅子に座ると独り言が漏れる。が、丁度その時に部下が執務室の自動扉を開き、聞かれてしまうのだが。
「お聞きしましたよ。翻弄されたようで……中々食えない連中ですな」
「部屋に入る前に声くらい掛けろ、ヴィズアール少将」
わたしの艦隊の副司令官には遠慮と言うものがない。困る。まず、わたしに対する扱いがぞんざいだ。
「何分、扉にロックが掛かっていなかったもので、自動扉ではノックする訳にもいきますまい。室内が完全防音であるのをお忘れですか?」
「インターホンと艦内通信機」
「そんな手間を掛けるくらいなら扉一つ開けた方が手っ取り早い。何も年頃の娘では有るまいし」
この女性に対するデリカシーの無さ。
貴族然とした顔立ちな男なので余計に腹が立つと言うものだ。
しかも実際に名のある貴族家の当主なのだからな。
「さて、些事はその辺りで。して如何です? 当初の目論見は達成できそうですが、付け入る隙は有りそうですかな?」
「貴官の好かん所は状況を知りえながら、これ見よがしに聞いて来る所だな。……むしろ逆用される体たらくだ」
艦隊で合流した時も然りだが、この状況になれば最初から仕組まれていたとさえ思えてくる。
組み立てられたのが、わたしと神祖の妖精王の会見の時だと思いたいな。
それより前に、だと考えると寒気がする策謀の深さになる。……可能性がゼロで無い所が聖魔帝国という国の怖さでもあるのだが。
「やんごとなき中将閣下では悪辣な謀をどうにかできますまい。何もそうめげずとも」
「慰めてるのか貶してるのか解らん言い方はよせ、まったく。第一その為に貴官が居るのだろう?」
「足り無い所を補うのが副たる者の役目ですから」
「で、そう言うからには何か打つ手があるのだろうな」
策謀を企てるのがこのヴィズアールという男の本領だ。戦闘能力も侯爵に相応しい実力を持っているが、智謀という点でも抜かりがない。
但し、野心とは無縁で、しかも忠義や忠節の持ち合わせがない男なのでその脳髄を働かせるには一苦労ではあるのだが。
「現状、我らが真人類帝国の宰相の動きを掣肘するので手一杯。この状況で、聖魔帝国とロクス教国の争いに関与すれば藪蛇になりかねません。まぁ、大体こんな事になるのではないかと思っておりましたが」
「なら先にそれを言え。ここまで露骨だとは考えもしなかったぞ」
ロクス教国の手の内であった貴族どもを洗脳して自国の手駒にするなど、やり方が大胆過ぎて誰が考える。教国の影響を潰して一石二鳥か。
聞いた瞬間、良くもわたしの眼の前でその策謀を進められるなと、腸が煮えくり返ったわ。
「強いて言うなら、こちらの手の内を見せ過ぎですな。信頼を得ようと言うのはご理解できますし、姫君の気性なれば、その方がやりやすいのは解るのですが……」
「でなければ、あの神祖の妖精王の歓心は得られまいと思ったからだ」
集めた情報に拠れば相当、正義感が溢れる……狂人の類いだ。ある意味では純粋とも言えるかも知れないが……
「……嘘や虚々実々の駆け引きが通用するとも思えん。何よりへたに動いて敵に回せば厄介極まる。あの宰相に任せるよりはマシだろう」
「皇帝陛下が姫君に任せるとなればそれ以外に理由がありませんからな。相性が良いと思ったのでしょう。……ですが、現状では恩を売るだとか、聖魔帝国とロクス教国を争わせるだとかを、我らが帝国を巻き込ませずに、と言うのは虫が良い話しです」
「それを推して考えるのがおまえの役目だろう。ヴィズアール。あの宰相の使いの文官を排除する以外に智謀の冴えが見当たらんぞ……」
このメラディシア大陸に真人類帝国の覇権は及んでいないが、座視て聖魔帝国に獲られるのを静観する訳にもいくまいからな。
しかもあの露骨なやり方を見せられては。
今後、親聖魔帝国派のロクス教国ような国がこの大陸で誕生するなど悪夢以外の何物でもない。
実際奴らは、この大陸の国一つ、布教活動で被支配者層を取り込み実質傀儡にしている。
……布教開始から3年で。
比較的マトモと思える方法でもこれだ。
どこかで足を引っ張って置くに限る。真人類帝国の主敵たる森陽王対策にあの神祖の妖精王を使える形にして。
「……この大陸の最大の国家ベイグラム帝国でも奴らは工作中。ロクス教国を弱体化させ過ぎるのも困りものだろう」
「注文が多い姫君ですな。……ですがご心配は無用。ここまでやってはロクス教国が何らかの手を打たぬ訳にもいきませんよ。デリアーズ閣下の憂いは教国にしてみれば眼の前に降りかかる災厄ですから」
「そうか挑発してるとしか思えんくらいだからな。……あの闇妖精の暗黒騎士。何がロクス教国と争う気はないだ。抜け抜けと」
今、思い出しても腹立つな。
我らが帝国の宰相の横槍を防ごうと結局、奴の口車に乗ったがこのざまだ。……ここまでの筋道をあの場で考慮したとなると、流石、悪辣非道で名を馳せる〈最凶最悪〉と舌を巻くくらいだが。
「だが、それは奴らも承知の事だろう。教国が手を出せるのか? 人体実験の件。連中にしてみれば不祥事以外の何物でも有るまい」
「出さざるを得なくなりますよ、否が応でも。但し、どのような方法で、となるとこれは事態をつぶさに静観して機を伺うしかないでしょうな」
「なら、当面はこの国に駐留して様子見か……」
ロクス教国も真人類帝国と覇権を争うライバルには違いない。だが、19年前に聖魔帝国が出現してから世界の趨勢と状況は明らかに一変した。
それまでの争いはあっても停滞し、安寧が続く時代から、文明復興を掲げる聖魔帝国に依って激動の時代へと。
禁断とされた技術拡散を裏技的な科学技術に依って成し遂げようとする聖魔帝国は明らかに現状の世界秩序に挑戦状を叩き付けている。
……旧態依然とした連中を排除し、新秩序を構築するのが聖魔帝国の狙いだろうからな。
教国も我々もこの流れに乗り遅れれば、滅亡の憂き目に合うだろう。
残念ながらそれが解らん連中が多すぎる。
聖魔帝国が世界征服なり支配を望むなら別の方法が幾らでもあるというのに勢力争いの範疇でしか考えて居ないのだ。
わたしはそれらを何とかしたかったのだ。
世界を天使と悪魔に良いようにされるなど御免被る。それこそ、何をされるか解ったものではないぞ。
しかも、神祖の妖精王なども出現するのだからな。
神々などに人類の未来を決定されては堪ったものではない。
「……が、現状やれる事は雑務処理と機会待ちか。もどかしいな」
「気宇が大きいのは昔から認める所です」
「煩さいぞ。役にも立たんヤツに用はないのだからな」
わたしはさっさと手を払い執務室から副将を追い出した。だが、以外な速さで呼び戻す事になるのだが。
ロクス教国から艦隊がやって来るだとかは、わたしにも想像の蚊帳の外側であったのだから。




