第二十六話 妖精騎士アイギスさんと続・悪党退治の強襲大作戦(5)
既に夜の帷が降りて久しい頃合い。占領した王城の一室では、緊急会議が開かれていた。
わたしとジェラルダイン二人でだけど。
議題は単純、今後どうするか。
慌てて攻め込んでおいて今さらぁ? と思わないでもないんだけど、ロクス教国の関与が想定以上だったのよ。良くもこれだけ派手にやってたなって感じで。
この国の王様含む貴族連中の悪党どもを小突いて吐かせた情報を突き合わせると、殆どロクス教国絡みだったんだよ。
この国の"裏"の商売で、奴らが一枚噛んでない稼業を探すのが難しいくらいにね。
おかげで席上で報告聞いたジェラルダインがいつもの鉄面皮の表情を気難しくして、こめかみに指先を当てて考え込むくらいだもの。
そして幾ばくか沈思黙考していた暗黒騎士がやっと口を開いた。
「……なるほど。やっと理解が追い着いたな。どいつもこいつもばらばらに動くから状況を整理するのに手間が掛かる」
「で、なんか妙案でた? あの吸血鬼の皇女様からも報告求められてんだけど」
「結論から言えば、予定に修正の必要は無いな。アウレリア王は責任を取らせて退位。後釜を座らせ、ロクス教国にはロルムンド経由で話を付ける、以上だ」
「……ジェラルダイン。その話の筋は聞いてたけど収まんのそれで? 特にアリーシャちゃんが」
幼女は王様、確実に殺る気だぜ。殺意というものを超克した怒りの炎があの金髪の顔の碧眼に現れていたのよ。
一見、真面目そうな素の顔してたけど幼女の周囲の精神世界面が歪んでたわ。
あの幼女、並の生命体じゃねえ。
でも、さも有りなんよ。あの人体実験してたミュータント村みたいな事を国内含む近隣国で密かにやらせてたんでしょ。わたしでもキレるわ。
「なに……アリーシャは待てができる。事情を話せば多少はな。だが、予定はそのままで良いが、教国絡みの件は始末しないと不味いだろうな。さすがにヤツが収まらん」
「いや、その前にわたしに説明プリーズ。王様が不老不死の研究なんて馬鹿げた事やってたのは解ったけど、冒険者ギルドやら地下の麻薬生産工場とかとどう繋がんのよ。結局、背後の黒幕が全部ロクス教国なんでしょ。これ、少し可怪しくない?」
王様の背後がロクス教国、冒険者ギルドや他の貴族が囲ってた麻薬密売組織の背後もロクス教国。……でも王様の指示で冒険者ギルドにちょっかい出してたの。どう考えてもおかしいぞ。
「ああ、結局、背後が同じロクス教国なのにどうして争ってたんだ……そういう事か?」
「不老不死の実現の為にあの地下遺跡のホムンクルスの生産工場が必要だってのは聞いた。でもそれってロクス教国でも用意できるでしょ?」
不老不死を実現する方法の一つに別の肉体に魂を入れるって奴があってね。ただ、それだと魂に合う器が必要らしいの。
で、それをホムンクルスの生産工場で王様が作ろうとしてた。
ってのが、王家が冒険者ギルドに手出してた理由よ。
「ロクス教国でも用意できるだろうな。但し、その時点で例の魔法技術不拡散協定に引っ掛かる」
「地下遺跡の工場直してるのに今更過ぎるだろ。まだ、あの王様が踊らされたとかの方が説明付くぞ、ジェラルダイン」
「踊らされてたのさ。不老不死を餌にしてな。……耄碌した権力者を引っ掛かける良くある手口だな」
「……? そこんところ丁寧に説明頼むわ。三行で」
三行って言ったらジェラルダインの眉根が微かに動いた。
でも、わたしの為に解り易く要約はよ。アイギスさんの理解力が追いつかないのよ。わたしは賢者や天才みたいな頭の出来じゃないんだって。
「ロクス教国も国家、しかも人間のな。意思統一された強固な一枚岩の組織という訳じゃない。だったら権力争いだとかあるな。で、それをこの国でやったとしたら……?」
今度はわたしがこめかみに手を当てる番だったわ。
「余程の国で、縄張り争いやらを手下使ってやらせてたのかよ……国のお偉いさんを使って」
国単位でそんな事しないだろうと常識的な先入観があったから気付かなかったわ。
けど、空飛ぶ戦艦やら大陸間弾道ミサイル持ってる国がそんな事やるとは考え付かんでしょ。本当に先進国か、と突っ込みたくなるわ。
「多少、推測も入ってるがな。概ねそんな所だ。国王を体の良いスポンサーにして本国でやれないような人体実験をしてたんだろうな。……やり口が連中の諜報部門と違う所を見れば、おそらく教国内でも別の部署ではないかな」
「そいつらが外道だ、ってのは解るね。しかも隠れ蓑まで用意する周到な奴らってのも。……でも本国ではできないって、バレたらあいつらの国でも不味いの?」
「情報統制はしてるだろうが、上層部の連中の総意は得ていまい。何より奴らの国は宗教国家だ。聖魔帝国と同じく、まともな宗教家に事が暴露されたらそりゃ不味かろうよ」
「そいつらが本当にまともならヤバそうだな。……じゃ、それ出汁にするからロクス教国がこの件で絡んで来るのも無しって訳か」
「ご名答。本来は地下工場と吸血鬼どもを利用して引かせる気だったがな。手打ちの条件としては悪くはあるまい。売り先が選べるのも、な」
ここで笑顔を浮かべたりしないのがジェラルダインよ。本物の悪党は淡々と物事を何でもないように処理するの。
場合に依っては"まとなヤツ"に売って教国で一悶着起こさせる気だよ。それ困るだろうって、当たりを付けた黒幕に売るとかそんな手口で。
ただ、その手口。一つ問題が有るんだよね。
「でも吸血鬼のあの司令官はどうすんのよ。その話、できないよね? それネタにたかろうとするんだから」
「なに、わざわざ報告する事もないな。予定通りに王が利権争いで騒動起こした事にすれば良い。地下遺跡の生産工場を狙ってな。それだけ言っておけば怪しんでも突っ込んで来ないさ」
「……全部それで纏める方針は変わんないのね」
「不服か? だが、そうでもしなければ巻き込まれる連中が多くなるぞ」
「で、真実は闇から闇か……やるせないな」
会議室のテーブルの上に散らばる報告書の紙。
そこには今回の騒動の悪事の数々が暴かれてる。犠牲になった人も多いだろうに、何も明らかにされずに葬り去られるの。やるせないよね。
「全て世は事も無しと収めなれば、今を生きてる連中に迷惑が掛かるからな。真実を明らかにすれば血が流れる。流血を伴わなければ良いという事でも有るまい。それに……私が困る」
「……最後に本音が出て来るのがジェラルダインだね。既に血は流れてるけどな」
「権力者やその関係者の流血はノーカウント。それがこの業界の節度だ。最低限度のな」
「その最低限度をブッ千切るヤツらをどうにかしないと報われない気がするけど?」
わたしの言いたい事を理解してジェラルダインが、チラりと視線だけ向けて来た。
取引に使うのは良いけど黒幕がお咎め無しってのは腑に落ちぬ。責めて糸引いた奴らは地獄に落とさなきゃ。
「やれやれだな。アリーシャもアリーシャだが、アイギス、おまえもな。やらかした相手を血祭りに上げた所で必ずしも人の世を正せる訳でもない。……犯罪の抑止に報復や重罰主義は必ずしも有効とは限らないぞ」
「応報はせねばならないとわたしの本能が囁くんよ。ゴーストがよ。クソみたいな外道のさばらしても良い事は一つも無いってな。わたしの愛剣が血に飢えてんの、あと盾も返り血浴びたがってるね……」
自分で言ってて返答が狂気的だね。
でも、ほら、わたしって悪党みたらスッ飛んで行って切り捨てるじゃん。
悪・即・斬の心意気よ。少しは世のためになると信じきっている。誰にもやれない事を殺るのがわたしだよ。妖精騎士さんは悪党の血に飢えてんのよ。
「……今回、相手がロクス教国とかいう大国だから我慢してるけどぉ。そこは何とかならないのぉ? 腐海王にぃ、バレないようにちょっと小突いて来いって言ってあげても良いんだよぉ。丁度、ロクス教国のお隣に住処構えてるし」
このわたしの"お強請り"に、ジェラルダインもいつもの無表情を眉根を顰めて半目にしてわたしを見やったわ。
でも、わたし知ってんぞ。おめえアリーシャちゃんには甘いだろ。甘やかしてんだろ。結構好き勝手にやらかしてるのをフォローしてる関係だもの。
当のアリーシャちゃんから聞いてんだぞ。後、アスタロッテからも。
曰く、ジェラルダインに投げれば大体上手く行く。
但し、完全な悪の側だから手綱は握ろうってな。
「ほら、今こそ暗黒面のパワーを見せつける時なんじゃない? ギッタンギッタンにできるでしょ?」
「……直接手を出すと面倒ごとになりかねん。奴らにも領分という物があるからな。が、仕方ない。"売り先"を考えるか、その辺りで手打ちだな」
「中途半端な妥協は何も解決しないって聞くぞぉ。その"売り先"は大丈夫なんでしょうね?」
「その辺りは今から検討。……なんだったらアスタロッテに任せても良い。ただ魔女王から横槍が入る可能性は考慮に入れてもらおう」
ふ〜む。と、今度はわたしがジト目で見つめる番よ。
アスタロッテなら良い感じにやりそう。ただ、やり過ぎる可能性もあるとわたしの直感が告げるんだよね。
「つまり、アスタロッテに任せてもブレーキ踏む役が必要って訳?」
「冴えてるな。いや、仲が良いと言うべきか。任せっぱなしだとやり過ぎる可能性もあるからな。で、どうする?」
「まぁ、アスタロッテ任せにするか……お手並み拝見」
「結構、では奴に投げよう。さて、これで問題は解決したな」
「事案が一つ解決しただけで問題山積よ。貴族関連はそっち任せだけど、王都の治安維持だとかどうすんのコレ」
取り敢えず国の中枢の王城は制圧、王都の近衛騎士団の宿舎だとかは吸血鬼の軍隊が抑えた。
貴族連中も抑えるか話し通してるらしいから、私兵を動かされる恐れはないけど、王都の治安だとか混乱はどうすんの。打ち合わせしてねぇ。
「それはアイギス、おまえの仕事。上手くやれ」
「おおう。マジで投げてくんの? 聖魔帝国艦隊の魔神将も協力はするが判断はしかねるって返事来るし」
「なに、ヴェスタの街はおまえが抑えたろ、アレスタもな。手慣れたものだ」
「人口三十万とか都市の桁違うんだけど……上手く行くか自信ねぇぞ。助けてジェラルダイン」
「悪いが至急の仕事を増やされて手一杯だ。あの吸血鬼の皇女との折衝も任せる。良い経験になるだろ」
そのまま席を立つ頼れない暗黒騎士。まさか、投げる気だったのに撃ち返して来るとは思わないって。
そして、会議室の扉を開けて〈黒色邪鬼兵団〉の兵士がやってくんの。
「おっと……嫌な予感」
「アイギス殿下。ジェラルダインさま。貧民街で不穏な動きがあると報告が。住人が集まっているようですが……」
「私は一旦王都を離れる、以後の指揮はアイギスだ。――アイギス、他と連携して上手くやれ。報告、連絡、相談が肝要だぞ。ではな」
と、社会人の心得だけ残して会議室から颯爽と去るジェラルダイン。
うわ、本気で困る。あれやこれや指示してくれた方がマシだって。結局、今日も徹夜コースになりそうじゃんか。
――そして案の定。早速、問題が噴出し始めるんだよね。しかもそれ全部、報告がわたしに来るの。待ってよ、軍隊の指揮なんてやった事ねぇ素人だぞ。
判断してくれたらやるそうだけど、悪魔と吸血鬼の軍団を指示して問題が出ない訳ないでしょ。
……結果。報告、連絡、相談が事態解決の要だと思い知らされるのであった。
馬鹿にできないぞ、社会人の心得。
取り敢えず使えそうな奴に相談しまくったわ。




