第二十六話 妖精騎士アイギスさんと続・悪党退治の強襲大作戦(1)
その日、夕陽を背景にアウレリア王国王都近郊に姿を現した"艦隊"は瞬く間に王城に到達していた――
その様子を王都の街中で見上げるとある親子。
一見すれば姉妹にも見えなくもない、幼女と少女の二人。
「あら、そうなりましたか。これはなかなか策士が居たようで」
「ふむ……良い、アスタロッテ。仲良くやってる感じになっている」
古都と知られる王都では、群衆が黄昏の空を埋め尽くす艦隊と飛空艇の群れに先ず唖然とし、次いで、騒ぎになり始めている。
二人はその渦中で事態を大体把握、慌てるでもなく普段と変わりない面持ちで歩みを再開する。
「どうやらお母さまも面倒を嫌ったようですね」
「それがジェラルダインの良い所。最速で片を付ける」
「見破られ易いので弱点にもなりますわよ」
「フフフ。ジェラルダインなら食い破ってくる。細緻最速。三手先くらいは考えてる……アスタロッテはどうだろうか?」
「首尾は上々。ただ、食い付きが少々悪かったですね。森陽王が手駒を動かしてくれる気配が有りませんわ」
「ふむ……」
と、ここで幼女――天使王は考える。おそらくここまでがアスタロッテの策である。魔女王すら手玉に取り罠に嵌めたのだ。
ヴェルスタム王国対策にこのアウレリア王国の実権すら頂戴する気であるというのは、傍に浮かぶ智天使の長ザフィキエルから教えられた事であった。
状況を最大限利用するという点では親と子はそっくり。ただ、その目的と性質という点でははっきり異なる。
「アスタロッテ……余り血は流さぬように」
「あら、流れる血の量は戦になる事に比べれは微々たるものですよ」
「……戦いになる?」
「未来を思えばですね。この国はロクス教国のこの大陸での数少ない浸透先。いずれベイグラム帝国が崩壊するなり争乱に陥るなりすれば、この国を策源地として教国が手を打って来るのは解りきっていますから……」
現在、聖魔帝国はこの大陸最大の国、ベイグラム帝国の"瓦解"に備え、様々な政治工作を行っている。
ベイグラム帝国の瓦解に手を打たねばこの大陸北部での戦乱は必至。聖魔帝国はその影響を最小化しようと謀略を練って画策中なのだ。
「地下遺跡で生産した麻薬もその主要な取引相手先はベイグラム帝国。ロクス教国の対外工作の側面もあったようで……ま、狙いは言わずもがな」
「う〜ん。最後の台詞の言い方がジェラルダインっぽい。……ではアリーシャちゃんも台詞を返そう。最小の犠牲で最大の戦果を」
「お解かり頂けて恐縮ですわ。それに、最小の犠牲の範囲はジェラルダインさまとアイギスさま任せですわよ」
「フフフ。このアリーシャちゃんも試されているようだ……」
天使王の許容しうる犠牲の範囲を。
アスタロッテは常に矛盾を突きつけて来る。
絶対の正義を標榜しながら無辜の民にも犠牲を強いる天使王の理想に対して、その真価を問うのだ。
「……良い。この際ジェラルダインとアイギスちゃんに任せよう。成長の機会的なものと信じる」
「アイギスさまはともかくジェラルダインさまは……まぁ、アイギスさまには甘いですからね」
「きっと良い感じになる……こちらも」
と、二人が立ち止まった先はとある大貴族の屋敷。王都の貴族邸が連なる区画の中でも一際豪奢で、古き都の趣きに相応しい館の門前である。
ただ、その屋敷も王都上空に現れた艦隊に依って家中の者たちが騒然となっていた。屋敷の中には幾人もの貴族が訪れ、会合の真っ最中ともなればその驚愕は一潮であろう。
「ロクス教国との繋がりを良い感じに煽って、タイミングばっちりですわ、やりますねお父さま」
「敢えて言おう。すべてこのアリーシャちゃんの掌の上と。……アスタロッテも来る?」
「ええ。もちろんですわ! その為にご一緒させて貰ったのに」
「ふむ。ならば良い。では、このアリーシャちゃんの元に集うが良い。〈聖なる者たちの召喚〉」
神聖魔法により次々と呼び出される悪魔たち。
地下遺跡で呼び出した者たちと違い、責め苦を浴びせる事に特化した拷問を主な務めとする、クリーチャー系の悪魔たちだ。
拷問の悪霊トーチャー・デビル。(治癒魔法も使える)
拷問器具で有名な、処女を象った両開き棺桶(中身は棘びっしり)の悪魔。鉄処女の悪霊アイアンメイデン・デビル。(治癒魔法も使える)
相手の魂を吸ったり、弄んだりする事に定評があるイカ頭の妖魔。魂魄吸いの魔導士ソウルフレアー。
この辺りは基本拷問悪魔。更に天使王は悪党達を懲らしめるべく多様な種類の悪魔たちを呼び出す。
人の尊厳という尊厳を奪う事を至上の命題する奴隷使いの上位悪鬼、ソウルオブスレイブマスター。(人権とは剥奪する為にある)
この世の汎ゆる不徳を知り尽くし、他者の自己評価を完膚なきまでに理詰めで否定する冒涜の妖魔、魔神バフォメット・インモラリティ。(論破大好き)
相手の理想とする異性に化け一夜を共にした後、自己の醜悪な姿を見せ付け色欲の罪を自覚させる。不浄なる妖魔の軟体触手生物、インピュアー・セクシャル。(記憶を封印して何度もお楽しみになれます)
他、お手伝い悪魔たちを多数。ゴブリンみたいな姿の悪霊ウコバクに悪戯大好きな子供悪霊。悪妖精が悪魔堕ちした妖魔インプなどなど。
「うむ。やはり典型なお仕置きこそ良く効く。悪魔たちも満足。贖罪もできて一石二鳥。良いことづくめ――では、悪魔たちよ、行くが良い」
「フフフ。偶には正統派もよろしいものですね……悔い改め魂の浄化を得るか、罪を自身で認められず魂が朽ち果てるかの二択。どちらに転んでも地獄行きは免れる……」
そして悪魔たちが貴族達の現世での負債を晴らすべく、眼の前の屋敷に乗り込んで行く。
絶対の正義たる天使王の裁きを与えんが為に。
悪こそ救いが必要なのだ。救われざる憐れな魂よ。
我らが天使王は"悪"こそお見捨てにならぬ。
「フフフ。ミュータント村の件もある。天使王の愛の深さを知るが良い……」
――斯くしてアウレリア王国の長い夜が始まった。
†
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艦隊で王都に到着して、真っ先に王城の真上に陣取る旗艦二隻――報復戦艦〈ネメシス〉と巡航艦〈スカーレット・ブレイズ〉。
そのまま両旗艦の艦載戦闘飛空艇が戦闘員を乗船させ複数発進。そのまま王城に問答無用で突入。
その飛空艇の一隻にわたし、妖精騎士アイギスさんと家族のパーティ一行も居た。
「取り敢えず突っ込めって作戦が大雑把だよね。まぁ、それしか考えられないんだけど」
「アイギス殿下。どのポイントに突っ込みますか?」
飛空艇を操縦してる〈黒色邪鬼兵団〉の兵士から声を掛けられる。
わたしはその間に操縦席から戦闘飛空艇が次々に王城の外壁をブチ破って突入していく様子を見てたの。
突っ込めって言われて飛空艇ごと突っ込んで行くこいつらも大概よね。やり過ぎて王城が崩落しないか心配になるわ。石積みの古い建物だから、余計に。
しかも見てる間に更に見慣れない飛空艇が突っ込んで行くし。
「って、吸血鬼帝国の奴らも同じ方法かい」
「魔法障壁を張られてなければ外壁の防御を突破するのは容易ですので。一般的な戦闘飛空艇なら突入能力も備えております」
「そういう戦術が一般的ってことね……まぁこっちは上品に行くか。あのバルコニーに着陸できる?」
丁度、高貴な方々が憩いの場所に使うような場所が見えるの。お姫さまだとか王さまだとかのプライベートエリアチックな所よ。
上手くいけば一石二鳥な予感がする。
わたしの指示に従いバルコニーのちょい上に戦闘飛空艇が向かいその場で滞空する。
戦闘ヘリでは不可能なような繊細な位置取りも可能なの。この世界のガンシップは技術力が高い。
何せ魔法の技術で浮いてるらしいからね。操縦席のグレムリンズの兵士の腕前もあるかも知れないけど。
「よっしゃ、じゃあ突入よ。説明したけど可能な限り血は流さない……殺さないように。特にセレスティナさん」
「え? 待って下さいよアイギスさん。幾らなんでもしませんって。解ってますって」
セレスティナさんは戦鎚で人の頭吹っ飛ばすのが生き甲斐みたいな所あるの。実際、今やる気満々で戦鎚の柄を握り締めてるじゃん。
「つい、うっかりとか有りそうでしょ……。セレスティナさんは前に出ない方が良いかな。じゃあ、みんな団体行動で行くよ。わたしに付いて着て」
そして飛空艇からバルコニーに一斉に降り立つ。
まずは手始めに王城制圧作戦を開始する。
アウレリア王国の頭を抑えて言うこと聞かせようって、今日びヤクザ者でもしないような強引過ぎる作戦よ。
ただ元はと言えば奴らの身から出た錆だ。気兼ねなくやれるわ。大国を敵に回したら絞められるという至極真っ当な歴史的事実を作り上げるのよ。
……スケールが大きいだけでヤクザ物の争いと変わんないな。――その作戦が今から始まるのだった。




