第二十六話 妖精騎士アイギスさんと続・悪党退治の強襲大作戦(7)
黒髪の端正な顔立ちの少女――
〈剣千の魔女〉は颯爽とセーフハウス内のリビングルームに姿を現して私、ヘンドリクセン含む逃げ延びた方々を一睨。
困ったことに目が合ってしまいました。
副ギルド長他、街の有力者たちも見下すように睥睨されただけで声の一つも上げられず、恐怖に身を強張らせています。
なにせ裏稼業では知る人ぞ知る有名人です。
特にその衣装、黒のドレスに幾多の剣の使い手の魔女、というスタイルは初顔合わせでも解ろうというもの。
こんな格好をした殺し屋はまず居ません。
そうで無くても手に持つ剣に血が付いて居れば何をしてたかは一目瞭然。状況から考えてこれ以上マズイ状況有りませんね。
そして、その御本人が私を見据えて他の方々を一顧だにせず、近寄って来ました。
「一応、聞くけどあなたがヘンドリクセン? 写真を見せて貰ったけど垢抜けてるわね」
「……その頃ですと士官学校を出た辺りですね」
「ああ、そんな服装してたわね。じゃあロクス教国の諜報員で間違いがない?」
「……ええ。その通りですが……」
さすがの私も二の句をどう紡ぐべきか迷いますよ。何せ〈剣千の魔女〉と言えば〈鮮血妖精〉よりはマシと裏稼業で高評価されてる人物です。
まだ話が解る方、という意味ですが比較対象が狂犬中の狂犬とも言われたあの〈鮮血妖精〉です。
そして過去、皇族の血統殺しをやらかした鮮血妖精に対してベイグラム帝国の刺客として送り込まれ、唯一生き残ったのがこの〈剣千の魔女〉と聞いてます。
言うに及ばず、この大陸ではあの〈鮮血妖精〉に次いで有名かつ危険人物ですから。
ちょっと動揺を隠せませんよ。次の発言が辞世の句になるかも知れないと思えば。
「あら、ご挨拶ね。コレでも助けに来たのよ」
「……助けるという語句も中々、主観的な物が有りますからねぇ……」
「暗黒神殿や邪神ロアを信奉する連中と同じと思われるのは心外ね。言葉通りの意味よ……まぁ、少し問題を抱えてるんだけど――」
と端正な顔立ちの少女が振り返り、先程は気にもしなかった有力者の方々に視線を転じました。
「依頼を受けたのは良いんだけど……契約が重複してるのよね。結局、同じ内容だから受けたんだけど」
「……と申しますと?」
「まぁ、依頼内容は現地諜報員の回収と引き渡しなんだけど……この連中については――」
と、彼女は剣を突きつけ声音も変えずに宣言。
「――始末しろって依頼を受けてんのよね」
「な、なんだと!」
降って湧いた死の宣告に驚愕した副ギルド長。
更に周りの有力者方にも動揺が広がる有り様。
見てて、とても居心地が悪くなります。
「馬鹿な! 一体どうなってるんだ」
「わたし達が一体何をしたっていうの。今まで協力して来たじゃない」
「ろ、ロクス教国は裏切るというのか。まさか、その為に私たちを集めて……」
「はい。今までご苦労さま。ま、切り捨てられるのは当然でしょ、どのみちアンタらも似たような事やってんだしお鉢が回って来たって事ね」
「そんな! 一体どうなってるのかねヘンドリクセン君! 本当に私たちを裏切る気なのかね!」
「いえ、私はそんなつもりは毛頭ないのですが……」
横目で〈剣千の魔女〉殿の後ろ姿を拝見。魔女と呼ばれてる割りには艷やかな黒髪です。
毅然とした物腰の彼女に話し掛けるのは躊躇われますが聞くべき事は聞いて置かないと。一応は義理も有りますので。
「……その、ご依頼の内容を正確に伺っても? 何らかの齟齬があるような気がしてならないのですが」
「そうねえ……本来は内容を明かすのはルール違反だけど、こっちも二重に依頼の契約取っちゃったから教えてあげても良いわよ? 但し、条件は二重契約の件を不問にしてくれたらね」
「それは……嫌な予感がしますね。聞けば引き返せなくなる点が」
「じゃあ、聞かずに黙って見てること。あの〈鮮血妖精〉に殺られるよりはマシでしょう? 私なら慈悲深くサクっと一撃よ」
「少々……お時間頂けますかね?」
「待って、5分。奴らが逃げ出そうとしたら、了承と見做す。オーケー?」
私はコクリと頷き時間を稼ぎます。
また、5分と短い時間ですが、最悪の場合を考えねばなりませんからね。そりゃ脳髄をコレでもかと酷使して考えましたよ。急ぎで。
「……内容を聞かないと話になりませんね。交渉できるならその上で……交渉するくらいのご猶予は頂けるんですか?」
「それこそ、その内容次第。……でも、良いわ。これで私の契約の不手際はなんとかなりそうだから。……で、依頼の内容だったわね。一つ目がそこの連中の始末。二つ目が貴方の回収と可能なら他の連中も、よ。」
「…………先ずお聞きしたいのですが、私の回収はその二つの依頼内容に両方含まれる?」
「含まれる」
……成る程。これは二重三重の意味で判断に苦しみます。一つは依頼元が二つな件。二つ目は街の有力者に関しては相反する依頼が出てる点です。
ちなみに三つ目は、だというのにその矛盾した依頼を受けてる点ですね。
「聞くだけ無駄だとも思いますが、依頼元はもちろん?」
「明かす訳ないでしょうが。……それに多少、不手際があっても、依頼内容は矛盾しないでしょ。貴方の引き渡し元はロクス教国なのは間違いないんだし」
「いえ、教国でも……そうか。もしかして依頼元の一つは教国では無いのでは?」
「……さて、それは私の口からは言えないわね。じゃ、お話ししたし、これで契約の件はチャラって事で」
さて、こちらもコレは不味い。まだ、教国から二つ依頼が出て居た方が希望が持てましたよ。
交渉の余地があるという点で。
私が困惑したのを見て取ったのか〈剣千の魔女〉が艶然と、少女の顔に笑みを浮かべてます。
「フフフ、その分だと絶望的ね。まぁ、諦めなさいな。可能な限りと教国が条件付ける方が悪いわよ。逆に言えば居なくても問題ないってことでしょ、それは」
「…………」
ただ、微笑んでるだけなのに有無を言わさぬ迫力が有ります。
剣千の魔女は一人で裏組織のアジトに姿を現し、皆殺しにしたりとその凶悪な戦闘力が知れ渡っています。
一流の殺し屋の気迫というべきものがあるのか、戦闘に関して素人の私でも背筋に悪寒が走りますよ。
ただ、殺される側の方々は黙っても居られないようで、私の不甲斐なさに代わって口々に声を上げましたが。
「ま、待ってくれ! それなら金だ! 金を払う」
「そ、そうだ。〈剣千の魔女〉。お前が受けた依頼の五倍は払う、十倍でも良い。それなら充分対価に見合う筈だろう」
「なんだったら、わたしのコネを紹介してあげても良いのよ! お願いよ!」
「それって聞き飽きた生命乞いの謳い文句なのよね。返答するのも飽き飽きだから。――それがダメな理由言ってあげなさいよ? 諜報員さん」
「…………皆さんお解かりだと思いますが。裏稼業の鉄則で信用ほど代えがたいものが無いと云うものが有りまして。……一度受けた依頼を反故にすると今後の仕事に差し障りが出ますから……」
"裏"の人間でもプロ中のプロなら尚更でしょう。
犯罪行為なのは確かですが表の仕事と同じく信用が生命なんですよ。
どんなに腕が良くてもいい加減な仕事してると、とても依頼できませんから。"やらせる側"の立場としては不測の事態はなるべく排除したいですからね。裏切られるだとか、そういう事は無しにしたい訳です。
この大陸で動けるフリーの裏稼業最強となればそれはもう信用第一の人ばかりですよ。やり方が少々露骨なのは置いといて。ある意味これぐらいなら妥協の範囲と言えなくもないですし。
「模範解答ありがとう。――じゃ、そういう事で」
「待っ、ま――へっ?」
副ギルド長が慌てて言い繕うとした瞬間に身体中に突き刺さる剣、剣、剣。
私も一瞬目を疑いましたよ。
何せ唐突にセーフハウス内のリビングの空間の至る所に剣が出現し……
いきなりその場に居た人間が串刺しになってる光景が目に浮かんだんですから。
魔力の流れなど兆候が一切なく、いきなりです。
リビングルームが身体中に剣を穿たれた生身の彫像が立ち並ぶ空間になっていました。
「こ、これは……驚きですね」
わたしが声を発した瞬間には容易く生命を奪われ、そのまま倒れ込み敷かれた絨毯に赤い血を広げる……見知った方々。
力及ばず誠に申し訳ない。
「大したことしてないわよ。剣を召喚してそのまま突き刺しただけ。コレで腕が良いとか言わないでよ」
「申し訳ない。荒事の現場に立ち会う機会というものがなかったもので……」
「その割りには落ち着いて居るように思えるけど。そちらの彼女と違って」
言われて私は振り返ると、同僚の元ギルド嬢が顔を蒼ざめさせていました。……彼女、一応それなりの戦闘の心得があるらしいのですが……
「で、その子は? 関係者なら殺らないといけないんだけど?」
「ちょ、待って下さい。うそ、ですよね」
「いえ、私と同じく諜報員なので勘弁願えませんか? ……おそらく、狙いは私で彼女ではないのは解って居ますが」
黒髪の少女の表情に面白がるような笑みが広がりましたね。どうやら推測が当たりのようで。
「なるほど。なかなかお利口さんね。ま、そういうタイプだと思ってたけど。良いわ、仕事にケチ付いてるし見逃してあげる」
「ありがとうございます。次いでに、お答え頂くと幸いですが……有力者の方々を始末する依頼を受けたのが、先に、ですよね?」
「その質問が来てる時点で合格って所ね。せいぜい踊りなさいって事よ。……ちなみに余り時間もないのよ。聖魔帝国の連中を出し抜くのも一苦労でね。いや、あの妖精連中の方が厄介か」
「もう一つの依頼って聖魔帝国じゃないんですか?」
と、横から失職確定した元ギルド嬢が口を挟みました。いや、怖いもの知らずですね。
おそらくそうなんですが、そこは暗黙の了解で具体的には言わないというのが有りまして。
こう、裏の業界のエチケット的な不文律で。
「そっちの子はまだまだ新人よね……。教国にもゴタゴタがあれば聖魔帝国にもあるって事じゃない? 大サービスよ、この話。後はそこの先輩に聞きなさいよ。ちなみにこの話は私の推測ね」
「これ以上聞くのはいけませんよ。魔女殿にも仕事の都合が有りますし」
「そんな訳知り顔で話し進めるからじゃないですか。何かの間違いとか起こったらどうするんです? 推測だけで会話進めて」
私と魔女殿が顔を見合わせます。
この業界だと具体的に喋れない事が多いので相手の認知任せな所が有りますからねぇ……
主語を外したり、それとなく話したり、それで相手を測るだとかしたりしますしね。
「間違ってたら、間違ってたらよ。そこは相手次第。仕事に必要な手筈は済んでるからこっちは問題ないの。時間がないのも本当だしね」
「一応、具体的に時間がない理由だけお聞かせ願えますか?」
「来るのは良いけど帰りが怖い、既に一度見つかって出し抜いたけど、ここで暇潰してたら再捕捉されるの時間の問題なのよ。じゃ、理解したならさっさと動く」
「見つかったって、じゃあ脱出ルートはどこから……」
元ギルド嬢の、ごもっともな懸念ですね。見つからないルートで来たらそのルートを脱出に使えば良い訳ですから。
「それは今から手探りよ」
「補佐! とんでもない事言ってる気がしますけど!」
「彼女が慌てるのも無理有りませんよ。見ての通り、私は荒事はほぼ素人でして、彼女も多少訓練を受けてる程度。で……私たちにはとてもあの悪魔達や、噂の神祖の妖精王直参の妖精部隊の追撃を躱す自信が有りません」
「解ってるって。お荷物抱えて脱出は困難だって。まぁ、地上じゃ、ねぇ……」
「この衛生環境最悪過ぎる地下水道通るとか止めて下さいよ! そんなの小説だとか、冒険活劇のお話しですよ」
元ギルド嬢が金切り声上げるのもごもっとも。
ここの地下水道は魔物やら猛毒やら発生してるのでまず通るのは無理です。下水なので硫化水素とか充満してます。更に追っ手も来るとなると。
「私もそんな所、嫌に決まってるでしょ。ギリ、女の子を案内できる場所よ」
「と、なると……?」
「異空間。影の世界と言えば聞いたことくらいあるでしょ?」
「え……?」
本国生まれで士官学校卒ではない彼女にはピンと来ないようですが、私には解りました。
なぜ、〈剣千の魔女〉が最初からそのルートで来なかったかも。出入りする際に察知される可能性があるからです。
「この世界と表裏一体に存在している概念世界ですか。こちら側の人間が物理的に存在でき移動できるとは聞いてますが……」
「その世界にご案内よ。解ってるじゃない」
「危険な魔物の巣窟だと聞きおよびますが……」
「追手よりはマシよ。向こうも飛空艇とかは使えないしね……じゃあ行くわよ」
言うが早いか手にした剣を振り、闇の空間を切り開く魔女殿。魔剣の類ですね。魔法陣だとか魔法の詠唱だとか、そういった手順を踏まずに一瞬でこじ開けましたよ。
「補佐、この空間に生身で入ってもだ――」
「つべこべ言わずに入りなさい! ――予想より対応が早い!〈次元封鎖〉が解かれた。もう、追手が来る!」
警告の次の瞬間にはリビングルームに悪魔が次々と召喚され――その悪魔達がまた忽然と現れた無数の剣で串刺しに。
「もう、何がなにやらですが、マズい事は解りますね。行きますよ!」
「え、ちょっと! 補佐」
私は同僚のギルド嬢の背中を押し込むように切り開かれた闇の空間へ。
その間にもリビングルームは更に出現する悪魔と、手に持つ魔剣を振るい始めた〈剣千の魔女〉との戦場になってました。
一瞬の躊躇いで容赦なく死ぬ戦場というやつです。
何せセーフハウスとして長期間の滞在にも対応できるよう、豪奢に設えたリビングルームが、一瞬でズタボロになっていたのが最後に目に入りましたからね。
そして一難去ってまた一難。
眼の前にはそのズタボロになったリビングルームと似たような空間――影の世界に入った訳ですが……
「キキキぃ!」
「……ちょっと! いきなり魔物が居るじゃないですか!」
と、私に文句も言いながらも元ギルド嬢が懐から銃を取り出し蝙蝠のような魔物に発砲するのはさすが諜報員です。
しかも、対悪魔用の神聖属性弾ですね。
「良く効いてます。通常弾ではダメージを与えられないらしいですから」
「言ってる場合じゃ」
「――同感。さっさと動く。こっちに入ったのバレたから、準備が整えば追撃して来るわよ」
機を見て飛び込んで来たんでしょうね。
剣千の魔女殿もご到着。直後に影世界の蝙蝠には、幾つも宙から剣が降り注ぎトドメが刺されました。
そして魔女殿がそのままこちらを一顧だにせずに、元の世界と同じ構造のセーフハウス内の出入口へ。
付いて来い、って事なのは明らか。
幸先が思いやられます。
それどころか私達の生命も危うそうですね。何せ影世界の魔物を利用して、追跡を巻こうという考えなんですから。
「結局、足手纏いは少ない方が良い、という事ですか」
出口の扉に消えようとしていた魔女殿が振り返りました。
「そういうこと。だから、多少の不手際でしょ? せいぜい面倒見れるのは二人くらいよ」
つまり、最初から街の有力者たちの生命が助かる見込みは無かった訳です。
「ちなみにそっちもお利口さんでないと逃げきれるか解んないわよ」
「機転を利かせろ、という事ですね。……」
「……こんな事になるなんて考えてませんよ」
そうですね。私もまさかこんな事になるとは思いも依らず。世の中とは中々上手くいかないものです。
私もまだまだ青二才と言われる歳で、経験不足なんでしょう。特に、彼の聖魔帝国の諜報工作の担当者には参りますよ。ここまで手筈を整えてるんですから。
おそらくベイグラム帝国での担当の方と同じだと思うんですがね。
正しく悪魔的な頭脳の持ち主のようで。
コレは我が教国の情報省が手玉に取られるのも解ろうというものです。
特に、この件で何を仕掛けて来るか……
「――補佐! ヘンドリクセン! こんな状況で余所見しながら歩かないで下さいよ」
「おっと、すいません。またいつもの悪い癖が」
「気入れないと死にますよ? もう、こんな得体の知れない所でもその考えこむ癖を……以外に眼の前のことは見えてないんですから」
「そうですねぇ……。興味のある事に入れ込むのは私の悪い癖ですから。そう言えば……今更なのですが……貴女のお名前も実は知らないくらいで」
「うそぉ……彼これ3年は付き合いあるのに」
「いえ、興味のある事には深入りするんですが、実はそれ以外の事はからっきしでしてね。そもそも人の名前覚えるのも苦手なもので……重役だとかは役職を覚えれば済みましたから」
と、言いつつ彼女からお名前を拝聴しながらもやっぱり考え込むんですよ。
然し、本当に幸先が思いやられます。
おそらく帰れば、こっそり査問。次いで教国のゴタゴタに巻き込まれるんですから。
偶には良いことしようとするものではないですね。
何とかならないかなこの悪事と思い、情報省と魔法省が縄張り争いしてる情報を、解る人には解る形でこっそり流すとか言う真似なんてのは。
だというのにこんな事になるとは。
罪滅ぼしの善行も報われませんねぇ……
裏話〜奇跡のダブルブッキング〜
聖魔帝国のとある魔大公
「あらあら、教国相手の工作ですか、急ぎですね。ではいつもの方にお願いしましょうか。おまけの方々はお片付けしてもらって」
教国のとあるハイブラウニーの聖騎士
「いきなり言われてもあの大陸に伝なぞないぞい。仕方ない、裏で使えそうなのに依頼するか。急ぎで。諜報員を最優先で、っと」
千剣の魔女
「ラッキー。依頼重複してるけど行けそうじゃない。報酬二重取り美味しいわね」
ヘンドリクセン
「大体こんな感じでしょう。解りますね、悪党の生命ほど安いものはありませんから」




