第二十六話 妖精騎士アイギスさんと続・悪党退治の強襲大作戦(6)
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アレスタの街のとある地下室。
下水道との境にあるその場所は一応のセーフハウスという形で用意され、今は私、冒険者ギルドの副ギルド補佐ヘンドリクセンと街の有力者達に依って有効活用されていた。
「へ、ヘンドリクセン君。ロクス教国はいつ救出に来てくれるんだ、もう夜が明ける頃合いでは……」
「副ギルド長。昨日の今日です。教国とて早々には動けぬでしょう。今はいずれ助けが来ると信じて待つしかありません」
「し、然しそうは言っても……連絡がつかぬ、外の情報が解らぬでは。……教国は我々を見捨てるつもりではないのか。あ、あんなものが来てしまっては……」
と、セーフハウス内では安心しきれない副ギルド長他、街の有力者の皆さんが夜も眠れず一様に疲れきった顔をしております。困った事に私、ヘンドリクセンはそのお相手をしてる訳で。
「戦艦一隻程度なら教国にも有りますよ。何もご心配なさらず……それよりも今は身を潜めて見つからないようにするのが重要です。あの磔刑を知る皆さんなら捕まればどうなるかは……御存知の筈ですが」
「……うぅぐっ。一体どうしてこんな事に……」
と何度目かの似たようなやり取りを繰り返し、また頭を抱える副ギルド長。……いや、私の方こそ聞きたいくらいなんですけどね。まさか、戦艦で乗り込んで来るとは。
そして、吸血鬼の帝国、真人類帝国の艦隊が来て、しかも一緒くたに王都に向かってしまうとは。
……真人類帝国に情報を流したのは私なんですが何が何やらですよ。
せいぜい状況を混乱させロクス教国が介入して来る時間を稼げれば御の字だったのです。
それが蓋を開けて見ればこの有り様ですからね。
「これは副ギルド長と同じく私も頭を抱えたくなります。どう言い訳すれば良いものやら……」
「声に出てますよ。ヘンドリクセン補佐」
と、隣に居たギルド嬢に独り言が漏れていたので窘められる始末。
「おや、失礼。つい愚痴が漏れていましたか」
「その割りには余裕が有りそうですね。結構、危機的状況だと思うんですが?」
「いえ、いきなり本格的に街中を捜索されるよりマシでしたから。辛うじて首尾は上々と言った所です。むしろ、聖魔帝国の動きが気になりまして……」
「むしろ、脱出できるか気にしましょうよ……」
「まぁ、そちらの段取りは組んで居るので。後は天に運命を預けるしか有りませんよ。…………そう言えば、貴女はどうして行動を共に?」
ギルド嬢も脱出行にそのまま着いて来るので私も完全に見落としてました。
地下遺跡の工場が落とされた時点で、麻薬密売の件に絡む皆さんに、脱出の手配を差し向けたりと私も忙しかったものですから。後、一歩遅ければ危うく捕まっていた所でしたとも。間一髪です。
「補佐が本国への緊急連絡だとかギリギリまで私に仕事を頼むからじゃないですか。このセーフハウスの案内までさせられたら、付いて来いと言ってるようなものかと」
「……それは申し訳ない。何分、私も切羽詰まった瀬戸際というのは初めての経験でしたから。そこまで気が回りませんでしたよ」
「気を回す所が違う気がしますけどね……副ギルド長や街のお歴々にまで脱出の手配をして。でも、……本当に本国から助けが来るんですか? 不味い状況だと思いますけど……」
その辺りの不安はごもっとも。この状況になったら見捨てられる可能性の方が高いと思うのは。
なにせ悪事を働いてたにしても末端ですから。助ける理由を探す方が難しいくらいです。
「……まともに助けを呼んでも来なさそうなので、救いの手を差し伸べてくそうな相手に頼みましたよ。その辺りは抜かりなく」
「当てになるんです? そもそも、王都に艦隊が向かった、って事はもう聖魔帝国も吸血鬼の帝国もこの国ごと制圧して決着を着ける気でしょう? 私たちみたいな末端にまで気を回してくれますかね?」
「ま、普通ならそうですね。ですが、お話ししてない事を含めると現場の人間の証言がこの際、重要になるんですよ」
「現場の証言……?」
さて、何処まで話しても良いものやらと考慮しましたが、結局、話しました。自分でも情報を整理したかったもので。
「――つまり、今回の騒動はロクス教国内でも情報省と魔法技術省のせめぎ合い、縄張り争いの一面が有ったという事です。本国生まれでない貴女には事情を知らせてませんでしたがね」
「はぁ、そんな事が……でも、それで現場の証言って。もしかして本国はこの事を……?」
「情報員として板に付いて来ましたね。ええ、最高評議会、つまり国のトップの方々の全員が知り得てる訳では有りません。聖皇陛下のお耳に入ればさすがに不味いでしょう」
ちなみに聖ロクス教国は聖皇陛下こそが国の盟主。国教であるロクス教の最高位者、教皇聖下でもあられます。
「もう、聖皇陛下なんて雲の上のお方ですから、末端の私がそこまでの事情は知りませんって。……あ、もしかしてそれを……」
「ええ。機密情報の漏洩に問われるかも知れませんが、何も知らないであろう方に知らせましたね。というよりこの状況だと知らせざるを得ない。事を正確に知らずに教国が介入すれば揚げ足取られるのが目に浮かびますよ」
聖魔帝国と共謀した〈妖精連盟〉が戦艦なんて持ち出して来るぐらいです。ロクス教国内では国のトップが集まり会議くらい開きますとも。
その場で、お互いの悪事を知りながら密かに示し合わせてた両省長のトップが、果たして会議の場で情報を正確に出すかどうか甚だ疑問ですしね。
おそらく隠蔽を図るでしょう。責めて責任問題を可能な限り回避しようと。
最悪の場合、国防を引き受ける軍聖省を抱き込んで艦隊派遣すらやりかねない所が怖い。どさくさに紛れてなんとかしようという魂胆で。
魔法技術省と情報省がどこまで、"悪事"をやらかしてたか、にもよりますが、最悪の事態は私も防ぎたいですからね。
聖魔帝国とはかつて一戦行い休戦中、それが万が一本格的な武力紛争事態になれば目も当てられません。戦う理由が最低なのが特に。
「な、なるほど……。以外に問題がデカくて面食らいますね……。でも、それだと助かっても嫌な予感がしますが……」
「その予感もこの窮地を凌いでからです。まぁ、それは杞憂だと思いますがね。情報省や魔法省が手を出せる相手ではないので……ただ、失職は確定でしょうが」
「しかも、本国で、でしょう? まぁ私の再就職先は世話してもらうにしても……あの人達には有るのか……」
と、ギルド嬢が目を向けるのは副ギルド長他の方々。
元ギルド嬢の方も妙な所を心配しますね。いえ、私は全く考えてませんでしたがね。そこまでは職分の範疇に入りませんし。私も情報省の諜報員とギルド長補佐としては失職確定ですし。
「……でも、なら。後は本当に待つだけですか。いつ助けが来るとかも聞くだけ無駄ですよね?」
「救出班がヘマしない事を祈るだけですよ。失敗するならそこから情報が漏れる、という可能性が一番高い。こればかりは、なんとも」
言えませんねぇ……。情報の扱いはともかく私、荒事に関してはからっきしですから。
艦隊がこの街を放り出して真っ先に王都を抑えに行ったので、警戒が緩んでると信じたいですね。
と、なると……
「一応、来るなら、近日中に。というのが私の予測ですが……」
「むしろ長引けばマズイんですね、解ります」
王都が落ち着けばこっちを気に掛ける余裕できますから。
さて、明日の我が身は。
と普通は嘆く所でしょうが、やはり気に掛かる。
一番気に掛かるのは真人類帝国の分艦隊があっさり行動を共にした点が。まるで最初から決まってたかのように王都へ直進しましたからね。
いや、むしろそうなるように仕向けられたか……?
ですが、そうなると真人類帝国側に今回の件を漏らすのも私が手を出すより先に仕組まれてた事になるんですよ。
つまり、相当に今回の件を織り込んでいた方が居る事に。……なかなか怖い発想ですが。
情報、諜報戦の世界は魑魅魍魎が跳梁跋扈していると良く言われますが私の想像が正しいとなると……
「やはり聖魔帝国か。動き方がチグハグなようにも思えますが……」
「良くこの状況で熟考できますよね……」
「できる事が有りませんから」
「諜報員の鏡ですよ。私では思いつきもしませんね。できる人は違うなと感嘆するばかりです」
「大したことしてませんよ。世の中、上には上が居るなと思い知らされるばかりですね。……ですが、そろそろお休みになられては如何です? ドタバタが多くてお疲れでしょう?」
「昨夜辺りで言ってもらいたかった台詞ですねぇ……いえ、どのみちもう休め……無さそうですよ」
セーフハウスの出入口の方向から何か騒ぎの物音が聞こえて来ます。
入口には有力者方の護衛の方々が見張りに立って居たんですよ。
ただ、聞き耳立てるとそこから聞こえるのは物騒な物音と、微かに聞こえる断末魔のような声が。
「覚悟しなきゃ駄目ですか……」
「これは……しくじりましたかね……」
来るとなれば抵抗も無駄でしょう。
さて、今度こそ我が身は。と私達は一様に遠い目をしてた訳ですが。(一応、諜報員なのでいざという時の覚悟くらいはしております)
……そして、姿を現したのは手に剣を持つ黒のドレスを纏った黒髪の少女でした。
〈剣千の魔女〉……裏の世界では名のしれた殺し屋です。
さて、私達の命運は……これは解りませんねぇ。




